聴取開始
二人で入った喫茶店は、東海地方発祥の喫茶店チェーンだった。
喫茶店文化が何故か異様に発展している愛知県に住んでいるが、私には喫茶店に入る習慣がなく初めて入った。案外そういう人も多いはずだ。愛知県民だからって、だれしもがモーニングの虜だと思わないで欲しい。店内は、もう夕方だというのに意外と混んでいた。みんな、喫茶店に何しに来ているのだろう。
ボックス席に案内され、彼女と向かい合わせに座る。何を頼もうかとメニュー表を見ていると無性にお腹空いてきた。そういえば、今日は朝から何も食べてない。何か食べようか。
店員が注文を取りに来たので、メニュー表をパラパラとめくって目についたものを頼む。
「私は、アイスコーヒーとカツサンド、それにシロノワールを下さい」
「アイスコーヒーですが、無料でサイズアップ出来ますが如何いたしますか?」
店員は慣れた口調で聞いてくる。
へえ、そんなサービスがあるんだ。せっかくだからお願いしてみよう。
「じゃあ、お願いします」
「かしこまりました。それでは、暫くお待ちください」
サンドイッチぐらいなら、話を聞きながら食べられるし、少し甘いものが欲しかったから、おすすめの文字に釣られてシロノワールとやらを頼んだ。デニッシュパンの上にソフトクリームが乗ったデザートらしい。
彼女はホットコーヒーを普通サイズで頼んでいた。なぜか、私の注文に驚いた様子だった。
注文の品を待つ間、自己紹介をする。
「改めまして、私は、愛知県警察捜査一課、新開真と言います。今日は、とある件についてお話を聞きたくて、声を掛けさせて頂きました。ご協力ありがとうございます。まずは、お名前とご住所を教えていただけますか」
「はい、金居香織、二十七歳です。名古屋市瑞穂区H町××のブルーハイムに住んでいます」
ここから歩いて10分ほどのところだ。だからこそ、仕事帰りにさっきのドンキに居たのだろう。
「お仕事は何を?」
スマホでメモを取りながら聞く。
「緑区のN町にある「緑区のN町にある建設会社──鈴木建設株式会社といいます──で、事務をしています」
緑区は瑞穂区の南隣に位置する区だ。
「通勤は車ですか?」
「いえ、免許は持っていないので、電車で通っています」
「そうですか、では次にこの写真を見てください」巻永次の写真を見せ、彼女に問う。「この方に見覚えはありませんか?」
彼女は一瞬目を見開いたが、すぐに落ち着きを取り戻して答えた。
「あ、はい、あります。巻さんですよね」
声も特に上擦ったりせず、落ち着いたトーンで喋る。平静を装っているように見えなくも無い。
「そうです、巻永次さんです。お知り合いなんですか?」
「はい、といっても、そんなに親しいわけではないですが。さっきのスーパーで会った時に話す程度です。そういえば最近見かけないですけど……巻さんがどうかされたのですか?」
知らないはずは無いと思うのだが、今のところ返事に違和感は感じられない。もう少し揺さぶりをかけて、反応を見てみるか。
「実は、自宅マンションで死亡しているのが発見されました」
「えっ、そんな……」
彼女は口に手を当て、絶句する。
少し演技臭くはあるが、確実におかしいとは言えない態度だった。
「ニュースでも報道されていましたが、ご存じありませんでしたか?」
「すみません、テレビや新聞をあまり見ないもので」
彼女は、申し訳なさそうに答える。
「あの、巻さんはどうして死んだのでしょうか? 事故か何かですか?」
ちっ、引っかからなかったか。死亡したとは言ったが、死因は言わなかった。これで何故殺されたのか、と聞いてきたらそこを問い詰められたのに。少しは頭が回るようだ。
「巻さんは、何者かに殺されたようです」
「本当ですか? 巻さんが殺されるなんて……そんなことって」
彼女は、悲しそうに顔を歪めて俯いた。未だに不自然なところは見えない。
「お辛いでしょうが、事件解決の為にご協力お願いします」
私が定型句を述べると、彼女はおずおずと顔を上げた。
「あの、質問を返すようで申し訳ないのですが、なぜ私のところへ来たのでしょうか?」
「先程の店で、巻さんとあなたが親しげに話をしているところを見た人が居まして、何か事情を聞けないかと思い、今日はあなたに会いに来ました」
「そう、だったんですね」
また俯いて、手元をじっと見つめていた。
「ですので、巻さんとの関係などいくつか質問させてください」
私が言うと、彼女は姿勢を正し深呼吸をひとつして、質問を受け入れる態勢を取った。何も知らずに見ていたら、芯の強い女性だと思っていただろう。それぐらい、自然な態度だった。これは、手強い相手かもしれない。
「わかりました。私が知っている範囲でお答えします」
彼女は、真っ直ぐに私を見て言った。
出来れば、自白してくれると助かるのだが。




