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プロローグ
これは現実なのだろうか? 彼女が殺人を犯すなんて。
彼女は、椅子の上で寝息を立てる彼の首にまだら模様のロープを回すとゆっくり目を閉じた。静まり返った部屋には、エアコンの駆動音と彼女の浅く荒い呼吸音だけが響いている。
どれだけそうしていただろう。俺が二度目の生唾を飲み込むと、彼女は意を決したように目を見開いた。
そして次の瞬間、ロープを強く握りしめ抱きかかえるように体重を掛ける。
ピンと張りつめたロープの先で、彼は最期の力を振り絞り手足をなげうって暴れた。しかし、それが報われる瞬間は訪れなかった。
彼の両手両足はだらりと下がり、二度と重力に逆らうことはなかった。
俺は、その光景の一部始終を見ていた。……いや、見ていたはずだったのだ。
だからこそ、小説の中の探偵よりも鮮やかに事件を解決出来ると、そう考えていた。それなのに、これほどまでに手こずるなど誰が想像できただろう。
俺は、現実はそう甘くないということを身を持って知ることになる。
そして思った、俺に探偵は難しい、と。




