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第三十三話 魔女と軍人

 眼前には少女のような軍人が立っている。巨大な剣を片腕だけで構えており、その表情は無機質ながらも眼光の闘志は戦士のそれだ。

 二人を取り囲う、多数の軍人達。焦げ茶色の軍服は先制防衛軍の制服であり、彼らは四番目の部隊に所属している。

 審判役を務める男こそがこの部隊の隊長だ。

 マーク・トュール。長い青髪を揺らしながら後ずさる理由は、避難のために他ならない。

 ゴングは鳴らした。

 ゆえに、後はどちらが強者かを見極めるだけだ。

 多数のギャラリーに見守られながら、睨み合う二人の女性。耳障りな喧騒に包まれてもなお、両者は眉一つ動かさない。それほどに集中しており、だからこそ、牽制代わりの挑発は必然だった。


「あんたが小さいのか、その剣がでかいのか。実際のところどうなの?」


 三人の魔女を引き連れる彼女もまた魔女だ。魔眼は灰色の両手剣とその持ち主を交互に見定めており、その一挙手一投足を警戒している。

 リリ。眼前の軍人よりも二回り以上は長身ながらも、こちらは素手ということから、体格差はあってないようなものだ。

 仲間達の視線を背中で受けながら、仁王立ちを維持している。相手の出方を窺っているのだが、その姿は傲慢だ。

 見下してはいない。

 しかし、自信に満ち溢れている。

 対戦相手が有象無象の軍人でないことは看破しているのだが、自身はそれ以上だと自負している。

 ゆえに、おちょくるような言葉を投げかけたのだが、感情を揺さぶるには至らない。


「スチールクレイモアは両手剣。しかもこれは特別なの。羨ましい?」


 背が低かろうと軍人として務まる理由は、卓越した身体能力の持ち主だからだ。

 コッコ。第四先制部隊の副隊長。

 濡羽色の髪は非常に長く、感情を表には出さない女性だ。

 軍服の上に灰色の胸部アーマーを装着しており、武器防具共に鋼鉄製ゆえ、その重量は大人であろうと膝をつかせる。

 しかし、彼女は腰を落として身構えており、よろめくどころか斬りかかる準備すら済んでいる。

 闘志と闘気。そのどちらもが一級品だ。

 四人の魔女も、肌でその事実を感じ取っている。

 そうであろうと怯まない。リリは不敵な笑みで相手の口車に乗る。


「んなわけあるか。あぁでも、軍の支給品なら高く売れそうだな。負かすついでに取り上げてや……」


 その隙を見逃すほど、コッコは愚かではない。

 棒立ちながらも警戒していた対戦相手が、一瞬ながらも気を緩ませた。

 ならばやるべきことは一つ。

 音もなく一歩を踏み出すと、水たまりを飛び越えるようにふわりと浮き上がる。

 着地という結果を待つことなく、振り下ろされる灰色の大剣。前進と攻撃を一体化させた、無駄のない一手と言えよう。

 対応出来る者などいない。

 右へ避けるか?

 左を選ぶか?

 迷う猶予すら与えてはもらえなかった。

 ゆえに、鋼鉄の刃が肉を切り裂くのは必然だ。

 残念ながら、その必然は彼女にだけは当てはまらない。


「るっ、と……」


 巨大なの刃が空を切る。

 灰色の刃先が、眼前を上から下へ素通りする。

 スチールクレイモアの長さを見極めた上で、必要な分だけ後方へ下がった結果だ。

 最低限の後退による、完璧な回避。

 それを一発で成功させたことも去ることながら、その俊敏性には観客も息を飲むしかない。

 一方、避けられた側は相も変わらずの無表情だ。巨大な刃がドスンと地面にめり込むも、何事もなかったかのようにそっと持ち上げる。


「なかなかやりますね。危うく殺すところでした」

「いや、本当にな! おい、審判! どういういことだ⁉」


 リリが吠えるも、その主張は概ね正しい。

 この斬撃がもしも当たっていた場合、彼女の頭蓋骨は確実に割れていた。回復魔法による治療すら追い付かない負傷ゆえ、脳しょうをまき散らす死体がそこに出来上がっていただろう。


「コッコ、手加減していたとは言え、今のはやり過ぎだ。狙うなら急所以外にしろ」

「了解です」


 上官と部下のやり取りはあっという間に済まされる。

 しかし、副隊長のさりげない一言が、魔女の感情を逆なでてしまう。


「あーん? 手加減ー? 私のこと、バカにしてるの?」

「バカにはしていません。ですが、頭は悪そうだなと思っています」

「ふっざけてろ!」


 表現が異なるだけで意味合いは近い。

 それをわかってしまったからこそ、リリは怒り心頭だ。

 もちろん、雄たけびを上げるだけではない。

 獲物を視認した獣のように。

 睨み、腰を落とす。

 予備動作が済んだと同時に、彼女の姿がそこからいなくなる。


「ぐ⁉」


 小さなうめき声はコッコのものだ。

 体をくの字に曲げたまま、後方へ吹き飛ぶ。

 押されたわけではない。

 引っ張られたわけでもない。

 腹部を蹴られた結果だ。


「魔女をなめんなよ」


 ポニーテールを揺らしながら、リリは勇ましく姿勢を正す。

 怒りをバネに駆けた。

 相手の左側をすれ違う瞬間、ただただシンプルに蹴とばした。

 手順としてはそれ以上でもそれ以下でもないのだが、仕返しとしては上出来だ。

 一方、コッコは軍人の群れに突っ込んでしまう。

 言い方を変えるなら、複数の部下によって受け止められたのだが、もしもこの試合に場外というルールが設けられていたのなら、勝敗が決した瞬間と言えよう。

 もっとも、そのような取り決めは存在せず、コッコは部下を労いながら、自分の足であっさりと立ってみせる。


「昼食のオムライスが逆流するかと思いました。なるほど、確かにこれは……」


 手ごわい相手だ。

 コッコは改めて気を引き締める。

 蹴られた部位は無傷ではない。

 スチールアーマーは胸元だけを守る防具ゆえ、背中や腹部は無防備だ。

 それゆえの痛打となってしまった。焦茶色の軍服を着ているものの、緩衝材の役目を果たすには至らない。


「へ~、今ので気絶しないなんて、あんたもなかなかじゃん」


 リリは関心するように首を傾げるも、その表情からは余裕が感じられる。

 負傷させた者とさせられた者。

 その差が明確な優劣だ。

 魔女は満足するように両腕を組んで、改めて仁王立ちに移行する。


「決して見下してはいなかったのですが……、大変失礼しました。ここからは……、本気でいきます」


 巨大な剣を引きずる姿はどこか不気味だ。わずかな吐血は内臓を負傷した影響なのだが、彼女の足取りは鈍っていない。

 一方でこの発言は負け惜しみのようだ。

 しかし、周囲の軍人達が相も変わらず歓声に湧いていることから、虚勢ではないのだろう。

 そうであると、これからの行動で証明する。


「アグレッシブモード」


 その呼び声と共に、彼女から強力な闘気が放たれる。

 こけおどしではない。

 はったりでもない。

 それをわかっているからこそ、リリは顔を引きつらせる。


「げ、まじ? うおっ⁉」


 頭上から振り下ろされる斬撃は、先ほどよりもさらに速い。本気を出した上に戦技が上乗せされた結果ゆえ、当然と言えば当然か。

 アグレッシブモード。戦術系という戦闘系統に当てはまる人間が習得する能力。効果時間は一分間に限られるも、自身の身体能力を高めることが可能だ。上昇幅は微々たるものだが、リスク無しに発動可能ゆえ、使い得と言える。

 そうであろうと、この魔女はスチールクレイモアを避けてみせた。怯みながらの後方跳躍ゆえ、見栄えは不格好かもしれないが、奇襲じみた一撃はまたも空振りに終わった。

 巨大な刃がグラウンドを穿つ光景は先ほどのリプレイだ。

 しかし、ここから先は似て非なる。

 追撃のため、距離を詰める軍人。

 矢継ぎ早に放たれる斬撃を、全てあしらう魔女。

 攻撃する側とされる側。わかりやすい攻防だ。

 にも関わらず、周囲のギャラリーは目を疑う。

 当然だろう。自分達の上官が優勢なようでそうでないのだから、固唾を飲んで見守るしかない。

 巨大なスチールクレイモアが、縦横無尽に振り回されている。がむしゃらな斬撃ではなく、その一振りが必殺のそれだ。

 それでも当たらない。

 正しくは、避けられてしまう。

 コッコとしても、ぼやかずにはいられなかった。


「こ、これほど……」

「おう、そういうこった!」


 第四先制部隊は伊達ではない。この地に派遣されていることが、その証明足り得る。

 その部隊の副隊長ともなれば、精鋭の中の精鋭だ。

 才能と努力。その両方に裏付けされた実力を彼女は持ち合わせている。

 だからこそ、隊長に次ぐ地位を与えられており、その実力は一騎当千と言う他ない。

 そのはずだった。

 コッコに関する事実は揺るがずとも、眼前の魔女はそれ以上だ。

 なぜなら、対照的に汗一つかいていない。


「く……」

「お、自慢の戦技は時間切れか。勝負ありだな」


 リリの言う通り、対戦相手は息を切らすばかりか、圧迫感すらも手放してしまった。

 アグレッシブモードによるドーピングが終わった結果だ。

 再発動までのインターバルは百二十秒。効果は一分間持続するため、残りの六十秒は素の実力で戦わなければならない。

 時間稼ぎではないのだが、コッコはこのタイミングで問いかける。


「あなたの戦闘系統は?」

「教えるかよ。次はあのおっさんをぶっ飛ばすんだから」

(おっさん……、おっさん⁉ オレのことか⁉)


 悪意はなくとも、鋭利な発言がその男を傷つける。

 マーク・トゥール。

 第四先制部隊の隊長。

 年齢は三十八歳。

 愛妻家であり、自宅に妻と子供が待っていようと、二十二歳の女性からすればそうなのかもしれない。

 審判が一人静かによろめく一方、軍人と魔女は問答を継続させる。


「あなたは確かに強い。想像以上だった」

「こちとら地獄を味わったんだ。ぬるま湯に浸ってるような軍人とはわけがちげーんだよ。おっと、あんたらの悪口を言うつもりはなかった。すまなかったな」


 リリの悪態は癖のようなものだ。

 しかし、眼前の対戦相手を含め、彼らは決して赤の他人ではない。

 故郷に残した死者を葬ってくれたのだから、言ってしまえば恩人のようなものだ。

 それゆえに、彼女の口からは素直な謝罪が飛び出す。


「お気になさらず。僕もあなたのことをバカっぽいと思っていましたから」

「お、おまえ、さっきから何回それ……、まぁ、いいや。おいらの勝ちでいいんだな?」

「はい。後は隊長にお任せです。構いませんよね? おじさん」

「おい! そ、それ、マジで止めて……。給料減らすぞこの野郎……」


 勝負ありだ。

 流れ弾が隊長に命中するも、傷ついている場合ではない。

 副隊長は決して前座ではなかった。

 勝てるだろうと思って推薦した。

 しかし、結果はこれだ。

 魔女が圧勝した。

 ゆえに軍人達に出来ることは一つ。

 リリが勝ち誇る姿を、呆然と眺めるしかない。

 軍人の実力は本物だ。

 その平均値は傭兵以上だと言われている。

 しかし、今回は敗れた。

 復讐に燃える魔女が、さらなる強者だった。

 それだけのことだ。

 リリは負けない。

 負けるつもりなどない。

 後方で退屈そうに見守る仲間達には、応援の一つでもしろと文句を言いたいものの、今は次の戦いに集中する。

 まだ終わっていない。

 それをわかっているからこそ、魔女は笑みを浮かべて手招きする。


「来いよ、おっさん」


 チープな挑発だ。

 しかし、効果は抜群だった。


「オレは手加減なんてせんぞ! 歯食いしばれ!」


 隊長の怒声を受け、部下達が再び盛り上がる。

 リリとマーク。

 魔女と軍人。

 第二ラウンドの始まりだ。

 青空はまだまだ明るい。仮にこの戦いが長引いたところで、太陽が沈む前には終わるだろう。

 魔女達の眼前には、多数の軍人と巨大な軍事基地が立ち塞がっている。これらを乗り越えなければ、先には進めない。

 ここは森の入り口、ジレット監視哨。彼女らの里はまだまだ先なのだから。

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