不在証明
新開が言うことをまとめると以下の通りだ。
まず、犯行当日の犯人――金居香織――の行動を追う。
17時30分 緑区にある会社を退勤。
会社へ確認はしていないが、新開の心証では改竄はしていないとのこと。一応刑事の言うことだし信じておく。仮にこれが虚偽だったとして、彼女のアリバイに有利に働くとも思えない為、重要度は低いと判断した。
17時50分~18時20分 M駅~H駅まで電車で移動。
M駅から名古屋行きの普通列車に乗車し、H駅で下車。交通系ICカードの利用履歴から、乗車記録が確認出来た。一応、別の人間に頼めば詐称は可能だが、次の酒屋の件がある為、こちらもアリバイへの重要度は低いと思われる。
18時40分 下坂酒店でワインを購入。
下坂酒店はH駅から徒歩10分の位置にある。これは、店の帳簿に記録があるので確実と言える。裏で繋がっている可能性が無いとも言い切れないので、念の為、調査をしたが、彼女との特別な繋がり確認されなかった。証言の通り、酒屋とは常連客の関係と思われる。
18時50分 H町の自宅に帰宅。
自宅は、酒屋、H駅どちらも徒歩10分掛かる。これは、アリバイとなるような証拠無し。その為、酒屋を出て以降の彼女のアリバイは成立しない。恐らく、自宅へは向かわず、巻永次と待ち合わせしたコンビニに向かったと考えられる。
以降は、俺が金居香織の過去を見たときの行動だ。
19時00分 コンビニで待ち合わせして巻永次宅へ。
北区にある巻永次宅のマンション近くのコンビニで待ち合わせをして、部屋に入る。このコンビニは酒屋から車で20分の位置にある。最寄駅はB駅で、徒歩10分掛かる。彼女はいったい、どんな手段でコンビニまで行ったのだろうか。
19時32分 犯行時刻。
彼女と巻永次が揉み合い、弾みで置時計が落ち止まる。
以上の状況から考えると、下坂酒店を出た後の行動は証拠が無くアリバイは成立しないかに思えた。しかし、様々な案を検討したがいずれの状況でも彼女には不可能であることが判明してしまった。以下のように、どうやっても19時00分までにコンビニに辿り着くことが出来なかったのだ。
①電車で移動した場合 → H駅~B駅へは乗り換えが必要で、更には乗り換えのアクセスが非常に悪く、うまく行っても40分は掛かる。そこに酒屋から駅までと、駅から巻永次宅への徒歩の時間を足すと、60分は掛かってしまう。よって、この案は不可能となる。
②酒屋を出た後、すぐにタクシーに乗った場合 → 当日は事故渋滞が発生しており、どれだけ急いでも60分は掛かることが判明した。確かに、言われて思い出したが、巻永次宅へ行く際の道路は渋滞していたし、救急車のサイレンが聞こえていた。なので、この案は不可能になる。
③バイクか原付に乗って、脇道を走行した場合 → 彼女は免許を持っていない為、運転が出来ない。免許を持っていない、ということが嘘なら実行は可能だが、新開が調べたところそれは間違いなかった。そのため、この案も不可能になる。
④自転車で移動した場合 → 車で20分の道を自転車で20分以下で走るのは、アスリートなら可能かもしれないが普通の人にはまず不可能だ。最低でも60分は掛かる。当然、彼女は普通の人に分類される。つまり、この案も不可能になる。
いずれの案も、酒屋から巻永次宅まで、最低60分は掛かってしまう。つまり、彼女はどうやっても、酒屋を18時40分に出て19時00分までに巻永次との待ち合わせのコンビニに行く、ということが出来ない。更には、犯行時刻の19時32分にすら間に合わないことになってしまった。
そもそも、置時計の時間がずれていた可能性もある。しかし、この時計は電波時計で、しかも時刻と日付は自動合わせでイジれないタイプだった。解析の結果、止まったのは落ちた衝撃で中の歯車が外れた為で、特に細工した跡は見られなかった。置時計の時間は正しいと見て良さそうだ。
また、仮にこれらのアリバイが、全て何らかの理由で解消されたとしても、今のところ彼女が巻永次の部屋にいた証拠が無い以上、彼女に対して現状何をすることも出来ない。
そのことを話ている最中にそういえば、と思い出したことがあった。犯行が終わった後、彼女の耳からイヤリングが無くたっていた。彼女が拾っていた覚えがないので、きっと部屋の中に落ちているに違いない。
これは証拠になると期待したが、新開によると部屋の中からイヤリングは見つかっていなかったそうだ。見落としではないかと新開に確認するが、鑑識がイヤリング程度の大きさのものを見落とすことは、まずありえないそうだ。
俺の見間違いだったのだろうか? 自分の記憶力の無さが憎い。
一通りの検討を終え、二人で途方に暮れる。犯人は分かっているのに、犯人ではないとはどういうことか。
「確かに、彼女に犯行は不可能に思えてくるな」
「でしょ!? なにが起こってるのか訳わかんないわよ」
新開はビールの泡が付いた口元を拭い、興奮した口調でがなり立てる。ついで、俺の能力へ矛先が向いた。
「こうなって来ると、島津君の能力が疑わしくなってくるわね。私の過去を見て貰ったけど、考えてみたら大抵の独身者はワンルームに住んでるでしょ。その部屋のレイアウトなんか、大体みんな同じだろうし、ドラマの話も偶然見た回について言っただけかもしれないわ。人気のドラマなんだから。酒の話は、この間飲んでる姿を見て、そう感じたのかもしれない。どうなのよ? 本当に嘘とかついてないのよね?」
新開がジョッキ片手に問い詰めてくる。
たしかに疑いたくなるのは分からないでもない。
「前も言った通り、嘘なんてついてないよ」
そうは言ったが、自分でも自信がなくなって来た。どうするべきだろうか? 少し考えて、やはりこれしかないな、と提案を口にする。
「じゃあ、もう一回、新開の過去を見てやるよ」
とりあえず手近なところで、確認してみるしかない。
「いいわ、やってみなさい」
新開は、挑戦的な目つきで了承した。




