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第十七話 到着、ヘムト採掘場

「作戦会議でもしますか」


 昼間から夜へ移り変わる、曖昧な時間帯。

 そうであると裏付けるように、頭上の空は灰色が混ざり始め、森を抜けてもなお、二人の周囲は薄暗い。

 彼らの背後に広がる森はルルーブ森林だ。数えきれないほどの広葉樹がその地に蓋をしてしまうのだが、樹木はそれ自体が資源でもあるため、ぞんざいに扱ってはならない。

 二人は森を突破し、今は空き地のような場所で肩を並べて直立中だ。

 本来ならば夕食の準備に取り掛かっても良いのだが、ここが目的地であることから頭を悩ませている。

 緑髪の傭兵、エウィン・ナービス。イダンリネア王国に移り住んで以来、初めて衣服を新調した。色が抜けた長袖をついに捨て、若葉色のカーディガンに袖を通している。黒いズボンはいくらか汚れてしまっったが、草原と森林を駆け抜けたのだから当然と言えば当然だ。

 少年は足元に巨大なリュックサックを置いたまま、案山子のように真正面だけを見つめている。

 崖のような山がそそり立つも、視線の先だけは完全な闇だ。建物すらも飲み込めるほどの大穴がその口を開いており、洞窟のようにも見えるが実際には採掘のために掘られた穴だ。

 ヘムト採掘場。今回の旅の目的地であり、だからこそエウィンは方針を決めかねている。

 もっともそれは、彼女も同様だ。


「おっきな、鉱山だね。この中に……」

「はい。何十年も前に封鎖されたって歴史の教科書には書いてありました。鉱石の採掘量が減少したからとか何とか……。その結果、作業の人達が撤退して、代わりにスケルトンやら何やらが住み着いた、と……」


 もう一人の傭兵の名前は坂口あげは。

 先端だけが青い黒髪。

 薄幸そうな、それでいて自信のなさそうな表情。

 灰色のローブを引っ張るように持ち上げる、大きな乳房。

 黒いズボンはサイズが合っていないようにパンパンだが、彼女の足が太いだけだ。


「そろそろ、日が暮れそう、だけど……」

「うぅむ、悩ましいですね。晩御飯を食べるにはちょい早いし、まぁ、今日は朝早くからずっと走りましたから、休むべきなんでしょうけど……」


 エウィンの歯切れが悪い理由は、欲張りたいという欲求のせいだ。

 イダンリネア王国を出発したのが、昨日の朝。その日の内にマリアーヌ段丘を越え、そのまま野営という形で夜を明かした。

 翌朝、つまりは今朝、二人はルルーブ森林に足を踏み入れ、道づたいに西を目指す。

 その結果、夜が訪れるよりも先にここまでたどり着けた。

 二日続けて長距離を走破したのだから、アゲハは当然のように疲弊している。そういった事情がある以上、大人しく夜を明かすべきなのだろう。


(目の前にあるんだし、少しくらい探検したいな。だけど、アゲハさんをここに残してとなるとさすがに危険な気もするし……。キノコを焼くにも時間もかかるだろうから、今日はここまでにしよう)


 エウィンは好奇心を抑え込む。

 浮浪者として忍耐が鍛えられた成果か。

 同行人を気遣ってのことか。

 どちらにせよ、無茶はしない。

 ヘムト採掘場は長い年月掘られ続けたため、迷路のように入り組んでいる。

 ましてや中は完全な暗闇だ。急ぎたくとも走るわけにはいかない。

 魔物が巣食っている上にその面積は広大だと予想される。突入の際はコンディションを整えるべきだ。

 リーダーはエウィン。年下であろうと、意思決定権を委ねられている。

 後ろ髪を引かれるように迷ってしまったが、本件に検討の余地などない。

 アゲハの返答を待たずに、雑草の絨毯へすっと腰を下ろす。

 本日の活動はここまで。態度で示した瞬間だ。


「一先ず休憩しましょう。明日に備えて、今日はここまで……かな」

「あ、うん。確かに、ヘトヘトかも……」

(やっぱりそうだよね。まぁでも、上出来過ぎるとしか言いようがない。たった一か月足らずで傭兵っぽくなれたんだし……。ほんと、僕の十一年は何だったのか、神様がいるなら小一時間問い詰めたい)


 半ば強引ながらも数値化することで、彼らの実力を指し示せる。

 平均的な成人男性を一とした場合、草原ウサギの強さは三から四程度。

 アゲハと出会う前のエウィンがかろうじて五である一方、今のアゲハは既に六を超えている。

 彼女に見込みがあることは間違いない。

 そうであろうと、この二日間はオーバーワークだった。

 こうして目的地にたどり着けたのだから、追い打ちをかけるのではなく、労うべきだろう。


「焚火の準備は楽勝ですし、メインディッシュのキノコもすぐに見つけられると思います」


 二人の背後は森だ。枯れ枝など、探すまでもなく集められる。

 ウッドファンガーについても同様だ。周囲にはいないようだが、エウィンが走れば瞬く間に捕まえられる。

 天候についても心配は不要らしい。太陽が西の地平線へ遠ざかっている最中ゆえ、大空はすっかり濁っている。そうであろうと雨雲の類は見当たらないことから、今晩はここで野宿が可能だ。

 鉱山の出入口付近ということから、この辺りだけは木々が伐採されている。それゆえの空き地なのだが、周囲を警戒しながらの野営にはもってこいだ。

 そのような平地に、今はポツンと二人だけ。地面は所々が禿げ上がっているものの、その大半が雑草で覆われている。カーペット代わりとしては申し分ない。

 夜が訪れる直前ゆえ、気温は緩やかに低下中だ。眼前の山脈が西日を遮ってしまうことから、暗闇の足音はすぐそこまで迫っている。

 この状況に、アゲハは満足感と多幸感を感じずにはいられない。

 旅はまだ道半ばながらも、ここまで来れたことに達成感を抱くことは当然の反応だ。


(大学を辞めて、ずっとアパートに籠ってたわたしが……。本当に信じられない。これも、エウィンさんのおかげ……。今日も疲れちゃったけど、この疲労感も今じゃ好き、かも)


 今までは得られなかった幸福だ。

 一方で、彼女の体は休息を求めている。疲労の蓄積は想定以上ゆえ、エウィンの判断に救われた形だ。


(傭兵の仕事って、こんな感じ、なんだ。魔物がいるところまで、走って向かって、無事倒せたら、帰る。旅行とも違うし……、あ、魔王を倒すアニメやゲームが、こんな感じなのかな? なんとビックリ、この世界には、魔物がいるしね)


 地球とウルフィエナの最大の違いは、魔物の有無だろう。戦技や魔法と言った神秘もその筆頭だろうが、発達した科学ならば十二分にわたり合えてしまう。

 もっとも、地球では人間同士が殺し合っていた。その時代によって背景や動機は推移するものの、意思疎通を行いながらも相手を殺し続けるのだから、人間の内側に狂気が宿っていることは間違いないのだろう。


(わたしも、今じゃすっかり、奪う側になっちゃった。だけど、後悔はしない。だって、この人と一緒にいたいから……)


 これこそが彼女の本心だ。

 この世界は弱肉強食をルールとしている。シンプルゆえに抗う手段は戦って勝つしかない。

 そうであると、アゲハは早々に理解した。

 マリアーヌ段丘でエウィンがゴブリンに殺されかけた際に、日本人特有の価値観は音を立てて砕かれてしまった。

 ゆえに、彼女はその手を血に染める。

 この一か月間で、数えきれないほどの草原ウサギを殺した。

 その数は十や二十ではない。百体さえも上回るだろう。

 その多くを深葬で燃やしたが、時には己の実力を測るために蹴って殺した。

 相手は魔物とは言え、やや大きいだけの可愛らしいウサギだ。罪悪感に苛まれてしまうも、エウィンの背中を追うためには通過儀礼と割り切るしかなかった。

 その成果が、トップアスリートのような身体能力だ。

 アゲハは自身のそれをゲームに例えてレベルアップだと捉えるも、その認識で概ね正しい。


(エウィンさんはすごい。わたしなんかより、もっとずっと……。まるで、物語の主役みたい……。だけど、わたしは……、こんなわたしじゃ、ヒロインにはなれない。隣にいたい、ただそれだけなのに……。今はまだ、それすらも難しい。うじうじしちゃう。こんなところは、いつまでたってもわたしのまま……。わたしらしいわたしが、やっぱり嫌い。変わりたいし、強く、なりたい。どうしても焦っちゃう)


 体育座りのまま、両膝に額をぶつける。顔を見られたくないという心理が作用した結果の条件反射だ。


(涙の数だけ強くなれるよ、ふふふんふ~ん……。お母さんが好きだった歌。タイトル、忘れちゃったな。お母さん、元気かな? 会いたいな。だけど……)


 日本への帰還。大目標はこれながらも、本心はどうしても揺れ動いてしまう。

 この願いが叶うと、エウィンとは離れ離れになってしまう。それだけは避けたいのだが、両方を願ったところで実現しないことは本能で察している。

 エウィンはこの世界の人間だ。浮浪者でありながらささくれておらず、教養はないものの賢い若者と言えよう。

 魔物狩りを生業としており、危険ではあるが刺激的な仕事であることをアゲハも十分理解した。

 それゆえに、この少年が日本に同行してくれるとは思えない。頼めばその可能性は高まるのかもしれないが、傭兵という生き方を手放せるかはエウィン次第だ。


(だったら、今のままでも、構わない。でもでも、お母さんには会いたい……。どうしたらいいの? どうしたいの? わからない、何も、わからない……)


 単なる自問自答では、着地点など見出せない。

 疲弊した体が心まで弱らせてしまったのか、アゲハは普段以上に悩んでしまう。

 対照的に、エウィンは普段通りだ。チラチラと洞窟を眺めながらも、沈黙を破るように立ち上がる。


「焚火の準備をしますので、アゲハさんはそのまま休んでてください」

「あ、わたしも、手伝うよ」

「大丈夫です大丈夫です。その代わり、アゲハさんにはキノコを焼いてもらいたいので」

「うん、わかった……」


 適材適所ということだ。

 少年はステップを踏むように森へ戻ると、大小様々な木枝を手早く収集する。

 両手が塞がったタイミングで野営地に戻るも、一往復で済ますつもりはない。二度、三度と一連の動作を繰り返すのだが、その速度は映像の早送りそのものだ。

 数分とかからずに、焚火の材料が山の様に積まれる。一晩を明かすには十分過ぎる量だろう。

 勢いそのままに、エウィンは狩りに出かける。

 標的はウッドファンガー。年間に何人もの人間を殺す魔物ながらも、この傭兵にかかれば夕食のメインディッシュだ。


「と言うことで生きたまま捕まえましたけど、これ、どうしたらいいんでしょうか?」


 有言実行と主張するように、エウィンはあっという間に帰還する。

 右腕は巨大なしめじを抱えており、その重量は決して軽くはないのだが、少年の表情は普段通りに明るい。


「エウィンさんが買ってくれた包丁で、切れるの、かな?」

「あ、あー、どうなんでしょう? 新品がいきなり刃こぼれしたら泣きたくなっちゃいますが、後学のためにも試すしかないのかな……。まぁ、それはとどめを刺してから、と……」


 魔物は頑丈な生き物だ。草原ウサギなら包丁やナイフで仕留めることが出来るのだが、この地の魔物は侮れない。傭兵の武器なら通用するものの、調理器具での殺傷が可能か否かは、実験での検証が必要だ。

 ウッドファンガーを生きたまま手渡すわけにはいかないため、エウィンは左手をギュッと握るも、殴る寸前に考えを改める。

 これからこれを食すのだから、殴って殺してしまっても良いのか? それがわからないため、硬直してしまう。


「食べるとしたら頭でしたっけ?」

「うん、そのつもり、だよ」

「だったら、胴体の方をどうこうした方が良いのか。ふん!」


 ウッドファンガーの場合、可食部は全身だ。根だけは例外ながらも、傘の先端から柄に至るまで、どこを食べてもその味は無類である。

 しかし、ここには二人だけ。ならば、最も美味と思われる部位だけを選り好みしても罰は当たらないはずだ。量的にも傘だけで事足りるため、アゲハの方針に大人しく頷く。

 それゆえの結末だ。

 エウィンの右腕に抱えられたまま、魔物の体が千切れるように弾ける。ギュッと締め上げた結果、キノコの耐久度が敗北した結果だ。

 この状況を作り出したエウィンだが、我に返るようにつぶやいてしまう。


「この周辺には川なんかないのに、僕はいったい何を……」


 後悔先に立たず。

 そう痛感しながら、そして、キノコの破片にまみれながら、少年はウッドファンガーの傘を拾い上げると、調理人にそっと手渡す。その顔は悟りを開いたように無表情ながらも、心の中では大いに泣いた。


「か、かっこ、良かったよ」

「ありがとうございます。明日からは、その、考えます」


 学びを得た瞬間だ。

 大人しく頭頂部を殴るのか?

 柄を適当に引きちぎるのか?

 殺し方は明日の自分に決めてもらおう。そう思いながら、体中の肉片を手で払う。

 落ち込むエウィンをよそに、調理は開始される。

 アゲハは大きなリュックサックから、先ずは調理器具を取り出す。

 新品の包丁。

 下敷きにも見えてしまう、簡易的なまな板。

 これらを用いて、キノコの傘を解体する腹積もりでいる。


「あ、良かった。少し力がいるけど、わたしでも切れるよ」

「包丁買っておいて良かったですね。いやはや、お金があるって本当に素晴らしい。服も買えて、アゲハさんのリネンチュニックも買えて、食べる物にも困らない。ふ~む、お金に余裕がある内に、アゲハさん用の武器も買った方がいいのかな?」


 エウィンの思考はシンプルだ。自身を後回しにして、アゲハのためにお金を使いたい。親が子を優先するような心情に加え、戦力としてカウントしたいという思惑も混在している。


「わたしには、深葬があるから、だいじょぶ、だよ」


 この発言は的を射ている。

 彼女の青い炎は強力過ぎる殺傷手段だ。それゆえに自己防衛においても有意義であり、剣やナイフの類は不要だろう。

 アゲハは喋りながらも、大きな傘に刃を落とす。

 その結果、ウッドファンガーの頭部は瞬く間に四等分される。

 対してエウィンは彼女の考えをくみ取りながらも、事情を説明せずにはいられない。反論の余地はないのだが、傭兵特有の事情があった。


「確かにそうだと思います。だけど、もしも炎が通用しない魔物と出くわした際、今のままだとアゲハさんは丸腰になってしまいます」

「あ、そっか……」

「さらには、依頼のために牙や角、後は皮あたりかな? そういったのを収集することも多々あると思います。その場合、深葬を使うわけにはいかないんです。全部まとめて燃やしちゃうから……。だから、えっと、色んな状況に対応出来るよう、引き出しを増やしたくて。まぁ、ブロンズナイフを折られて以降、僕は殴ることしか出来ませんけど!」


 自虐的な言い回しを交えながら、少年は持論を述べる。

 付け加えるのなら、彼女の身体能力を高めることには利点しかない。

 足腰の強化は蹴りの威力を高めるだけでなく、走力もまた向上する。狩場へ移動するための時間を縮められる上、活動範囲そのものを広げることが可能だ。

 加えて武器の扱いを覚えれば、魔物以外にも備えられる。

 アゲハはこの状況を想定しておらず、ゆえにエウィンは補足せずにはいられない。。


「なる、ほど……。私も武器を持った方が、いいんだ」

「対人戦もあり得るかもしれませんしね」

「え? それって……」

「相手が人間だったら、問答無用で殺すのはさすがにまずそうなので。まぁ、そんな状況にこの先出くわすとも思えませんけど。そもそも論として、可能性の一つでしかない上に、相手は誰? って訊かれると困っちゃいます」


 金目当ての盗人か?

 正気を失った人殺しか?

 いずれにせよ、用心に越したことはない。


「戦う相手は、人間だけじゃ、ない……」

「アゲハさんは美人さんなので、変な輩に絡まれることもあるかも? なんちゃって」


 この発言が彼女の顔を瞬く間に赤く塗り替える。

 ニコニコ笑顔のエウィン。

 狼狽するアゲハ。

 奇妙な沈黙が訪れるも、彼女の心中は複雑だ。


(わたしが、美人⁉ そんなこと、一度も言われたことない……。お、お世辞でも、嬉しいな。あへ、あへ)


 当然のように照れてしまう。

 二十四年の人生において、告白されたこともなければ、誰かを好きになったこともない。

 だからこそ、心臓が大きく高鳴ってしまう。

 その鼓動音が届いたわけではないのだが、エウィンは笑みを浮かべたまま、アゲハの胸部を眺めずにはいられなかった。


(おっぱいも大きいし、変な男が寄り付きそうで心配。はぁ、アゲハさんが元の世界へ帰るまでに、一度くらいは触らせてくれないかな……。誠心誠意頼めば、案外いけるのか? いや、僕達はそういう関係じゃないんだし、見るだけにしよう。服の上から……)


 エウィン・ナービス。十八歳。邪な感情を払拭出来るほど、達観してはいない。

 むしろ、そういうお年頃だ。妄想だけなら許されるだろう、そう思いながら、リネンチュニックの大きな膨らみをマジマジと眺めてしまう。

 そのついでに、切り分けられた食材と洞窟のような入口にも視線を向ける。

 アゲハの守護。

 依頼の完遂。

 そして、夕食。

 傭兵として、やるべきことは山積みだ。



 ◆



 真っ黒な世界を彩る、赤い焚火。

 その火力は小さいながらも力強く、周囲を照らすだけなら十分だ。

 太陽が沈んだ結果、空も森も山さえも闇に飲み込まれた。

 それ自体は不自然ではなく、むしろそうでなければ一日が終わらない。

 夜の到来は儀式のようなものだ。明日という新たな一日を出迎えるため、人間は大人しく就寝すれば良い。

 彼女が眼下を眺めたところで、大き過ぎる胸部に遮られることから、腹の膨れ具合は視認出来ない。対策として、右腕を動かし腹部を優しく撫でる。


(焼きキノコ、ちゃんと火が通って良かった。エウィンさんも、美味しいって言ってくれた……。次は醤油や塩で味付けして、もっと美味しくしたいな)


 今晩の献立は、干し肉と焼いたウッドファンガー。傭兵らしい夕食ながらも、得られた満足度はかなり高い。

 キノコの傘を炙っただけとは言え、狩った直後だからか味は抜群だった。

 アゲハとしても、頭の中で何度も反芻してしまう。


(こっちの世界に来て、初めての料理。ちょっと心配だったけど、成功で、いいよね? 料理、もっとしたいな……)


 彼女にとっては唯一の趣味だ。

 引きこもる以前は無味無臭な学生生活を過ごすも、人間不信に陥ってからは一人暮らしという事情も相まって料理に打ち込んだ。

 食べるため。

 時間を潰すため。

 親の仕送りで食材を買い揃え、狭いアパートで夕食だけは作り続けた。

 家の中にいようと、調理方法はいくらでも勉強可能だ。インターネットで検索し、彼女は失敗を繰り返しながらも様々な料理を習得する。


(これからは、今日みたいな感じで、わたしが作る機会が増えてくれるの、かな? 魔物の調理方法も、勉強したいけど、ノウハウは似てる気がするし、なんとかなりそう)


 アゲハはほっと胸を撫で下ろすも、同時に視線を動かす。

 森からわずかにはみ出たここには、傭兵がポツンと二人だけ。パキンと雑音のような焚火の音が響くも、彼女らが言葉を発しなければ、聞こえる音はそれだけだ。


(エウィンさん、入口の方をチラチラ見て……。落ち着きのない姿も、なんだかかわいい)


 アゲハがそう思う通り、エウィンはどこかソワソワしている。

 夕食を食べ終え、二人は心底満腹だ。

 しかしながら、眠るにはまだ早い時間帯でもある。

 時刻は午後七時過ぎ。

 光源がなければ散歩すらも困難だ。

 それでもなお、少年は好奇心を抑え込めないらしい。

 そのことを察してか、アゲハは一人静かに思案する。


(疲れはすっかりとれたし、提案してみよう、かな……)


 本来ならば、そろそろトレーニングの頃合いか。

 スクワットや素振りといった素っ気ないものながらも、傭兵にとって体は資本ゆえ、鍛えることは間違いではないはずだ。


「エウィンさん」

「は、はい!」


 少年の声が裏返った理由は、心臓が飛び跳ねるほどに驚いたためだ。

 炭鉱の入り口と焚火、そしてアゲハの脚や胸をローテーションするように眺めていたのだが、そのタイミングはまさに彼女のたわわな果実を盗み見ていた最中だった。


「筋トレも兼ねて、少し入ってみませんか?」

「え、いいんですか?」

「探検みたいで、楽しいかも、です」


 食後の運動としても適切だろう。

 当然ながら、アゲハが単身で乗り込むのなら死地に赴くようなものだ。以前は単なる採掘場だった場所も、今では魔物が居ついてしまっている。ルルーブ森林以上に危険な場所であり、彼女が傭兵であろうと実力不足と言わざるを得ない。

 もっとも、彼にとっては好都合だ。


「行きましょう行きましょう! どうせ中は暗いでしょうし、昼も夜も関係ないと思います」


 手ごわい魔物が待っている。

 ならば、試すしかない。

 そもそも今回の冒険の目的地である以上、体力が回復したのなら突入あるのみだ。

 アゲハの提案がエウィンを喜ばせるも、その姿もまた、彼女に幸せを感じさせる。この好循環は二人の関係そのものだ。どちらかが欠けても、今を生きることは出来なかった。

 夕食を済ませただけの状態ゆえ、準備はあっという間に完了する。

 エウィンは購入したての携帯ランプを取り出すと、慣れない操作で光を灯す。

 マジックランプと呼ばれるこれは、透明な容器の中で触媒が煌々と輝くシンプルな構造だ。扱いやすく、丈夫な上に決して高額でもない。傭兵ならば必需品と言えよう。

 焚火を手早く鎮火させれば、後はその大穴に入り込むだけ。エウィンは大きなリュックサックを背負いながら、灯りを片手に進行方向を見据える。

 アゲハも小さな鞄を背負えば、準備は万端だ。

 二人は意気揚々と、洞窟のような入口の前に移動する。。

 ヘムト採掘場。かつては炭鉱夫によって賑わったこの場所も、今ではその役目を終えて静かに眠っている。

 正しくは、魔物の住処と化している。

 二人が受注した依頼は、スケルトンという魔物の頭部を持ち帰ること。

 その数は十個ゆえ、最低でも十体は狩らなければならない。


「実はここに着いてからと言うものの、この中から三体くらいの魔物がうろうろしているのを感じていました」

「そうなんだ……」

「行ったり来たり、どうにも同じところをウロウロしてるみたいで……。なんとなくですが、中はそんなに狭くはなさそうです。と言うわけで、いざ!」


 高まった気分を抑えることなく、少年はいそいそと入口に足を踏み入れる。

 その瞬間だった。

 二人は空気の質が変化したことを、文字通り肌で感じ取るい。


「う、ちょっとだけ、寒い……」

「確かに……。まさか気温が下がるなんて、夢にも思わなかったです。アゲハさん、大丈夫ですか?」

「このくらいなら、だいじょぶ」

(う! 寒がってるアゲハさん、かなり刺激的!)


 マジックランプが洞窟を照らす。

 そのついでに、アゲハの全身と、両腕によって持ち上げられた乳房を照らしてくれる。

 眼福だ。

 本来ならば、邪な感情を抱いている場合ではないのだが、魔物の生息域はまだまだ先ゆえ、エウィンはチラチラと彼女の姿を眺めてしまう。


(それにしても、やっぱりここは鉱山なんだな。レールが敷かれてるし、あ、トロッコが横たわってる。撤退する時に持ち帰ればいいのに……。って考えちゃうのは、僕が貧乏性の証か?)


 脱線し、横転したままのトロッコ。

 投げ捨てられたツルハシ。

 ここがヘムト採掘場だと知らずとも、どういった場所なのかは容易に想像可能だ。

 凹凸はあるものの、整えられた足元。

 左右の壁も一定の幅を保ち続け、天井も木材によって補強されている。

 自然由来の洞窟ではなく、人工の空間であることは明白だ。

 それゆえに、本来ならば恐れる必要などないのだが、アゲハの寒気は気温の低下以外にも起因している。


「ここ、ちょっと怖い、かも……」

「鉱山って圧迫感がありますね。しかも、不気味。まぁ、僕が一番恐れているのは、アゲハさんに宿るおばさんなんですけど」


 エウィンの発言が沈黙を呼び込むも、二人分の足音が鳴り響くため、完全な静寂とはほど遠い。

 もちろん冗談だ。このやり取りは一度や二度ではないのだが、少年は試すように繰り返してしまう。


「やっぱり、おばさんもといお義母さん、出てこないですね」

「うん、わたしの中で、眠ってるっぽい。それすらも曖昧なんだけど……」


 名前も、正体すらも不明だ。明かしてくれなかったのだからわかるはずがないのだが、アゲハですら説明出来ない以上、彼女については悩ましい問題と言えよう。


「出てこないなら出てこないで、それこそが普通な気がしますし、今は探検に集中しましょう。あわよくば……」


 スケルトンと出会ってみたい。

 そして、戦ってみたい。

 少年は楽しそうに声を反響させるも、このタイミングで新たな事実に気づかされる。


(う、魔物の数が思ってた以上すごい……。十? いや、もっといる。これは……、全部がスケルトンだとしたら、依頼はすぐに片付けられそう。そのついでに、アゲハさんの鍛錬もしてみるか。そんな悠長なこと、言ってる場合じゃないのかもだけど……)


 ヘムト採掘場が占拠されていると確信した瞬間だ。

 城下町を賑わす人間ほどではないものの、その密度はルルーブ森林の比ではない。

 前方だけでなく、その左右にも多数の何かが蠢いている。満遍なく分散しているのではなく、いくつかの箇所で渋滞を起こしているような状況だ。

 通路内を闊歩しているのだろう。

 それゆえに、エウィンは頭の中で地図を思い描くことが可能だ。精度は低いものの、進めば進むだけ完成度が高まるのだから愚直に進行すれば良い。


「あんまり、前、見えないね」


 アゲハが弱々しく口を開くも、愚痴ではなく事実を述べている。

 持参したマジックランプは周囲を照らすためのものであり、その光に指向性はない。彼女が知る懐中電灯と比べれば、照らせる範囲はどうしても狭まってしまう。


「大丈夫ですよ、魔物の位置はハッキリと把握済みです。極端な話、この道が真っすぐだったら目をつぶってても歩けます。まぁ、レールにつまずいてすっ転ぶでしょうけど」

「ふふ、わたしも気を付けるね」


 緊張感を抱きながらも、彼らは落ち着けている。傭兵としての心構えとしてはおおよそ理想的であり、体力と精神をすり減らさないためにもこうあるべきだろう。

 その後も二人は闇の中を歩き続けるも、五分ほど進んだ頃合でエウィンは減速と共に立ち止まる。


「ふむ、ここで三方向に枝分かれするようですね。広い場所ですし、ここがある意味でスタート地点なのかな?」


 この発言を裏付けるように、今までの通路とは打って変わって広まった空間にたどり着く。その容量は作業道具を携帯した炭鉱夫が何十人でも集まれるほどだ。掘って掘って掘り進めた結果なのか、作為的にこのような広間を作ったのか、二人には想像すらも困難だが、問題はそこではない。


「真っすぐと、左右に……。ど、どうしますか?」


 彼女が言う通り、ここは行き止まりではなく分岐点だ。

 ゆえに、アゲハは指示を仰ぐ。

 ここで引き返いても良い。

 右、真っすぐ、左のどれかを選んで進んでも良い。

 体力には余裕があるため、決定権をいつものようにエウィンへ委ねる。


「こりゃー、ここで鍛錬したらきっとすごいことになりますよ。と言いますのも、右の方に七体、左にも同じくらい、正面にはなんと十以上の魔物がいます」

「う、すごい数……」

「すぐ近くってわけでもなくて、それぞれ一、二分は歩かないとですが、それぞれがけっこう密集してるので狩りごたえはありそうです。さ~て、どうしたものか……」


 エウィンは既に決めている。

 進む以外ありえない、と。

 しかし、演じるように悩んでしまう理由は、アゲハの存在だ。

 魔物が一体だけなら、彼女を同伴させていようと躊躇なく進める。相手がスケルトンないしそれ以外であろうと、自身を盾にすればいくらでも守りようがあるからだ。

 しかし、その数が複数の場合、そしてそれが確定している以上、むやみやたらに近づけない。

 自分は死んでも良い。

 しかし、彼女の保護は必須事項だ。

 だからこそ、ランプで真っ暗な周囲と人間二人を照らしながら、口を尖らせる。

 立ち止まり、会話すらも中断すれば、採掘場は完全な静寂だ。二つの心臓音が聞こえそうな状況で、少年は静かに息を吐く。


「スケルトンと戦うのは初めですが、知識が全くないわけでもないので、とりあえず進みましょう。先ずは右から攻めるとしますか」

「あ、うん、お任せ、します」


 恐れていては何も得られない。経験的にそう考えるエウィンは、左足をぐいと前方へ運ぶ。

 このタイミングでの撤退だけはありえない。

 夕食を済ませたことでアゲハのコンディションは持ち直した。怪我もしていないのだから、最低でもスケルトン一体と戦わなければ探検の意味すらない。

 広間から通路へ。天井の低さに体が身構えてしまうも、その高さは手を伸ばしても届かないほどには余裕がある。圧迫感の正体はそのほとんどが暗闇のせいであり、マジックランプで照らしながらグングンと進み続ける。

 魔物が近い。

 この事実が口数を減らすも、まとわりつくような冷気もまた、その要因の一つだ。


「さて……」


 そうつぶやきながら、エウィンがまたも立ち止まる。

 しかし、今回は先ほど以上に慎重だ。アゲハにも急停止を求めるよう、左手をバリケードのように横へ伸ばす。


「い、いるの?」

「はい。多分ですが、この先も広間なのかもしれません。もしくは、十字路なのかな? 比較的近くに三体、その先に四体、うろうろと歩いてます」


 やることがないのだから、魔物はさまよい続ける。

 巨人やゴブリンは例外ながら、魔物はその多くが食事すらも不要だ。元いた世界からエネルギーの類を供給されていると考えられており、人間に狩られない限りは無限に活動が可能だ。


「わたしは、ここで待ってれば、いいのかな?」

「そう……ですね、そうしましょう。やばそうだったら合図出しますので、迷わず引き返してください。合図と言っても叫ぶだけですけど」

「え……」


 エウィンはスケルトンとは戦ったことがない。その強さはゴブリンほどではないらしいが、噂はあくまでも噂だ。

 それが真実ならば、負けはしないだろう。

 しかし、今回は複数体との闘いが想定される。視界不良も相まって勝率は百パーセントではないはずだ。

 弱音のような方針を打ち立ててしまうも、結果的にアゲハを怯ませる。

 ならば、二人で帰りたい。

 彼女としてはそう主張したいのだが、口が即座に動いてはくれなかった。

 恩人が返答を待たずに歩き始めてしまった以上、遠ざかる光を眺めることしか出来ない。

 一方、エウィンはこの状況でも冷静だ。


(あ、僕がマジックランプ持ってるから、アゲハさんが逃げられない……。かと言って真っ暗な中で戦えるはずもないし、うぅむ、勝つしかないか)


 要領の悪さが露呈してしまうも、前進は継続だ。

 なぜなら、既に自身の存在をそれらに気づかれてしまった。

 前方の何かがピタリと静止する。

 それを合図に真似るよう足を止めるも、灯りを突き出したところで鉱山の通路が見えるだけだ。

 敵影は視認出来ずとも、エウィンはその位置を把握している。

 そして、その距離が縮まることも承知の上だ。


(来る……)


 予感めいた直感だが、事実を言い当てている。

 カタカタと乾いた音が近づくも、音源は一つではない。坑道内に反響してもなお、少年はその数を言い当てる。


(近くの三体全部か)


 陽の光が差し込まない場所で、それらは人間の接近を我先にと感知してみせた。

 その結果がこれだ。

 補強された通路内で、ランプの光に侵入を果たした化け物達。それらは骨格標本と瓜二つの姿をしており、内臓や肉さえ無しに歩いてみせるのだから、紛れもなく人外そのものだ。

 スケルトン。ヘムト採掘場に住み着いた、不死系の魔物。生きる屍と言っても差し支えないだろう。

 眼球もなしに獲物を視認し、耳がないにも関わらず、その足音を捉えてみせる。

 そうであることはたった今実演された。エウィンは白いその骨達をじっくりと観察することから始める。


(もっと近づくつもりだったけど、予想より反応が早かったな。こっちの音を、聞いたのか……。アゲハさんはまだ近くにいるし、無茶だけは出来ない)


 狭いようで広い坑道で、少年は即座に頭を働かせる。

 前方には骨の魔物が三体。

 後ろには保護すべきアゲハ。

 それらに挟まれている以上、迂闊な行動は死に直結する。

 なぜなら、スケルトンは歩く人骨標本ではない。

 魔物でありながら。

 魔物であるからこそ。

 魔法を使用する。扱う種類は攻撃魔法であり、流れ弾が彼女に当たれば、即死すらもありえる。

 ゆえに、慎重な対応が必要だ。

 そのはずだが、傭兵の判断は早かった。

 構図としては、一対三。

 先ずは数を減らしたい。その思惑を実現させるため、エウィンは闇を切り裂くように駆け出す。

 中腰の姿勢へ移行したことさえ気取られないほどの俊敏性。大胆な先制攻撃であり、スケルトン達は身構えることしか出来ない。

 同時に、こう思ったはずだ。

 戦いの始まりだ、と。

 その認識が誤りだと、それらは次の瞬間に思い知る。


「ふん!」


 急停止は魔物を追い越さないためであり、一体目を破壊するためだ。

 人間と瓜二つの頭蓋骨。その大きさと形は人間のそれと一致しており、汚れているばかりか、あちこちが欠けてしまっている。

 エウィンは真ん中の個体に接近すると、反応を待たずに右腕を振り抜く。

 この一撃は戦闘開始の合図ではない。

 一方的な蹂躙、そのものだ。

 傭兵の拳が、スケルトンの顔を一つ、完膚なきまでに粉砕する。

 人間と魔物。本来ならば、非力な人間こそが狩られる側なのだろう。

 スケルトンもそうであると認識していたはずだが、この少年は常識を覆す。

 今は封鎖された鉱山の中で、彼らは遭遇した。

 正しくは、傭兵が獲物を発見した。

 ゆえに、ここからは狩りの時間だ。

 この世界は弱肉強食。

 ゆえに、強者でなければ生き残れない。

 この世界は、そのように設計されている。

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[良い点] 弱肉強食の世界でどう生き延びるのか。楽しみにしています!
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