8 見えない天秤
「いやー。これ、おもしろいよね。」
チコとサラサ、そしてエリスの許可を得て、南海のVEGA事務局で名簿を広げる蛍惑女子、響の友人のエキゾチック美女。
この前のベガス蛍惑女子会メンバー、二児の母のソリアスである。
その周りに、休憩という事でフォーラム準備で忙しい中、事務のアーツメンバーやVEGA事務局員たちも何人か集まってくる。「私たちも聴いていいですかー?」と帰国組も数人来た。チコはいないが、サラサは監視的意味も含めて横で見ている。
ソリアスが話し出す。
「ほら。最初に女が唆されたでしょ?
だいたい女が唆されて心が動くってのは、寂しいとか自分をより構ってくれて愛してくれる人のところに行くわけ。男は目に見えるものに動いて、女は関心や愛に動くから。」
下町ズは一瞬分からなかったが、聖典の話であろう。おそらく創世記だ。
「それで、時代は男を中心に戻って行こうとするんだけど、男に世界を任せたら、今度は何万年も戦争ばっかり。理性時代に入った今でさえそう。
コップの水がいっぱいになるように、それも臨界点があって、時代の節々で何度か男女の覇権が入れ替わるの。百年前にもあったよね。女性大統領や主席が立ち始めた時代。
エンタメ、芸能の世界とかもそうでしょ?女は半分愛人のようにされる時代が続いたけれど、ここで初めて自身そのものを主張できる時代になった…。まあ、どうにかだけどね。」
神学をしている人間は知っている話だ。
「で、それが今の時代でもある。」
へーと、みんな眺める。
「女性自体の運気が上がるから善悪関係なく、比較的…という感じの話ではあるけれど、善い女性もとんでもない女性も中心に立つ。
でも、運気は変わっても動いている現実社会がまだ男社会の延長だから、現状女性は弱いし、自制力もなくて世の中を引っ掻き回す女性も活躍する…。それで運気を完全に生かせないままここまで来て…、でも結局男中心にまだ戦争をしているから…、また時代が回ってくる。」
聴き入る周囲に、ソリアスは答える。
「それが今――
だからまた、女性指導者が多くなるんだよね。そして、組織以外でも女性が立ちやすくなる。」
「チコさんとか…サラサさんですか?」
「私は指導者でなく、総務ですが?」
みんなの恐怖の対象ではある。
「ニューロスアンドロイドも?」
「多分ね。」
それまでは、男性型の作業、護衛用ロボの方が市場の注目を浴びていた。スピカのような超高性能アンドロイドの前身もいたが、法的にも価格的にも一般手に届かない上に、そこまで宣伝もしてこなかった。
登録すれば、民間でも扱える女性型の中機能以下の機種は、ヒトとの微妙な違和感からたいていの人間には敬遠され、シリウスほど人の心に受け入れられはしなかった。
「で、ここまで女の話をしてきて、大房もベガスと繋がる以上、なんでサルガスさんなんだろうと思うでしょ?」
そんな事思考えたこともないし、大房は女も男みたいな地域ではある。
「それで分かったの。」
ソリアスは漢字や数字、名前、線だらけのノートの1点を指す。
「彼、元の名前がツィーなんだね。」
「今の名前は、カストル牧師が付けてくれたらしいけど。」
アーツが付け足す。サルガスと連呼され、恥ずかしがって怒ったサルガスが懐かしい。
「ツィーはアジアの一部地域では女に付ける名前なんだよ。アンタレスもそうじゃない?どっちにも使えはするけれど。」
そうは思っていた下町ズ。名前に似合わず、ごつい男だと。大房は身長180や190センチ台も多いので、そこまで目立たない体格ではあるがツィーなんてかわいい名前の男ではない。
「これ、無意識か意図的に付けた名なのか分からないけれど、名前で入って来たんだよ。ベガスに。」
ソリアスは、ノートに書かれたベガスの名を指した。でも、ツィーと名前が付いたのは、ベガスの存在どころかユラス人との国交も滞っていた時代だ。
まあ、大房のオカンではあるが。奴は。
「他にもいろいろあると思うけど…。」
ソリアスは考えながら線を辿る。
「よく大房からこの面々を集めたよね。」
「それはいい意味で?悪い意味で?」
「うん、いいよ。結構。全体的に悪くない。エリス牧師やカストル牧師がいるにせよ、集めなきゃ始まらないからね。バランスはいいと思う。アーツって中心にいる人間も騒がしいしうるさいでしょ?にぎやかだね。」
「…それもどういう意味で?」
「不貞や暴力性以外で、組織を壊したり、人を懐柔してあっちこっちに連れて行く人ってね、だいたい現状に怒りや不満を持ってるの。それをずーと内々に溜めて、ある日突然内部崩壊させたり。不満がある人って、何かしらの形で周りを巻き込むから。自暴自棄とか、自分に取り込んでどこかに連れて行くの。」
どこに?!ビビる聴衆。
「何かのために努力して溜め込んだ分だけ反動もあるから、そういう人が何でも悪いわけではないけれどね。ただ。柔軟性に欠けるという事はある。」
「うちにいるかな?そう言う人…。」
恐ろしくなるが、どちらかと言うとテキトウな奴らなのである。
「ははは!怯えないで。
でも、多分。ここの人って、ほどほどに意見も言うし、ほどほどに怒るし、言い合いもするんじゃない?それだけでもダメなんだけど、そのバランスがいいんだよね。聞き役もいるし基本根が優しいよね。」
サルガスやヴァーゴ、タラゼド、タチアナ、蛍の夫アクバル辺りから数名のメンバーを指し、CDEチームも数名指す。それから大房民だけではないが、シャウラなど第2弾も指していく。一見優しそうには見えないメンバーだが、無下に怒ることもなく人当たりもいい。
「この辺の子たち、しっかりしてるんだよね。芯が。家族仲がいいかそれに並ぶ親友がいる…もしくは本人たちは知らなくても天敬や信仰がしっかり立ってるよ。親族か過去に…誰かにそういう人がいるはず。」
納得の聴衆。
実は、アーツのメンバーだけ見ると下町ズは穏やかにも見えるが、大房はあまり穏やかな場所ではない。少し前の時代はパートナーからの暴力も今より多く、やはり男性の強い地域ではあるのだ。それゆえに女子も強くなるしかない、そんな場所だ。その中ではここには良心的な面々が多い。
「まあ、蛍惑も質は違うけれど、男性的でかなり強い気質の地域なんだけどね。ある意味蛍惑は大房より濃いよ。」
ソリアスが笑った。お姉さま方を見れば分かります!と、年上なんだけれどソアは思う。
「あと、この子。」
第3弾のウヌクを指す。
「この子も面倒見がいいよね?」
え?数人彼女がいた上に、別れた後も数人女の子に手を出していますが、それの事で?とウヌクを知っているイータたちはちょっと疑問だ。「アーツの限界点」モアに一番近い人物なのだ。
「この人も…」
サルガスの上の方に書いてあるチコの名を指すので、みんな思わず注目する。
「変な位置にいるよね。」
「変な位置?」
「だって、ユラス民族の議長夫人って、首相夫人や王族夫人のようなものだよ。普通だったら国家レベル歓迎されるべき位置なのに…。東アジアはなんでこんな風にしたんだろ?」
考えてみればそうだが、移民として入って来たので仕方ないのでは?と思う。
が、そもそも移民としてでなく、なぜ議長夫人として中央政府で迎えることをしなかったのか?しかも世界最大の経済都市であり一応先進都市であるアンタレスが…と、確かに思うところだ。初期はサダルもいたはずだ。エリート層中心に、アンタレスは移民受け入れに消極的だったからだろうか。
「この生年月日が正確なら、そんな低い位置の人には見えないんだけど…。本名なのかな…?こっちのアジア名。変わった名前だけど、悪くないし。ユラスでも歓迎されてないの?」
ドキッとする皆さん。そこはアーツ以上に知っているので、帰国組ユラス人は胸が痛い。
「ユラス人さ、もう少し大切にしたらいいよ。このチコさん。だって星の位置が珍しいもの。」
「…T…」
「まだなんかあると思うけれど…。
アーツって大房の普通の食堂だったのに、なんでベガスと繋がったのか…。ずっと不思議なんだよね。
縁ってね、絶対どこかで昔の人の思いや繋がりがありはするんだけど、ちょっと飛躍し過ぎてない?この中間がないもの。普通段取りを持って発展していくものなのに…。」
アストロアーツは地元民しか行かないようなただのたまり場で、サルガスもそこのただの店長である。
それに、百人以上が動いている組織が、何の計画もなく1年数か月でここまで成長できるだろうか?もっと言えば、この数か月でなぜその規模の人間が動いたのだ。
周りがアーツについて聴いた話では、始発メンバーの段階は思い付きで寄せ集め。ベガス側ですら無計画だったのだ。カストルやエリスがそんなテキトウに事を進めるなんて。
「思い付き集団ですから。」
イータが申し訳なく言う。頑張って来た帰国組の席を取ってしまう形で、南海を陣取ってごめんなさい。
「あ、そう!それで、『ファクトだ』って言ってたことない?この前。」
ソアが女子会を思い出した。
「かもしれないけど…中間が埋まらない…。」
みんなから見れば、ファクトはジュウシマツ事、ジュウシー君だが、ソリアスから見たらファクトは心星博士ご子息である。
「だって、ベガスサイドも、心星家もエリート中のエリートだよ。その中間はどこにあるの??」
ソリアスはそこが知りたいのだ。普通だったらファクトは大房民に関わる位置にはいない。
あいつの性格じゃない?と普段のファクトを知るメンバーは思うが、ソリアスはそんなことは知らない。会ったこともないし星で見るのだから。
帰国組は、なんだか胸もお腹がいっぱいいっぱいな気分だ。
自分たちがいない間に何があったのか、理解できそうで理解しきれない。なにせフォーラム準備が忙しすぎて、そういう話をしていない。
それによく考えればチコだけでなく、ちょっとどうにかしてほしいと思うカウスも、根がヤバそうなカーフも家門は超エリートなのだ。大房民は知らないが、サラサも東アジア軍の諜報部。ユラスのトップたちにも顔が利く元エリートともいえる。
ベガスユラスのエリートたちと、その中間なく突然の大房。
考え込んでいるのに、突然立ち上がるソリアス。
「時間だ!保育園お迎え行かなきゃ!今日、午前までなの!!お手伝いさん頼んでない!」
そう言うと、主に男性陣に向かって一言残す。
「女性を大切にする組織や家は繫栄するから、女性によくしてさしあげてね!では皆様!」
手を振って勝手に去って行く。
「…あの…。」
最後のアドバイスに、女性が怠惰だったり、強烈な場合はどうしたらいいんでしょうか?と質問したい男子陣だが、そこはサラサが答えた。
「先、臨界点の話をしたでしょ?男女関係なく、与えるばかりでも与えられるばかりでもだめなの。バランスです。
臨界点を超えられる愛は人間にはないから、親なる神の愛があるんだよ。絶対的な変わることのない愛が。本当の信仰がある人間はそこが強い。
でも、思いだけあってもダメで、物体の世界は臨界点を超えた時点で左右バランスを取ろうと崩れていくからね。人それぞれ時期やタイミングは違うけれど、どこかでバランスを取って行かないと。」
余計に悩まし気になる帰国組に、サラサは申し訳なく思い、サラサから『愛』なんて言葉が飛び出すので、逆に怖い上にちょっと照れてしまう一同であった。
そして、ソリアスには勝手にモヤモヤを残していかないでほしいと思う一同であった。
中間ってなんだ。
***
「響先生、相談があります。」
研究室の片付けを終えて、戸締りをして歩き出すとリーブラは急に敬語になる。ちょっと怖くなる響。
「え?もしかしてもう新しい旅立ち……?」
リーブラもいくつかの試験に受かった。研究室を辞めちゃうの?と何とも言えない顔をする。
「違うよ~。そんな顔しないで~!」
笑って響の両頬を擦る。
実務的な資格をもっと取った方がいいと思ったのだが、ロディアやロディア父を始め、今そこで勉強をしているジェイに、元々数字に強いわけでないので商売を始めるための資格を考えるより、好きでできることに先に力を注ぎなさいと言われたのだ。
なので、響の元で漢方やアロマ、基本的な化粧品やメイクの知識、エステシャン知識など得て、資格の取れるものは取る。そして、仕事をするならその何になるか定め、必要になったことでお金関係など自分に難しいことは専門の人に任せればいいと言われたのだ。商売そのものはまず普通の勉強程度でいいから、必要になったらすればいい。
ロディア父の周りには、アジアでも信頼できる人間がたくさんいるので、いつでも相談に来てと。
とりあえずリーブラは、南海やミラにもっと女性に必要な日用品を揃えたい。
統一アジアの住民登録を得なければ、ベガスの移民は自由に外出。移住が出来ないので、既存のスーパーなどに細かなものを置いていきたいのだ。女性の目でコーナーを充実させ、最終的にはユラスや西アジアの女性が使っていたものをこちらでも売りたい。
実際、既にロディア父がジェイや南海の人間と動いている。
行政区域に『東海』『上越』『那賀陸』が増えるのだ。現在は南海などに頼っているが、飲食店やコンビニ規模の店は既にスタートしている。そのためのビジネス移民もこれからベガスに入ってくる予定で、この前の蛍惑女子の1人が、一般的なアジア先進地域の生活用品、女性用品の仕入れも教えてくれる。もちろん彼女も仕事だ。
「…なんか、リーブラはその内どこかに行ってしまうね…。」
どこかの店での実地は必須であろう。
「だから、したいのはそういう話じゃないってば!」
学校の敷地内なので、響の近くに顔を寄せて、少し恥ずかしそうにする。
「あのね、先生。」
「………。ん?」
そうして耳打ちする。
「!」
それを聴いて真顔になる響。
「……?えっ!」
「先生はどう思う?」
「…………。」
「誰かに話したの?」
「サラサさんかデネブ牧師には今度言うつもり。」
響はリーブラをギュっと抱きしめた。
「…うん。いいよ。大事なリーブラだもん…。」
風が並木を揺らす中、二人は暫く、そこにたたずんでいた。




