島津前:被害者は
金居香織の過去を見終えた俺は、新開の足をつま先で突いて合図した。
新開は話を切り上げ、彼女を帰らせた。
金居香織を見届けると、新開が待ちきれない様子で訊いて来る。
「で、どうだった? 何か見つけられた? アリバイを崩せそうな証拠はあった? 現場にいた証拠でも良いわ。さあ、教えてちょうだい」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。順を追って話すから」
新開を宥めつつ、改めて俺が見た過去を共有する。
俺が話をする間、新開は顎に手を置いて時折独り言を呟きながら聞いていた。
一通り話を終えて、最後にイヤリングの件を新開に伝える。
「イヤリング?」
新開が不思議そうに尋ねる。
「そう、イヤリング。それが被害者の口の中に入っているはずなんだ。いやあ、道理で部屋の中に落ちていないはずだよ。でも、これがあれば他のアリバイがどうあれ、彼女が犯人という確実な物的証拠になるんじゃないか?」
イヤリングが巻永次の口の中から発見されれば、金居香織の関与は疑いようがない事実になる。
しかし、新開からは予期しない反応が返って来た。
「残念だけど、被害者の口の中には何も入っていなかったわ。口の中は検死で確実に見るから、何か入っていれば絶対に報告があるはずよ。だけど、そんな報告は上がって来てないの」
そんな……もしかして、後で無くなっていることに気付いて回収したのか? その時に置時計を戻した? でもなんの理由で? そもそもどうやって入ったんだ?
改めて犯行シーンを見たのに、何も分からない。やはり現実は、小説の中の探偵のように鮮やかに事件解決とはいかないのか。
そんな俺に、新開が心を読んだかのようにぼやく。
「犯行の瞬間を見てるのに、なんでサクッと解決できないのよ。やっぱり世の中、小説の探偵みたいに上手くはいかないわね」
新開は頬杖をついて、カップに残った氷をストローでくるくると回している。
こっちだって、当然そのつもりだったのだが。俺はいったい何を見落としているんだ? 考えがまとまらず、空になったカップを無言で見る。
なんとなく、気まずい空気が流れた。
すると新開が「そういえば」と言って話題を変えるように、金居香織の地元に行った話をした。
「この間、金居香織の地元に行ってきたんだけど、そしたら、そこは何と巻永次の地元でもあったの。つまり二人に接点はあったのよ。それで、動機はなんとなくわかったんだけど、当日のアリバイに関しては何にも解決しなかったわ」
そういう繋がりだったのか。さすがにそれは分からなかった。
新開は話を続ける。
「それでね、金居香織と巻永次が最初に会ったときに、もう一人居たって言ってたでしょ? もしかしたらそいつの名前は分かったかもしれないの。刈上二郎っていう名前に何か心当たりは無い?」
「刈上二郎? いや、聞いたこと無いな」
「そう、じゃあ違うのかしら? さっき彼女に聞いておけばよかった。でも、正直に言うかしらね。どうせ知らないとかしらを切ってきそうだけど……」
仮にあのツーブロックの男がその名前なら、パーマの巻にツーブロックの刈上か。変な二つ名みたいだな。狙ってやってたりして、面白くは無いが。
また話が終わってしまい、二人の間に店内のBGMだけが虚しく響く。
沈黙を破ったのは新開だった。
頬杖をついて、睨むような目付きでこっちを見ていたかと思うと、急に俺の身なりについて指摘をしてきた。
「ところで島津君、もうちょっと身だしなみに気を遣ってよね。なんでジーパンとTシャツなのよ。それに髪もボサボサだし。彼女も怪訝そうに見てたじゃないの。刑事じゃないってバレたらどうしようかと思ったわ」
いま俺の身なりは関係ないだろう。捜査が上手くいかないことに対する八つ当たりか。余計なお世話だ。
「うるさいな、俺は休みなんだから好きな格好させろよ。それに、髪だって本当はこの前切る予定だったのを誰かさんのせいでキャンセルすることになったのもう忘れたのか? それ以来まだ行けてないんだよ」
忘れたとは言わせない。土日は混むから全然予約が取れなくて、来月になってしまったんだからな。
「あれ、そうだったかしら? それはごめんなさいね」新開はそっぽを向いて、しれっと言う。そして、「そういえば最近、署内で何故かツーブロックが流行ってるんだけど、あのドラマの影響かしらね」などと、どうでも良い情報を寄越してきた。
「知らないよ、そんなの」
警察官の髪型事情なんぞ心底どうだって良い。
「島津君もツーブロックにしたりするの?」
まだ頬杖をついている新開が、まったく興味なさそうに聞いてくる。
「俺は、そんなに好きじゃないな。どっちかと言うと、巻永次みたいなパーマの方が好きだな」
ツーブロックは見た目が厳つくて、俺には合わないと思う。
すると、新開は心底不思議そうにこちらを見て、おかしなことを言う。
「えっ? 巻永次はツーブロックでしょ」
「……ん? 何言ってんだ、巻永次はパーマだろ」
なんで新開がそんな間違いを言っているのかわからず、こちらも不思議だという顔をして言う。さっき見たばかりの過去の中でも、しっかりとパーマだった。パーマの巻は常識だろう。こればかりは、いくらなんでも見間違えたりはしない。
それでも、新開は譲らない。
「何言ってんのって、それはこっちのセリフよ」
間違えを認められないのか?
俺が眉間に皺を寄せていると、新開が懐から一枚の写真を出してきた。
「ほら見てよ。この写真の巻永次はどっからどう見てもツーブロックよ」
俺は写真をひったくる様に受け取り、まじまじと眺めた。
そこには確かに、ツーブロックの男がいた。
これはいったい、どういうことだ。混乱する頭で、今までの経緯を整理する。
そして気付いた。俺が、とてつもない勘違いをしていたことに。
「被害者は、二人いたんだ」




