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第三十二話 立ちはだかるのなら

 その部屋には華やかなものが何一つ置かれていない。

 殺風景だからこそ、職務が捗るのだろう。机に積みあがった書類の束を、男は黙々と読み進めている。

 焦げ茶色の軍服は先制防衛軍の証だ。室内同様に素っ気ないデザインながらも、彼らの胸中には眩いほどの使命感が宿っている。

 眼光鋭いその男はマーク・トュール。八十人の部下を従える隊長だ。

 所属する隊は第四先制部隊。現在はジレット監視哨に派遣されており、巨人族の猛攻を食い止めながらも、一方で王国側からの通行も封鎖している。

 長い青髪を揺らしながら、背もたれに体を委ねた瞬間だった。

 ギィと椅子が小さく唸るも、既に男の関心は扉の方へ向けられていた。

 なぜなら、廊下を行き交う足音が騒がしい。部下がせわしなく走っていることは明白ゆえ、興味はなくとも視線は無意識に動いてしまう。


「失礼します、隊長」


 急かすようなノック音が三回。

 返答を待たずに扉が手早く開かれると、ガタイの良い軍人が慌てた様子で顔を覗かせる。


「どうした? 招かれざる客か?」


 もはや日常茶飯事なのだろう。マークは無表情を貫きながら、部下の困り顔を凝視する。


「そんなところです。ですが、その……」

「珍しく歯切れが悪いな。どうせ傭兵なのだろう? さっさと追い払え」


 ジレット監視哨は現在封鎖中だ。それ以上でもそれ以下でもないのだが、傭兵にとっては死活問題でもある。

 その理由は、向こう側に広がる大森林が有益な狩場だからだ。

 ジレットタイガー。そう命名された漆黒の大トラを狩ることで、一部の傭兵が金を稼いでいる。大金にはならないものの、安定した収入が見込めることから、腕に覚えのある連中がこぞってこの森に通っていた。

 しかし、今はわけあって禁止されてしまった。

 それでも諦めの悪い傭兵がこの地を訪れるも、入口を兼ねた軍事基地にて門前払いを受ける。

 それがここでの日常であり、軍人としても余計な仕事が増える手前、ため息の一つもこぼしてしまう。


「頑なに食い下がってきて……」

「気概の良い野郎ってことか」

「いえ、その、野郎と言うか、魔女と言うか……」


 この返答が、室内に静寂をもたらす。

 なぜなら、この部隊と魔女には接点があり、それこそが無碍には出来ない理由だ。


「ち、仕方ない。俺が出る。代わりにこの書類は任せた」

「こちらです。案内します」

「いや、そんなんいらん。代わりに……」

「あ、そこ、段差あるので気を付けて」

「段差なんかあるか」


 ここは第二の勤務先ゆえ、部下の誘導など不要だ。

 それでも案内されるように導かれ、正面玄関から外へ踏み出す。

 石造りの拠点を背に正面を眺めると、そこは訓練場も兼ねた平地だ。軍人達が魔物の襲撃に備えつつも汗を流す場所なのだが、今は多数の男女が棒立ちのまま睨み合っている。

 当然ながら、そのほとんどが見知った隊員達だ。

 今回はその中に、見知らぬ客人達が混ざっている。


「あいつらだな」

「はい」


 同伴中の男が頷いたことで、マークは前進を再開する。

 状況把握は完了した。

 揉めている理由も。

 ここに現れた四人の素性も。

 食い下がる心情さえも、この男は一瞬で察知してみせた。


(まぁ、わからなくもないが……。だからといって……)


 彼女らを通すわけにはいかない。

 なぜなら、ここはまだ戦場ではない。

 しかし、一歩でも踏み越えれば話は別だ。人間を殺したくてたまらない連中が、鼻息荒く待ち構えている。

 せっかく救われた命だ。

 ましてや、彼女らは既に王国の民でもある。

 ならば軍人らしく、守りたいと思うことは傲慢ではないはずだ。

 眼前の空き地は、いつにもまして騒々しい。

 通り抜けたい者。

 それを阻止したい者。

 互いが互いの意志を主張しあっている以上、責任者の介入は必須だった。


「ちょっといいか?」


 穏便に話を進めたい。マークの紛れもない本心だ。

 下手に出るつもりはないのだが、頭ごなしに怒鳴るつもりもない。

 目的は説得ゆえ、喧嘩を売られない限りは優しい軍人を心がける。

 隊長の登場により、この場の空気は一瞬で様変わりした。

 軍人達が緊張を解きほぐすように息を吐く。このままでは武力行使もやむを得ないと考えていたため、安堵せずにはいられない。

 対する魔女達だが、彼女らの反応は多種多様だった。


「あーん? 何よあんた? まーた説明しないといけないわけー?」


 黄色い髪は後頭部で束ねられており、所謂ポニーテールという髪型だ。荒々しい口調と険しい顔つきは、性格の現れと言えよう。

 その身なりは傭兵と大差ない。真っ赤なハーネス鎧はあちこちに傷があり、背中の鞄からも年季が感じられる。彼女の瞳が魔眼でなければ、ギルド会館で見かける傭兵そのものだ。

 この魔女の名前はリリ。最年長ではないものの、秀でた実力と行動力を買われた結果、四人チームのリーダーに納まっている。

 彼女が怒り心頭の理由はシンプルだ。

 軍人達が立ちふさがっている。

 そのせいで自分達の前進が妨げられているのだから、問答無用で殴りかかりたいほどだ。

 しかし、今はまだ握り拳を振り上げてはいない。時間の問題ではあったのだが、眼前の軍人達が穏便に済ませようと努める以上、口論に徹するしかなかった。

 そして、この男が現れた。


「オレは第四先制部隊の隊長だ。その意味、わかるか?」


 実は、マークのこの発言には騒動を終わらせるだけの効力が秘められている。

 しかし、今のリリにはわかるはずもない。頭に血が上っており、耳に届いた情報を素通りさせてしまう。


「わざわざ隊長様までいらっしゃって。なーに、暇なのー? あ! ここでぼ~ってしてるだけだもんねー、暇で暇で仕方ないかー。あーあーあー……、平和ボケした連中は引っ込んでて! こっちのことなんて何もわからない癖に! もう! ホント腹立つ!」


 自己完結するように、リリが雄たけびを上げる。

 自分達が被害者だという認識は正しいのだが、ここでヒステリーを起こしたところで何も解決しない。

 その程度のことは承知していながらも、感情の爆発を抑えられなかった。黄色いポニーテールを揺らしながら、体を曲げて悶え苦しむ。

 一方、叫び声を浴びせられてもなお、その男は微動だにしない。

 心身共に屈強の証だ。

 それに加え、眼前の魔女が思い違いをしていることから、先ずはそれを正さなければならない。


「そちらの魔女さんは気づいている様子だが、オレは部外者じゃない。君達とは、いや、エルディア殿やハバネ殿とは縁があってね」


 リリの後方には、三人の魔女が待機している。

 マークはその内の一人を覚えていた。顔なじみというわけではないのだが、接点があることには変わりない。


「そちらの魔女って誰のこと?」

「私ですよ」


 リリがしかめっ面のまま振り向くと、長身かつ黒髪の女性がすまし顔で反応する。

 彼女の立ち振る舞いはマネキンのようだ。軍人達に囲まれてもなお、無表情を貫いている。

 四人の中で最も背が高く、年齢も最年長なのだろう。佇まいは大人のそれだ。

 先頭のリリがリーダーであることは間違いない。

 そうであろうと今は説明を求めてしまう。


「なんでパニスが?」

「この人は、いいえ、ここの人達は、一年前、里まで護衛してくれた王国軍です」


 光流暦千十七年、この四人を含む魔女達は、遥か西の山脈でひっそりを暮らしていた。

 他の魔女とも関わろうとはせず、魔物の脅威に抗いながら自分達の力だけで静かに生き延びていた。

 しかし、悲劇は訪れる。

 ある日突然、見知らぬ魔女が現れると、問答無用で襲い掛かってきたからだ。

 襲撃者の数は、たったの七人。

 迎え撃つは千二百人。

 物量差は歴然だ。勝負にすらならない。

 そのはずだった。

 結果は七人の圧倒だ。一方的な蹂躙に、里の者は老若男女問わず殺されてしまう。

 それでも半数近くが逃げ延びられたのだから、奇跡と言う他ない。

 もちろん、偶然でもなければ七人の気まぐれでもない。

 エルディアとハバネ。

 里を代表する最強の親子が奮闘したからこそ、退路の確保に成功した。

 もちろん、他にも多数の戦闘要員が反撃を試みるも、その多くが命を散らす。

 なんとか逃げ延びた者達だが、当然ながら行く当てなどない。

 七人の魔女に追いつかれ、殺されるか。

 どこかで野垂れ死ぬか。

 末路はこの二つだけだ。

 しかし、そうはならなかった。

 なぜなら、この悲劇の直前に、イダンリネア王国の女王が人間宣言を宣布していた。

 魔女は魔物ではなく、自分達同様に人間である、と。

 王国の民は混乱した。

 すぐには受け入れられなかった。

 いかに王族がそう通達しようと、常識を覆すには時間がかかってしまう。

 ましてやそれが千年も続く一般教養なら、なおさらだ。

 親から子へ。

 子から孫へ。

 彼らは教養の一つとして、語り継ぐ。

 魔女は人間の姿を模倣した魔物だから、もし見かけても近づいてはならないよ、と。

 疑う者などいなかった。

 王国軍が巨人族だけでなく魔女とも戦っていたことから、当然のことと受け入れられた。

 しかし、現実は異なる。

 魔女は魔眼を宿しただけの女性だ。

 女王がそう宣言し、後日、実物が彼らの前に現れた以上、新たな常識を受け入れるしかなかった。

 エルディア・リンゼー。戦う力を失った母に代わり、生き延びた同胞を城下町へ導いた元傭兵。

 そう、彼女は王国の人間だった。武器屋の一人娘として時に店番を手伝いながらも、日々の多くを傭兵稼業に費やす。

 転機は瞳が魔眼に変化した時だった。

 眼球が後天的に魔眼へ変化することはないのだが、ハバネの指示で派遣された魔女が、エルディアの潜在能力を引き出すことに成功する。

 その結果、彼女の黒目部分には赤い線の円が浮き上がり、その日からエルディアは魔女となった。

 ハバネは生き別れた娘を戦力として引き込むため、部下を差し向けた。

 巻き込まれたエルディアだが、己の境遇が変化したことに落胆せず、大人しく里での生活に馴染んでみせる。

 母親との再会に喜んだということもあるが、楽観的な性格が幸いしたのだろう。

 もはや王国には帰れない。

 つまりは、父親とも二度と会えない。

 これらの事実は悲劇以外のなにものでもないのだが、彼女は幸運だった。

 エルディアには仲間がいた。相棒とも呼べる、卓越した傭兵が常に寄り添っていた。

 その少年は自力でエルディアを見つけ出したばかりか、武器屋の店長を彼女の里へ案内する。

 当時はまだ人間宣言が発表される前ゆえ、この行動は身勝手な大罪だ。

 そうであろうと、バレなければ問題ない。

 誰一人として、不幸にはならない。

 むしろ、当事者は皆幸せだ。

 ゆえに、その少年はそれ以降も、ひっそりと魔女との交流を持ち続ける。

 そして月日は流れ、光流暦千十七年。

 エルディア達の里は襲われ、半数近くが殺されてしまう。

 生存者は命からがら逃げおおせたが、死体はその場に放置するしかなかった。

 弔うためにも、魔女達は危険を承知で里への帰還を試みる。

 しかし、イダンリネア王国がそれを許さない。

 魔女を拘束するためではない。

 彼女らを守るためだ。

 王国が提示した条件は三つ。

 王国軍による護衛を受け入れること。

 今回の帰還は一時的であること。

 そして、戦えるだけの精鋭のみを向かわせること。

 その結果、エルディアとハバネは足手まといにならない程度の実力者を選出し、かつての故郷を目指す。

 その際に同行した王国軍こそが、第四先制部隊だ。本来は監視哨に派遣されるべき軍隊なのだが、隊長の高い実力を買われ、この大役に選抜された。


「あー、そゆことね」


 リリとしても納得せざるを得ない。

 眼前の軍人達は障害ではなく恩人だ。

 当時のリリは同行を許されなかったのだが、この四人の中ではパニスだけが里への帰還を認められた。


「実はさっきから気づいてた。この一年で少し入れ替わったようだけど、あの時の軍人さんが大勢残ってる。隊長さん、そして皆さん、同行頂き、本当にありがとうございました」

「ああ、おまえさんも元気そうで何より」


 前髪も側面も切り揃えたショートヘアー。それを揺らしながら、黒髪の魔女が腰を折って頭を下げる。

 パニス。四人の中で唯一の三十代。それゆえに落ち着いているわけではないのだが、その立ち振る舞いは他三人とは明らかに異なる。

 長身が映えるような黒いワンピースは、リネンチュニックと呼ばれるれっきとした防具だ。

 木の枝のような杖を携帯しており、これには魔力を高める効果がある。

 これらの武具は仲間を支えることに特化しており、彼女は精神面でも戦闘面でも支柱となる存在だ。


「私達はこの先ですべきことがあります。通しては、頂けないでしょうか?」

「それは無理は相談だ」


 再度頭を下げるパニスに対し、隊長は平然と言い放つ。

 荒々しく罵倒されようと、礼儀正しく頼まれようと、誰一人としてここを通すわけにはいかない。

 軍人として請け負った使命であり、なにより度重なる防衛戦で今回の巨人族が生半可ではないと痛感した以上、四人の要望は問答無用で却下だ。

 今のジレット大森林はそれほどに危険ということだ。

 眼前の魔女が墓参りをしたいだけの四人組でないことは重々承知している。

 それでもなお、通すわけにはいかない。

 死体が四つ増えることを見逃せないからだ。

 この問答を受けて、リリが面倒そうに口を開く。


「だったらさー、力ずくで通るしかないじゃん。あんたらが恩人だろうと、こっちだって譲れないんだから。あ、でも、あたいからも礼だけは言わせて。エルディア様やパニスから話は聞いてるよ、本当に酷い有様だったって。だけど、みんなのことをちゃんと埋葬してくれたんだろ? 本当に、ありがとう」


 第四先制部隊の隊員達は、六百人もの死者をその地に葬った。

 七人の魔女によって一方的に蹂躙されたことから、五体満足な遺体は少なく、腐敗も相まって直視すらためらわれる惨状だ。

 エルディアとハバネ、そして選出された魔女達は言葉を失うも、軍人達だけはテキパキと行動に移る。

 死体の運搬はもはや困難だ。欠損しており、虫さえも湧いてしまっている。

 ゆえに、そのまま埋めるしかなく、離れた場所で地面を掘り起こし、確保した土をかけることで死者に別れを告げる。

 それの繰り返しだ。

 作業は翌日まで続けられるも、真の絶望はその日の内に訪れる。


「オレの方こそ、エルディア殿や例の助っ人に感謝したい。連中を退けたのは、彼らなのだから」

「そう、みたいね。さすがエルディア様って感じ?」


 待ち伏せではないのだろう。

 そうであろうと鉢合わせたという事実は揺るがない。埋葬を終えた一団の前に、七人の魔女が再び現れてしまった。

 実際には、七人ではなく六人。エルディア達が同胞を殺されたように、襲撃者側も被害を被った。

 しかし、人数の差が意味をなさないことを、エルディア達は承知している。前回は千二百対七の勝負に敗北したのだから、相手が一人減ったところで単なる誤差だ。

 それでも、勝者はエルディア達だ。

 相手の魔女を一人も殺せなかったものの、こちら側の被害もゼロ。完勝と言えば大げさだが、前回の大敗と比べれば上出来だ。

 前回はハバネが魔眼の能力を限界以上まで引き出したことで退路の確保に成功したが、彼女は今回参戦していない。その場にはいたのだが、それ以上の実力者が護衛として同行していたためだ。

 その少年は軍人ではない。

 傭兵ではあるものの、実質的には引退済みだ。

 そうであろうとその腕は衰えていなかった。単身で四人の魔女を相手に互角以上の戦いを繰り広げてみせたのだから、襲撃者側も怯むしかない。

 一人も殺せないまま、彼女らは撤退する。

 エルディア達はあえて深追いせず、王国への帰路に就く。

 死者を弔うという目的は果たされた。

 敵を追い払うことが出来た。

 成果としては申し分ないことから、それ以上を求めず、身の安全を第一として帰国する。

 もしも、護衛を務めたその少年がその場にいなかった場合、エルディア達は全滅していただろう。その中には当然ながら第四先制部隊も含まれており、隊長のマークは改めて感謝の言葉を口にする。

 同行を許可されなかったリリが偉そうにふんぞり返る一方、パニスは冷静に言葉を紡ぐ。


「ハバネ様とエルディア様は別格です。魔眼の第二形態に至った、希代の親子。私達とは比べようもありません。同行頂いたあの傭兵については、それ以上だったのかもしれませんし、それほどの差はなかったのかも……。ですが、あれから一年。私達は追い付きました」

「よく言ったわ! そういうこと! こちとら毎日毎日魔物を狩って、狩って狩って狩りまくって! その、あの……、いっぱい倒したの! だから!」


 青空の下で、強くなれたと主張したい。語彙力が足りないため拙い説明しか出来なかったが、その心意気は確かに伝わる。


「そこまで言うなら……」


 長い青髪をかき上げながら、男が小さく息を吐く。

 眼前の魔女は本気だ。決して軽い気持ちでこの地を訪れてはいない。

 それをわかってしまった以上、マークは判断に困る。

 軍人ゆえに本来ならば迷う必要などない。任務に従い、訪問客を追い払うべきだ。

 しかし、第四先制部隊だけは無関係ではない。

 それどころか当事者だ。

 魔女と魔女の殺し合いに関わってしまった。

 復讐という負の感情を否定出来ない程度には、歩み寄ってしまった。

 歯を食いしばりながら。

 涙を流しながら。

 彼らは死者に土をかけた。

 六百もの敗者は身元を特定出来ないほどに壊され、朽ちていた。

 眼前の魔女は、王国で守られながら生きることよりも復讐を選んだ。

 勇敢な戦士だ。

 愚か者かもしれないが、マークはその感情をくみ取ってしまう。

 ゆえに、提案せずにはいられない。


「第四先制部隊の誰よりも強いということを証明出来たのなら、考えてやらんこともない」


 回りくどい言い回しだ。

 そうであろうと、周りの部下達は一斉に騒ぎ始める。いかに自分達の上官であろうと、この言い分には納得出来なかった。

 なぜなら、上からの命令は完全なる封鎖だ。

 この魔女が不幸であろうと関係ない。同情の有無などお構いなしに、引き続き立ちはだかることが仕事であり使命だ。

 通行の可能性すら、与えてはならない。

 そのはずなのだが、隊長は条件を提示してしまった。

 直立不動のマークに皆が文句を言い始める。

 一方、リリだけは満足げだ。


「おっけー。あんたら全員ぶっ飛ばせばいいのね?」


 つまりはそういうことだ。

 第四先制部隊は八十人。

 対する魔女は四人。

 数の差は歴然ながらも、これから殺そうとしている敵は、七人で六百人もの同胞を殺害した連中だ。劣勢や優勢という単語に右往左往するつもりなどない。

 やる気をみなぎらせるリリだが、マークは勘違いを正すことから始める。


「いや、もっとシンプルだ。先ずは副隊長と戦ってもらう。一対一で。もし勝てたのなら、次はオレが相手をする。どうだ? 悪くない話だろう?」

「いいね。こっちは二回勝つだけだし」


 どちらに有利かは不明ながらも、この落としどころに着地する。

 結果だけを切り取れば、王国軍側が折れてしまった形だ。魔女の心情に絆されてしまったと言えばその通りだろう。

 そのはずだが、この男が冷静に言い切った理由は自信の表れに他ならない。

 二対四。

 この構図が出来上がったと錯覚するも、実際のところは八十対四のままだ。

 なぜなら、隊長と副隊長は第四先制部隊の最強とその次席。八十人というピラミッドの頂点ゆえ、その重みはやはり八十人分だ。


「コッコ」

「まさかの僕ですか」


 隊長の呼び声に反応して、小さな女性が一歩踏み出す。

 一人称だけでなく、その顔もまた男の子のようだ。背が低いことも勘違いに拍車をかける。

 一方でその黒髪は妖艶なまでに美しく、そして長い。アゲハがこの場にいたのなら、日本人形を連想しただろう。

 周囲の軍人同様に、彼女も焦げ茶色の軍服を着用している。

 さらには有事に備えてスチール製の胸部アーマーも装着済みだ。

 コッコ。二十二歳の若さで第四先制部隊の副隊長に昇りつめた秀才。

 中性的な顔立ちが呆れるようにため息をつく理由は、隊長の命令に納得していないからだ。

 そうであろうと、こうなってしまっては決闘を受けるしかない。上官に逆らったところでこの提案が取り消せるとは思えず、なにより眼前の魔女が納得しないことは火を見るよりも明らかだ。

 やる気は出せないが、覚悟は決めた。

 その証拠に、右腕が無意識に動き始める。

 コッコは小柄ながらも、ひ弱な軍人でないことは一目瞭然だ。

 なぜなら、彼女自身よりも長身な大剣を背負っており、幅広な刃は本来ならば持ち運べないほどに重い。

 そのはずだが、その歩みは手ぶらのように軽快な上、細い右腕が鉛筆を振り回すようにその剣を眼前に運ぶ。

 灰色の両手剣はスチールクレイモア。彼女のために用意された特注品であり、ただでさえ大きな武器をさらに巨大化させている。

 その重量は三十キログラムを越えることから、本来ならば片腕だけで振り回せるはずもない。


「わかってると思うが、絶対に殺すなよ」

「当然です。ただまぁ、手加減出来るような相手とも思えませんが」


 しれっと言ってのける隊長に対して、コッコは愚痴をこぼす。

 武器を構え、戦闘態勢へ移行した今だからこそ、より詳細にわかってしまった。

 この地を訪れた不届き者達は、今までの傭兵達とはわけが違う、と。

 ジレット監視哨に派遣された軍人の仕事は二つ。

 西からやって来る巨人族の撃退と、東から訪れる傭兵達を追い払うことだ。

 どちらも重要な使命なのだが、頻度で言えば、実は傭兵達の方が多い。

 ジレット大森林で狩りをしたいという欲求が彼らをそうさせるのだが、残念ながら封鎖は絶対だ。わがままを言ったところで王国軍は揺るがない。

 軍事基地の眼前で、連日のようにそういった問答が繰り返されるのだが、今回ばかりは気を引き締める。

 今までの連中とはわけが違うと見抜けた以上、隊長の無茶ぶりにはやはり腹を立てずにはいられなかった。

 一方、この状況を作り出してしまった当人は、誰よりも能天気に言ってのける。


「お前なら何とかなるだろ」


 部下を信頼している証だ。

 副隊長は伊達ではない。そう実感しているからこそ、大役を任せられると判断した。

 しかし、この発言がリリの神経を逆なでてしまう。


「はん! 言ってくれるじゃない。こんなオチビちゃんにあたいの相手が務まるって、本気で思っちゃってるの? 剣だけは、まぁデカいけど……」


 彼女の言う通り、トットの両手剣は比較対象も相まってただただ巨大だ。言ってしまえば鋼鉄の塊なのだが、それゆえにその重量は計り知れない。

 それを見せつけるように構えているのだから、その腕力は常軌を逸している。

 魔女としても、心中は穏やかではいられない。警戒すべき相手だと、一目でわからされてしまった。

 軍人サイドは彼女を選んだ。

 ゆえに、マークとしても問わずにはいられない。


「君達は誰が戦う? 繰り返しになるが、一対一だぞ」

「あたいに決まってるじゃない! こちとら最強を自負してんの! けちょんけちょんに蹴散らしてやる!」


 ポニーテールを揺らしながら、リリが威風堂々と宣言する。

 対戦相手が確定しようと、相も変わらず自信満々だ。

 確かな努力と覚悟に裏付けされており、他三人が反論しないことからも彼女が適任であることは間違いない。


「リリ、わかっていると思いますが、決して油断しないように」

「おうよ!」


 パニスは保護者らしく、アドバイスを送る。

 彼女もまた、コッコが強敵であると看破済みだ。

 立ち振る舞いや雰囲気が、周囲の軍人達とは明らかに異なる。周りの連中が弱いのではなく、選ばれた副隊長が突出しているということだ。

 やる気をみなぎらせるリリに対し、一貫して黙っていた二人が声をかける。


「負けたらコロス」

「勝ったらユルス」


 同じ顔。

 同じ声。

 背丈やまとう空気感さえ同一だ。

 手を繋いで立っており、もしも着ている服すらお揃いだったら、彼女らを見分けることは困難だろう。


「へいへい。ミイトとモルカカはあいっかわらずだな。まぁ、そこで見とけ」


 応援ですらない何かに辟易しながら、リリが振り向きもせずに右手をヒラヒラと躍らせる。

 最後尾の二人もまた、魔眼を宿した魔女だ。

 そして、瓜二つの双子でもある。

 トットほどではないのだが、身長は子供のように低く、そういう意味でも愛らしい。

 赤いハイネックセーターを着ている方がミイト。

 黄色い方がモルカカ。

 どちらもオレンジ色の髪を頭の頂点で束ねており、丸められたそれはコブのようにも見える。

 両者は重ね着のように革鎧をまとっており、防具さえもお揃いだ。

 しかし、扱う武器は異なっている。

 ミイトは剣と盾を携帯している一方、モルカカのそれは弓だ。

 そういう意味では、バランスの良い四人組と言えよう。

 ミイトが盾を構えながら先頭へ。

 モルカカとパニスが後方からの支援。

 そして、リリもまた前衛タイプだ。ポキポキと指を鳴らしながら、対戦相手へ歩み寄る。


「あんたをぶっ倒す。恩人だろうと、あたいらの邪魔するってんなら容赦しない」

「そうですか。仕事の邪魔なのでさっさと帰ってください」


 ここはジレット大森林の入り口。

 イダンリネア王国から最も遠い軍事基地であり、言い換えるならば最前線の戦場だ。

 二人がにらみ合った結果、観客達のボルテージが急激に高まる。

 試合開始だ。突如として組まれた対戦ながらも、軍人達の気分転換には丁度良い。

 両手を叩いて盛り上げる者。

 大声で副隊長の名を叫ぶ者。

 両名を焚きつける者。

 応援の仕方は多種多様だ。

 賑やかなその中心で、その男だけは別の役を演じなければならない。

 長い青髪を揺らしながら、隊長が審判役を買って出る。


「君の武器は? あぁ、そういうことか」

「拳こそが最強! 泣いても許さないから!」

「いや、降参したら勝負ありだからな。おまえさん、軍人殺しは重罪……」


 ここはジレット監視哨。

 現在は封鎖されており、許可なしでは誰であれ通り抜けることは許されない。

 しかし、四人組の魔女は通りたい。

 里帰りも兼ねた復讐を果たすために、こんなところで立ち止まるつもりは毛頭ない。

 そのために提示された条件こそが、眼前の二人を打ち負かすことだ。

 その分かり易さがリリにやる気をみなぎらせる。

 負けるつもりなどない。

 その気持ちは両者共に変わりないのだが、その表情は対照的だ。

 笑みさえ浮かべるリリ。

 冷静沈着なトット。

 二人は戦う。

 魔女として。

 軍人として。

 先へ向かいたい者とそれを阻止する者。

 立ち位置は真逆ながらも、こうして向き合った以上、互いを無視することなど不可能だ。

 喧騒に包まれようと、発せられた合図はさらに大きい。

 聞き逃すはずもなく、二人の心臓がグンと跳ねあがった。


「試合開始!」

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