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第三十四話 思惑が錯綜する地

 戦闘系統。

 人間の資質に直結する因子であり、その種類は十一種類が確認されている。

 戦技で戦局を動かす戦術系。

 トリッキーな立ち振る舞いを可能とする加速系。

 身体能力を高めることに特化した強化系。

 仲間を守る最前線の盾、守護系。

 味方をカバーしながらも暴力で蹂躙する魔防系。

 奇襲にすら対応可能な技能系。

 魔物探索を得意とする探知系。

 攻撃魔法の専門家、魔攻系。

 傷を癒すことに特化した魔療系。

 対戦相手を弱らせ、己を強化する支援系。

 精霊を使役する召喚系。

 これら戦闘系統ごとに、習得する戦技や魔法が定まっている。

 攻撃魔法を使いたいのなら、魔攻系でなければならない。

 回復魔法なら魔療系だ。

 しかし、残念ながら選べない。人間はランダムに戦闘系統が定まっており、後天的に変えることは不可能だ。

 全ての人間が、十一種類のどれかに当てはまる。

 ありえない話ではあるのだが、もしも例外がいるのなら、異なる世界からの漂流者くらいか。

 そのような人物はここにはいない。

 正しくは、この地を目指している最中だ。

 たどり着かない以上、邪魔する者は見当たらない。

 当然のように、試験を兼ねた二試合目が始まる。


「隊長がキレてしまったので試合開始です。どうぞ」

「おまえも焚きつけた側だろうが!」


 小柄な軍人は副隊長のコッコ。彼女は敗北した直後ながらも、その表情は至って冷徹だ。

 長い黒髪をたなびかせながら、鋼鉄の大剣を携えて隊長とすれ違う。

 彼女は完敗した。戦闘の継続は可能なのだが、戦技を使った上での全力攻撃を全て避けられてしまった。

 ならば、降参以外の選択肢は選べない。


「今日も絶好調。ここまでいっきに突っ走ったけど、体力は問題なし!」


 リリを含む四人の魔女は、今朝までイダンリネア王国の城下町に滞在していた。

 しかし、ここはジレット監視哨。大森林の眼前であり、王国からは何百キロメートルも離れている。

 その距離を半日程度で走破したのだから、並の肉体ではない。

 ましてや、余力を残して走り切った。

 第四先制部隊の副隊長を破ったことが、その事実を証明している。

 意気揚々と勝ち誇る魔女に対し、隊長は鼻息荒く言い放つ。


「ハンデをくれてやる」

「へー、何くれるって?」

「オレの戦闘系統も戦術系だ。コッコと一緒ってことだな」


 通常、こういった状況では手の内を明かしてはならない。戦技ないし魔法という手札を晒せば看破されるのだが、少なくともその一手目で相手を驚かせることが可能だからだ。

 そこからの攻勢で勝負を終わらせることさえ可能かもしれない。

 そのチャンスをマークはあっさりと手放してしまう。

 自信の表れだ。

 負けないという自負が、眼前の魔女にハンデを与える。


「ふーん。じゃあ、あんたもアグレッシブモードとか使えるんだ」

「まぁ、そうなんだが、安心してくれ。よっぽどのことがない限り、使うつもりはない。いや、違うな。使う必要なん……」


 この立ち合いは、ここを通過するための試験だ。少なくとも殺し合いではない。

 そうであろうと、リリは卑怯な手を行使する。

 奇襲だ。対戦相手が答え終えるよりも早く、その左頬に強烈な打撃を命中させることに成功する。

 つい先ほど、コッコにされたことをそのままし返した。

 右の拳をマークの頬にめり込ませながら、リリはずる賢く笑みを浮かべるも、違和感の答え合わせは即座に実行される。


「てない。オレに戦技を使わせたいなら、もっともっと腕を磨いてからだ」

「な⁉」


 この男は確かに殴られた。今も拳が頬にめり込んでいる。

 しかし、頭部はわずかに動いたものの、姿勢は一切崩れていない。

 それどころか、中断せずに伝えたいことを伝え終える。

 避けられなかったのか?

 あえて殴られたのか?

 どちらにせよ、マークは彼女の打撃に対して無傷のままだ。


「そもそもだ、オレは若い。そこんとこ、思い知らせてやる」


 男の左手が、魔女の細腕を掴む。

 拳をどかすために。

 逃がさないために。

 その両方を達成したのだから、ここからは息が届く距離での殴り合いだ。

 状況は五分。

 リリは右腕を封じられた。

 マークは左手で掴んで離さない。

 ゆえに、どちらも片腕しか使えない。

 それをわかっているからこそ、彼女は怯むことなく左腕を可動させる。


「ちょっと頑丈なだけで!」


 自分自身がそうであるように、相手も退路を断たれている。

 ならば、殴るしかない。手間が省けたと言わんばかりに、握った左手を男の顔や体に打ち込む。

 目にも留まらぬ連撃だ。その回数は一度や二度では済まない。少なくとも、彼女が叫んだ間だけで数十は超えていた。

 勝負ありか?

 後方から眺めていた三人の魔女だけが決着を予想するも、他の者達はそう思わない。

 殴った本人でさえ、眉をひそめずにはいられなかった。


「マジかよ……」


 右腕を掴まれたまま、リリは半歩後ずさる。

 眼前の大男は無傷のまま。散々殴ったにも関わらず、鼻血すら流していない。

 第四先制部隊の制服はしわだらけな上にところどころが破けてしまったが、マーク自身は平然としており、青い長髪は整い続けている。


「歯、食いしばれ」


 返答など待たない。

 言い終えるや否や、男は魔女の右腕を手放す。

 もちろん、開放するためではない。

 逃亡の機会を与えるためでもない。

 綺麗なその顔に、鉄拳を叩き込むためだ。

 そのはずだった。

 マークは思わず唸ってしまう。

 

「ほう」


 予期せぬ事態だ。

 なぜなら、繰り出した打撃が空振りに終わってしまった。

 目の前にいたはずの対戦相手が忽然と姿を消しており、少なくとも視界内には見当たらない。

 では、どこにいる?

 答え合わせは不要だろう。

 周囲の軍人達は既に気づいている。

 何より当の本人が教えてくれる。


「後ろだぜ、おっさん」

「コッコを翻弄したその実力、侮っていたようだ。今のは戦技か」


 男はあえて振り向かない。拳を引っ込めながら、背後からの声に応対する。


「そういうこと」

「黄色い閃光、脚力向上だな」

「うへ、どんな動体視力してんだよ。まぁ、いいや。ここからはスピードで翻弄してやるぜ」


 脚力向上。強化系の戦闘系統において習得可能な戦技。その名の通り、脚力を高めることが可能だ。

 足の速さだけでなく、キック力さえ向上することから、使い勝手に優れた戦技と言えよう。

 効果時間は一時間。

 対して、再発動に必要な待ち時間はたったの八分ゆえ、恒久的に恩恵を得られる。

 リリは殴られる瞬間、右腕が開放されたことを受け、これ幸いと打撃を避けてみせた。

 戦技なしでは成しえなかっただろう。

 しかし、それも含めて彼女の実力だ。

 現時点でリリが得た情報は二つ。

 目の前の軍人は、殴っても傷つかないほどに頑丈なこと。

 頭一つ分背が高いことから、素手でありながら間合いが広いこと。

 ゆえに、侮ってはならない。

 出し渋ってもいられない。

 その結果がこの戦技だ。

 顔面に拳が迫った際、リリは黄色い光に包まれた。

 彼女は発光したまま打撃を回避し、男の背後に回り込む。

 周囲のギャラリーが目を疑うほどの俊敏性だ。脚力向上でドーピングされていたとは言え、彼らは感服せざるを得ない。

 この状況が、リリを含む魔女四人に勝利を確信させる。

 いかにマークが頑丈な男であろうと、ダメージを蓄積させることは十分可能なはずだ。スピードでは圧倒しているのだから、そう思って当然だろう。

 そのような幻想は、一瞬にして砕かれる。


「髪を結ぶくらいなら、切ってしまえば楽だろうに」


 リリは目を疑う。

 同時に、硬直してしまう。

 声の方角は背後から。その声は対戦相手のそれであり、頭皮が感じる違和感の正体は、ポニーテールをパタパタと揺らされているためだ。

 自身を隊長と名乗った大男が、音もなく姿を消した。

 今の今まで、確実に目の前にいた。

 そのはずだが、今はいない。

 リリは引きつりながら、ゆっくりと振り返る。


「何を……?」


 手品のような芸当に、彼女は問いかけることしか出来ない。

 先ほどは背後を取って勝ち誇ってしまったが、同じことをやり返されてしまった。

 その落差に、リリは恐怖すら覚える。


「少し本気を……。いや、この言い方は失礼だな。しかし、事実でもある。オレは隊長であって副隊長ではない。こう言えば、わかってもらえるか?」


 不明瞭な言い回しかもしれない。

 そうであろうと、マークからもたらされた情報開示だ。

 リリのことを見下してはいないが、同格とも思っていない。

 つまりはそういうことであり、男は強者らしく胸を張る。

 この重圧が彼女を縮こませるも、ここからは意地のぶつけ合いだ。


「あんたも髪長いじゃん。偉そーなこと言いやがって」

「オレはオレだ。第一、おまえほど長くない」

「さっきの女はあたいより長かったけど?」

「あれは、そのー……、このタイミングでコッコを持ち出すのは卑怯だろ。一切合切の言い訳が封じられたぞ。話を戻すが、続かるのか諦めるのか、さっさと決めてくれ」


 この提案はマークなりの優しさか。

 確かに、どちらも傷ついていない。試合の続行は可能だろう。

 一戦目はコッコが降参した。時間制限ありの全力攻撃がしのぎきられてしまったがゆえの決断だ。

 今回はリリに選ばせる。

 この男は自身の方が強者だと確定させた。

 その態度が、彼女を大いに苛立たせる。


「あ、そう。あんたもあたいのこと見下すんだ」

「そういうわけでは、ないのだが……」


 そして二人は黙り込む。

 意思疎通が失敗した瞬間だ。

 ゆえに、戦場だけが静まり返る。周りの軍人達がいかに賑わおうと、今だけは二人の耳に届かない。


「だったら力尽くで押し通す!」


 リリの雄たけびは戦闘続行の狼煙だ。

 立ち止まるつもりはない。

 引き返すつもりもない。

 ならば、やるべきことは明白だ。

 勝つために。

 進むために。

 魔女は利き腕に力を籠めると、今日一番の打撃を対戦相手の腹部に叩き込む。

 目にも留まらぬ体術だ。その身のこなしは誰よりも速く、周囲の軍人達は目で追うことさえ出来なかった。

 例外はこの男だけだ。


「速い上に十分重い。巨人であろうと一発で屠れるだろうな」


 マークの鳩尾にめり込むはずだったその拳は、平手打ちのような音と共にその手前で静止する。

 ボールを受け止めるように、男の左手が防いだ結果だ。

 同時に感想を述べずにはいられなかった。

 巨人族。この大陸を支配する最強の魔物達。その背丈は人間の倍程度ゆえ、極めて巨大というわけではないのだが、相対した際の圧迫感は想像以上だ。

 身長が二十センチメートル、もしくはそれ以上高い相手が目の前に現れただけで、その人物からは圧迫感のようなものを感じ取ってしまう。

 三メートル以上もの長身を誇る巨体ともなれば、立ち向かえる者などいないだろう。

 そういった化け物と立ち向かう存在が軍人だ。

 イダンリネア王国はこの魔物と千年以上もの間、戦争を続けている。

 小競り合いで負けることはあっても、大きな枠組みで捉えれば人間側の全勝だ。

 だからこそ、王国は存続出来ている。

 軍人が国を背負って戦っているからこそであり、第四先制部隊の隊長もまた、その内の一人だ。

 もっとも、そのような事情は彼女には関係ない。


「こちとら地獄を見たんだ! この一年だって、一日たりともさぼっちゃいねえ! 毎日、毎日! 魔物を殺して殺して殺しまくった! あいつらを殺すためにな!」


 リリを筆頭に、王国に移住を果たした魔女達は恨みを募らせている。

 当然だろう。

 隣人を。

 友人を。

 恋人を。

 親や姉妹を。

 容赦なく殺されてしまった。

 抗った者もいるのだろう。

 誰かを庇った者もいるはずだ。

 しかし、彼らは例外なく殺された。

 一方的な殺戮が成り立ってしまった理由は、残酷なまでにシンプルだ。

 相手の魔女がそれほどに手ごわかった。否定の余地がない事実と言えよう。

 ゆえに、受け止めるしかない。

 奇襲とは言え、相手は七人だった。

 対して里の住民は千二百人。

 覆せないほどの人数差を、殺戮者達は実力だけでひっくり返した。

 本来ならば、里の全滅もあり得たのだろう。

 里長だったハバネと娘のエルディア。二人が抗ったことで半数だけは生き延びることが出来た。

 たったの半分に嘆くべきか?

 上出来だと胸を撫でおろすか?

 捉え方はそれぞれだろうが、リリ達は復讐心をバネに今日まで鍛錬に励む。

 その期間は、およそ一年と半年。

 決して短くない月日なのだが、怒りの炎は弱まってすらいない。

 生き延びた者として、仇を取る。彼女らを突き動かす原動力であり、生きる理由そのものだ。


「だとしても、おまえ達を通すわけにはいかない。ましてや、この程度では、な」


 一度は情に流されてしまったが、マークは眼前の魔女を否定する。

 正しくは、守る。この先がいかに危険か誰よりもわかっているからこそ、封鎖の継続は絶対だ。


「あっ、そう!」


 交渉が決裂した以上、提案に従って倒すしかない。

 現状は子供のようにあしらわれるも、リリ自身は無傷なままだ。

 諦めるにはまだ早い。

 高めた身体能力を総動員させるため、ここからは方針を変更する。

 青空の下、ステップを踏むように後退するも、単なる仕切り直しだ。離れた距離はそのまま、彼女にとっての助走となる。

 腰をかがめて、大地を舐めるように頭を下げれば準備は完了。

 両脚に力をため込み、即座に爆発させれば、二人の距離は一瞬にして縮まってくれる。


(先ずは!)


 地面を這うような跳躍だ。

 もちろん、このまま終わるはずもない。

 リリはすれ違い様に体を無理やり捻ると、男の右足を払いのけるように蹴飛ばす。


「やる⁉」


 予想を上回る速度と足払いという奇策に、さすがの隊長も体勢を崩すしかない。

 次の瞬間にも、マークは両手をついて前屈みに転倒していただろう。

 しかし、彼女の追撃はそれよりも早く実行される。

 急停止の後、大股開きのように右足を目一杯上げ、大きな背中へかかとを落とす。体格差で劣るリリだが、マークがよろめいた今だからこそ、選べる足技だ。

 グラウンドへ押し付けるように。

 もしくは、踏み抜くように。

 強い意志と強化された脚力が合わさったことから、大地を揺らすほどの轟音は必然か。


「ぐっ⁉」

「まだまだ!」


 地面に叩きつけられ、マークは顔を歪ませる。完全に伏しており、見える景色はグラウンドの薄茶色だけだ。

 一方、リリは攻撃の手を緩めない。勝ち切れていないと理解しているからこそ、次の一手を繰り出す。

 垂直にふわりと浮き上がった理由は、先ほどとは方向こそ異なるものの、助走という意味では近しい。

 落下と共に、左足、右足、左足の順に三度、軍服の背中を踏みつける。相手は寝そべっており、その姿は無防備極まるも、リリは手心を加えない。


(さすがにこれなら!)


 靴越しでもわかってしまった、屈強なその背中。

 そうであろうと、無傷であるはずがない。

 自慢の脚力に落下のエネルギーと戦技を上乗せしているのだから、眼下の軍人が格上であろうと一矢報いたはずだ。

 願望にも似た予想ではあるものの、そう思わない者などいないだろう。

 一方的な連撃を、思い描いた通りに実行出来た。

 打撃よりも強力な足技を、命中させた。

 だからこその笑みなのだが、予想は次の瞬間に否定される。

 リリは満足しながらも、後方へ小さく跳ねた。

 もちろん、その過程においても対戦相手から視線を外してはいない。せいぜいが、まばたき程度か。

 その隙間で十分だった。

 敗者のように倒れていた対戦相手が、目と鼻の先で自身を直視している。

 本来は身長差があるのだが、リリはふわりと浮いている最中ゆえ、今だけは視線の高さが一致している。

 何が起きた?

 彼女の思考が停止した瞬間だ。足は未だ地面についておらず、体勢を立て直すことは愚か状況把握すら出来ずにいる。

 マークの行動は至ってシンプルだ。

 両腕を腕立て伏せの様に可動させ、音もなく立ち上がった。

 そのまま、魔女の目の前へ移動した。

 それだけのことだ。

 もっとも、この工程を一瞬でやってのけたのだから、第四先制部隊の隊長が異常であることは間違いない。


「お返しだ」

「ふえっ?」


 焦げ茶色の軍服が土にまみれようと、マークの闘志は健在だ。

 ゆえに、封鎖をかけた試合は継続される。

 そうであると主張するように、男はリリの生脚を右手で掴むと、片腕だけで容易く持ち上げる。

 リリは今なお、何もわからない。右足を掴まれた結果、見える景色は反転してしまった。

 つまりは、宙づりだ。

 マークは宣言通り、反撃を開始する。

 右腕だけで対戦相手を吊るし上げ、ムチを打ち付けるように地面へ。

 この光景には仲間の魔女だけでなく、部下達も青ざめるしかない。

 しかし、その動作は当然のように続行だ。

 男は自身を支点として、右腕を右へ左へ何度も振り下ろす。

 その度に痛ましい轟音が鳴り響くも、その回数が七度目の音色を奏でるや否や、審判代理が割って入る。


「終わりです、隊長」

「む?」


 子供のような背丈の軍人はコッコ。誰よりも長い黒髪を揺らしながら、勝者に対し決着を伝える。


「それ以上やると死んじゃいますよ、馬鹿」

「むぅ、これでも手加減したんだが……。ん? 今、馬鹿って言ったか?」

「二度目の時点でこの子は意識を失ってしました。手、離してください、馬鹿」

「お、おま……、上官を何だと……」


 マークは文句を言いながらも、大人しく従う。

 なぜなら、確かにリリは死体のように動かない。右足を掴まれ、宙づりのままなのだから、本来ならば両腕をバタバタとさせて抵抗するはずだ。

 しかし、今は両腕をだらんと下げ、両目と口は半開きのままだ。頭部からは出血しており、水滴のような鮮血が大地に赤い斑点を作っている。


「六回目のドシンで頭蓋骨が割れたようです。殺す気ですか?」

「い、いや、そんなつもりは……」


 副隊長のコッコだけが敗者の負傷具合を把握出来ている。

 裏を返すと、彼女がこの場にいなかったら、リリは確実に絶命していた。

 迅速な手当が必要なことから、コッコは彼女を抱きかかえたまま、無表情を貫きつつも大声をあげる。


「回復魔法!」


 素っ気ない合図ながらも、部下達の対応は迅速だ。

 戦闘系統が魔療系の軍人が数人、魔法を詠唱しながらグラウンドの中心へ歩み寄る。

 その結果、リリはコッコの腕の中で白色に輝く。黄色い髪は乱れており、ポニーテールが解けた結果、長い髪はぼさぼさだ。

 指一つ動かせない。

 瞼も当然開かない。

 額から流れる血液が彼女の顔を汚すも、大量の回復魔法が傷口をあっという間に塞いでくれた。

 この事態に、三人の魔女も駆け寄るしかない。


「リリ! 大丈夫⁉」

「まさかの敗北」

「起きたらパンチ」


 黒髪の魔女が心配する一方、双子は相も変わらず辛辣だ。

 もっとも、慌てる必要はない。手当は既に済んでおり、後はリリが目覚めるのを待つだけの状態だからだ。

 コッコが隊長の代わりに部下を労えば、今回の催し物は終了を告げる。

 回復魔法の使い手だけでなく、観客でしかなかった軍人達もそれぞれの持ち場へ戻って行く。

 ばつが悪そうなマークを他所に、ここからは話し合いの時間だ。


「もう大丈夫なはず。どうぞ」


 コッコの方が背は低いのだが、意識を失ったリリの方が今だけは小さく見える。

 傷が癒えようと、この魔女の姿は紛れもない敗者だ。

 砂まみれの黄色い髪。

 流血に染まった顔。

 赤い革鎧も傷まみれながら、これに関しては今回の試合によるものではない。


「あ、どうも……」


 ギャラリーが立ち去ったことで、空き地のようなグラウンドには六人しか残っていない。

 この中で二番目に年長な女性は魔女のパニスだ。身長もマークの次に高く、差し出されたリリを優しく受け止める。

 年齢的には姉と妹なのだが、軍人二人は親子という単語を連想せずにはいられない。


「まぁ、オレが言うのもなんだが、怪我しない内に帰ってくれ」

「殺しかけたくせに」

「う、うるさいよ……」


 副隊長の発言は真実ゆえ、上官と言えどもたじろぐしかない。

 手加減はした。

 可能な限り、手を抜いた。

 それでも、対戦相手を瀕死にまで追いやってしまった。

 この事実は否定出来ないことから、マークは縮こまってしまう。


「この子が負けた以上、大人しく従うわ」


 パニスがボーイッシュな黒髪を揺らしながら小さく頷く。

 リリは魔女四人組のリーダーだ。実力とひたむきな性格から抜擢されたのだが、それゆえに残りの三人は受け止めるしかない。

 ジレット監視哨の突破は不可能だ。この男が常駐する内は、諦めるしかないのだろう。

 もっとも、封鎖はいつの日か解かれるはずだ。

 ゆえに、焦らずともそのタイミングを待てば良い。

 彼女らにとっては遅すぎるのだが、敗者は敗者らしく諦めるしかない。


「ここまで来たのに」

「遠路はるばる」


 ミイトとモルカカは双子らしく同時に愚痴る。共に橙色の髪をつむじ付近で団子のようにまとめており、防具すらもお揃いの革鎧だ。

 姉のミイトが片手剣と盾を装備しており、妹のモルカカは弓の使い手。この点だけは明確な違いと言えよう。


「私達は急ぎたい。でも、こうなってしまっては……」


 手練れのリリなら、隊長級の軍人を打ち負かせると思っていた。

 正しくは、そう思い込みたかった。

 しかし、現実を突きつけられた以上、前進はありえない。

 パッツンと切り揃えられた黒髪の魔女。それがパニスであり、リリを抱きかかえたまま、静かに悔いてしまう。

 その独白に、マークは食いつかずにはいられなかった。


「なぜ、そこまで急ぐ? いや、仇を取りたいという気持ちはわかるが……」

「あなた達はご存じないでしょうけど、討伐隊が組まれ、かつての里を目指しました。二か月前のことです」


 パニス達が急ぐ理由でもある。

 里を滅ぼした、憎き魔女達。これらに倒すため、生き残った者達は立ち上がってしまった。

 その危険性を考慮し、長を務めるエルディアやその母親は反対するも、彼らの意思は揺るがない。

 肉親や友人が容赦なく殺された。

 その怒りは一年半という月日では色褪せず、討伐隊はひっそりと旅立ってしまう。

 おおよそ、二か月前の出来事だ。


「訊くまでもないが、誰一人として戻らなかった、と」


 マークの表情は険しい。魔女の心境を慮れば当然か。


「そうです。あれらと戦っている最中のか、最悪の状況なのか、私達の中でも意見は分かれています」

「それは……、酷な言い方になりますが、考えるまでもないような……」


 コッコが眉をひそめた理由は、同情心だけではない。

 内心では呆れている。

 イダンリネア王国と魔女の里は、徒歩での往来など不可能なほどに離れている。魔物という障害が忽然とこの世界から消滅しようと、行き来しようなどと考える者はいないだろう。

 しかし、傭兵や軍人のような強者なら話は別だ。体重ほどはあるであろう鉄の塊を振り回すばかりか、それを背負って何百キロメートルだろうと走れてしまえる。

 討伐隊に志願した魔女達が、卓越した身体能力の持ち主であることは想像に難くない。里を襲った者達の実力を目の当たりにしてもなお、立ち向かった者達だからだ。

 彼らなら、一週間もかからずに目的地へ赴ける。

 リリ達でさえ、ジレット大森林に半日足らずで到着してみせたのだから、疑う余地は見当たらない。

 だからこそ、軍人二人は確信を得ている。


「で? 何人が向かった?」

「九人です。その中には、この子の兄も含まれています」


 隊長の問いかけに答えながら、パニスはリリの頭を撫でる。


「兄? あぁ、まぁ、そうか。魔女の集まりと言えども、その半数は男だしな。当然と言えば当然か。兄が一向に帰らない。だから、急いで合流したい、と。泣けるぜ」

「彼らは一人一人が里を代表するほどの実力者です。私達もそうですが、この一年で等級を四まで上げましたから……」

「うお、それはすごいな。コッコ、どういうことかわかるか?」

「いえ、さっぱりです。僕にもわかるように教えてください」


 等級とは、傭兵のため制度だ。

 傭兵試験に合格したら等級一。以降は条件を満たす度に、その数字が一つずつ上昇する。

 襲撃から逃げ延び、避難することが出来た魔女達だが、当然ながらその時点では全員が無職だ。

 イダンリネア王国は彼らに住む場所と食べ物、そして一時金を支給するも、金はいくらあっても足りないことから、魔物を屠れるほどの強者はその多くがギルド会館の門を叩いた。


「こいつらはたったの一年そこらで等級四に至った。しかしな、そんなケースは早々にない。なぜなら、等級一から始まって、まぁ、個人差はあれど一年もかからずに誰でも等級二には上がれる。なんせ仕事を八十個こなせば済む話だからな。問題はその次だ」

「あ、僕も思い出しました。確か、四百個の依頼達成が等級三への条件でしたっけ?」

「そうだ。コッコ、おまえさんは一年でその数をこなせると思うか?」

「うーん、まぁ、無理ですね」


 コッコはあっさりと否定する。

 ギルド会館の掲示板に張り出される仕事は多種多様だ。

 それらは依頼人にとっての願望であり、傭兵は彼らの代わりにその目的を達成することで報酬を受け取る。

 傭兵はその多くが、等級三であると言っても過言ではない。

 仕事を求めて掲示板の前に立ち、身の丈に合った依頼を受領後、目的地へ出向いて魔物を討伐、もしくは指定された物品を持ち帰ることで金を稼ぐ。

 その繰り返しこそが傭兵の日常なのだが、その過程で等級は一から二へ自動的に上がってくれる。

 そして、数年後には三へ。

 そう。四百もの依頼をこなすには、それ相応の年月が必要だ。

 なぜなら、一つの仕事を完遂するにも、当然のように数日はかかってしまう。

 内容によっては数週間もザラではない。

 その理由の最たるが、移動に費やす時間だ。

 マリアーヌ段丘にて草原ウサギを狩るだけなら、その日の内に達成可能だろう。城下町を一歩踏み出せば、そこが目的地だからだ。

 しかし、その先となると話は変わってしまう。

 徒歩の場合、マリアーヌ段丘を越えるだけでも五日前後は見込む必要がある。往復ならばその倍だ。

 もちろん、傭兵の多くは走って移動する。時間を圧縮するためであり、体力が許す限りは地面を蹴り続ける。

 それでも、一日一個というペースでの依頼達成など不可能だ。

 掲示板に張り出される依頼は、当然ながら日によって変わる。

 タイミングによっては、仕事にありつけない日もあるかもしれない。

 そもそも等級を上げることに固執する理由など一切ないのだから、傭兵は自分達のペースで依頼に挑めば良い。


「オレだって一年で等級を三に上げられる自信はねーな。三から四は楽勝だが……」


 マークはこの部隊の隊長だ。

 ゆえに、その実力は突出している。

 王国軍の主たる任務は、巨人族を掃討することだ。

 以前は魔女の殲滅も含まれていたのだが、女王が人間宣言を行った時点で魔女関連の記載は全て取り払われた。

 等級三までは、実力に関係なく登り着けることが可能だ。依頼の難易度に関わらず、ひたすらにこなすだけで良いのだから、その過程で死なない限りは到達出来るだろう。

 問題は等級四。

 ここで、傭兵はふるいにかけられる。

 等級三から四へ上がるためには、試験に挑まなければならない。

 そのお題目は、単身で巨人族一体の討伐。

 この内容こそが、傭兵を尻込みさせる原因だ。

 セオリーでは、巨人族と戦う際は三人で協力し合うべきだと言われている。傭兵であろうと、軍人であろうと、このスタンスは変わらない。

 それほどにこの魔物は手ごわく、ゆえに、等級四の試験はただただ非常識だ。

 等級制度に飛び級はないことから、仮に巨人を一人で倒せるほどの強者であろうと、その数字は一から始まり、二、三の順に上げなければならない。

 マークとコッコの眼前にいる四人の魔女が、巨人族を単身で倒せるほどの強者であることは、その等級が証明してくれている。

 しかし、一年でそこまで駆け上がったことは驚嘆だ。

 むしろ、ありえない。

 金を稼ぐためでもあり、強くなるためでもあったのだろう。

 それでも、寝る間を惜しんで依頼をこなし続けようと不可能に近い偉業だ。

 少なくとも、マークとコッコはやる前から諦めてしまう。それほどに非現実的な挑戦だ。


「補助金は打ち切られますし、六百人を養うとなると、稼げる人間が稼ぐ必要がありましたから……。あ、王国にはもちろん感謝していますよ?」


 パニスは顔をあげ、二人の軍人に視線を向ける。

 彼女の発言に嘘偽りは一切ない。

 イダンリネア王国は、一年限りながらも移住者達に金を配り続けた。

 生きるため。

 そのためには少々心許ない金額ながらも、その甲斐あって彼らは飢えずに済む。

 しかし、一年限定だ。いかに王国と言えども、金を無限に生み出すわけにはいかず、限りある中からその一部を避難民に分け与えた。


「恩を感じてくれてるのなら、今回は出直してくれ。何度も言うが、この先は本当にヤバイ。おまえさん方があいつらを見つける前に、巨人族に殺される可能性の方が遥かに高い。その九人に関しても、里までたどり着けなかったかもしれない。今はそういう状況なんだ」

「それほどの巨人が?」

「ああ。ほとんどが有象無象なんだが、とびっきりがいてな。そいつは右腕を失っているから一目でわかる。あれだけは別格、オレでさえ攻めあぐねるような化け物だ」


 こう言われてしまっては、魔女達は引き返すしかない。

 四人の中で、リリが最も秀でた戦士だ。副隊長を圧倒することは出来たが、隊長との試合では完膚なきまでに痛めつけられた。

 マークは服装こそボロボロだが、自身は傷一つ負っておらず、対照的にリリは死の寸前にまで追い詰められてしまった。

 決断の時なのだろう。パニスはそう考え、ゆっくりと口を開く。


「ミイト、モルカカ、この子が目覚めたら帰国しますよ」

「ぐえー」

「そんなー」


 双子が愚痴ろうと、選べる選択肢はそれだけだ。

 ゆえにパニスは背筋を正しながら、二人の軍人に頭を下げる。


「お騒がせしました。実力不足を痛感した以上、大人しく従います。リリが起きるまではここにいてもよろしいでしょうか?」

「ん? あぁ、もちろん構わな……」


 魔女からのささやかな願いを聞き入れようとしたその時だった。

 マークとコッコは異変を察知する。

 勘違いでないことは、直後に鳴り響いた太鼓の音からも明らかだ。

 騒々しくもリズミカルな空気の振動。それが何を意味するのか、軍人だけが知っている。


「敵襲だと」

「しかし、変です」


 副隊長が長い黒髪を揺らしながら首を傾げる理由は、ノイズのような何かを聞き取ったからだ。

 監視員が敵の姿を認識するよりも早く、何かがこの軍事基地に起きた。

 その正体についても、二人はぼんやりと悟ってしまっている。

 マークとコッコが振り返ったその時だった。

 同時に、敵襲の知らせがすっと途絶えてしまう。

 その原因を調べる必要はない。

 なぜなら、彼女らの方から現れてくれた。


「やーっとババアの許可が出たからってんで攻め込んでみたけど」

「王国軍ってことの程度なんだ~、ざっこ」

「数も少なくない?」

「まだ二十人しか殺せてない」

「ふん」


 石造りの砦、その屋上に古傷だらけの女が六人、仰々しく立っている。一人を除いた五人が一斉にぼやくも、決して自己紹介ではない。

 しかし、外見からわかることもある。

 六人が全員、魔眼を宿しているということ。

 つまりは魔女だ。

 そして、数人の手が血で汚れていることから、ここに至るまでに何かを殺したことは間違いない。

 マークは地上から六人を見上げながら、同時に高台の方へ視線をずらす。

 監視役の部下が太鼓を叩かない理由、それは既に殺されてしまったからだ。和太鼓の白い膜が赤く染まっており、わずかに見える部下の腕はピクリとも動かない。


「隊長」

「ああ、最悪だ」


 コッコは知っている。

 隣のマークも同様だ。

 突如として現れた六人組は、偶然にも背後の四人が探し求めていた宿敵。リリ達の里を襲撃し、あっという間に六百人もの人間を殺しに殺した連中だ。それが前触れもなくこの場に現れてしまった。

 ただ一人、傷一つ見当たらない六人目が、冷静に状況の分析する。


「王国軍だけじゃない。なんで魔女がここに? 王国にもいるの? それとも、あの時の生き残りかしら? みんな、青髪のちゃらっぽい男だけは侮らないように。強くはないけど、多分、弱くもない」


 赤髪のこの女こそがリーダー格なのだろう。

 彼女の発言に対し、他の五人は頷き、相槌を打つ。


「どうせ全員ぶっ殺す!」

「そーでーす」

「余裕っしょー」

「あのおっさんは壊しがいがありそう」

「ふん」


 ジレット監視哨は大森林の入り口などではない。立派な軍事拠点であり、現在は双方向からの行き来をせき止めている。

 そのために軍人達が門番の役割を果たしているのだが、彼女らは土足で上がり込めている。そればかりか、屋上から地面を見下ろしている最中だ。


(先ほどの悲鳴はそういうことか、くそっ)


 その事実がマークを心底苛立たせる。

 つまりは、頭上の敵はここに至る過程で何人もの軍人を殺したということだ。

 太鼓が鳴らされる直前、遠方から悲鳴のような声がいくつも発生したのだが、勘違いではなかった。

 しかし、そうであろうと何も変わらない。

 遅かれ早かれ、ここに派遣された軍人達は全員殺されてしまう。

 そのような未来を否定したいのなら、犠牲が必要だ。


「オレが時間を稼ぐ。もって一分そこらだろうが……。コッコはこいつらを連れて逃げろ」

「隊長、それは不可能です。奴らにここまで近づかれた時点で、完全に詰みです。だから私も加勢します」


 一年半前に実施された、魔女達の里帰り。マークとコッコは部下を引き連れて同行したことから、この六人との邂逅は今回で二度目だ。

 ゆえに、わかる。

 第四先制部隊が総動員しようと。

 後ろの魔女四人に協力を仰ごうと。

 まるで戦力が足りていない。

 屋上の六人はそういう連中だ。

 もはや逃げることさえ叶わない。仮にマークが足止めに成功しようと、その行為を嘲笑うように六人の誰かが逃亡者に追い付き、あっという間に殺すだろう。

 受け入れたくない状況だ。

 しかし、目を背けたところで何も始まらない。

 それをわかっているからこそ、男は怯むことなく腹をくくる。


「どうなっても知らんぞ」

「はい」


 上司と部下という間柄だからこそ、阿吽の呼吸で方針を共有する。

 自分達は今日ここで死ぬのだろう。

 そこまでわかっていながら、それでもなお立ち向かう。

 部下を一人でも多く逃がすため。

 生き延びた魔女四人を再び逃がすため。

 負けるとわかっていても、マークとコッコは軍人らしく胸を張る。


「オレ達が食い止める。その間におまえ達だけでも逃げてくれ。運が良ければ、一人くらいは助かるかもしれん」


 希望的観測だ。

 それでも今は、そう言う他ない。

 しかし、その願いは聞き入れられなかった。


「一人だけでも仕留めるわよ。ミイトはいつも通りに、モルカカはリリのおもりを」

「この命に代えても」

「リリが起きたら加勢する」


 探す手間が省けた以上、撤退の二文字はありえない。

 つまりは、彼女らの参戦は必然だ。

 その決断が、マークを動揺させる


「お、おい、おまえ達……」

「隊長さん、無理を言ってごめんなさいね。だけど、出発した時点で決断は済んでるの。この命と引き換えに、あいつらを一人でも多く殺すって。そのための努力は続けてきたわ。全然足りなくても、無駄死にするくらいなら刺し違えたい」


 年長者として、パニスが仲間達の心情を述べる。

 彼女はこれで三度目の遭遇だ。

 一度目は逃げることしか出来なかった。

 二度目は遠目からその戦いを眺めるだけで終わった。

 しかし、今日だけは異なる。

 覚悟に裏付けされた闘志が、恐怖を上回ってくれた。

 ならば、その足は前へ進んでくれる。

 最大戦力のリリは未だ意識を取り戻さない。この点だけは誤算だが、ここには王国軍の拠点ゆえ、そういう意味では想定を上回る戦力だ。

 パニス達も頭ではわかっている。

 まっとうに戦っては、四人がかりでも太刀打ちできない、と。

 一方で、相手が一人だけの場合、勝算はあると考えている。犠牲は出るだろうが、それでも構わないという方針が彼女らの見解だ。

 最初から、この遠征は片道のつもりだ。

 四人は例外なく復讐者であり、言い換えるなら敵討ちこそが生きる理由そのものと言える。

 イダンリネア王国から遠く離れたこの地で、彼らは偶然にも相まみえてしまった。

 二人の軍人。

 四人の魔女

 そして、六人の魔女。

 立場や境遇は異なるものの、今だけは言い逃れが出来ないほどに結びついている。

 殺すか、殺されるか。

 それを決めるのは強者であり、誰がそうなのかは今から決める。

 見上げる者。

 見下ろす者。

 出会ったしまった以上、戦いは避けられない。それを望む者がいるのだから、偶然ではなく必然か。

 闇よりも黒い意思が嘲笑う中、絶え間ない悲鳴がこの地に生まれる。

 止まらない。

 止められるはずもない。

 この地は赤く染まろうと、この出来事は単なる序曲。

 戦いの火ぶたは、切って落とされた。

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