問い掛け
「なぁ新開、実は俺、犯人を見たかもしれないんだ」
「えっ、なに急に。こんな時に冗談やめてよ」
新開は、今度は俺が冗談を言っていると思ったのか、鬱陶しそうに手をひらひらと振る。やはりそういう反応になるか。当然だろう。だがそれは想定内だ。
俺はもう一度、新開に向かって言った。
「冗談を言っているんじゃないんだ」
新開は探るように俺に目線を送る。そして、俺の表情から冗談では無いと感じ取ったのか、ごくりと唾を飲み込んだ。
「本当…なの?」
俺は、ゆっくりと頷いた。
「五月の連休明け、この場所で通りを歩く人物の過去を見た。その人物の行動は、ニュースで聞いた内容とまるで同じだった。新開が追っている事件の犯人に間違いないと思う」
俺の言葉を聞くと、新開は真偽を考えるように黙って目を瞑る。そして、長く深い息を吐くと、目を開けた。
「わかった、信用する」
俺が安堵のため息を吐くと、新開は腕時計をちらりと見てから更に言葉を発した。
「ただ、一旦署に戻らないといけないから、また後で話を聞かせて。そうね、今夜とかどう? どうせ、島津君夜も暇でしょ。じゃあ、決まりね。時間と場所はこっちで決めるわ。一時間以内には連絡するから、遅れないようにね。あっ、まだ連絡先知らないんだった。教えてちょうだい」
滝のように言葉をうちつけ、スマホを取り出した。相変わらずこっちの都合は無視して、勝手に決めてくるやつだ。本当に変わっていないな。
「良いよ、明日も休みだし。それより、そっちこそ良いのか? 男と二人で」
一応、気にしてやる。
「あははっ、なに言ってんの、気にしないわよ。それに、こんな仕事してると彼氏なんか出来ないしね。あっ、もしかして緊張してるの? 美人と二人でディナーが出来てラッキーね」
「気にした俺がバカだった、早く行けよ。また後でな」
「はいはい、じゃあまた後でね」
連絡先を交換すると、新開は喫茶店を後にした。
30分後、新開から連絡が来た。場所はここからすぐの手羽先屋だった。なにがディナーだ、ちょっと期待して損した。約束の時間までまだある。ここで本を読みながら待つとしよう。
一時間後、小説を読み終えてさて行くかと席を立ち気付いた。
あいつ、自分の勘定を払わずに行きやがった。
***
手羽先屋で新開と合流し、ビールで乾杯してから一時間。事件の話をするはずだったのに、酒が入って昔話に花が咲き、その後、何故か趣味の話になり俺はミステリー小説について語っていた。
「ミステリーは好きだけど、それは物語として、エンターテイメントとして面白いから好きなんだよ。起承転結がはっきりしたストーリー、手に汗握る犯人とのやりとり。そして予想も付かない結末。たまに理不尽な展開もあるけど、それでも種明かしされると、スッキリ爽快な読後感。何故かまた読みたくなってしまう中毒性があって、ついついもう一冊と手が伸びてしまう。そんな所が好きなんだよ」
「へえ、でもミステリーって難解なトリックがウリなんでしょ? ミステリー好きって、そのトリックを解くのが好きなんだと思ってたけど、島津君は違うの?」
新開は手羽先を頬張りながら問い掛けてくる。
俺はもつ焼きをビールで流し込み答えた。
「トリックは好きだけど、解こうとは思わないな。そもそもさ、あんなの解ける訳ないんだよ。小説の中の探偵って、あいつらみんな絶対エスパーだろ」
「エスパーて……解けないのは島津君の知性の問題じゃないの?」
ぐうっ、痛いところを突いてくる。
「否定は出来ないが……いや、そういう話じゃなくて。例えば、何に使われるか分からない機械があるとするだろ? その機械の部品を全部バラバラな状態で見せられて、さぁ何をする機械だ、って言われてもさ、そもそもこっちはそれが何をする機械か分かってないんだから、それこそエスパーじゃなきゃ当てられないんだよ、あんなの。それに、大体は部品が足りなかったり、ひどいときは他の機械の部品が混じってて、どれがその機械の部品かも当てないといけないんだぞ。無理ゲーだよ無理ゲー。ミステリーのトリックってのは、基本そんな感じだと思ってるから、そもそも当てようなんて思って読まないの、俺は」
そうだ、悪いのは俺じゃない。
「なんか負け惜しみ感がすごいけど……まぁいいわ。それじゃあ、そろそろ本題に入りましょうか」
新開は鳥皮を美味そうに食べながら言う。それ、俺が食べよう思って注文したのに。
「その前に、喫茶店で島津君のこと信じるとは言ったけど、確認のために一度私の過去を見てくれない? それで合ってたら、改めて島津君のことを信じさせてもらうわ」
「いいけど、いいのか? 過去見ちゃっても。俺がいうのもあれだけど、プライバシー的にまずくないか」
「いいのいいの、何事もまず自分で体験する主義だから」
ほんのり赤くなった頬を緩ませて、新開は軽い口調で言う。
「わかった。一応言っとくけど、何を見ても怒らないでくれよ」
「わかってるって」
「じゃあ見させて貰うけど、そのまえにひとつ説明させてくれ。過去が見えるといっても、条件があるんだ。その人が最近、感動したとか落ち込んだとか、そういう強く心が動かされたり、印象に残った時の状況しか見えないんだ」
俺が言うと、新開は顎に手を当てて納得した様子で口を開いた。
「なるほどね。確かに自由に過去が見れたら、もっと上手い事やってるはずだもんね。休みの日に一人で喫茶店に居たりしないか」
「うるさい。じゃあ見るからちょっと黙ってろ」
そうして、新開の過去を見ることになった。




