裏取り 下坂商店
次の日、金居香織が寄ったという下坂酒店に向かった。
金居香織の言う通り、彼女の家から歩いて10分の位置にある。最寄りの駅はH駅で、こちらも歩いて10分だ。この酒屋から、北区の巻永次宅までは車で20分もあれば行ける。ここでワインを買ってからタクシーで直行すれば、犯行時刻に間に合いそうだ。
店の雰囲気は町の酒屋さんといった趣の個人商店で、入口には酒蔵の銘が入った日除け暖簾が掛かっている。店に入り店内を見渡す。清潔感のある内装で、ディスプレイもスッキリしていて好感の持てる店だ。
奥の棚では、地酒フェアをやっていた。あっ、三河の地酒が置いてある。しかもこれは、滅多に売っていない銘柄だ。これが置いてあるとは、かなり当たりの店ではないか。仕事中じゃなければじっくり見ていきたいけど、我慢、我慢。
そう自分に言い聞かせていたら、奥から声を掛けられた。
「いらっしゃい。何かお探しですか?」
丸顔で、気の良さそうな雰囲気の男性だった。店主だろう。
「店主さんですか? 私警察の者ですが、少し聞きたいことがありまして。今よろしいでしょうか?」
手帳を見せて尋ねる。
「あっ警察の方ですか、ご苦労様です。私が店主の下坂です。どういったご用件でしょう? お役に立てればいいんですが」
店主が愛想よく答える。
「この方が、4月18日にこちらで買い物をしたはずなのですが、覚えていらっしゃいますか?」
スマホで金居香織の写真を見せて聞く。昨日、喫茶店で撮らせて貰った。店主は特に考えることもなく、写真の人物を答えた。
「あれ、これ金居さんですよね」
店主はこともなげに言う。
「ご存じなんですか?」
「ご存じも何も、常連さんですからね。知ってますよ。で、金居さん4月の18日でしたっけ、来たかどうかですよね。えーっと、ちょっと待ってください、常連さんだったら帳簿見れば分かると思うので」
そう言って店の奥へ探しに行った。
探している間に店内を見て回ろうとしていたら、店主は1分ほどで帳簿を持って戻って来た。見るのはまた今度だな。
店主はカウンターに帳簿を開いて、指でなぞるように確認する。何ページか捲ったところで指を止めた。
「あったあった。えーっと4月18日金曜日の18時40分に、ミティークってワインを買ってますね」
驚いた。そこまで仔細に記録しているとは。
「ずいぶんしっかり記録されているんですね。お客さんの購入したものは全部記録しているんですか?」
「いや、常連さんだけだよ。流石に全部は無理だからね」
「それでも凄いです。こんなに細かく帳簿をつけているの、あまり見たことがないです」
店主は少し照れくさそうに頭を掻きながら説明した。
「いやぁ小さい店だから、常連さんを大切にしないとね。だから、常連さんが買った時は帳簿にメモっておいて、好みの傾向を分析するんだ。そうすれば、次に来た時に好みに合ったのを勧められるし、仕入れるときの参考にもなるしね」
「なるほど。じゃあ彼女よく来るんですね」
「あぁ、だいたい二週に一回の割合で通ってくれてるよ」
彼女の証言が図らずも証明されたことになる。特に、工作の意図は感じられない。本当に、ただ酒を買っただけだろう。
それにしても、二週に一回とは、意外と酒好きなのか? 気が合いそうだ。
次に巻永次の写真を見せたが、こちらは知らないようだった。写真を見て記憶を探るように視線を動かしていたが、結局首を振っていた。
「何かあったんですか?」
「ええ、ちょっと、ただ詳細はお教え出来ないんです」
「ああ、大丈夫ですよ」
店主は手を振り、気にしていないことを表す。
それから、二、三質問をしたが、これと言って役に立ちそうな情報は無く、酒屋での聞き込みを終えた。




