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第三十七話 五十三番

 一年と四か月前の出来事だ。

 山岳地帯と湿地帯に挟まれたそこはレベレーシ高原と呼ばれており、人間は当然ながら巨人族さえも寄り付かない。

 枯れた土地ゆえ、動植物は少なくその地を縄張りとする魔物だけが生息している。

 ゴブリンもその内の一つだ。

 それらは小さな集落を築いており、もしもレベレーシ高原へ立ち寄るつもりなら、注意を怠ってはならない。

 イダンリネア王国からは遠く離れていることから、完全に未開の土地だ。

 だからこそ、彼らがひっそりと隠れ住むには適した場所だった。

 北の山々は雲すらも貫くほどに高く、だからなのか、魔物の姿すら見当たらない。

 その地を開拓し、息を潜めて身を寄せ合う者達がいた。

 魔女だ。

 実際にはその半数が男性ゆえ、魔女を頂点とした集落と言った方が正しい。

 里長はハバネ・リンゼー。おおらかな人柄も去ることながら、四十八歳という年齢ながら若々しく見えることも人気の一つだったのかもしれない。

 その地の住民は、質素な生活ながらも平和に暮らしていた。

 イダンリネア王国の軍隊に見つからないよう活動範囲を極力広げず、痩せた大地を耕して、身を寄せ合って日々を過ごした。

 しかし、不運が訪れる。

 もしくは、悲劇か。

 いつものように警戒だけは怠っていなかった。巨人族やゴブリン、そして王国軍の襲撃に備えなければならないため、交代制で二十四時間、監視を続けていた。

 そして、彼女らが現れる。

 名も知れぬ、七人の魔女。

 一見すると同胞のようだが、そうではない。人口千二百人の集落ゆえ、それらがよそ者か否かの判別くらいは可能だ。

 七人はレベレーシ高原を北上し、ついには険しい山々をステップを踏むようによじ登ってみせた。

 同じ人間同士、話し合いの類が可能なはずだ。

 そのような幻想は一瞬にして霧散する。

 挨拶すらも無しに始まった、一方的な大量虐殺。七人の魔女はそれぞれがそれぞれのやり方で暴れまわった。

 ある者は、上位の攻撃魔法で建物と人間を焼き尽くす。

 ある者は、愛用する短剣で老若男女問わず切り刻んだ。

 ある者は、腕っぷしだけで人間を粉々に。

 圧倒的な武力だった。

 その地の人間は、ものの数時間で掃討されるかと思われた。

 それを否定した者が、ハバネ・リンゼーとエルディア・リンゼー。里長とその一人娘が、果敢に立ち向かった。

 その結果が、半数の六百人を生き延びさせた。

 半分を守れなかったとも言えるが、全滅だけは免れた。

 引き換えにハバネは魔眼の力を失うも、代償としては小さいのかもしれない。

 後日、イダンリネア王国は彼らを受け入れる。

 生存者の安全が確約された瞬間だ。

 同月、エルディアを筆頭とした精鋭部隊が里を目指す。亡骸を弔うためであり、その護衛には王国軍の第四先制部隊と、とある傭兵が選出された。

 破壊され尽くした故郷と横たわる遺体は、この地が亡ぼされたがゆえの光景だ。

 逃げ切れたとは言え、エルディア達は負けた。

 この事実を噛みしめながら、魔女と軍人は手分けして遺体を弔う。

 その直後だった。

 七人の魔女が、再び現れる。

 正しくは六人。先の戦闘でハバネが二人の魔女を殺したことから、敵の数は五人に減った。

 しかし、この短時間で補充したのだろう。その数は一人増しており、エルディア達は再度襲われてしまう。

 なぜ、魔女同士で殺し合わなければならないのか?

 この六人はどこから来たのか?

 そもそも何がしたいのか?

 何もわからない。

 わからないまま、第二ラウンドが始まった。

 結果だけを切り取れば、引き分けだったのかもしれない。

 なぜなら、両陣営共に死者はゼロ。

 ありえない結末に、六人の魔女は撤退するしかなかった。

 そういう意味では、王国側の勝利と言えよう。謎の六人を追い払うことが出来たのだから、先の虐殺が嘘のようだ。

 対照的に、その魔女達は敗戦を受け入れるしかない。

 もっとも、全員が生き延びられたのだから、三度目の機会を伺うだけだ。

 七人から五人へ。

 一人加入し、六人へ。

 部隊の名前は、五十三番。

 与えられた使命は、目障りな魔女達を一掃すること。

 それが、レベレーシ高原に潜む千二百人のことであり、半数しか殺せなかったが、里を壊滅に追いやれたことから作戦自体は成功だ。

 しかし、二戦目は無念の敗北。撤退しなかった場合、六人中五人が殺されていたのだから、悔しいに決まっている。

 リーダーの名前はティットス。この魔女こそが補充された一人であり、彼女の魔眼こそが、二戦目の撤退を手助けした。

 ティットスは戦いに参加していない。王国の戦力分析こそが使命だからだ。

 残りの五人は、そういう意味ではリーダーの手足でしかない。

 オリガ。

 ケトレー。

 ムセル。

 サラ。

 そして、マリリン。

 一人ひとりが一騎当千の実力者であり、ジレット監視哨の壊滅がそうであることを裏付けた。


「だいたい殺せたかな。かわいいかわいいマリリンちゃんの圧勝ね!」


 自惚れではないはずだ。王国軍基地の倒壊は仲間の魔法によるものだが、この魔女が生存者を始末したことは間違いない。

 返り血という化粧が、彼女の全身を彩っている。

 薄紫色のミドルヘアーも。

 古傷まみれの顔も。

 ツギハギだらけのチュニックや右手の短剣さえも、元の色がわからないほどには真っ赤だ。


「残りは……」


 マリリンの魔眼が獲物を探す。

 汗ばむほどの暑さも。

 焦げ臭い刺激臭も。

 建物や地面、そして人間が焼却された結果であり、全てを焼き払った炎の余韻があちこちで揺らめいている。

 瓦礫の上には四人の魔女。高みの見物は、余裕の表れだ。

 単独で暴れまわったマリリンだが、ここを立ち去るつもりはない。

 なぜなら、生き残っている人間が四人もいる。

 これらはあえて後回しにした。いつでも殺せると、判断したためだ。


「あっちの二人もよくわからないけど、こっちはこっちで意味不明。ねえ、そこのおじさん。髪の毛が青い、偉そうなおじさーん」


 この状況がマリリンの首を傾げさせる。

 離れた位置で観戦している、二人の魔女。こちらについては予測可能だ。

 ポニーテールの女が意識を失っており、もう一人が看病しているのだろう。ここまでは見て取れる。

 近場には二人の軍人が生き残っているのだが、片方は顔を切り刻まれたことから、手当なしには戦闘の継続は困難だ。

 つまるところ、最後の一人、四人目がその場から動かない理由がわからない。

 茶色い軍服を着た大男が、二本の足で立っている。

 しかし、口は半開きな上、その目はどこか虚ろだ。瓦礫の山を眺めているようだが、今はそれどころではないはずだ。

 だからこそ、魔女は問いかける。


「あんたのお仲間、みーんな殺しちゃったよ? 後は、そこのおチビちゃんと、あっちの二人だけ。ねえ、あっちの……魔女? あいつらもここの軍人なの? ねえ! ねえったら!」


 声量は問題ないはずだ。

 にも関わらず、マリリンの独り言に終わってしまう。

 六人の魔女は、早々に見抜いた。

 この男こそが、最大の障壁だと。

 ゆえに、マリリンは好き勝手に暴れながらも、警戒だけは怠らなかった。

 小山から眺める四人の魔女も監視を続けていた。

 その結果がこれだ。

 部下が一方的に殺されている間も、微動だにせず呆けていた。

 助けに入れば救えた命もあったのかもしれない。

 足がすくみ、動けなかったのか?

 見殺しにしてしまったのか?

 マリリンは男を凝視しながら、静かに言い当てる。


「あー……、わかるっちゃわかるかな、うん。あれだ、心がポッキリ折れちゃったパターンね。ワタシ達のことは憎くて仕方ないけど、頭がどうにもならない。みたいな?」


 残念ながら、その通りだ。

 マーク・トゥール。第四先制部隊を率いる隊長。

 しかしながら、八十人近い部下が殺されたという事実を受け入れられず、かつての拠点を眺めながら思考が定まらない。

 状況把握が出来ないほどの混乱だ。

 部下の悲鳴さえも耳に届かない。

 不幸なことに、ナイーブな性格が災いした。この大男は見た目に反して精神的に脆く、直視しがたい現実に心が擦り切れてしまう。

 その姿を嘲笑うかと思われたが、マリリンの表情は複雑だ。


「同情してあげる。まぁ、でも、仕方ないよ。この世界は残酷だからね。弱い奴は生き方すら選ばせてもらえない。構造が、そうなってるから……」


 加害者らしからぬ発言だ。

 この魔女がジレット監視哨を襲撃したにも関わらず、慰めさめるような言葉を投げかける。

 嘘を言っていないのなら、不憫に思ったのだろう。

 強者であろうと弱者の痛みがわかるという意味では、マリリンは紛れもない人間だ。

 その手が血に染まっていようと。

 数えきれないほどの人間を殺したとしても。

 魔女は人間だ。

 イダンリネア王国の女王でさえ、人間宣言としてそう謳っている。

 ゆえに、疑う余地などない。

 これは人間同士の殺し合いだ。

 つまりは、魔物という共通の敵が存在しようと、人間は争いを止められない。

 闘争本能がそうさせるのか?

 この地を襲撃した魔女達に、何か事情があるのか?

 どちらであろうと、襲われる側は受け入れるしかない。それだけが、許された行為だからだ。

 マリリンは歩く。

 血まみれのチュニックを揺らしながら、ゆっくりと距離を詰める。


「やっと掴んだ自由、手放すつもりなんてないの。あんた達を殺して、もっともっと殺して、そこから先は自分達で考えるんだから!」


 宣誓だ。

 もしくは、単なる決意表明か。

 しかし、行動の指針は提示した。

 人生そのものを切り開くため、魔女が眼前の軍人に斬りかかる。

 今日一番の、最も簡単な殺人と言えよう。血濡れの刃で、左肩からざっくりと切り裂くだけで済んでしまう。

 反撃を考慮しない、素振りのような一閃。マリリンは鬼気迫る表情で、スチールダガーを走らせる。

 その隙を見逃すほど、二人は愚かではない。


「うっ?」


 魔女がよろめく。

 その結果、スチールダガーは力なく空振るも、マリリンは事態の把握に努めなければならない。

 左側頭部を殴られた?

 もしくは、斬られた?

 どちらも異なる。小突かれたような衝撃は、視界の隅に映り込んだ棒状によるものだ。


(矢?)


 頭を射られた。

 即座に正解を言い当てるも、弓矢にすら耐えられる頑丈さを身に着けていたことから、致命傷にはならない。

 本来ならば、頭を射抜かれるはずだった。

 しかし、彼女の頭蓋骨がそれを阻止する。頭皮はえぐられるも、傷としては文字通り浅い。

 もっとも、安堵するには時期尚早だ

 奇襲は継続するのだから。


「おらぁ!」


 殺意の籠った回し蹴りだ。

 放たれた矢を追いかけ、一瞬にして敵を背後へ。

 理想はその矢で仕留めたかったのだが、相手の強度を考えれば必然か。

 もっとも、そうなることも織り込み済みだ。

 ゆえに、彼女は宿敵の背後から右脇腹を蹴り飛ばす。


「がはっ!」


 この追撃には、さすがのマリリンも苦悶の表情を浮かべてしまう。焼け焦げた大地を擦りながら、受け身すらも間に合わない。

 何が起きた?

 もはや考えるまでもない。

 遠方で待機していた、二人の魔女が参戦した瞬間だ。


「よっしゃ! モルカカ! もっとやれ!」

「わかってる。みんなのカタキ」


 黄色い髪でポニーテールを作る魔女が、リリ。素手での格闘を得意としており、足技の強さは今まさに証明された。

 弓の使い手がモルカカだ。射貫くことは出来ずとも、有効な一手であることは間違いない。言われるまでもなく、攻撃を継続する。

 背中の矢筒から矢を取り出すと、素早く構え、殺意を籠めながら解き放つ。

 当てずっぽうではない、正確無比な弓術だ。

 そうであると裏付けるように、横たわる標的の背中や太ももに次々と突き刺さる。

 この状況は、彼女を苛立たせるには十分だった。


「この! かわいいかわいいマリリンちゃんを舐めないで!」


 軽傷ではないはずだ。

 それでもなお、薄紫色の髪を振り乱しながら魔女が立ち上がる。


「ちっ! 邪魔ぁ!」


 そのついでのように、マリリンは自身から矢を抜き取るも、当然ながら出血は増してしまう。

 回復魔法の使い手がいれば、悪手ではなかった。

 しかし、ここにはもういない。

 ゆえに、この魔女は明らかに劣勢だ。

 そのはずなのだが、彼女の表情はコロコロと変化する。


「あんた達から殺してあげる。自分だけ逃げ延びた、なっさけない連中!」


 古傷まみれの顔を歪ませながら、マリリンが心底楽しそうに笑い始める。

 もしくは侮辱しているのか。

 どちらにせよ、当人達を苛立たせるには十分な煽りだ。


「おまえ達だけは絶対に許せない! おまえも! あいつらも! 一人でも多く道連れにしてやる!」


 怒声をまき散らすリリだが、一方で冷静さを手放してはいない。

 蹴とばした相手を睨みながらも、モルカカの元へじりじりと歩み寄る。マリリンと向き合うと、瓦礫の山に背を向けてしまう。そこには四人の魔女がいることから、挟撃だけは避けなければならない。


「リリ、啖呵を切る前にカクニン」


 左手に弓を携えながら、モルカカが小さな声を漏らす。

 この状況においても表情を崩さないが、内心では沸騰中だ。

 しかし、この地を訪れた理由は復讐だけではない。それをわかっているからこそ、リーダーに思い出させる必要があった。


「え? 何だっけ?」

「バカ。あんたのお兄チャン」

「あ、そうだった……」


 合流と同時に打ち合わせは完了した。

 罵倒されたことに気づけぬまま、リリは問いかける。


「二か月くらい前、あんた達をぶっ殺すために討伐隊が組まれたんだけど、知らない?」


 リリ達が焦っている理由でもある。

 方針を無視し、九人の男女が復讐のために旅立ってしまった。

 二か月前の出来事であり、未だに帰国しないことから、生存を諦める者も少なくない。

 九人全員が精鋭の実力者であり、その内の一人がリリの兄だ。

 彼らを見つけるためにも、リリ達はチームを結成して王国を飛び出した。

 そういう意味では、手間が省けたと言えよう。

 探さずとも、真実を知っている人物が目の前に現れた。

 残酷な答え合わせは、あっさりと済まされる。


「ん~? あぁ、男三人、女六人で喧嘩売ってきた、しょうもないあいつらのこと?」

「そ、そう……だけど……」


 性別を含めて正確に言い当てられたことから、リリの心臓が大きく鼓動する。

 覚悟が必要だと、本能的に察した瞬間だ。

 そして、その行為は無駄にならずに済んでしまう。


「暇つぶしも兼ねて、一人ずつプチプチプチプチ殺しちゃったよ? ざこ過ぎて張り合いなかったなー」

「ぶっ殺す! 腕力向上!」


 打ち砕かれた希望を怒りに変えて、リリが八つ当たりのように殴りかかる。

 相手は傷だらけの魔女だ。

 そうであろうと、手心だけは加えない。

 これは喧嘩ではなく殺し合い。復讐を果たすためなら、自身の命は投げ捨てるつもりでいる。

 その覚悟は本物だ。実力差を埋めるには必要なピースと言えよう。

 ましてや、こちらは二人がかり。

 無表情のまま、モルカカは手早く矢を放つ。援護としてもは抜群のタイミングゆえ、マリリンは同時に二人への対応が必要だ。


「ふふん、遅いっつーの」


 頭数など関係ない。

 不敵な笑みも、そう物語る。

 もっとも、マリリンが劣勢であることは火を見るよりも明らかだ。

 ポニーテールを振り乱しながら、今まさに左頬へ拳を叩きつけるリリ。

 遠方から発射され、右脚に到達する矢。

 この二つが同時に迫っている以上、どちらかを受け入れるしかない。

 矢で射られ、拳を避けるか?

 もしくはその逆か?

 結末は当人の選択次第だ。

 残念ながら、そのような常識は適用されない。


「くっ!」

「む、う……」


 リリとモルカカが顔をしかめる。

 当然だろう。

 顔面を殴るつもりが、左手だけで防がれた。

 足を射抜く矢が、右手で掴まれてしまった。

 両方に対して対応出来た理由は、マリリンの動体視力がそれほどに優れているためだ。


「かわいいかわいいマリリンちゃんは、こんなもんじゃないのっと」

「ぐあぁ!」


 自己主張が終わると同時だった。

 リリが悲鳴をあげながら尻もちをつく。

 なぜなら、右手が握り潰されてしまった。

 マリリンの左手が、握力だけで人体を破壊した瞬間だ。

 もちろん、反撃はまだ終わらない。


「ひっ⁉」


 小さな声はモルカカから漏れ出た。

 遠方で戦っていたはずの敵が、気づけば目の前に立っている。古傷まみれの顔は不敵に笑っており、二つの魔眼も心底楽しそうだ。

 リリに続き、自分はどう痛めつけられるのか?

 彼女にはそれを考える猶予すら与えられない。


「これ返すね」


 そう言い終えるや否や、マリリンは右腕を持ち上げる。その手は矢を握っており、少女の首筋へ矢尻を深々と突き刺す。


「つっ⁉」

「まだまだ」


 声にならないほどの激痛が、モルカカの体から力を奪う。

 しかし、彼女の悲劇は止まらない。

 橙色の団子ヘアーを潰すように、マリリンは眼前の頭部を地面に押し付ける。

 さらには、敗者の頭に左足を乗せて踏みつければ、格付けは完了だ。


「この顔、さっきも見たような? まぁ、どうでもいっか」


 双子の顔は足の下だ。その顔は地面に埋もれており、ピクリとも動かない。

 気絶しているのか?

 絶命したのか?

 その確認すらも億劫に感じたのか、勝者は次の標的へ歩き出す。


「ほんっと痛がりばっかり。どいつもこいつも、気合足りなすぎー」


 精神論が介入するような場面ではなのだが、マリリンは胸を張って断言する。

 視線の先には、苦痛の表情を浮かべる、ポニーテールの魔女。その眼光は鋭く、闘志は今なお健在だ。


「お兄ちゃんの仇……。みんなの仇!」


 リリを含めて、生き残った魔女の多くが何かしらを失った。

 衣食住だけでなく、友人や家族、恋人さえも奪われたはずだ。

 復讐心を糧に挑むしかないのだが、力量差を見せつけられた以上、取れる手は限られる。

 立ち向かって殺されるか?

 棒立ちのまま、殺されるか?

 彼女は前者を選ぶ。勝てないとわかっていながらも、一矢報いずにはいられない。

 その心意気を、強者は嘲笑いながら否定する。


「口だけのざこって本当に不愉快。さっさと死んで」


 瓦礫が山のように積まれている。

 炎は鎮火しきっておらず、軍事基地の面影はどこにも見当たらない。

 ここは強者が支配する、ウルフィエナ本来の姿だ。この世界はそうデザインされており、弱者は這いつくばるしかない。


「パニス、ミイト、モルカカ、巻き込んじゃって、ゴメン。あたいもすぐいくから……」

「はん! お望み通り、ぶっ殺してあげる」


 黒煙が立ち込める戦場で、二人の魔女が殺し合う。

 正しくは、一方的な殺戮だ。マリリンも相応に傷ついてはいるのだが、足取りは鈍っていない。

 リリはよろめきながら、左手で拳を作る。右手は砕かれており、流れ出る血液が地面に道筋を描く。

 勝てないと理解しながらも、前へ進める理由は覚悟のおかげか。

 死地へ赴く戦士のように。

 絶望の中へ踏み込むように。

 黄色い髪を揺らしながら、魔女が魔女に立ち向かう。


「せめて、一発……」


 殴らずにはいられない。利き手でなかろうと、命を注いだ一撃ゆえ、その威力は間違いなく過去最高だ。

 もっとも、この魔女には通用しない。

 ただただ単純に、それ以上の存在だからだ。

 短剣を掴んだまま、マリリンはあえてその手を殴り返す。避けることも、斬り落とすことも出来たのだが、あえてそうした理由はプライドをへし折るためか。

 拳と拳がぶつかった結果、リリの左手があえなく砕ける。

 敗者が両手を失った瞬間だ。


「そ、そんな……」

「はぁ、ざっこ。んじゃ、終わり、と」


 これ以上付き合う通りもない。

 マリリンはそう吐き捨て、スチールダガーを振り下ろす。赤い革鎧ごと、その肉体を切り裂く算段だ。

 もちろん、その目論見は成就する。ここは二人だけの戦場ゆえ、邪魔者の介入などありえない。

 ありえないからこそ、驚きを隠せない。


「え、何?」


 周辺の黒煙が揺らめいた理由。

 リリへのトドメが阻止された理由。

 どちらも同一の現象によるものだ。

 ガシリと腕を掴んだまま、長身の魔女が口を開いた。


「これ以上は、誰も殺させない」


 同時に、少し離れた位置からも声が続く。


「想像以上にやばそうです。アゲハさん、降ろすのでこの人の手当を」

「あ、うん、急がないと、だね」


 間に合ったかどうかは定かではないが、一つだけ確定していることがある。

 彼らはたどり着いた。

 マリリンの立場で言えば、邪魔者に介入された。


「ニヒヒ、あんたの顔、忘れもしない」

「私も。何度見ても傷だらけなことで」


 本当の闘いは、この瞬間から始まる。


「エルディア、さま……」

「リリちゃん、よくがんばったね。後ろの男の子と合流して」


 草原を駆け、森を抜け、大平原を横断した結果、三人はこの地に足を踏み入れた。

 エルディア・リンゼー。

 坂口あげは。

 そして、エウィン・ナービス。

 ジレット監視哨は見るも無残に焼き払われ、死体もそのほとんどが瓦礫の下だ。

 転がる敗者は息絶えており、ゴミのように放置されている。

 それでもなお、エルディアは見下すように敵を凝視する。掴んだ腕はそのままに、口上を述べずにはいられない。


「私の名前はエルディア。私が、あんた達をコテンパンに倒す」

「はん。あの時の借りを返してあげる。殺し損ねたこと、根に持ってたんだから!」


 一年と四か月前の出来事だ。

 この魔女達は出会ってしまった。

 襲われた側と襲った側ゆえ、その立ち位置は真逆ながら、拳を交えたことは間違いない。

 エルディア達は六百人もの同胞を殺されたが、マリリン達も二人の犠牲を支払った。

 そういう意味では互いが互いを憎み合っており、分かり合うことなど出来やしない。

 殺すか、殺されるか。

 死ぬか、生きるか。

 人間同士でありながら、今は戦う。

 偶発的であろうと。

 仕組まれていようと。

 ここは戦場だ。

 足を踏み入れた時点で、引き返すには遅すぎる。

 不利を承知で、戦いを挑むエルディア。

 イダンリネア王国を滅ぼすための駒として、人を殺し続ける六人の魔女。

 この女達は知らない。

 新たなジョーカーのことを。

 舞台の上で、スポットライトを浴びる少年のことを。


(魔女の数があわない……。そういう、ことか? だとしたら、エルディアさんの前にいるのが敵。あと、瓦礫の上の四人も、多分、敵。生存者が見当たらないのに、死体の数が少なすぎる。アゲハさんを守りつつ、生き残っている人を探して、ついでに治して、さらにはエルディアさんのカバーもする、と。僕にそんなことが出来る? わからない。わからないけど、やるしかない)


 状況把握と自問自答を終えた以上、この傭兵は感覚を研ぎ澄ますことから始める。

 この状況は劣勢だ。

 なぜなら、数で劣っている。

 視界には七人の魔女が映り込んでおり、両手を破壊された魔女とエルディアを除けばその数は五人。

 アゲハを戦力に加えられない以上、二人で迎え撃たなければならない。

 そうであろうと、エルディアは参戦した。

 ゆえに、この少年も覚悟を決める。

 王国の魔女。

 王国を滅ぼす魔女。

 そして、傭兵と転生者。

 彼らは戦う。

 暗闇よりも黒い私怨の上で、踊らされてしまう。

 そうであろうとお構いなしだ。誰かの策謀に謀られたところで、取るべき行動は変わらない。

 ましてや、この少年はその上をいくのだから。

 ここからは、反撃の時間だ。

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