表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
探偵は難しい  作者: ひっこみ事案
六章:新開 真 3
24/32

中学時代 前編

 高校に訪れてから二日後、私は福井県にある金居香織の通っていた中学校――S市立東中学校――に向かって車を走らせていた。

 雲一つない透明感のある青い空には、やる気に満ちた太陽が眩しく輝いている。最高のドライブ日和だ。平日の為か高速道路は他の車もまばらで、なおさら気分が良い。毎回こんな出張なら良いのに。

 途中、サービスエリアで休憩を取り、五平餅を食べながら残りの道程を確認する。まだ中間地点にも来ていない。先は長いな。車に戻り、残りのドライブを楽しもう。


 名古屋市を出発して三時間、やっと目的の中学校へと到着した。ちょっとしたドライブというには少し遠かった。

 事前に連絡しておいたので、すんなりと通された。ここでは校長が相手をしてくれることになっていた。校長室に入り、しばらく待たせてもらう。出してもらった麦茶を飲みながら、室内を眺める。壁には歴代校長の写真が飾ってあった。どこの学校もそうだが、なぜ飾っているのだろう。遺影みたいで、いつ見ても気味が悪い。

 そうしていると、扉が開いた。入って来たのは年配の男性で、撫でつけた髪に金縁メガネが特徴的な人物だった。

「お待たせしてすみません。校長の真鍋(まなべ)です」

 男性は名乗り、名刺を渡してきた。

 立ち上がり、こちらもお辞儀で返す。

「突然すみません。ご連絡差し上げた通り、12、3年ほど前にこちらに在籍していた生徒について伺いしたいことがあり、お邪魔させていただきました」

「遠い所からご苦労様です。話は聞いております、当時から残っているのは私ぐらいでして、お力になれると良いのですが。あ、お座りください」

 校長は私に座るよう促しつつ、正面のソファに腰掛けた。

「それで、話と言うのはどの生徒についてでしょうか?」

「金居香織という生徒について覚えておいででしょうか」

 私がその名を告げると、校長は眉をぴくりと上げた。

「ああ、金居さんですか……覚えております」

 驚いた、まさか覚えているとは。よほど記憶力が良いのか、それとも何かあって記憶に残っていたのか。

「かなり昔のことですが、生徒さんのことは皆覚えているんですか?」

 質問に対して、校長は手を振りながら言う。

「いやあ、特徴のある子は覚えていますが、全部はさすがに無理ですよ」

「では、金居香織さんには特徴があったと」

 会社や高校で聞いた限り、特徴があるようには思えなかったが。

「ええ、本人の特徴という訳ではないんですが。いや、本人も成績優秀という意味では、特徴はあったとも言えますがね」

 校長は含みのある言い方をする。どういった意味だろうか? 気になることはたくさんあるが、まずは転校した理由を確認しよう。

「では、彼女はなぜ転校したのかご存じでしょうか?」

 縁も所縁も無い土地へ引っ越すことになったのは理由があるはずだ。

「それは、ちょっと言いにくい話なんですが、生徒間でトラブルがありまして……」

 あまり触れて欲しくないのか、語尾が弱くなる。だが、知っているらしい。

「詳しく聞かせていただけますか?」

 私の問いに、校長はしばらく悩んだ様子で天井を見上げる。呻くように深呼吸をしたあと、こちらに顔を向けた。

「まあ、黙っていてもどこかで分かる話だと思いますので、私からお話しします」

 校長は口を湿らせるように麦茶を口に含むと話を始めた。

「彼女は、金居さんは成績もさることながら、正義感も強い子でした。クラスでトラブルがあると仲裁に努めることもよくありましたから、皆から信頼されていたのです。ですが、その正義感が仇になってしまったのです」

「仇……誰かと揉めたのですね」

「ええ、トラブルを起こす子は大体決まっていて、その中でも特にやんちゃな二人組がいました。当然のように金居さんはその二人と衝突して、揉め事に発展していました。ただ、大抵は彼女が二人を言い負かすか、先生が間に入ることで収まっていたのですが、二人組の方からしたらそれが面白くない。彼女自身をターゲットにするのも時間の問題でした」

 ありがちなことだ、私にも経験がある。まあ、私の場合は徹底的にやり込めてやったら、寄ってこなくなったけど。

「でもそれだけなら、転校するほどのことではないと思いますが」

「ええ、揉めるだけなら普通の生徒でもありますし、高校進学で離れてしまえばそれまでで済みますから、先生たちでフォローすればいい、そう思って少し甘く見ていました。二人は、我々が思う以上に彼女を攻撃し始めたのです」

「例えばどんな?」

 校長は手を組み、下を向いて申し訳なさそうに話す。

「しばらくは彼女の持ち物に手を出していました。教科書やカバンをカッターやハサミで切るとか、上履きを隠すとか。自転車をどぶに捨てたりもしていました」

 それは酷い。私ならキレ散らかして相手をどぶに突き落とす。

「彼女は抵抗したのではないでしょうか」

「最初は抵抗していました。それに、直接相手にするのは得策でないと分かっていましたから、周りの大人に助けを求めました」

 校長は、ごくりと喉を鳴らした。

 話の続きを待つが、なかなか口を開かない。そうか。

「だが、周りの大人が彼女を助けなかった。そういうことですね」

 校長は頭を垂れて、うなだれた。

「はい、仰る通りです」

「ですが、それは何故でしょうか?」

 予想はついていたが、校長に話すよう促す。

「この二人の親が地元の名士で、この辺りでは誰も意見出来ないような権力者だったからです。それもあって、二人にも強く言えず、徐々に増長していきました。親は親で、基本的には子供のことは放っているんですが、自分の経歴に傷が付くとか、世間体が悪くなりそうなときは、揉み消す為に動くという感じです。そんな訳ですから誰も手出しが出来ない中で、二人は彼女にいろいろないたずらを仕掛けていきました」

「話は理解しますが、いくら権力が大きいとはいえ、学校側は静観していたのですか?」

「もっともなご意見だと思います。ただ、二人の親の権力はあなたが考えるよりずっと大きくて、逆らうと村八分と言いますか、コミュニティから排除されてしまうんです」

「まさか、そんなことが実際にあるんですか」

 そんな話は実生活で聞いたことが無い。架空の話だと思っていた。

 校長はまるで自分の恥を晒すかのように、肩をすくめる。

「いまどき村八分なんて、と思うかもしれませんね。でも、こんなことがありました。二人が学校で煙草を吸っていたことがあって、それを若い先生がきつく叱って停学にしようとしたんです。そうしたら、二人はそれを親に言いつけて、親も子供が学校で煙草を吸って停学なんて話が広がったら、外聞が悪いですからね。それを無かったことにしようと、圧力をかけてきたんです。でも、その先生は抵抗してしまって、それが原因で、その先生に対して報復が始まってしまったんです。最初は、ごみの回収をしてくれないとか、公共サービスを受けられなくなるんです。それで、次はチンピラが家の周りをうろつくようになって、更には車や家に危害を加えられたりもします。でも、役場や警察の上層部と繋がっているので、いくら訴えても相手にしてくれないんです。だから、最終的にその先生は他所に移っていきました」

 そこまでやるのか。そんな親の相手をしていたのなら、同僚が憤っていたのも頷ける。

「なるほど。それで、彼女が転校するに至ったのは何がきっかけだったんでしょうか?」


 校長はため息をついて、数秒黙っていた。そして、静かに語りだした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ