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探偵は難しい  作者: ひっこみ事案
三章:島津 前 2
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ひさしぶり

 俺の住むT市は、名古屋市の隣に位置する自動車産業を主とした街だ。会社もその中にある。俺にとっては忌々しい街だ。

 何で休みの日に、わざわざ隣の市の喫茶店に行くかというと、その会社のあるT市を離れたいからに他ならない。休みの日まで、会社のあるT市の空気を吸いたくない。それにT市内だと、どこに行っても仕事関係の人に会うリスクが存在する為、気が休まらない。


 喫茶店についた俺は、馴染みのマスターに迎えられ、いつものようにカフェラテを頼む。『コーヒー』でも『カフェオレ』でもなく、『カフェラテ』が俺のこだわりだ。

 まず、コーヒーは香りは良いが苦くて飲めない。だが、コーヒーの風味は他のものに替えがたいくらいに好きだ。コーヒーゼリーなんかは、大好物と言ってもいい。では、飲みやすいようにミルクを加えたカフェオレで良いのではないかと思うかもしれない。甘い、紙パックのカフェオレぐらい甘すぎる。カフェオレはドリップコーヒーにミルクを足しているから、コーヒー風味が薄くなりすぎるのだ。対して、カフェラテはエスプレッソにミルクを加えているから、コーヒー風味がしっかりと残りつつもミルクのまろやかさが苦みを完全に消してくれている。ありがとう、イタリア人。

 そうして今日も、イタリア人に感謝をしつつカフェラテを味わう。

 ほっと一息ついたところで、今日はどうしようかと考えた。今日は、会社で理不尽な目にあったばかりで、ただただT市から離れたかったから来ていた。だから、あまり人間観察するような気分ではない。

 なぜ、得意先の尻拭いを俺がしなければならないのか。上司も上司だ。外にばかり良い顔をして、結局やるのは俺達下っ端なんだぞ。くそ、考えたらまた腹が立って来た。

 いかん、ぼうっとしていると、つい仕事のことをかんがえてしまう。せっかくの休みにそんなことを考えて心身を浪費したくはないのだが。何か他のことをして頭の中から仕事を追いやるため、持参した小説でも読むことにする。人間観察以外の数少ない趣味のひとつだ。

 文庫、新書、ハードカバーとジャンル問わずなんでも読むが、一番好きなのはミステリーだ。特に、探偵が出てくるような推理小説を好んで読んでいる。今は、鋏を持った犯人が出てくる叙述トリック物を読んでいる。叙述って言い難いな。叙述。

 しばらく小説の世界に没頭していたら、陶器製ドアベルの硬質な音が聞こえた。何の気なしにドアの方を見ると、スーツ姿の女性が入ってきた。すらりとしたスタイルと緊張感のあるピンと伸びた背筋が印象的な、遠くからでも目を引くような美人だった。

 その女性はマスターを呼び止めると、懐から手帳を出して何か話をしていた。二、三分話をすると、次に同じく懐から紙――写真のように見える――を出してマスターに見せた。何をしているのだろうか。

 その姿を見ていると、俺はなぜかその女性に既視感を覚えた。まさか仕事関係の知り合いか? だが、こんな感じの人はいないはずだ。昔、どこかで会ったことがあったのだろうか。彼女を目で追いながら、記憶を辿る。

 紙を見せられたマスターは、何かを思い出そうとしているのか首を傾けていた。しかし、何も思い当たらなかったようで首を振る。それで話が終わったのか、女性はマスターにお辞儀をして、店の中を見渡し始めた。

 彼女は誰かを探すように首を左右に回す。すると、まだ記憶を辿っていた俺と目が合った。ずっと見ていたことに後ろめたさを感じ、慌てて俺が目を逸らすと、彼女はどういうわけかこちらへ真っ直ぐに向かってきた。

 つかつかと足音を立てて俺の目の前までやって来た彼女は、思いもよらない言葉を投げてきた。

「島津君じゃない。ひさしぶり」

 えっと、誰だっけ。知り合いか? 目を瞬かせ彼女を確認する。

 彼女は髪を後ろで一つにまとめて縛り、ポニーテールにしている。歳の頃はおそらく同年代だろう。薄化粧だがはっきりとした顔立ちで、整った眉毛からは気の強さが感じられた。間違いなく美人と言えるのだが、キツイもの言いをしそうで、ちょっと苦手なタイプだ。

 彼女は、なかなか思い出さない俺に痺れを切らし自ら名乗った。

「私よ、私。ほら高校で一緒だった、新開よ。新開真」

 数秒の沈黙のあと、やっと脳内に当時の記憶が蘇った。

「ああ……、新開、かあ……」

 思い出しはしたが、しかし、高校を卒業して十数年、あまりに久しぶりだったのでどうリアクションしたら良いか迷い、結果、間の抜けた変な返事になってしまった。

 それを聞いた彼女は、不満げに言う。

「何よその返し。久しぶりに会ったのに、もっと気の利いたこと言えないの?」

「いや、あの、会えて嬉しい、よ?」

 まだ戸惑いが隠せず、疑問形になる。

 新開は、またも不満げだ。

「なんで疑問系なのよ」

 そう言いながら、こちらの了解も取らず隣の席に座った。

 ああ、そうだ、思い出してきた。有無を言わさずグイグイくるこの感じ。いつもこんな感じで振り回されていたな。だが、まだ慣れないので、当時の感じを思い出すまで、当たり障りの無い話題で話を繋ごう。


 とりあえず、近況でも聞いてみるか。

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