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探偵は難しい  作者: ひっこみ事案
一章:島津 前 1
3/32

見える記憶

─*─*─*─*─*─


 女性は部屋にいた。ラフな格好をしているので自宅だろう。

 スピーカーモードにしたスマホを机に置いて、誰かと通話している。

「珍しいね、電話なんて」

 女性は爪の手入れをしながら言う。

「うん、ちょっとどうしても電話したくて」

 電話の相手は男の声だった。さっきの彼氏かもしれない。

「何かあったの?」

「あったというか、これからあるというか……」男は囁くように呟いた後、空咳をひとつして今度は明瞭な声で言う。「今度の土曜日の夜、時間取れないかな」

「何よあらたまって。いつも空いてるって知ってるでしょ、どこかに行くの?」

 女性はいたって平静に答えるが、声が少しだけ上擦っていた。何かを期待しているのかもしれない。

「どこかっていうか、レストランを予約したんだ。ほら、前から行きたいって言ってたところだよ。どうかな?」

「え、ほんとに! うれしい! 絶対行く!」

「よかった。じゃあ、詳しいことはまたラインするから」

 二人はその後もしばらく雑談をして、通話は終わった。

 女性は、スマホを見つめながら嬉しそうに微笑んでいた。


─*─*─*─*─*─



 これで終わりかと思ったが、女性の過去にはまだ続きがあった。

 視界が暗転して、場面が切り替わる。



─*─*─*─*─*─


 どこかのレストランにいた。男が予約したというレストランだろう。窓の外に見える景色から、高層階にいることがわかる。眼下には夜景が広がり、街の光が宝石のように黒いキャンバスを彩っていた。

 テーブルを挟んだ向こう側、女性の正面にいるのはやはり街で女性と一緒にいた男だった。二人ともフォーマルな装いで、彼氏は濃紺のジャケット、彼女は薄桃色のワンピースにベージュのカーディガンを羽織っている。ドレスコードがある高級レストランなのだろう。俺には一生縁のない場所だ。

 二人は慣れた様子でメニューを決めて、食前酒で乾杯した。

 色鮮やかな前菜から始まり、スープ、魚料理と出てくるが、俺には縁がなさすぎて何の料理かさっぱり分からない。ただただ美味しそう、でも高そう、という知性の欠片も無い貧相な感想しか湧いてこない。

 二人ともこういった店に馴染みがあるのか、リラックスして楽しそうに食事を進めていく。コース料理はつつがなく終わり、あとはデザートを待つばかりだ。

 すると、彼氏の方が妙にソワソワし始めた。店員の方を何度も見て、何かを確認しているようにも見える。

 もしかして、これはアレだろうか。ドラマとかフィクションの世界だけの出来事だと思っていたあのイベントが、まさか実現されようとしているのだろうか。そう思うと、こっちもソワソワしてくる。

 さあ、ついに店員がデザートを運んで来た。真っ白な皿の中央にはハート型のケーキが載っている。周りにはフルーツが添えられ、イチゴのソース――たぶん、赤いからイチゴだろう、それ以外に赤いソースは知らない――が、さらなる彩りを演出していた。

 彼女はケーキにフォークを押し当て切ろうとした。だが、半分ほど切れた所で何かに気付き動きを止めた。期待に膨らんだ表情で、探るようにケーキを崩し中から何かを取り出した。彼女は、取り出した物を手に載せた。そこには大粒のダイヤが眩しく光る、銀色の指輪が。

 それを見届けると、彼氏が居住いを正す。そして、真っ直ぐに彼女を見た。

「一生幸せにします。結婚してください!」

 この世に、本当にこんなことを実行する人が居たのだと思うと感動すら覚える。食品に異物はちょっとどうかと思うが、しかし、彼女は嬉しいようで目に涙を浮かべている。

「こちらこそ宜しくお願いします」

 彼女は、目尻を拭いながら震える声で応えた。

 二人とも、お幸せに。

 自分だったら、泥酔するぐらい自分に酔っていないと出来ないこと、絶対に嫌だけど。しかしながら、グレースーツで食らった辛い気持ちは相殺することが出来た。ちょっと恥ずかしくて、これ以上見ていられないからこのくらいにしておく。


─*─*─*─*─*─



 如何だっただろうか。

 え? 俺の妄想なんじゃないかって? 確かに、そう思われてもしかたがない。だが、俺に反論することは出来ない。なぜなら、確認のしようが無いからだ。

 見た内容が本当かどうかを確認するには、先程のグレースーツと幸せカップルに聞くしかない。今しがた見た内容を伝えて、「事実ですか?」と確認すれば良い。しかし、道端で面識の無い人に、急にそんなこと聞かれても、正直に答えて貰えるはずもない。せいぜいが頭のおかしい異常者と思われるだけなので、実質的に確認できないという訳だ。

 だが、それでも俺が見た過去は本物だと思っている。

 俺はグレースーツが怒鳴られたオフィスも、プロポーズをした高級レストランも知らないし、当然行ったこともない。さっき見るまで知らなかった場所だ。知らない記憶を捏造したにしては再現度が高すぎる。本物だという以外に説明がつかない。

 補足すると、人の過去が見れるといってもその人の『感情が大きく動いた出来事』に限られるらしい。人生におけるイベントと言い換えてもいいかもしれない。感情の種類も喜怒哀楽には関係無いらしく、強く印象に残った最近の出来事が見えるらしい。また、そのイベントに関わる内容がきっかけから終わりまで時系列順で見えるらしい。先程のカップルの過去がいい例だ。長いと数日~数週間ぐらいまでの出来事が見えたりもする。

 らしい、らしい、と自信無さげに言うのは、先程も言った様に、事実かどうか確認のしようが無いからだ。一度、親しい友人に話したことがあったが相手にされず、悩みがあったら相談してくれと本気で心配された。慌てて冗談だと誤魔化してその場は切り抜けたが、それ以来、誰にも打ち明けられずにいる。だから、今まで見て来たものの傾向から、たぶんそうなんだろうと解釈している。


 さて、誰に対してか分からないが説明は終わったのでまた別の人でも見るとしよう。

 今度は、歩道をこちら側に歩いてくる女性に決めた。整った顔立ちに切れ長の目が特徴的で、やや長めのショートカットが似合っている。クールな雰囲気の美人だ。年齢は二十代後半だろうか。ジーンズにグレーのセーターを着て、白のスニーカーを履いたカジュアルな出立ちだが、どことなく緊張感を漂わせている。

 こういう人は、何に対して心が動くのだろう? 楽しみだ。


 俺は、彼女に視線を向けた。

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