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第三十八話 人間同士で

 黒煙は徐々にその量を減らすも、異臭は未だ健在だ。

 地面も。

 瓦礫の山も。

 軍人さえも、その魔法が燃やしてしまった。

 インフェルノ。辺り一面を燃やす、炎の攻撃魔法。

 その使い手は悠々と観戦中だ。崩壊した建物の上で、下界を見下ろすように殺し合いを眺めている。


「敵が増えやがった。ん? あの女、あの時の!」


 発言者の名前はオリガ。白髪は短く、ボーイッシュな顔立ちは他の魔女同様に古傷まみれだ。

 その姿勢は乗り出すような前屈み。逸る気持ちが、そうさせている。


「ほんとだ~。ん~、マリリンちゃんじゃきついかもね。オリガちゃん、手伝ってあげたら?」


 七三分けのような黄色いストレートヘアーを揺らしながら、隣の魔女が反応する。

 名前はケトレー。手のひらが隠れるほどのダボっとしたセーターを着ており、一方で下はタイトな黒ズボン。このコーディネートを気に入っており、返り血で汚れるとわかっていても、選んでしまうほどには愛着のある組み合わせだ。

 同意を得られたことから、オリガが口角を釣り上げる。


「おう、行ってくるわ」


 人間を壊すことを。

 もしくは、自身が傷つくことも。

 楽しめる性格の持ち主がこの魔女だ。人間的には壊れているのだが、ここが戦場である以上、正常でない方が適任なのかもしれない。


「いってらー」


 応援はするが、他の魔女は参戦しない。マリリンとオリガだけで敵を殲滅出来ると判断したためだ。

 その思い違いは、三つの理由で是正される。

 一つ目はエルディアだ。


「ふふん、力比べは私の勝ちみたいねー」


 顎下まで伸びる茶髪。毛先がシュッと内側へカーブしており、これをミディアムボブと呼ぶ。

 肌着のような黒いタイトロングスリーブを着ており、さらにはスチール製の胸部アーマーと腕にガントレットをまとう姿は傭兵そのものだ。

 オレンジ色のロングスカートは足の露出を一切許さず、当然ながらそのようなスカートを選んでいる。

 背負い鞄は先ほど投げ捨てたことから、背中には両手剣しか見当たらない。

 つまりは、既に臨戦態勢だ。

 エルディア・リンゼー。イダンリネア王国出身の傭兵であり、後天的にその瞳を魔眼へ変化させた稀有な存在だ。

 先走った四人の同胞を追いかけ、この地を訪れた。間に合ったとは言い難いが、少なくとも一人くらいは救えたらしい。

 知人に斬りかかろうとした魔女のその腕を、ガシリと掴む。

 その結果、リリは両手から激しく出血しながらも、とどめを刺されずに済んだ。

 もっとも、この状況においてもマリリンは取り乱さない。


(ん~? あっちのなんか不気味な女は回復魔法の使い手っぽい? 弓女、殺したつもりだったのになー)


 依然として右腕は掴まれたままながらも、魔女は状況把握をある程度終わらせる。

 眼前にはエルディア。

 その後方には見知らぬ男と女が随伴しており、負傷者の治療をあっさりと終えていた。

 マリリン達にとっての二つ目の誤算が、この日本人だ。

 坂口あげは。長い黒髪は先端だけが青く、その顔は整った顔立ちながらも、大きな瞳は自信なさげに右往左往している。

 灰色のリネンチュニックは本来はだぼっとしたローブなのだが、ベルトをキュッと締めていることから豊満な胸も含めて体のラインが露わとなる。

 事情を知らぬ者からしたら、彼女は誤解される存在だ。治療が可能なことから、回復魔法を習得する魔療系、支援系、もしくは守護系だろうと思われるだろう。

 しかし、実際はそのどれにも当てはまらない。

 転生者ゆえ、戦闘系統のどの分類にも属さないながらも、神から与えられた独自の神秘で治療が可能だ。


(頭蓋骨へこませて、弓も突き刺した。だけど、なんかあっさりと復活してない?)


 マリリンは心の中で愚痴るも、その予想は正しい。

 いかに回復魔法といえども、死にかけている人間を即座に完治させられるとは限らない。

 魔力が非常に高ければ、そういったことも可能だろう。

 通常ならば、何度も何度も繰り返し詠唱し、少しずつ治す。

 正しくは、少しずつしか治せない。

 回復魔法とはそういうものであり、だからこそ、マリリンは眼前の魔女に拘束されたことよりもアゲハの手際の良さに驚いてしまう。


「マリリン、加勢するぜ」

「あ、オリガちゃん。ナーイスタイミング」


 戦局が動いた瞬間だ。

 腕を掴まれたまま動けぬ仲間の元へ、新たな魔女が駆け付ける。

 オリガは魔攻系に属する人間であり、その魔力は高く、土魔法で軍事基地を破壊したばかりか、この地を見境なく焼き尽くしてみせた。

 その成果が、第四先制部隊の壊滅だ。実際には十人前後が生き延びるも、彼らはマリリンによって殺されてしまった。

 エルディアほどではないのだが、オリガも背は高い方だ。

 間に挟まれたマリリンは、そういう意味では子供のような背格好と言えよう。

 二対一は不利と感じ、エルディアは手を放すとじりじりと後ずさる。


(一人ずつ倒したかったけど、さすがに……か。急いで力を解放しないと)


 勝算はある。

 だからこそ、リリを庇うという行動にも躊躇しなかった。

 そのリリだが、エルディア達の横をすり抜け、エウィン達を目指している。拳を二つ共破壊された以上、足手まといだと強制的に自覚させられた。

 眼前の敵二人を見比べながら、エルディアは時間を稼ぐように話しかける。


「なんであんた達がここに?」


 当然の疑問だ。

 謎の七人組に里を滅ぼされたのが、一年四か月前。

 二戦目はその直後。

 この邂逅はそれ以来の三度目となる。

 いずれは探して倒すつもりでいた。

 しかし、今日がその日になるとは夢にも思わなかった。

 無自覚に動揺するも、足がすくむほどではない。

 眼前の敵が、破壊の限りを尽くしたように。

 エルディアもまた、やり返すつもりでいる。


「邪魔な連中を排除出来たからな。いよいよ本命に攻め込むってわけよ?」


 黒一色の半袖ニットと、やはり真っ黒なホットパンツ。

 対照的に髪は白く、高圧的な笑顔でオリガは挑発するように暴露する。

 本来ならば、自分達の方針を明かすべきではないだろう。手の内を晒すことに利点などないのだから。

 それでもそうしてしまった理由は、誰一人として生きて返すつもりなどないからだ。

 眼前のエルディアを殺す。

 その先にいる連中も殺し尽くす。

 そのような気概で、焼け野原に立っている。


「邪魔な連中って、もしかして私達のこと?」

「おう、もちろん。王国にちょっかいをだそうとして、背後から邪魔されたくないからな。まぁ、半分しか殺せなかったから、大成功とは言えないらしいけど」


 オリガの言う通り、エルディア達の里は滅ぼされた。

 そして、千二百人の内、半分が逃げ延びることに成功した。

 半数が無残にも殺されたのだから、勝者がどちらかは考えるまでもない。

 そうであろうと、全滅という成果が得られなかったことから、襲撃者は満点という評価を得られない。

 そういった事情を明かされたところで、被害者は苛立つだけだ。エルディアは当然のように食い下がる。


「王国に攻め込むため? あんた達、頭大丈夫?」

「んー、どうなんだろなー? マリリンはどう思う?」

「かわいいかわいいマリリンちゃんは正常でーす。自由のために戦うだけでーす。ところでさ、あれ見て」


 話しの腰を折るように、二人の魔女が視線をずらす。

 その先ではアゲハが負傷者を手当しており、モルカカに続いてリリの傷さえも完治させた。

 オリガも状況把握を終えた瞬間だ。


「おい、デカ女。あいつらも生き残りか?」

「違うけど? 私が負けたら、あの二人があんた達をぶっ飛ばすかもね」


 エルディアは淡々と答えるも、同時に準備を進めている。体の内側で闘気を練っており、それに比例して彼女の身体能力は向上中だ。

 しかし、残念ながら間に合わない。


「ふーん。オリガちゃん、どうしよっか?」

「こいつの相手は任せた。俺があいつらを殺してくる。いちいち治されたら鬱陶しいからな」


 二対一という有利な状況を平然と手放す。

 その思い切りの良さが、エルディアの虚をついてみせる。


「そんなこと、させな……」


 一歩横へ移動し、白髪の魔女に立ちふさがった瞬間だった。

 マリリンが薄紫色の髪をたなびかせながら、一瞬にしてエルディアを抜き去る。

 陽動だ。

 結果的にそうなっただけなのだが、動ける方が戦力を削げば良いという共通認識のもと、今回はマリリンがエルディアを出し抜いた。


(ヤバっ!)


 今更焦ったところで手遅れだ。

 この傭兵の戦闘系統は魔防系ゆえ、ウォーボイスという拘束系の戦技が使えるものの、相手は既に射程外へ駆け抜けた。

 つまりは、どうすることも出来ない。

 振り向き、追いかけたところで間に合わないだろう。

 ましてや、眼前には敵がもう一人いることから、これ以上隙を晒すわけにはいかない。

 離れた位置に二人を配置した判断が誤っていた。エルディアはそう悔いるも、こうなってしまっては任せるしかない。

 一方、オリガとマリリンは笑みを浮かべる。

 治療を終えた魔女二人と回復魔法の使い手、そして、何のためにいるのかわからない緑髪の少年を殺せば、残りはエルディアだけになるのだから。

 その誤った認識は、次の瞬間に正される。

 鈍く、重々しい轟音が鳴り響いた。

 それに付随して、一人の魔女が強制的に進行方向を捻じ曲げられる。

 正しくは、吹き飛ばされた。

 黒髪の女へ斬りかかろうとするも、その手前で蹴り飛ばされた。

 川へ小石を放る水切りのように、地面に何度もぶつかりながら、どこまでもどこまでも遠ざかる。

 オリガは呆れるように笑い出すも、この魔女は何もわかっていない。


「おーい、マリリーン、大丈夫かー? 遊んでんじゃないぞー」


 しかし、返事はない。

 なぜなら、蹴られた本人はもはや立ち上がることすら叶わない。


(ぐっ? これ、あれ? 内臓が? あ、この感じ、逆流するこの感じ……)


 起き上がろうとした瞬間、マリリンは大量の血液を口から吐き出す。

 その量は凄まじく、一目で異常事態であることを教えてくれた。


(殴られ……、ううん、け、蹴られた? 誰に? あぁ、緑色の……)


 彼女の疾走は、エルディアすらも置き去りにした。

 ゆえに、反応出来る者などいない。

 その思い込みもまた、この少年が否定する。


「アゲハさんは僕が守る。だから、指一本触れさせない」

「あへぇ」


 気持ち悪い声が聞こえたが、今は無視して敵だけを警戒する。

 エウィン・ナービス。この傭兵こそが、魔女達に立ちはだかる最大の障壁だ。

 この場の誰もが、この少年の実力を理解出来ていない。

 敵は当然ながら、エルディアも掴みかねている。

 そういう意味ではアゲハもまた、その内の一人だ。彼女の場合、自身の身体能力が低いため、その凄さが把握できていない。

 おかしな話だが、実はエウィン本人も掴みかねている。アゲハとの出会いが自身を大きく飛躍させたのだが、その上昇度合は未だ不明だからだ。

 ゆえに、他の四人と渡り合えるのか、未知数な状態と言えよう。

 それでも、立ち向かう。

 危機的状況から抜け出すという意味では、アゲハを抱えて一目散に逃げ出すべきだ。エルディアや生存者を見殺しにすることになるが、それが最善手であることは間違いない。

 しかし、その選択肢は初めから抜け落ちている。

 このシチュエーションこそが、エウィンが待ち望んだものだからだ。

 誰かを庇って死にたい。

 これこそがエウィンの根幹であり、歪んだ死生観でもある。

 母が自分を逃がすため、犠牲になった。この光景と記憶が脳裏に焼き付いている以上、自己犠牲が呪いとなってエウィンを生かし続けている。

 アゲハを地球へ帰還させたいという願望も嘘偽りない本物なのだが、それ以上の欲望が歪んだ自殺願望だ。

 ここが、そうなのかもしれない。

 そう思いながら、今は敵達を静かに睨む。

 当然ながら、わざと殺されるつもりなどない。少なくとも、母はそんなことをしなかったのだから。


(回復魔法を使われる前にとどめを……。いや、でっかい瓦礫の上にまだ三人もいる。迂闊な……)


 エウィンは冷静だ。

 後手に回ることが最善手かどうかは不明ながらも、悪手でないことは間違いない。

 なぜなら、この戦いは多対多だ。好き勝手に動いた場合、アゲハや他の生存者を危険に晒してしまう。

 ゆえに、相手の動向を窺いながら戦う。情報が不足している現状において、最も正しい戦い方だと判断した。

 対照的に、その魔女は冷静さを手放さずにはいられなかった。


「マ、マリリン!」

「あれ、私は放置? ありがたいけど……」


 エルディアが呆れるように驚く。

 対戦相手が慌てふためくばかりか、眼前から去ってしまった。

 時間を稼ぎたい彼女にとっては、敵の迂闊さに半笑いを浮かべるしかない。

 そのオリガだが、致命傷を負ったであろうマリリンの元へ急ぎ駆けつける。

 異常なまでの吐血は、遠目からでもハッキリと見て取れた。

 ゆえに、心配せずにはいられない。


「大丈夫か⁉ おい!」

「……あ、う……」


 手遅れと思われる反応は演技ではない。

 視点は定まらず、四肢を動かす余力は完全に潰えた。

 喉の奥からは無限に血液があふれ出るため、溺死すらもあり得るだろう。

 先ほどまでは、無邪気な笑顔で遊ぶように人を殺していたリリ。その面影が見当たらないほどに、今は息絶える寸前だ。

 何度も矢で射られ、殴られたにも関わらず、彼女は人殺しを楽しめていた。そうすることを義務付けられたのだが、最後の一撃はただただ想定を上回っていた。


「これは……、クソ! 回復魔法の使い手は、俺達にまわしてもらえないから!」


 今すぐに魔法で治療すれば、助かったはずだ。

 オリガもそれをわかってしまったからこそ、自分達の境遇に絶望しながら吐き捨てるしかない。

 彼女の言う通り、六人の中に回復魔法を行使出来る者はいない。そういう人選であり、もちろんそれを承知で戦地へ赴いている。

 そうであろうと、仲間との死別は受け入れ難い。

 しかし、否定出来ない事実である以上、悩みながらも立ち上がる。


「マリリン、仇は取ってやる。苦しくても我慢して、最後まで見ててくれ。今からあいつらをぶっ殺すから」


 決意表明であり、告別だ。

 魔眼は涙を堪えながら、王国の人間達を睨む。

 同時に、怒りをまき散らさずにはいられなかった。


「俺達! 五十三番が! 一人残らず殺し尽くす! ケトレー! ムセル! サラ! デカ女は任せたぞ!」


 オリガの咆哮は戦闘再開の合図だ。

 倒壊した建物の上から、三人の魔女が飛び降りる。


「ふーん。気合入れないとやばくなーい?」

「そう? 問題ない」

「ふん」


 遊びはここまでだ。気づくためには大きな代償を払ってしまったが、後悔したところで仲間は助からない。

 それをわかっているからこそ、彼女らは殺意をたぎらせる。


「マリリンを一蹴りでやっちゃうなんて、けっこうエグそうじゃん。いつかの銀髪男ほどじゃなさそうだけど」

「あの子は所詮、裏方。でしゃばるから」

「ふん」


 仲間が死にかけようと、この三人は取り乱さない。マリリンのことを嫌っているわけではないのだが、死生観がそもそも狂っている。

 死と隣り合わせの人生を歩んできた結果だ。

 情熱的なオリガだけが例外と言えよう。


「そこの緑色!」

「僕のこと、ですか?」


 無礼極まる声掛けだが、ここは戦場であり、何より彼らは敵同士。名前がわからない以上、見た目で呼び合うしかない。

 横たわるマリリンを置き去りにして、オリガが苛立つように歩みを進める。

 その先にはエウィン達がいるのだが、緑色という特徴で絞った場合、この少年しか該当しない。

 若葉のような髪の色。

 上衣もまた、緑の長袖。

 ズボンは黒色ながら、その出で立ちは確かに緑色だ。

 背中の片手剣は鞘の中で眠っている。鋼鉄製のこれは今回の遠征の報酬であり、今のエウィンとアゲハでは手が届かないほどの高級品だ。

 言ってしまえば、報酬に釣られてしまった。

 そうであろうと危険地帯に赴けたのだから、この少年としては願ったり叶ったりか。

 グングンと迫る敵を、エウィンはじっと見つめる。話しかけられた以上、迎え撃つわけにはいかなかった。


「名前は?」

「えっと、ただの傭兵です」


 魔女の問いかけを、少年は平然と受け流す。名乗ることによるデメリットを思い浮かべたわけではないのだが、馬鹿正直に答えるつもりにもなれない。


「あっそ。傭兵って王国軍とどう違うんだ?」

「巨人族と戦うのが王国軍で、それ以外と戦うのが傭兵です」


 エウィンの説明は誤りではないのだが、少々雑過ぎる。

 イダンリネア王国を守るために、与えられた使命を果たす戦力が軍人だ。巨人族や魔女との戦争はその内の一つに過ぎない。

 一方、傭兵は依頼を受注し、魔物を狩る。

 その対象に巨人族が含まれることもあるのだが、そういったケースは稀だろう。

 仕事の内容も多岐にわたる。

 商人の護衛。

 薬の材料集め。

 物資の運搬。

 その過程で魔物と遭遇することもあるため、残念ながら戦闘は避けられない。

 王国を守るのが軍人ならば、傭兵は民の生活をひっそりと支えていると言えよう。

 信念も、立ち位置も、生き方さえも異なる。それが軍人と傭兵なのだが、今は魔女も含めてジレット監視哨に集結している。


「嘘つくんじゃねーよ。王国軍は魔女も殺すだろーが」

「う、それは……。以前はそうだったようですけど、今はちが……」

「ここにいる全員が! 親を殺されたんだよ! 王国軍にな!」


 ゆえに、分かり合えるはずもない。

 エウィンはその叫び声を聞いて、同情してしまう。

 エルディアは平然としているものの、内心はやはり複雑だ。眼前に敵が三人も集ってしまったため、心情を隠しながら力の開放に努める。

 そんな中、最も落ち着いている人物こそがアゲハだ。日本人であり地球生まれゆえ、先ほどの発言を真正面から受け止められる。

 地球の歴史は戦争の歴史だ。人類が誕生して以降、争いは絶えることなく各地で繰り広げられた。

 歴史の教科書を開けば。

 パソコンやモバイル端末で検索すれば。

 名前のあるなしに関係なく、様々な戦争を見つけることが出来る。

 ゆえに、彼女は日本人として諦めているのかもしれない。

 人間は殺し合う。

 文明が発達しようと。

 科学が進歩しようと。

 石斧や刀を手放そうと。

 国境や宗教、経済といった概念を言い訳にして。

 人間は戦争を続ける。

 その最後には立ち会えなかったが、ウルフィエナでも人間が人間を殺すことに今更驚きもしない。

 それどころか、今は全く別のことを考えている。


(エウィンさん、大丈夫、かな? わたしも、戦えたら、いいんだけど。あの時の、呪文、もう使えない、みたいだし……)


 その記憶は、炎の魔物に襲われた時のものだ。

 両脚を欠損し、地面を這うことしか出来なかったあの時。

 エウィンを助けたいという気持ちは本物だったが、残念ながら実力が伴わない。

 歯がゆく、ただただ悲しいその状況は、もう一つの人格によって打破された。

 しかし、残念ながらそれっきりだ。

 その時に口ずさんだ言葉達を繰り返したところで、アゲハはその力を発揮出来ない。

 あの時だけの出来事だったのか?

 もう一人の誰かが目覚めなければダメなのか?

 現状においては何もわかっておらず、ゆえに出来ることは応援だけか。


「が、がんばれー」


 消え去りそうな声だが、これがアゲハの精一杯だ。

 もっとも、エウィンには届かない。そういう声量ゆえ、仕方ない。

 一方で、救った魔女が反応を示す。


「ありがとね。これって魔法っぽくないけど、どうやったの?」


 声の主はリリだ。黄色の髪は後頭部で結われており、尻尾のようなそれを揺らしながら、アゲハに礼を述べる。

 同時に、尋ねずにはいられなかった。

 なぜなら、眼前の女性は魔法の詠唱なしに両手を治療した。

 魔法を使っているか否かは、一目見れば誰でもわかる。

 それゆえに、首を傾げてしまった。


「そ、その、わたしは、触るだけで、治せる、から……」

「まじか、すげぇな。天技って奴? そんなん初めて見たぜ。モルカカはまだ起きないみたいだけど、こいつも助かったようだし、後は……。なぁ、パニスとミイトも治してくれよ。い、生きてるはずなんだ。頼むよ」

「あ、その、わたしは、戦えない、から。ごめん、なさい……」


 今のアゲハなら、草原ウサギだけでなくもう一段階上の魔物にも勝てるだろう。

 しかし、ここの危険度は桁違いだ。彼女の実力では、前へ出た途端、成す術なく殺されてしまう。

 敵の魔女はそれほどの強者だ。リリや王国軍が完敗したことがその証拠足りえる。


「そ、そっか。だったら、エルディア様とあいつに頑張ってもらうしかないのか。多分、猶予はなくて……。あたいより、パニスとミイトの方がよっぽど重症だから……」


 リリの推測は正しい。

 パニスは回復魔法で延命しながら、数えきれないほど切り刻まれた。その結果が大量出血なのだが、今は血の池に倒れ込んでピクリとも動かない。息をしているかどうかも不明だ。

 ミイトは右手を切り落とされ、最終的には頭部にかかと落としを打ち込まれた。頭蓋骨が割れている可能性もあり、やはり生死については確認出来ていない。

 一刻も早く、治療すべきだろう。

 それをわかっていても動けない。

 敵が立ち塞がっているからだ。

 エルディアとエウィンが防波堤のように庇っているものの、どちらかが崩れれば狙われるのはアゲハ達だ。

 仲間の元へ駆けつけるどころではない。

 戦局は依然として劣勢であり、リリもそれをわかっているからこそ、手の震えが止まらない。

 だからこそ、エウィンの異質さが際立つ。


(落ち着け。怒鳴られたところで怖いだけだ。アゲハさんは後ろにいるし、見知らぬ魔女さんも動こうとはしていない。動かれても困るけど。問題はエルディアさんだ。確か、二人までなら相手に出来るって言ってたような……)


 魔女の里は、七人の襲撃者によって壊滅させられた。

 その時に七人と渡り合えたのが、里長とその一人娘だ。

 ハバネとエルディア。二人は多大な被害を出しながらも、最終的には生存者と共に逃亡を成功させる。

 その際に、ハバネは五人を相手取り、ついにはその内の二人を殺すことに成功する。

 対してエルディアは残りの二人と互角に渡り合い、時間稼ぎに貢献した。

 ここまでは道中で聞かされた話だ。

 ゆえに、エウィンは居ても立っても居られない。

 なぜなら、彼女の眼前には魔女が三人、肩を並べて立っている。

 説明通りなら、エルディアは既に劣勢だ。すぐさま負けるとも思えないが、彼女が突破された場合、次いでアゲハが危険に晒される。

 時間のとの闘いだ。

 近づいてくる白髪の魔女を、可能な限り早く退けたい。

 もしくは、殺すしかない。


(ここからは……!)


 先に仕掛ける。

 相手が人間であろうとためらわない。

 ここが戦場であることをエウィンは本能で察している。

 殺さなければ、誰かが殺される。

 自分かもしれないし、他者かもしれない。前者であれば受け入れられるも、そうでないのなら拒否せざるを得ない。

 だからこその前進だ。踏み固められたグラウンドを蹴って、エウィンは突風のように駆ける。

 その胆力と思い切りの良さに、オリガは驚きを隠せない。


(はやっ⁉ だけどな!)


 仕掛けるつもりが、仕掛けられた。

 ならば、先手を譲る。

 もちろん、殴られるつもりもなければ、斬られるつもりもない。

 緑髪の少年は、瞬く間に眼前へ迫る。

 既に片手剣を抜いており、対してオリガは素手ということから、リーチの差は歴然だ。

 そうであろうと問題ない。場数は自分の方が上回っていると自負しており、少なくとも剣筋を視認することは出来た。

 眼前で減速し、エウィンはスチールソードを振り下ろす。頭と胴体を左右へ斬り分ける算段だ。

 いかに速かろうと、この魔女は反応してみせる。頭上から迫る刃を避けるため、左手側へ軽やかにステップを踏んだ。

 その結果がこれだ。


「なにぃ⁉」


 オリガが魔眼を見開いて驚く。

 避けたはずだ。

 にも関わらず、彼女の右腕が斬り落とされた。おびただしい出血が致命傷であると物語るも、オリガの感心はそこではない。


(コイツ、思ってた以上に……!)


 エウィンの俊敏性を見誤った結果、灰色の剣戟を避けきれず、右腕が巻き込まれる形で斬り落とされた。

 オリガは落下中の右手を見つめるも、その行為もまた失策に他ならない。

 空気すらも切り裂く、横一閃の斬撃。

 これが何を意味するのか、当人は一瞬遅れて理解する。


「え? う……」


 風景の急激な移動と自身の転倒を、オリガは受け入れるしかない。

 起き上がるためには腕立て伏せのように上体を起こし、足を使う必要がある。

 しかし、それが出来ないからこそ、斬られた側は異変に気付けた。


「ぐ、グフッ。ぞ、ぞんな……」


 呼吸を遮るほどの吐血。それに加えて顔色が青い理由は、多量の血液が排出されたためか。

 左腕は動く。

 首も同様だ。

 しかし、見当たらない。

 腰から下の感覚が、どこを探しても見つからない。

 その原因こそが、二つ目の斬撃だ。

 この魔女は背中を押されて倒れたわけではない。

 方向感覚を失ったわけでもない。

 支えを失ってしまったからこそ、ずれるように地面へ伏した。


(斬られた⁉ 体を⁉ いつの間に⁉)


 つまりは、それほどの斬撃だ。

 この傭兵を前にして集中力を欠いた以上、それ相応の代償を支払わなければならない。

 今回は彼女の命だった。

 右腕からの出血など比にならないほど、大きな水たまりが出来上がる。真っ赤なそれは今なお広がっており、そこには上半身と下半身とで分離した敗者が横たわっていた。


「残りは、三人」


 エウィンはスチールソードを握ったまま、視線をエルディアの方へ向ける。

 足元の魔女を仕留めたことから、敵の数は三人へ減少した。


「ちく、しょう……」


 負け惜しみのような声がオリガから漏れるも、それは同時に、最後まで足掻くという気概の表れだ。

 残った左腕を、アゲハ達の方へ向ける。

 助けを求めているわけではない。

 最後の力で魔法を撃ち込むためだ。

 しかし、詠唱が完了することはなかった。

 その行為にはそれ相応の集中力が必要なため、朦朧とした意識では不可能に決まっている。

 ましてや、上位の攻撃魔法は詠唱に五秒も要することから、残念ながら時間切れだ。


(こ、この人達がエルディアさんの敵。ううん、僕達の敵。すごい執念だけど、いったいなぜ?)


 勝者はエウィンだ。

 にも関わらず、不愉快な汗が浮かび上がる。

 この少年も、敗れた魔女も、当然ながら人間だ。

 どちらかが魔物なら、殺し合う理由を問う必要などない。

 この世界はそのように出来ており、出会ったが最後、片方が息絶える。

 ウルフィエナ。地球とは異なる、別の世界の惑星。

 だからこそ、魔法や戦技が存在しており、魔物という異形が跋扈している。

 焼け野原と化したこの地で、さらに一つの命が潰えた。

 そうであろうと、戦いは終わらない。

 どちらかが全滅するその瞬間まで、殺し合いは続いてしまう。

 守るために。

 生きるために。

 それぞれがそれぞれの思惑で、相手の命を奪う。

 これは、そういう戦いだ。

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