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探偵は難しい  作者: ひっこみ事案
四章:新開 真 2
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裏取り 鈴木建設

 下坂酒店を後にした私は、車で南下して金居香織の勤める鈴木建設株式会社に来た。

 ちょうど昼時で、会社からは外で昼食を取るためか何人もの社員が建屋から出てくるところだった。ほとんどの社員がグレーの作業服だが、その中で一人、内勤用と思われる事務服を着た女性がいた。金居香織の同僚かもしれないと、彼女に声を掛けた。

「すみません。私、こういう者ですが、少しお時間よろしいでしょうか」

 手帳を見せて尋ねる。

「あら、警察の方? 私ですか? 今からお昼なので、そこでも良いですか?」

 彼女は手帳を見せられやや驚いていたが、すんなりと事情聴取に応じてくれた。近所のスーパーのフードコートに行くとのことだったので、そこで話を聞くことにした。

 フードコートでは特に食べるつもりもなかったが、相手だけ食べていると気を使わせると思い私も何か食べることにした。決して、匂いに釣られたわけでは無い。久しぶりにフードコートへ入ったが、いろいろと種類があって迷う。その中から、さっと食べられるラーメンにした。和風とんこつの独特の味に、この先端にフォークがついたスプーンが懐かしい。昔よく食べていたことを思い出す。

 ラーメンを食べながら、彼女――菅木明美(すがきあけみ)さん――に話を聞く。菅木さんは、会社に入って二十年のベテランで、見立ての通り金居香織と同じく事務仕事をしており、彼女の教育係もしていたそうだ。

「では、本日の要件なんですが、金居香織さんついてお話を聞かせてください」

「いいですけど、何かあったんですか?」

 好奇心に満ちた目で訊いて来る。噂話が好きなタイプと見た。色々と喋ってくれそうだ。

「いえ、まだ何かあったわけではないんですが、確認のため聞かせていただきたい、というところです」

「そうですか、まぁ、私の知ってることならお話ししますけど」

 菅木さんは定食を食べながら応じる。

「ありがとうございます。それでは、金居さんは、いつ頃からそちらの会社に勤めていますか」

 特に関係は無いと思うが、一応経歴を聞いておく。菅木さんは食べる手を止めて、頬に手を当て考える。

「えーっと、あの子、高卒でウチに入ったから、結構長くって、確か8年か9年くらい前じゃなかったかしら」

 高卒で働いていたのか。どうりで、歳のわりに落ち着いていると思った。

「そうですか、普段の様子はどうでしょうか? 最近、急に休んだりとかしていませんでしたか?」

「いいえ、彼女とっても真面目で、遅刻とか無断欠勤なんかしたことないんじゃないかしら。少なくとも私の知っている限りは無いわ。年休もほとんど取らないから、無理矢理取らせることもあるくらいで」

 なるほど、確かに真面目な雰囲気はあった。菅木さんは、ただ、と前置きして続きを話す。

「ちょっと前なんですけど、すごく落ち込んでいるように見えることがあって、おせっかいかなと思ったんだけど、大丈夫? って声かけたの。でも大丈夫ですって言ってて、それっきりになっちゃったんだけど。

 ほら、あの子の両親は子供の頃に離婚してて、それに3年ぐらい前に、お母さん亡くしてるから。何かあったときに頼れる人いないのよ。だからつい、気になっちゃって。誰が見てもかわいいしね。心配になるでしょ?」

 やはり話好きだったようで、特に聞いてもいないことをぺらぺらと喋ってくれる。何か聞けるかもしれないので、もう少し喋って貰おう。

「金居さん、ご両親いないんですか?」

「そうなのよ。離婚しててね、お母さんの方に付いていったんですって。元々はこの辺の出身じゃないって言ってたけど、どこ出身かは話してくれないのよね。あんまりいい思い出がないからって。あ、お父さんは離婚してそれっきりだから、どこにいるかも分からないんですって」

「じゃあ、離婚したときにお母さんとこちらに越してきたんですね」

 離婚して逃げるようにどこかへ引っ越す、というのは良く聞く話だ。しかし、菅木さんから聞いた話は予想とは違っていた。

 菅木さんはころころと表情を変えながら、彼女について語った。

「いや、それが違ってね。離婚する前には、もうこっちに越してきてたんですって。でも、こっちでの生活が上手くいかなかったみたいで、両親の中がギスギスしちゃって、それで離婚したみたい。可哀そうよね。

 可哀そうと言えば、彼女本当は大学に行きたかったんだけど、お母さんが倒れてそれどころじゃなくなっちゃったんですって。だから高卒で働きに出たそうよ。彼女頭いいのに、勿体ないねって話してたら、社長がそんなこと言ってたわ。

そうそう、彼女の行ってた高校ってN高校で、かなりの進学校だったのよ。だから、本当は大学に行ってもっと別のことがしたかったみたい」

 思った以上に複雑な家庭のようだ。人生上手く行かないものだ。

「なぜこちらに越して来たかはご存じありませんか?」

「それがね、本人からは聞いたことないんだけど、私はいじめか何かがあったんじゃないかって思ってるの。親の転勤の都合でもなさそうだし、こっちに親戚がいるわけでもないみたいだし。中学校より前の話を聞いたことないから、たぶん中学の頃ね。あっ、こんなこと私が言ってたって、金居さんには内緒ね」

 そう言って、口元で人差し指を立ててポーズを取る。金居香織の過去について期せずして情報を得ることが出来た。思わぬ収穫だ。

「ちょっと話は変わるんですが、そちらの会社の出退勤ってICカードで管理されているんですよね? これって誰か別の人に頼むとかして、実際の時刻と違う時間に出退勤することって可能ですか?」

 菅木さんは、なんでそんなことを聞くのだろうと不思議がっていたが、首を傾げて、どうだったかしら、と呟いてから答えてくれた。

「うーん、やれなくはないと思うんですけど、小さい会社だから、そんなことしてる人がいたら、誰かが気づくと思うんですよ。だから、実際は無理じゃないかしら。誰か仲のいい人に頼めばやれそうだけど、金居さん、会社にあんまりそういう人いないし、難しいんじゃないかしら」

 話を聞き、難しそうではあるが、絶対に無理という訳ではなさそうだと感じた。ただ、そもそも彼女が退勤時間について嘘を言っていないとも限らない。まずは出退勤記録を見せて貰う方が先だが、まだ参考人でしかない彼女の記録を見せてもらう訳にもいかない。

 アリバイにもあまり関係なさそうだし、とりあえずこの件は保留だろう。ただ、心証としては、改竄はしていなさそうではある。

「分かりました。話を戻しますが、金居さんについて、他に何か気になったことはありませんか」

「気になったことねえ。特に思いつかないわ、ごめんなさいね。あの子飲み会とか来ないし、プライベートでの付き合いっていうの? そういうの全然しない子だから。でも、今時の子はみんなそうよね。うちの子も同じで、困っちゃうのよ。ちょっと聞いてくれない? この間なんてね……」

 それから、脱線していく菅木さんの話を根気強く元に戻しながら金居香織に関することを聞いたが特に目新しい情報は無く、昼休憩が終わるからと言って菅木さんは会社に戻っていった。


 菅木さんを見送った私は、フードコートで各人の証言を整理する。

 金居香織の4月18日の行動は以下の通りだ。


 17時30分 鈴木建設を退勤

 17時50分 M駅で電車に乗車

 18時20分 H駅で下車

 18時40分 下坂酒店でワインを購入

 18時50分 帰宅


 18時40分までは、証人もあり間違いはないと思われる。だが、帰宅したことを証明する物はないし、18時40分に酒屋から出て、19時00分までに巻永次宅近くのコンビニに行くことは、タクシー等を使えば十分可能だ。

 今の所、動機は不明だけど彼女が犯人と考えても時間的な矛盾は生じない。いや、犯人だということは分かっているのだが。

 いつもと違って、()()()()()()()()()()()という状況が不思議で、なかなか慣れない。しかし、もう少し調べれば、すぐにでも証拠が見つかりそうな気はしている。

 一度この方向で詳細を詰めてみよう。そうすれば解決は時間の問題だ。


 そうして、客がまばらになったフードコートを後にした。

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