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探偵は難しい  作者: ひっこみ事案
三章:島津 前 2
14/32

犯行日時

「喫茶店でも言ったけど、俺が犯人を見たのは五月の連休明け最初の週だったから、今からちょうど二ヶ月前かな。窓際の席から、手前の歩道を歩いてる所を見たんだ。年齢はたぶん二十代後半で、身長は新開と同じぐらいだったかな、長めのショートカットでスタイルの良い美人だった。服装は……覚えてないな」

 俺が言うと、新開は驚いた様子でこちらに身を乗り出した。

「えっ、美人ってことは犯人は女?」

 近い近い。体を反らせて避けながら続きを話す。

「そうだ。それで、犯人と被害者はスーパーで知り合ったらしい。最初は、犯人は被害者からナンパされて迷惑そうにしてて、警備員に助けられてたんだけど、その後、何故か立ち話する程度に仲良くなってたな」

「スーパーってどこの?」

「ドンキだよ。どこの店舗かは分からなかったな。どこも同じような作りだから」

 被害者のマンションが北区だから、その近くの店舗だったのだろうか?

「そう、続けて」

「ああ、それでな」

 そこでまた一口ビールを飲んだ。ここからあの場面が始まると思うと、落ち着かなくなる自分がいる。知らずに背筋が伸びていた。

「ある日その被害者が、犯人を自宅に招いて二人だけで飲む約束をしたんだ。飲み会の当日になって、二人はコンビニで待ち合わせをしてから被害者のマンションに行っていた。部屋は最上階だったな。それで、家に着いて飲み始めたんだけど、しばらくしたら被害者が寝てしまったんだ。たぶんだけど、犯人がワインを持参してて、それに睡眠薬かなにかが入ってたんじゃないかな。

 その後、事件が起きた。彼女は被害者の首をロープで絞め殺すと、浴室で電動のこぎりでバラバラにしたんだ。あれは酷かったよ。その後、バラバラになった被害者を袋に詰めると、今度は冷凍庫に入れていた。あとは、確か部屋の片付けをして、えーっと、金目の物を盗っていたような気がする。覚えているのはそんなところかな」

 詳細まで思い出そうとしたが、大まかな流れしか出てこなかった。だが、二ヶ月も経っているのだ。これぐらい出てくれば上出来だろう。

 聞き終えた新開は、しばらく目を伏せていた。本当に同じ事件なのか精査しているのだろう。ぶつぶつと何かを呟いた後、小さく頷いてから俺を見た。

「その時、犯人は何か残していかなかった?」

「証拠的な話か? いや、特に無かったと思う」

「そう。じゃあ事件の後、犯人はどこに行ったか分からない?」

「うーん、どうだっけなあ。結構前のことだし、覚えるつもりでみてなかったから。ちょっと待ってくれ」

 思い出そうと、頬に手を当て考える。部屋を出たら、当然あとはマンションを出るだけだ。それで、ああそうだ。どこか人気のない道に入ったんだ。そしてあれを捨てていた。

「思い出した。被害者のマンションを出てから、川に鍵を投げ捨ててたな。だけど、どこの川かは分からない」

 あれはどこの川だったのだろう。暗くてよくわからなかった。

「なるほど、被害者の部屋に鍵がなかったから、犯人が持ち去ったと予想してたけど、その通りだったようね。他に気になることはなかった?」

 なにかあっただろうか? 彼女の行動を今一度脳内でトレースする。

 そういえば、少し気になったことがあったな。

「あーそうそう、たしか何回目かに会った時に、被害者が人付き合いはあんまり無いみたいな話をしてて、その後被害者と別れたとき、彼女何故か微笑んでたんだよ。それがなんか引っかかってさ、結局殺しちゃうから、その時点で計画してたように思うな」

「そうでしょうね。現場を見たけど衝動的な犯行ではないわ。綿密に計画して犯行に臨んだのでしょうね」

 新開は、真剣な眼差しで言う。警察としての矜持が見えた気がした。

「まあそうだよな、あれだけのことをしたんだし。信じられないけど」

 二人とも俯き、ビール片手に神妙な面持ちになる。店内の喧騒が虚しく響いた。

「そういえば、犯行があった日の日時って分からない?」新開が顔を上げて訊いてきた。「被害者があんな感じだから、正確な死亡日時がわからくてね。それがわかれば、大分助かるんだけど」

 確かにそうだ。てっきり警察は、犯行日時を知っていると思い込んでいた。だが、あれはいつだったか? 日時を示す何かがあった気がする。もう少しで、思い出せそうなんだが。

「テレビとか、カレンダーとか、日付の分かる何かを見なかった?」

 新開のその一言で、()()を見たことを思い出した。

「あっ、置時計! 置時計を見たんだった。文字盤にカレンダー機能がついたやつ。日付けは……そうだ! 4月18日の金曜日だった。それで、部屋に入った時間は19時ぐらいで、被害者と争ってるうちに棚から落ちて止まったんだよ。確かそれが19時30分頃だったと思う」

 ひとつ思い出すと、するすると関連した記憶が蘇る。新開は、その情報の確からしさを確認するように、こめかみを指で叩きながら目を瞑った。

「ちょっと待って…そうね、確かに現場には置時計があったわ。今言った通り、4月18日金曜日、19時32分で止まった時計が」新開は目を開いて、こちらに視線をよこした。「でも、時計の止まった時刻が何を示すか分からなくて、どう判断したら良いか迷ってたのよ。ただ、島津君の話で、犯行時刻に壊れたことが分かったから助かったわ。するとやっぱり、あなたの見た女が犯人と見て、間違いなさそうね」

 あれ? そういえば置時計って、犯人が金目のものと一緒に、持ち去ったと思ったけど、記憶違いだったか? まあ、たぶんそうだろう。

 とりあえず、思い出せる内容は伝えられたと思う。

「こんなもんで、どうかな? お役に立てたかな」

「十分過ぎるほど役に立ったわ。犯行日時が推定出来るだけでも大助かり。これで4月18日に絞って捜査が出来るから、今までみたいに闇雲に聞き込みしなくて良くなるし」

 捜査の展望が立って気分が良くなったのか、新開は嬉しそうに、そして美味しそうにビールを一気飲みする。

「あとは、スーパーの警備員に聞き込みして、店舗を特定すれば、犯人が見つけられるかもしれない。お手柄よ島津君!」

 肩をバシバシと叩かれながら、称賛を受ける。

「ところで、そんな能力持ってるんだったら、警察とか、探偵にでもなったら良かったのに」

 新開は天むすを頬張りながら、誰しもが考えそうな疑問を口にした。

「うーん、考えたこともあったけど、警察って体育会系だろ? そういうの苦手なんだよな。あと、現実の探偵がやることって、浮気調査かペット探しぐらいらしいから、スタイリッシュじゃ無いと言うか、アングラな感じがして魅力を感じないんだよね」

 実際、就活中に結構本気で何かの役に立たないか考えたが、俺の頭ではこれといって思い浮かばなかった。未来が見えたなら、宝くじとか、競馬とかで大儲け出来たのになあ。

「確かに、島津君は体育会系って感じではないわね。どっちかというと、パソコン触ってそうだし」

 それは間違いないが、あえて人から言われると、少しムッとするな。

 そんな俺をよそに、気を良くした新開はビールをざるのように飲んでいる。確かにこいつなら、体育会系の職場だったらどこでもやっていけそうな気がする。それを言うと怒られそうだから、言わないでおくが。

「まあでも、これからも宜しくね。何かあったら、島津君に犯人を見て貰えば、大抵のことは解決できちゃいそうだし。あ、でも容疑者と無関係の一般人ってどうやって会わせたら良いのかな? 面会とか? いや、でも面会って赤の他人は難しいし。大学の先生とかなら捜査協力とか言ってなんとかなりそうな気もするけど、ただの会社員となるとなんて言い訳すればいいのかな。なんか、現実的に考えるとやっぱり難しそうな気がしてきた。ドラマとかだと簡単に会えるんだけど…」

 新開は何かを独り言のように呟いているが、これできっと事件は解決するだろう。

 なんといっても俺は、()()()()()()()()()()のだから。それこそ小説の中の、エスパーじみた探偵たちにだって負けない自信がある。


 そんな風に、楽観的に考えていたが、現実はそう甘くなかった。

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