必然の邂逅
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彼女は建物の中にいた。目の前には、惣菜が並んでいる。
ここは、どこかのスーパーだろうか。柱に貼ってあるチラシに、見覚えのあるペンギンのマスコットキャラクターがいる。なるほど、たしかにこの圧縮陳列はあの大手ディスカウントストアか。彼女は事務服姿で、仕事帰りに夕飯を買いにスーパーに寄った、というところだろう。惣菜をひとつ手に取ってかごに入れる。
そして、歩き出そうと前を向いた時だった。彼女は、硬直したように動きを止めた。視線の先を見ると、男が二人いた。
男は二人とも同じぐらいの背格好で、一人は軽くパーマを当て、もう一人はツーブロックの髪型をしていた。彼女と同年代といったところだろう。酒を飲んでいるのか、顔が少し赤い。ぱっと見の印象からは、チャラいという形容が頭に浮かぶ。
男二人は、彼女の視線に気付いたのか振り返った。二人揃って値踏みするかのように、目線を下から上へ動かす。イヤらしい見方をするなと思っていたら、ニヤつきながら彼女に近付いてくる。
そして、パーマが声を掛けた。
「何、おねーさん、ウチらに何か用? あっ、もしかしてウチらと仲良くしたいとか? じゃあ、今から一緒に飲む?」
パーマは、見た目通りのセリフを吐いた。
彼女は、身体を震わせて言葉を絞り出す。
「すみません、何でもないです…」
そう言うと、踵を返し足早にその場を去ろうとする。
しかし、ツーブロックの方が彼女の腕を掴んで引き戻した。
「急に逃げるなんてひどいなあ。そんなこと言わずにさ、飲もうよ。奢るからさ」
彼女は、パーマとツーブロックに挟まれる格好になった。
しばらく押し問答していたが、酔った二人は離してくれない。周りの人も、遠巻きに眺めるだけだ。見ているだけで、干渉できないのがもどかしい。
俺が何も出来ず歯噛みしていると、近くを通った警備員が見つけてくれて駆け寄って来た。状況を察した警備員が、彼女と二人の男を引き離す。
離れ際、パーマが手を振りながら彼女に向かって声を掛けた。
「ちぇっ、またねー」
こんなところでナンパされて、美人も大変だな。
しかし、これの何に心を動かされたのだろう。まだ分からない。
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そこで過去が一旦途切れた。やはり、続きがあるのか。
場面が切り替わった。
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彼女は、またあの店にいた。同じ惣菜売り場だ。
どういうわけか、あのパーマと向かい合い立ち話をしている。ツーブロックは不在のようだ。
「お仕事は投資家って言ってましたけど、どういうことをされているんですか?」
彼女がパーマに向かって聞く。その顔には微笑みが浮かんでいた。
一体、どういう展開なのか。いつの間に、立ち話するくらいの仲になったのだろう。もしかして、このパーマと良い仲になっていく過程を見せられているのだろうか。
パーマは、得意げに答える。
「簡単なもんさ。家でパソコン見ながら、適当にマウスをクリックするだけだよ」
「投資って難しいって聞きますけど、簡単に出来ちゃうなんて凄いです。きっと、才能があるんですね」
彼女は、パーマの言葉を額面通りに受け取ったようだ。好意を持たれていると、何でもポジティブに捉えて貰えるのか。パーマのことが羨ましくて嫉妬で吐きそう。
彼女は、続けて質問をした。
「お仕事をしてない時は、何をされているんですか?」
「うーん、ネット見たり、配信で映画見たりするのがメインかな。あとはトレーニングルームがあるから、そこで筋トレしてるな。大抵の物が家に揃ってるから、買い物以外はほとんど家から出ないことが多いんだ」
それはつまり、程度の良い引きこもりということでは。もしかしてこの男、投資家を名乗ってはいるが、本当のところは無職ではないか。
だが、彼女は気に留める様子もない。
「そうなんですね。余裕のある生活って憧れます、羨ましいです」
憧れると来た。好意とは恐ろしい。
彼女は、更に質問を続ける。
「地元って、この辺りなんですか?」
「いや、地元は県外でさ、何にも無いからこっちに来たんだ。アイツも同じだよ。同級生なんだ」
アイツというのは、この間のツーブロックのことだろうか。
「そうなんですか、お二人とも仲良いですよね」
「まあね、アイツとは長いからな。連れと呼べるのはアイツぐらいだよ」
「私も地元は遠くなんですけど、友達に会えないのが寂しくって。地元が恋しくなったりしませんか?」
この質問に、パーマは嘲笑めいた表情で答える。
「全然。地元の奴らとは何か合わなくてさ、アイツら皆んな馬鹿ばっかだから。こっちで誰とも付き合わず、たまにアイツと遊ぶぐらいが楽でいいね」
「へえ、そういうのも良いですよね」
彼女は何を聞いてもパーマを褒めそやす。こんな奴のどこが良いのだろう。
それから少し話をして、彼女はパーマと別れた。
前回に比べて、パーマの印象がだいぶ違った。酔っていないと分別があるのか、それとも複数人だと気が大きくなるタイプだったか。まあ、どうだっていいのだが。
ふと彼女を見ると、口元が緩んだような気がした。
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また、場面が切り替わる。
三度目だが、まだ続くのだろうか。過去最長になりそうだ。それだけ強い思いなのかもしれない。とりあえず、最後まで見届けよう。
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今度もまた、同じ場所だった。彼女の会社帰りに、総菜売り場前で会うのが定番なのだろう。そう思うと、微笑ましい関係ではないか。
彼女はまた、パーマと向かい合い立ち話をしている。完全には心を許していないからか、まだ少し表情に硬さがある。あんな出会い方をしたのだ、それもそうだろう。
しばし雑談したのち、彼女がワインの話題を出したのを切っ掛けにパーマが切り出した。
「それよりさ、ウチ近いんだけど今度アイツも呼んで一緒に飲もうよ。こう見えて結構ワインにはうるさくてさ、ウチのワインコレクション見たら驚くよ。なかなか飲めない希少なヴィンテージが揃ってるんだ」
「良いですね。ぜひご一緒したいです」
言いながら儚げな微笑みをパーマに向けるが、次の言葉を出す前に目を伏せてで言い淀んだ。
「あ、でも…」
「なに? どうしたの?」
「いや、ちょっと言いにくいんですけど、私、あの人少し苦手で。出来れば二人で飲みたいな、なんて」
伏目がちに、はにかみながら言う彼女。かわいい。一度で良いから俺も言われたい。
「あ、そうなの? もちろん、もちろん! そうしよう! じゃあ、日付け決めちゃおうよ。俺はいつでも良いんだけどさ、カナイさんは平日仕事だよね。あ、でも早い方が良いから、来週の金曜日とかどう?」
パーマが興奮しながら提案する。彼女はカナイさんと言うのか。
「良いですよ。そうしましょう」
彼女は、嬉しそうに頷いた。
「よしっOK、じゃあ19時ちょうどにコンビニで待ち合わせね」
パーマが下心丸出しの顔で予定を告げる。
「分かりました。じゃあまた来週、楽しみにしてます。私も何かワイン持っていきますね」
そう約束をして、彼女はパーマと別れた。
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そしてまた場面が切り替わる。結果から言うと、次が最後の光景だった。
そして俺は、目撃することになる。




