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第十八話 屍を踏み越えて

 イダンリネア王国は独自の暦を採用している。

 光流暦と呼ばれるそれは千と十八年目に突入しており、その年月は魔物との闘争そのものと言えよう。

 殺すか、殺されるか。

 生きるか、死ぬか。

 人間と魔物は隣人同士ではあるものの、両者は決して相いれない。

 どちらも互いを忌み嫌っているからこそ、命の奪い合いは千年以上もの間、休むことなく続いている。

 その最前線で戦う者こそが、傭兵と軍人だ。両者は凄腕の猛者であり、一方で共通点はその程度か。

 傭兵は己の信念や欲望のために魔物を狩る。

 軍人は王国や民を守るために魔物を排除する。

 似て非なる存在だ。

 力を持った者同士でありながら、彼らはなぜか分かり合えない。

 傭兵は軍人に対して特別な感情を抱かないのだが、軍人は傭兵を軽蔑している。

 王国のために働かないから。

 私利私欲のためでしか魔物を狩らないから。

 そういった言い分で荒くれ者達を見下すのだが、残念ながら視野が狭いとしか言いようがない。

 もしくは、単なる思い込みなのか?

 どちらにせよ、一方的な決めつけだ。

 傭兵の多くが変人であることは否定出来ない。

 多種多様な職業があるにも関わらず、彼らは好き好んで戦場に赴く。その時点で正常な精神とはほど遠いのだが、この指摘さえも正しい表現ではないのかもしれない。

 追い詰められ、虐げられた結果、普通の生き方が出来なくなった。

 それゆえに消去法でギルド会館の門を叩くしかなかった。

 この少年もその内の一人だ。

 故郷を追われ、両親とも死別し、流れ着いた先が王国の貧困街。浮浪者がひっそりと居つくそこは隔離地帯であり、そうであると裏付けるように多数の建築物が朽ちかけた状態で放置されている。

 少年はねずみのように無断で住み着き、川で喉の渇きを凌ぐ。

 食事は漁師がこぼした魚だ。腹を下すことも多々あったが、自分だけが助かったという負い目を原動力に、彼は汗と涙を流しながらも軍人達のトレーニングから戦う術を学び、見様見真似で魔物に挑む。

 エウィン、七歳。一年以上も着続けた衣服は見るも無残な有様だ。緑髪も浮浪者らしく伸びてしまったが、その眼光は前髪に隠れてなお、標的を見据えていた。

 拾った包丁を握りしめ、草原ウサギに刃を突き立てる。

 それから十一年の月日が流れ、その拳は人間と瓜二つの頭蓋を木っ端微塵に砕いてみせる。

 鉱山の通路で、闇を照らすマジックランプ。

 その輝きの内側で、傭兵が一体目のスケルトンを完膚なきまでに討伐する。

 ここにはその頭を収集するために訪れたのだが、エウィンは眼前の魔物と戦ったこともなければ出会ったことすらない。

 その実力を推し量らなければならない以上、先ずは数を減らすことが最優先事項だ。

 ましてや、後方にはアゲハが待機している。

 坑道は一度に数人の大人がすれ違える程度には道幅があるため、彼女に危険が及ばないよう、即座にこれらを討伐しなければならない。

 自身が負傷するだけなら、それはそれで構わない。そんな気概と共に走り出した結果がこれだ。

 こちらへ迫っていた、三体の骨達。眼球は見当たらず、窪んだ両眼部分は空っぽだ。側頭骨にも耳は見当たらず、つまりは見ることも聞くことも出来ない。

 そのはずだが、眼前のそれらは魔物だ。人間の物差しなど、何の役にも立たない。

 そんなことは百も承知だ。エウィンは相手の出方をうかがおうともせず、真ん中の個体を粉砕した。


(まだだ!)


 目と鼻の先には、二体のスケルトン。

 背丈を比べれば、これらの方がエウィンより高身長だ。

 もっとも、その差に怯まされるほど、少年の心は弱くはない。

 中央の個体を撃破した。そういう意味では、ここからが本番か。

 エウィンから見て右のスケルトンは、諸刃の剣を握っている。元は鉄製なのか、赤茶色に錆びているためその判別すらも難しい。

 左の魔物は炭鉱夫のようにツルハシを携帯しており、本来は凶器ではないのだが、人間を殺すには十分過ぎる殺傷力を誇る。

 スケルトンの頭蓋骨は、当然ながら空っぽだ。脳などあるはずもないのだが、これらに知性ないしそれに近い何かがあると、武器の使用から見て取れる。

 それでもなお、エウィンと眼前の二体が分かり合うことは不可能だ。意思疎通が出来ない上、互いが互いを敵だと認識し終えている。

 ゆえに、殺し合いはされる。

 正しくは一方的な蹂躙だ。

 ツルハシを持った細腕が持ち上がるより早く、傭兵の拳が二体目の頭部を粉々に砕く。

 この時点で一対一。数の上では同数だが、勝敗は決したも同然だ。

 そのはずだが、三体目のスケルトンは諦めない。自身を後回しにした愚か者へ、ボロボロの剣を振り下ろす。

 同胞が破壊される間に、攻撃の準備は整えていた。

 ならば、獲物に斬りかかれば狩りは終わる。

 錆びていようと、刃こぼれが酷くても、人間の肉を切り裂くには事足りるはずだ。スケルトンの腕力が加われば、骨すらも断ててしまうだろう。

 そのような幻想は、次の瞬間に否定される。

 緑色の頭髪をかき分け、エウィンの頭皮に刃が接触した瞬間、甲高い金属音が空洞内を大いに賑わす。

 その正体は、片手剣が折れた際の金属音だ。

 次いで、弾けた諸刃が壁に衝突し、最終的にはカラカラと床に転がったことで合唱は鳴り響く。

 現象としては、エウィンの頑丈具合いがスケルトンの凶器を上回った。ただそれだけのことだ。

 もっとも、少年は心の中で青ざめてしまう。


(う、油断してた。いつもの直感がないと、こうも迂闊なんて……。剣の脆さに助けられたか)


 完勝ではあるのだが、不完全燃焼だ。

 一矢報いたスケルトンだが、折れた片手剣を不思議そうに眺めてしまう。驚いているのだろう、死体のようなその姿は明らかに無防備だ。

 その隙を見逃す理由もなく、エウィンは即座に回し蹴りを命中させる。

 むき出しのあばら骨は必然のように全て砕かれ、背骨が絶たれればこの個体も絶命だ。

 その結果、勝者の足元には三つの白骨死体が出来上がる。二つは頭部を失い、三体目は復元困難なほどにバラバラだ。

 魔物が活動を停止し、先ほどまでの騒音が嘘のように今は静まり返るも、闇を払うように少年の声が辺りを賑わす。


「アゲハさん、もう大丈夫ですよ」


 エウィンは安堵しつつも、次のステップへ移行済みだ。

 収集対象でもある頭部を拾い、問題ないか睨めっこのような構図で観察する。

 どの角度から見ても、白骨化した頭部そのものだ。これが先ほどまで動いていたとは到底思えないが、スケルトンはそういう魔物ゆえ、受け入れるしかない。


「よ、良かった……。暗いし速いしで、全然わからなかった」

「こいつら、思ってたよりは大したことなかったですね。まぁ、思いっきり頭斬られちゃいましたけど……」

「え⁉ だいじょう、ぶ?」

「はい。なんで無傷なのか、自分でも不思議です」


 刃こぼれが酷くとも、片手剣は人間を殺せる凶器のはずだ。

 にも関わらず、この傭兵は頭皮に傷一つ負っていない。

 魔物を狩れる人間は、そういった意味でも普通ではないらしい。今回はそのおかげで助かった。


「それが、スケルトンの、シャレコウベ……」

「はい。一つ目ゲットです。これをあと九個、大変なようでそうでもなさそうです」

「そうなの?」

「なんせここにはうじゃうじゃいますので。実は、すぐ先にも四体いますよ。これだけ騒いでもこっちに来ないってことは、耳はそんなに良くないのかも。まぁでも、あいつらは真っ暗闇でも目が見えるようなので、油断は禁物そうです」


 アゲハが頭蓋骨に恐れおののく中、エウィンは冷静さを失わない。

 ヘムト採掘場は封鎖された鉱山であり、同時に戦場だ。入口付近は安全ながらも、奥へ進めば魔物で溢れかえっている。

 そうであると重々承知しており、だからこそ、少年は頭の中で段取りを整える。


(こんな感じで順繰り倒していこう。顔を壊しても倒せる。体の方でも問題ない。そこまでわかったんだから、怖気つく必要はない。今回の依頼も滞りなく達成出来そうだ)


 旅の目的は、スケルトンのシャレコウベを十個収集すること。

 付け加えるなら、アゲハのギルドカードでウッドファンガー四体の納品も受注しており、こちらに関しては帰り道でこなせる難易度だ。


「んじゃ、この調子で奥にいる連中も倒してきます。パパっと済ませますので、ここでお待ちください」

「あ、うん、気を付けてね」


 アゲハと三体分の人骨に別れを告げ、エウィンは歩き出す。

 左手にはマジックランプ。通路を照らすには十分な光量ながらも、前方を見渡すには少々心もとない。


(今後もこういうことがあるだろうから、アゲハさん用のマジックランプも買わないとか。二人旅がどういうものか、全然わかってなかったな。お金がある内に気づけて良かった……)


 未熟さが露呈するも、落ち込みながらも反省する。

 一人から二人へ。

 劇的な変化である以上、毎日が発見の連続だ。

 これもひとえにアゲハのおかげと言えよう。

 草原ウサギしか狩れなかった傭兵。万年ウサギと侮辱され、その評価を甘んじて受け入れるしかなかった。

 しかし、今は違う。

 マリアーヌ段丘を飛び出し、ルルーブ森林を走破した。

 眼前には四体の魔物。骨だけで構成されたその姿からは、専門家でもない限り性別の判別が困難だ。

 先ほど同様に、錆び付いた片手剣を握る個体。

 こん棒。

 杖。

 ツルハシ。

 扱う凶器はバラバラながらも、その意志だけは統一されている。

 ニンゲンを殺したい。

 カタカタと骨を鳴らしながら、四体のスケルトンが進軍する。獲物の方から現れてくれたのだから、狩らない理由が見つからない。

 それらの前に立ちはだかる、十八歳の傭兵。

 金を稼ぐために。

 アゲハを守るために。

 自分の実力を把握するために。

 一石二鳥どころではない。課題が多いだけでもあるのだが、そうであろうと進み続ける。

 ここはヘムト採掘場。王国からは遠いようで、まだまだ近場だ。



 ◆



 住み慣れた我が家は、今日も例に漏れず埃にまみれている。

 律儀にレジャーシートを交換したところで、室内の清掃としては不十分だろう。

 かつては倉庫だったこの場所には、一人の少年が不法に住み着いている。持ち主不在という言い訳が、貧困者を呼び込んだ結果だ。

 窓すらない建物ながらも、風通しは申し分ない。壁や屋根が老朽化した結果、あちこちがひび割れてしまった。密閉されていないだけとも言えるのだが、ここの家主はどこ吹く風だ。


(今日は珍しくお休み。もしかして、こういう時間の使い方ってあの頃以来では……? うわ、そう考えると末恐ろしい)


 浮浪者の名前はエウィン。緑のシートに寝そべりながら地面の硬さに怯むことなく、ゴロゴロと体を休めている。

 今日は休息日だ。

 なぜなら、初めての遠征がアゲハを疲弊させてしまった。

 二人は昨晩帰国するも、四日間も走り続けた影響か、肢体はいやらしい肉付きながらも顔だけが器用にやつれてしまう。

 初日がマリアーヌ段丘の走破。

 二日目がルルーブ森林の横断およびスケルトン討伐。

 三日目でルルーブ森林を引き返し、昨日がマリアーヌ段丘の北上だ。

 相も変わらず、エウィンだけは平然としていられる。色々と苦労はしたが、体力がすり減るほどではなかった。


(スケルトンの乱獲が楽勝だったのは、嬉しい誤算だったな。代わりにキノコを持って帰るのが大変だったけど……)


 二日目の夜、早めの夕食を済ませたことで隙間時間が発生した。

 アゲハの提案によって二人はヘムト採掘場へ乗り込み、あっさりとスケルトンの頭蓋骨を収集してしまう。

 三日目はただ帰るだけなのだが、そのついでに四体のウッドファンガーを狩らなければならない。

 討伐自体は滞りなく完了するも、問題はそこからだった。

 歩くキノコは、その大きさがおおよそ一メートル。柄はどっしり太く、傘はそれ以上のボリュームだ。

 それを四体、抱えて持ち帰らなければならない。

 右腕に一体目を抱え、左腕も同様に。

 この時点で二体しか持てないため、少年は頭を抱える。

 アゲハに手伝ってもらうという選択肢は、残念ながら選べない。

 なぜなら、この魔物の重量は十キログラム以上だ。そのような荷物を持ったまま走れるはずがない。

 エウィンだけがもう一往復するという方法も考えたが、重さ自体は問題ないことから意固地になって一度に四体の巨大キノコを運んでみせる。

 右腕に一体。

 左腕にも一体。

 ロープで体に巻きつけて、正面に一体。

 最後のウッドファンガーはリュックサックにねじ込むしかなかった。当然ながら傘の部分までは入りきらないも、運搬に支障がないことから帰国を続行する。

 エウィンに圧し掛かる総重量は五十キログラムどころではない。アゲハの体重すらも上回ったことだろう。

 それでも走破出来る人間が傭兵だ。

 この少年に至っては、汗一つかかずにアゲハのペースで完走してしまう。

 もっとも、いくらか疲れるほどには良い運動になった。今日を休みに当てるほどではないものの、アゲハを思えば選択を誤ったとは思わない。

 ましてや、用事もある。

 二人で買い物に出かける予定だ。

 彼女用の武器や旅の必需品。そういった物が不足していると認識出来たことも、今回の旅の報酬と言えるだろう。


(とは言え、暇だな。そろそろ来ると思うけど、二度寝でもするか? いや、あんまり眠くない……。部屋の掃除は昨晩済ませちゃったし、朝食もさっき食べた。だとしたら……、そうだ!)


 アイデアが思いついた瞬間だ。

 エウィンはグンと体を起こすと、跳ねるように起き上がる。

 靴を履いて玄関代わりの板をずらし、ボロ小屋の外へ移動すれば、眼前には廃墟のような街並みが広がっている。

 ここは貧困街。城下町の北東部分にひっそりと存在する、見捨てられた区画。整備すらもされていないことからも、その事実は否定出来ない。

 そうであろうと、ここは第二の故郷だ。

 エウィンは意気揚々と歩き出すも、実は目的地を定めてはいない。

 その直後、鼻息荒く立ち止まる。自宅からはほとんど離れておらず、振り返ればあっという間に帰宅可能だ。

 それでも、喜ばずにはいられない。

 早々に出会えたことにも感謝の気持ちでいっぱいだ。

 満面の笑みを浮かべながら、ゆっくりと腰を落とす。

 右腕だけを前へ伸ばし、人差し指をチロチロと動かす理由は、この動作こそが挨拶だからだ。


「おいで、おいで」


 静かな声量で優しく語りかける。相手は小さい上に臆病者ゆえ、慎重な対応が必要だ。

 その結果、それは四つ足を器用に動かしながら、可愛らしい仕草で人間に近づく。


「ニャ」

「うん、おいでー」


 エウィンの探し物は野良猫だった。

 餌の類は持ち合わせていないのだが、その猫は警戒することなく、ゆっくりと歩み寄る。

 体毛は白を基調としつつも黒色と茶色が混在しており、太ってもいなければ痩せこけてもいない、健康的な塩梅だ。

 人慣れしているのだろう。顔はやわしく、その目はパチリと丸い。

 自身に向けられた指の先端へ、猫が匂いを嗅ぐように鼻を接触させる。挨拶完了の合図だ。


(ちょいちょい見かける猫だ。おー、よしよし。港の方で魚もらえてるか? 元気そうだな)


 猫のおでこを。

 頬付近を。

 首から背中付近を。

 エウィンの指がやさしく撫でる。

 呼応するように三毛猫は目を細めるも、両者のスキンシップはここからだ。

 ズボンが汚れることを気にも留めず、少年は地べたに座り込む。

 両脚を前へ伸ばすと、猫は興味を示すように前足でチョンチョンとズボンに触れ始めた。

 ここからは早かった。

 身軽であることを実演するように、三毛猫が段差をものともせずに太ももへそっと飛び乗る。柔らかな感触が心地良いのか、餅をこねるように両手をフミフミと動かす仕草は、少年を喜ばせるには十分だ。


(ナデナデせずにはいられない!)


 耳と耳の間を。

 首の後ろ部分を。

 背中から尻尾の付け根を。

 嫌がられないよう、触れるような圧力で撫でまわす。

 まさしく至高の時間だ。

 貧困街には浮浪者だけでなく野良猫も多く住み着いている。家を失った上に猫好きのエウィンにとってはまさしく理想郷と言えよう。

 ゴロゴロと鳴きながら、前足をしまうように三毛猫が座る。香箱座りという体勢であり、猫の表情は心底安堵しきっている。

 年も負けじと満面の笑みだ。アゲハと出会って以降、こういった時間はなかなか作れなかったため、居ても立っても居られない。

 まさしく幸福な時間だ。

 もっともそれは、彼女についても当てはまる。

 その光景を遠巻きに眺める、黒髪の女性。毛先だけが青い理由は染めたわけではなく、本人でさえわかりかねている。


「猫ちゃんとじゃれてるエウィンさん、尊い、尊すぎる」


 塀に身を潜めながらの盗み見だ。合流のためにここまで足を運んだのだから、本来ならば早々に声をかければよい。

 そうしない理由は、ただただ眼福だからだ。

 幸せそうなその顔を目に焼き付けずにはいられなかった。


「わたしも、して欲しいな……」


 坂口あげは。日本人であり、転生者。

 しかし、今は単なる変質者だ。

 そうであると裏付けるように、親と家を失った子供達でさえ、通り過ぎる際に顔を背けてしまう。


「あへ、あへ」


 涎を垂らす、二十四歳。陰湿なオーラをまとってはいても、その顔立ちは蠱惑的な上に美人でさえある。

 しかし、今の姿は残念極まる。恋する乙女とは程遠い、不審者そのものだ。

 もっとも、長旅の疲労はすっかり解消された。

 今日は次の旅の準備期間。休息に当てながらも用事を済ませなければならない。

 珍しい一日は、こうして始まった。



 ◆



 城下町はいつも通りの大賑わいだ。人口の多さが活気に直結しており、幅広な道からは多数の足音が生み出されている。


「へ~、三毛猫ってメスだけなんですか」

「うん。絶対じゃ、ないけど……」


 人ごみに紛れて歩く、エウィンとアゲハ。髪の色も、顔立ちさえも似ておらず、ゆえに弟と姉には見えないはずだ。

 二人の肩書は傭兵ながらも、今日の身なりは落ち着いた雰囲気ゆえ、周囲に溶け込めている。

 実はそう思うのは当人達だけであり、彼女の容姿は決して普通ではない。

 大き過ぎるバスト。

 太いが太ってはいない脚部。

 そして、濡れ羽色の美しい長髪。

 そういった要素が彼女には集約していることから、他者からの視線をどうしても集めてしまう。

 以前のアゲハなら怖気づいただろう。

 しかし、今は隣にエウィンがいてくれる。恐れることはなにもない。


「メスしか生まれない……、不思議ですね。理由とかあるんですか?」

「遺伝子とか染色体の影響、だったかな? わたしも詳しいことまでは、わからないけど……」

「いやいや、十分すごいですよ。地球の魔道技術もとい科学って相当発展してそう」


 二人は歩く。

 歩幅も、リズムも異なる彼らだが、そのペースは完全に一致している。

 大通りは城下町を東西南北に伸びており、中央に近づくほどに混みあってしまう。

 エウィン達は北東の貧困街から西を目指して進行中だ。進むにつれて王国民が次々と合流することから、あっという間に人の流れが出来上がる。


「その科学で、人がいっぱい、死んじゃったから……。良し悪しなのかも、しれない」

「人間同士の戦争ってやつですね。こっちの世界では魔物が人間を殺しますし、平和とやらはどこにあるのやら」


 休日の朝を彩るには辛気臭い話題だ。

 三毛猫から変な方向に話が進んでしまったが、事実を述べているだけであり、少年もそうだと理解している。

 ゆえに、明るい雑談を提案しようとするも、目的地に到着したのだから気遣いは不要となった。


「あ、ここですここです。先ずはアゲハさんの武器を買いましょう」


 初めての二人旅を終え、反省点に気づくことが出来た。

 つまりは必需品を揃えきれておらず、それでも滞りなく帰還出来た理由は最低限の用意は出来ていたおかげか。


「武器屋、さん……」

「はい、総合武器屋リンゼー。いつもは素通りですが、今回は堂々と入りましょう。だけどちょっとドキドキしちゃう」


 大きな窓ガラスのおかげで、外からでも店内を覗き見れる。

 陳列されている商品はその全てが凶器だ。

 物々しい雰囲気が漂うも、足を踏み入れたくなる理由は、憧れや物珍しさに起因する。

 木造扉をスッと押すと、エウィンは瞳を細めずにはいられない。

 もわっとした空気が店内からあふれ出し、少年の顔をそっと撫でる。外と内とでは、何かの密度が異なるのだろう。

 その正体まではわからずとも、恐れる必要はない。ここは王国唯一の武器屋であり、ましてや目的地だ。

 エウィンはアゲハを引き連れ、静かに入店する。

 総合武器屋リンゼー。店内は当然のように多数の武器で彩られている。傭兵でなくとも、圧倒的な武力を前に心踊るはずだ。

 そんな中、エウィンだけが感傷に浸ってしまう。


(十年以上この国にいるけど、数回くらいしか入ったことないのよね。お金なかったし……)


 その数回も、単なる冷やかしでしかない。

 武具は傭兵にとって大事な仕事道具だ。

 残念ながらその多くが高額なことから、路上生活者に購入出来るはずもなかった。

 しかし、今は違う。

 実力の向上により収入が増した上、思わぬ大金が舞い込んだ。女医のアンジェがアゲハのジャージとジーパンを買い取ってくれたおかげだ。

 衣服や旅の必需品を購入したことで所持金は大きく減少するも、まだまだ余裕があることから、今日はここを訪れた。


「アゲハさん、何が欲しいですか?」

「え? あ、その……」


 悪気はないのだが、エウィンの問いかけが彼女を萎縮させてしまう。

 当然だ。料理好きゆえに包丁の扱いには長けていようと、店内の刃物は別種の存在だ。

 魔物を殺すため。

 つまりは頑丈な皮や肉を切り裂くための凶器なのだが、アゲハは猫背の姿勢で狼狽するしかない。


「僕としては、短剣がオススメかなぁと思います。軽いし危なくないし。まぁ、ブロンズダガーしか使ったことないので他を知らないだけですけど」


 自虐的な言い回しだが、事実である以上、受け入れるしかない。

 短剣は片手剣よりも刃が短く、それゆえに軽量だ。その分、いくらか価格も抑えられるため、入門用としては申し分ない。


「あ、じゃあ、そうしようかな……。短剣ってここの、だよね?」

「はい。茶色いこれがブロンズダガーで、草原ウサギくらいだったらこいつで十分です。ただ、僕達は次のステップに進めましたので、そうなると……」


 店内はさほど広くはない。多数の商品が陳列されているがゆえにそう感じてしまうのだが、目的の棚までは数歩でたどり着ける。

 ナイフのような刃物が四本、また、寄り添うようにそれら用の鞘も四個、それぞれ綺麗に並べられている。

 値札には金額と商品名が記載されており、ブロンズダガーの場合、価格はきっかり一万イールだ。

 刃が茶色い理由は素材に起因する。ブロンズ、つまりは銅とスズの合金だ。

 包丁より頑丈かつ鋭いナイフと言えよう。人間の殺傷もこれで事足りる。

 しかし、相手が魔物ならば話は別だ。エウィンがそうであるように、頑丈な皮膚は刃物すら弾いてしまう。強度が殺傷力を上回った結果なのだが、その点で述べるとブロンズダガーは入門用でしかない。


「アイアンダガーが良いかもしれませんね。お値段は、う……、でも買える!」

「八万イール、けっこう、するね……」


 濁った灰色の短剣がアイアン製の短剣だ。鉄製ゆえ、強度と殺傷力はブロンズダガーを上回る。


「だ、ダイジョウブです。余裕で買えます……」


 強がるエウィンだが、なぜかプルプルと震えてる。この金額の買い物をしたことがないため、発作を抑えられなかった。


「わたしは、なくても……。深葬があるし、包丁もあるし……」


 彼女の言い分は正論ではあるのだろう。

 しかし、身を守る手段を増やすためにも、このタイミングで武器を調達すべきだ。

 エウィンもそれをわかっているからこそ、勇気を出してここを訪れた。

 客の異変を察知したことで、今まで黙っていた男がこのタイミングで口を開く。


「包丁じゃ、武器の代わりにはならないぞ」


 実は、店内においてこの大男こそが最も目立っていた。

 ツルツルのスキンヘッド。

 強面の顔。

 武器屋のロゴをあしらった、黄色いエプロン。

 彼こそが総合武器屋リンゼーの店主であり、名前はゴッテム・リンゼー。傭兵よりも屈強な体つきながらも、実際には腕っぷしが強いだけの一般人だ。

 突然話しかけられたことと指摘内容が、アゲハをさらに萎縮させるも、エウィンは全く別のことを考えてしまう。


(渋い声だな、相変わらず……。しかもこう見えてめちゃくちゃ優しいからな。とりあえず静観しよう)


 割って入っても良いのだが、店主は物言いこそ物騒だが、手を差し伸べているだけだ。それをわかっているからこそ、少年は静かに見守る。


「おまえさん、見ない顔だな。新人か?」

「あ、えっと……」


 ゴッテムはレジカウンターの向こうから、淡々と語りかける。声だけを聞くと威圧的ではあるのだが、脅しているわけではない。

 しかし、受け手側がどう捉えるかが重要だ。アゲハは恐れおののくように隣のエウィンに視線を向ける。

 今度こそ助け舟が必要だ。沈黙を選んだばかりだが、早速代弁を開始する。


「先月、傭兵試験に合格しました。僕と二人でチームを組んでまして、この一か月はフレイムで草原ウサギを倒して腕を磨きました」

「ほう。おまえさんがチームを……。感慨深いな」


 エウィンとこの男は、知り合いですらない。

 それでも、武器屋の店主として傭兵のことはある程度把握済みだ。ここでしか武器を買えないのだから、当然のように接点が出来上がる。

 ましてや、この少年は悪い意味で有名人だ。十一年間も草原ウサギだけを狩り続けたという実績は、同業者からすれば愚かな行為に他ならない。

 一人孤独に最弱の魔物だけを狩るしかなかった。成長しないというハンディキャップがそうさせたのだが、その壁はアゲハのおかげで乗り越えられた。


「僕のことはまぁ……。少しならお金があるので、アイアンダガーを買おうかなと思っています」

「何を狩るつもりだ?」

「ルルーブ森林で、ウッドファンガーとウッドシープを。もし可能なら、スケルトンとかも狙おうかな、と……」


 それらは草原ウサギよりも手ごわい魔物だ。

 ゆえに、それ相応の武器を選ばなければならない。

 武具の性能は、原材料によって左右される。

 その種類は多く、特徴はまさにバラバラだ。

 ブロンズ。

 アイアン。

 スチール。

 一般的な素材はここまでだろう。

 ブロンズ製の武器防具が最も安く、軽量さは優秀な反面、他と比べると脆いと言わざるを得ない。

 アイアンは不純物を含んだ鉄であり、その重さを受け入れられるのならば、申し分ない強度を誇る。

 スチールはブロンズやアイアンよりも優秀な材料だ。ブロンズ商品より重たいものの、その頑丈さは比較にならない。スチール、つまりは鋼の武器を購入することが、一人前の証とさえ言われるほどだ。

 さらに上のランクが存在するのだが、今のエウィン達には関係ない。所持金が圧倒的に足りない上、当面の獲物相手には不要だからだ。


「ふむ、だったらアイアンダガーで問題ない。坊主の分もあわせて二個でいいか?」

「あ、いえ、僕は……。そこまで余裕もありませんし、素手で戦えますので……」


 今の所持金なら買える。

 しかし、買い足す物資は武器だけではない。アゲハ用のマジックランプ等、今日だけでもかなりの出費だ。

 それに加えて宿代や食費等、日常的に金は逃げていくため、全財産を使い切るつもりはない。


「素手か。そういう傭兵も少ないなりにいるが……。おまえさん、相当に腕を上げたな」

「まぁ、なんとか……」

「だがな、世の中には化け物みたいな魔物がうじゃうじゃ生息している。スチールの刃さえ弾くような連中がな」


 ありえない話だ。鋼鉄の刃で斬れないとしたら、それは武器職人が手を抜いたとしか思えない。


「スチールが?」

「ああ。だから、その上が存在している」


 店主の言う通り、短剣用の棚には四本目が陳列されている。

 その刃は銀色に輝いており、値札のゼロはもはや数える気にすらなれない。

 ミスリルダガー。金額は五百万イール。平均的な世帯の年収が三百万イール前後ゆえ、これを買える傭兵は無に等しい。

 この価格設定には理由がある。

 その性能は破格であり、スチールよりも遥かに頑丈な上、嘘のように軽い。

 それゆえに需要があるのだが、一方で材料となる鉱石が希少ゆえにほぼ出回らない。

 優秀であるがゆえに、高額。

 需要に対し供給が追い付いていないがゆえに、高額。

 そういった事情から、ミスリルの装備は多くの傭兵にとって憧れのまま終わってしまう。


「ミスリルダガー、今の僕には到底……」


 落ち込むように、エウィンはぼやく。

 今の稼ぎでは、一生かけても買えないだろう。

 出費が一切ないのなら、いつの日か買えるかもしれない。

 しかし、生きている以上、毎日が買い物の連続だ。収入を全額貯蓄にまわせる人間など、限られた状況下でしかありえない。


「少しずつ、ランクを上げていけばいい。まぁ、おまえさんは短剣よりも片手剣に興味があるようだが……」

「うっ⁉ なぜ、そのことを……」


 渋い声に指摘され、少年はたじろいでしまう。

 愛用の武器はブロンズ製の短剣だった。今は折れてしまって使えないが、長年使い続けたことは確かだ。


「何年か前に、片手剣を眺めに来たろう? 商売柄、俺は傭兵の顔を忘れん。ハッキリと覚えてるぞ」

(恥ずかしいぃ! だけどその通り!)


 条件反射のように、顔が赤く染まってしまう。

 買えないとわかってはいても、憧れずにはいられなかった。

 短剣が嫌いなのではなく、より大きな剣に惹かれてしまった。

 シンプルな理由ゆえ、抗うことも難しい。

 浮浪者ではあっても、傭兵という肩書を理由に若きエウィンはこの店を訪れた。

 当然ながら何も買えないのだから、商品を眺めて帰るしかない。

 それでもいくらか心は満たされた。少なくともエウィンはそう記憶している。


「焦る必要はない。今日はアイアンダガー。次回はアイアンソード。いや、スチールソードを買うつもりで、がんばるんだな」

「はい」


 武器屋の店長に鼓舞されつつも、二人は買い物を済ませて店を後にする。

 八万イールの出費だ。

 しかし、身を守る手段を増やせたのだから、悔いのない買い物のはずだ。


(なんか疲れたな……)


 店主にいじられたからか。

 それとも、八万イール分、懐が寂しくなったからか。

 どちらにせよ、今日の買い物は道半ば。ここからは次の目的地を目指す。


「アイアンダガー、ありがとう。大事にするね」

「使う機会は滅多にないかもですが、護身用に持ち運んでください。と言うか、使い方教えないとですね。軍人さん譲りの素振り、一緒にやりましょう」

「うん、お願い……」


 武器を使いこなせるかどうかは当人次第だ。それをわかっているからこそ、エウィンは優しい口調でアゲハに向き合う。

 その後も城下町を歩き回りながら、二人は様々な物資を買い揃える。

 アゲハ用のマジックランプ。

 調理器具と調味料。

 消耗品や携帯食料。

 荷物が増えれば長旅の負担になってしまうのだが、傭兵に限ってはなんら問題ない。彼らの体力は人間の規格を外れており、巨大な背負い鞄がパンパンに膨れたとしても野生動物より速く疾走可能だ。

 高い身体能力は魔物と渡り合うための最低条件なのだが、一方で一般市民と変わらない点も存在する。


「そろそろお昼ですし、ギルド会館へ向かいましょっか」

「うん、ちょっと疲れたしね」


 空腹には抗えない。体が資本である以上、食事は非常に重要だ。

 通い慣れた建物ゆえ、二人の足取りは軽い。

 ノシノシと歩けば、あっという間に到着だ。

 巨大な上に黒茶色の建材が用いられていることから、王国運営の施設とは思えないほどの圧迫感。

 出入りする人間の身なりもまた、他者を寄せ付けない。剣や斧を携え、フルプレートの鎧や不気味なローブを身につけているのだから、その風貌は仮装大会の出場者だ。

 両開きの扉を開き、二人は威風堂々と入館を果たす。彼らにとってもここは職場であり、怯む必要はどこにもない。


「僕、ちょっとだけ売店の方、見て来ます」

「あ、うん、先座ってるね」


 ここはギルド会館。傭兵のための仕事斡旋場だ。

 しかし、建物の半分は食事場としての機能を提供しており、多数のテーブルと椅子が綺麗に配置されている。

 昼時ともなれば、荒くれ者達で賑わう。

 テーブルの三分の一程度が既に占有されており、満員にはほど遠いものの、多数の話し声が混ざり合うことから祭りのような賑わいだ。

 暖かな上に刺激的な匂いが充満しており、空腹も相まって気持ちが高揚してしまう。

 自分も一刻も早く昼食を食べたい。アゲハはそう思いながらも、空いている席にポツンと座る。

 注文していないのだから当然なのだが、眼前のテーブルには何も置かれていない。対面の椅子に至っても無人だ。


(どうしたの、かな?)


 そう思いながら、彼女は同行者へ視線を動かす。

 食堂の奥にはこじんまりとした売店が設置されており、この時間帯はそうでもないのだが、朝方はおにぎりやパン目当ての客でいくらか混みあう。

 緑色の長袖を着たその少年は、商品を眺めた後に何かを買うわけでもなく、早々にその場を後にする。これから料理を注文するのだから、単品でおにぎりか何かを食べたいのなら話は別だが、そうでもないのなら売店を訪れる理由などないはずだ。


「お待たせしました」

「ううん、どうしたの?」


 エウィンの着席に伴い、二人は顔を突きつける。

 後は料理を決めれば良いのだが、アゲハとしては疑問を解消したかった。


「焼きおにぎり売ってないかなぁ、と思いまして。時々、あそこのレパートリーに加わるんです」

「焼きおにぎり、好きなの?」

「はい。僕ってあんまり好き嫌いないんですが、焼きおにぎりだけは例外で。と言うのも、父さんが作ってくれた焼きおにぎりがほんと美味しくて。まぁ、どんな味だったか、もうほとんど思い出せないんですけど。十年以上前のことですし、ここの焼きおにぎりに上書きされちゃったかもです。素おにぎりよりは高いけど、見つけた時はついつい奮発しちゃいます」


 質素な贅沢だ。

 海苔すら巻かれていない具無しのおにぎりが六十イール。

 ツナ等の具が埋まっているおにぎりが百から百二十イール。

 焼きおにぎりはきっかり百イールゆえ、草原ウサギしか狩れなかった頃は十分高額だった。

 もちろん、今なら堂々と買える。それでも率先して素おにぎりを選んでしまう理由は、貧乏性もあるのだろうが具が無かろうと十分美味だからだ。


「お父さんの……、素敵な思い出だね」

「父さんは漁師で、朝早い代わりに帰りが早いから、ときどーきですけど作ってくれたんです。お米に色がついてるだけでも美味しそうなのに、味も予想を裏切らないから、そういうところが好きになった理由なのかな?」


 故郷を追い出される前の記憶だ。様々な回想が思い浮かぶも、十年以上も昔のことゆえ、ぼんやりと霧がかってしまう。

 そうであろうと、全てを忘れたわけではない。

 家には父と母がいた。

 自分を含めて三人。

 平和な毎日を過ごしていた。漁船が発火し、乗組員全員が燃えるまでは。


「わたし、焼きおにぎり、作れるよ」

「え⁉」

「後はみりんさえあれば……。あ、お米も炊かないと。ここの素おにぎりは塩がついてるから……」


 アゲハの得意分野であり、材料と環境さえ揃っていれば可能なのだろう。

 もっとも、このカミングアウトはエウィンを驚かせるには十分過ぎた。情けない顔で喰いついてしまう。


「作れるもんなんですか?」

「焼き網と醤油は買ったし、足りないのはお米と鍋、それと、みりん」

「買いましょう買いましょう。いや~、すごい、自分達で作るって発想には至らなかったです。まぁ、自分達というかアゲハさんにお願いするんですけど。あ、僕に手伝えることって何かありますか?」

「じゃあ、おにぎり握ってもらっちゃおうかな」

「それなら楽勝です! 多分……」


 言い切れない理由は、握り飯すら作ったことがないからだ。母の料理を手伝った経験もなければ、米を炊いたことすらない。

 貧困街の自宅には調理器具の類が一切なく、食事はもっぱらパンかおにぎり、それと干し肉という組み合わせだ。

 談笑に花を咲かせるも、少年の腹が鳴ったタイミングで、ここを訪れた理由を思い出す。

 昼食の時間だ。

 二人はこの後も買い出しを続ける。

 デートのようで、そうではない。

 それでも、楽しい時間であることは変わりない。

 旅が終わったことで、新たな旅が始まる。

 その生き方は、まさしく傭兵そのものだ。

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