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探偵は難しい  作者: ひっこみ事案
四章:新開 真 2
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彼との関係

「ではまず、巻さんとはどこで知り合いましたか?」

 当たり障りの無いところから切り出す。

「先程のお店です。向こうから声を掛けられて話をするようになりました」

「警備員の方にお聞きしたところ、巻さんと揉めていたそうですね? それがなぜ話をするまでになったのですか?」

「最初は、確かに印象は良くなかったのですが、何回か見かけるうちに自分でも分からないんですけど、何故か気になるようになりまして。あるとき、またお店で見かけて何となく声を掛けたんです。そしたら、意外と話しやすくて、それから会うと話をするようになりました」

 やや強引な理由だが、否定も出来ない。

「それだけですか?」

「はい。知っているのは名前だけで、どこに住んでるかも知りませんでした。年齢も今聞いて初めて知りました」

 彼女は、用意していたかのようにスラスラと答える。

「では、彼の部屋に行ったことは無いのですね?」

「はい、ありません。というか、お店以外で会ったことはないです」

 彼女は嘘をついている。しかし、確たる証拠は無い。

「じゃあ次は、4月18日の金曜日に巻さんと会っていませんか?」

 確信に迫る。犯人なら何かしらの反応があるはずだ。

「4月18日ですか? えっと、もしかして私って何か疑われているのでしょうか?」

 さすがに直接的過ぎたのか、彼女は不安そうに聞いてくる。

「いえ、そういう訳ではありません。4月18日は、巻さんが被害に遭ったと思われる日なんですが、どこで何をしていたかがわかっていないのです。会社勤めはしていないし、近所付き合いも希薄だったようなので。ですので、まずは巻さんの行動を探っているんですが手掛かりがなくて」

 彼女は、私の話を聞いているあいだ目を伏せていた。疑われたことに対して考えを巡らせているのか、それとも本当に知人が死んだことにショックを受けているのか。

「そうですか…ちょっとお待ちください」

 そう言うと、カバンから手帳を出してページをめくりだした。その日の行動を思い出そうとしているのだろう。いや、思い出すふりをしているのだろう。普通、三ヶ月も前のなんでもない一日など覚えている人はいない。何か特別なことでもない限り。なかなかボロを出さない。

 彼女は手帳を閉じて、顔を上げた。

「すみません、その日は会っていなかったはずです」

「いえ、謝ることはありません。ですが、なぜ会っていないとわかったのですか? その日は何をしていたのでしょうか。話せる範囲で結構なので、教えて頂けますか」

 果たしてどんな回答が聞けるだろうか。

 彼女は、記憶を整理するようにもう一度手帳を開いた。

「たしか、その日は定時まで、えっと17時30分までですね、会社──鳴海建設株式会社に努めています──で仕事をして、その後17時50分の電車に乗って帰りました。駅に着いたのは、18時20分だったはずです。定時あがりのときは、いつもその電車に乗るので。それで、普段ならそのまま家に帰るんですけど、その日は近くの酒屋さんに寄ってワインを一本買いました。あの、恥ずかしい話なんですけど、隔週の金曜日にはいつもお酒を買うんです。ちょっとしたご褒美とでも言いますか。その後は、どこにも寄らずに家に帰りました」

 手帳を見せて貰うと、4月18日の欄にワインボトルらしき絵が描き込まれていた。それ以外にも、二週間に一度、金曜日の欄に同様の絵が描かれている。几帳面な性格なのかもしれない。警察に問われることを想定して、用意していた可能性も否定できないが、それは調べれば分かることだ。

「なるほど、その時間に会社を退勤したことは証明出来ますか?」

「ええ、会社の勤務記録を見ればわかると思います」

「出退勤の記録は、どういった方式でしょう? 紙のタイムカード方式などでしょうか」

「いえ、ICチップの入ったカード型の社員証を、駅の改札みたいにリーダーにかざすと認識されるタイプのものです」

 それなら記録の改竄は難しそうだ。


 続いて質問をしようとしたら、注文の品が運ばれてきた。店員が次々にテーブルに品物を置いて行く。私はそれを見て言葉を失った。……何だこの量は。驚きのあまり、店員に注文を間違えていないか確認してしまった。しかし、間違いではなかった。

 コーヒーの入ったカップは、カップというよりジョッキのようで、中身はなみなみと注がれ、片手で持つと手が震える。カツサンドは予想の倍はあり、ティッシュの箱ぐらいあるんじゃないか。極め付けはシロノワール。ホールケーキほどのデニッシュパンに、ソフトクリームが比喩でなく山のように載っている。

 朝から食べていないとはいえ、食べ切れるだろうか。

 いや、そんなことは後で考えるとして、今は事情聴取を進めるときだ。気を取り直して、金居香織の行動を聞き出す。

「ごめんなさい、続きを聞かせてください。帰りに酒屋に寄ったといいましたが、そちらも証明出来ますか? たとえば、レシートが残っているとか」

「レシートはいつもすぐ捨ててしまうので、残っていないと思います。あっ、でもワインの銘柄は覚えてます。ミティークっていう名前の、ラベルにかわいいフクロウの絵が描かれた赤ワインです。でも、こんなのじゃ証拠にならないですよね……」

 三ヶ月前のことだから、レシートなんか無くてもおかしくないし、今のところはなんとも言えない。

「酒屋はご自宅から近いんですか?」

「歩いて10分ほどのところにあります。下坂酒店というお店です」」

 酒屋が近いなんて良いな、晩酌が豊かになりそう。

「他に、覚えていることはありませんか?」

「えーっと……」

 彼女は、コーヒーを読みながら思い出そうとしている。いや、これもふりだろうか。

「電車に乗ったそうですが、それについてはどうでしょうか」

「そうだ、確か交通系ICカードの利用履歴が見れたはずです。たしか、スマホで見れたはずなので確認します」

 そして、履歴を見せてもらったが、先ほどの供述通りに電車を利用していた。

 その後も、何個か質問をしたが、特に被害者に繋がる情報や、彼女自身に怪しいところは感じられなかった。とりあえず、今日のところは聞きたいことは聞けたから、なにか思い出したら連絡を貰うように約束をして、彼女を帰らせた。


 そして、机の上に鎮座する面々と格闘すること30分、何とか食べ切ることに成功した。何がとは言わないが、はちきれそうだ。食べ切ってから、カツサンドは持ち帰り出来ることを知った。

 今日はもう帰ろう。胃に血液が集中して頭が働かない。

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