新開真:嘘の理由
島津君が金居香織の過去を見る間、私は先週調べたことを元に再度話を聞く。過去の出来事を突きつければ、ぼろを出すかもしれない。
まずは巻永次との関係をなぜ隠していたかを聞き出す。
「それでは、よろしくお願いします」
仕切り直すように、軽く頭を下げてから切り出した。
「まず、巻永次さんとの関係について改めて聞かせてください。以前、金居さんは巻永次さんとはドンキで初めて会ったと仰っていましたが、そんなはずありませんよね? どうして嘘をついたのですか?」
金居香織は、目線を揺らして息を呑んだ。
「えっと、おっしゃっている意味が分からないのですが……」
かすれそうな声でまだしらを切ろうとする。
あまり遠回しにしても時間の無駄だ。直接事実を指摘する。
「あなたは、彼と中学校の同級生ですね。名古屋市の、ではありません。福井県S市の中学校です」
金居香織は、逡巡するかのようにしばらく目を伏せていた。
しかし、他に言い逃れは出来ないと観念したのか、顔を上げ背筋を伸ばした。
「はい、そうです。仰るとおり中学での同級生でした」
「なぜ嘘をついたのですか?」
金居香織は、穏やかな口調で語った。
「そこまで調べられたのなら、刑事さんはもうご存じなのでしょう。私は……彼らにいじめられていました。あの頃のことは、私にとってはとても辛い思い出です。それこそ、二度と思い出したくないくらいに」
自分を落ち着けるかのように、コーヒーカップに口を付ける。
「なぜ、嘘をついたかという話ですが、中学の同級生と知られたらいじめがあった事実も調べられてしまうのではないかと思ったからです。他人に知られて気持ちのいい話ではありませんから。だから自分を守るために、咄嗟に嘘をついてしまいました。申し訳ありませんでした」
言い終えると、深々と頭を下げた。
なるほど、もっともらしい回答だ。
「事情は分かりました、心中お察しします。ですが、それならなぜ立ち話をする程の仲になったのでしょう。そんな過去があるなら、見かけても近づかないようにするのが普通だと思うのですが」
「自発的な行動と、他人からの詮索は別物ですから」
金居香織はきっぱりと言い切る。そして、私の返事を待たず言葉を継いだ。
「地元から離れて十年以上が経ちました。その間に、両親は離婚して母親も三年前に他界しました。そんなとき偶然にも彼らを見かけ、いいかげんに過去の思いから決別しなければという気持ちが湧いたのです。それに、子供の頃の話なのでもしかしたら彼らも反省して、上からの言い方ですけどまっとうな大人になっているかもしれないという期待もありました」
これも、もっともらしい回答だ。島津君がいなかったら、信じていたかもしれない。
「結果的にはどうでしたか。まっとうな大人になっていましたか?」
「そう感じました。最初の出会いこそ少し驚きましたが、ちゃんと自立して一人で暮らしていると言っていたので、もう大丈夫なのだろう思いました。複雑な気持ちでしたが」
「彼は、あなたのことに気付いていたのでしょうか」
「気付いていなかったと思います。逆に気付いてなかったからこそ、会話することが出来たのだと思います」
これは事実だろう。いじめていたほうは、大抵その事実すら忘れていることが多い。
「もう一度聞きますが、巻永次の家には行ったことは無いんですね?」
「はい、ありません。会うのはいつもお店の中だけでした」
やはり、嘘をついている。しかし、嘘だという証拠は今のところ無い。結局は島津君次第か。何か見つけてくれることを願うしかない。
頼んだわ、島津君。心の中で呟くと、島津君が合図をしてきた。




