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探偵は難しい  作者: ひっこみ事案
六章:新開 真 3
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高校時代

 島津君と話をした翌日、私は金居香織に連絡をして以前話を聞いた喫茶店で会う約束を取り付けた。島津君の都合もあり、次の土曜日に会うことになった。年休を取れば良いと迫ったが、大事な会議があってそうもいかないと断られてしまった。サラリーマンとは面倒なものだ。

 悔しいが島津君を頼るしか現状良い案が思い浮かばないからしかたがない。犯人は分かっているのに、身柄を拘束するに足る証拠が無い。自分の不甲斐なさに、この一週間は歯噛みする日々が続きそうだ。

 だが、そうも言っていられない。この時間を使って彼女の経歴を洗い直すことにする。もしかしたら、何か出てくるかもしれない。そう思い、今までに調べた金居香織の情報を整理することにした。


 菅木さんの情報から、金居香織は幼少期に県外で過ごしていたことがわかった。その後、恐らく中学生の頃に愛知県に家族で引っ越してきた。親の仕事の都合や親戚関係での引っ越しではないと言っていたから、確かに菅木さんの言う通り何かしらのトラブルがあったと考えて良いだろう。

 高校は愛知県内のM高校に進学したが、在学中に母親が病気で倒れてしまい、世話をする為に卒業後は鈴木建設へ就職した。M高校といったら県内有数の進学校だ。そこから建設会社の事務へ就職するするのは、親の世話の為とはいえ確かに勿体ない気がする。

 まずはM高校に行って話を聞いてみることにするか。卒業して10年近く経つ。彼女のことを知っている教諭がまだ残っていることを願う。


 愛知県立M高校に着いた私は、駐車場に車を止め事務室の窓口へ向かう。

 久しぶりに学校へ来ると、学生の若さが眩しく感じられる。まだまだ歳を気にするような年齢ではないと思っていたのだが、彼らを見ていると大人になったことを突き付けられているようだ。

 窓口で要件を伝え、10年以上前から在籍している教諭がいないか探して貰うことになった。五分ほど待っていると事務員に呼ばれた。

「お待たせしました。当時の先生なんですが一人だけ居ました。細井先生という方で、今呼びましたので少しお待ちください」

 事務員は、平坦な口調で告げる。

 よかった、まだ居たようだ。しかし、たった一人か。そう言われて学生時代を思い返すと、先生がころころと入れ替わっていた気もする。それが普通だと思っていたが、愛知県だけなのだろうか?

 事務員に案内され応接室で待つ。学生時代、こういった部屋は大人の空間といった感じがして気後れしたものだが、今では何も感じない。やはり、大人になったということだろう。出して貰ったお茶を啜りながら待っていると、ノックと共に白髪の目立つ初老の男性が入ってきた。

「どうも、細井と申します」

 会釈しながら名刺を差し出された。受け取った名刺には、愛知県立M高等学校 数学教諭 細井悦治(ほそいえつじ)とある。こちらは名刺を持っていなかったので、手帳を見せて名を名乗った。

「お忙しいところすみません。私はこういうものです」

 お互いに自己紹介したところで本題に入る。

「本日は、金居香織さんという方にについてお話を伺いにまいりました。彼女が在学時の先生で、残っているのが細井先生だけとお聞きしまして。覚えておいででしょうか?」

 当時在籍していたからといって、金居香織のことを覚えているだろうか? これで覚えていなかったら、彼から得られることはほとんど無くなってしまう。

 細井先生は顎に手をやり、昔を懐かしむような表情で言った。

「金居香織さん、彼女のことはよく覚えていますよ。当時、私は彼女の担任でしたからね。彼女がどうかしましたか?」

 覚えていたようでほっとする。

「詳しくは話せませんが、ある事件について捜査していたところ彼女が関わっている可能性がありまして、その一環で調べています」

「そうですか、何事もないと良いのですが」

 細井先生は、心配そうに眉を下げる。

 残念ながら、その心配は杞憂とはいかないだろう。少しだけ心が痛む。

「彼女は、どんな生徒でしたか?」

「一言で言うと、真面目な子でした。成績優秀で手のかからない、模範的な生徒とでもいいましょうか。ただ、どこか儚げで周りと一線を引いているような印象がありました。恐らく、家庭環境に起因するのだと思います。それでも、途中までは順調に高校生活を過ごしていたと思います」

「途中まで、とはどういうことでしょう?」

「この学校はご存じかと思いますが県内では進学校で通っていまして、卒業後の進路はほぼ100%大学進学なんですよ。成績優秀だった彼女も当然、大学進学だと思っていました。それが三年の夏ごろ急に就職すると言ってきたのです。家の事情で、進学は出来なくなったとだけ説明されました。それで結局、進学を諦めて名古屋市内の会社に就職したのです」

 菅木さんの話と一致する。

「そうですか。その、家庭の事情とは何だったかご存じですか?」

 担任であれば、きっと知っていると思うのだが。細井先生は、少し渋った様子を見せる。

「存じてはおりますが、大変に繊細な話で私から話していいものか……」

「お願いします、先生から聞いたとは口外しませんから。事件解決にご協力ください」

 私が言うと、細井先生は自分を説得するようにお茶を一口飲むと、ゆっくりと口を開いた。

「母親が病気になったからだと聞いています。ご両親は中学生の時に離婚して母親と二人暮らしでした。あまり経済的には恵まれていない環境で、そんななか母親が倒れてしまい、進学することが難しくなりました。元々このあたりの出身ではなく周りに頼れる親戚もいなかったようですから、地元に帰ったらどうかという話もあったんですが、どういうわけかそれは出来ないという話でした。

 そうした理由もあって、働いて母親を助けるのだと言っていました。そこまで言われると学校はどうしようもなくて、何とか大学進学出来ないかと奨学金などの補助制度も勧めたのですが……最終的には本人の意思が強かったように思います」

 これも菅木さんに聞いた話と同じだな。他に何かないだろうか? 

「地元に帰りたくない理由は聞いていませんか?」

「それなんですけどね、そればっかりはどれだけ聞いても最後まで教えてくれませんでした。よほど、何か嫌な思い出でもあったのでしょう」

 その後も、いくつか質問したがこれ以上の情報は出てこなさそうだった。そろそろ切り上げるべく最後の質問をする。

「なるほど、良く分かりました。ありがとうございます。最後に、彼女の地元はどこかご存じありませんか?」

「ええと、どこだったかな。調べれば分かると思いますので、すみませんが、ちょっとお待ちくださいね」

 そう言って、事務室の方に入っていった。

 それから少しして、細井先生は書類を手に戻ってきた。

「中学生の時に、愛知県に転校してきたみたいですね。転校前は、福井県にいたようです」

 福井県か、そこに行けば更に何か分かるかもしれない。見せて貰った学校名をメモして、細井先生にお礼を言って学校を後にした。その足で福井県に、といきたいところだが、さすがに無理なので後日行くことにする。

 そういえば巻永次の出身地も福井県だ。この一致は偶然とは思えなかった。

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