88 婚約者は私です
「だーかーら、観光したくなったんだってば!」
「そんな理由でいきなりユラスに行くやつがいるか?!」
「そんなん俺の勝手だと思うけど?」
「まだ学生だろ?学校もあるし!」
「もう試用期間は終わってるんだし、私生活までは関係ないです。」
「私はミザルからファクトを預かっている立場だ。」
駐屯所で、DP(深層心理)の報告が終わってから、チコとファクトは言い合っていた。
「で、自分だけで旅行するのではなく、結局カストルやワズンに頼ったんだろ?向こうも忙しい人間だとは思わなかったのか?」
「……総師長にはご挨拶に行ったんです。自分の所属地域の牧師なので問題ないじゃないですか。」
檀家のお坊さんに挨拶に行くようなものである。牧師の仕事だ。ただ、アジアユラスの最高位牧師ではあるが。
「そうしたらワズンさんもいて、少し一緒にって言うから…。」
「…………」
何とも言えない顔をするチコと、それをハラハラ眺める響や周り。
「それでガードのない中で、響を巻き込んだんだぞ!」
「…それは反省しています。」
「それはじゃない!それが問題だ!」
響の能力や安定性がシェダルより上でなかったら……。
「それに、あの時タラゼドがいなかったら………。
………そもそもなんで、響が夜にタラゼドと歩いているんだ?!!大房民は絶対ダメだ!!!」
話しが反れてしまう。
ユラス人でもない成人二人なのだ。基本、口出しはできないが口出ししたい。
「あ、俺も行くはずだったけど、行かなかったら二人になったんです。」
「………。」
みんな一斉にファクトを見る。行けるわけがない。最初から断っておけ。
「まあいい。ファクト…。とにかくユラスには行くな。」
「なんで?別に辺境以外は今は安全国じゃん。俺の自由だし。」
「親の金で旅行しているのに、何言っている!」
「…親の金?」
少し機嫌が悪くなる。
「そりゃ親の金だけど、俺だって親の不在の家を見て来たんだ。」
「………」
父不在でミザルを支えてきたのはファクトだ。
少なくとも小学校高学年になる頃には、家庭内では面倒を見る立場が逆転している。学区内の公立学校にしか行っていないので、ファクトの家庭層なら義務教育でも数百万とかかる学校に行くのが普通なのに、教育費も大してかかっていない。地元のスポーツクラブだけで、塾も行っていない。大学も補助範囲で行くつもりだ。裕福層の子供の中ではすこぶるお金の掛かっていない子である。
そして、ファクトの為にミザルは慣れない家庭に尽くしてきたともいえるが、ファクトがいたからやって来れたともいえる。
「報告は終わったので行きます。」
少し不機嫌になって立ち上がって去って行くファクト。
「ちょっと待て!」
チコの言葉を無視する。
立ち上がるチコをカウスが止めた。
「チコ様、もう行かせてあげましょう。授業も始まっているし…。響さんもありがとうございます。」
チコはため息をつく。
心配そうな響に女性兵パイラルが、「チコ様は私が見ています。」と言うので、響も駐屯所を後にした。
***
そして、問題はこれだけで終わらない。
ある日の夜、主要メンバーで食後のお茶ついでに、状況共有のミーティングをしようとしてたアーツ。既に実地に入っている第3弾や、タウ父、ロディアや商店の進出報告にジェイも来ていた。
「サルガスーーー!!!」
なのにまたアポなしで乗り込んできた女。
「私ね!このままがんばったら歌の先生にもなれるんだって。特別講師とかできるらしいの!」
サルガス大好き、大房女子のファーデン・パイである。
「………。」
「すごくない?!まだ試験は先だけど、受かったら結婚しよ!今すぐ学生結婚でもいいけど!」
「…ミーティング前なんだけど。」
少し呆れて、でも毅然とするサルガス。
「お祝いにプリン作って!とろけるの!」
「まだ受かっていないのに何がお祝いだ。」
タウが毒づく。
「俺、デザートはあまりうまくない。シャウラにでも作ってもらえ。」
「えー?サルガスがいい!!」
「つうか、今度にしてくれ。忙しい。邪魔だ。」
「照れないで!」
妄想CDチームはじめとする一部メンバーたちは、なんで女子が乗り込んでくるような状況が存在するんだと驚きしかない。一体どういう生き方をしたらそういう状況が生まれるのだ。しかも毎回毎回。
その上、あんなかわいい子たちに「邪魔だ」とか「忘れてた」とか言えてしまうこの面子。自分が女子に抱きつかれたり腕を掴まれたら、一生の思い出にしていくことだろう。大房にそこまでイケメンはいないと思うのだが、何が自分たちと違うのか。まず身長が違うが、妄想チームも平均すれば身長175越える。
「…みんな困ってるだろ。出てけ。」
「せっかく会えたのに!」
「うるさい、マジで警備呼ぶぞ。」
サルガスがかなり怖い感じで凄む。
「…ひどい。なら私も大人しく聴く…。」
すごい。自分がセクハラ扱いされるのではなく、美女を不審者、セクハラにしてしまうとは。モテたことのない一同、感服する。
アーツの話し合いが続いて、大人しく待っている待っているパイは、時々デバイスをいじっているが、話はそれなりに聞いているようだ。頭に入っているかは知らないが。
ウエストの見えない服でも上がったヒップが感じ取れ、高い位置のポニーテールから見える細い首筋が、男だけでなく女性まで惹きつける。掻き揚げる前髪。しなやかな指の動き。なんというか座っているだけで絵になる。どこから写真を撮ってもキレイでかわいいタイプだ。気になってチラチラ見てしまう。
一旦休憩に入り、ドリンクなど入れ直すメンバー。
そこに、すかさずパイが入ってくる。
「プリン食べたい!お休みの日に作って!」
「とにかく出てけ。」
「いや、この部屋から出ない!」
サルガスが、パイを引っ張り外に出そうとするが、嫌がるので端に連れていく。
「だから、俺はもう結婚するって言っただろ。プリンなんてどっかで買って食べろ!」
「サルガスの作ったプリンが好きなの!」
別にアストロアーツでも、サルガスがいつも作っていたわけでがない。プリンなんていらんだろ?と言ったが意外にも人気が出てしまったので、メニューに入れただけだ。
タウ妹のソラやジェイの近くから、ロディアもはそれをチラちらと見ている。女でも見入ってしまうのに、男ならどう思うのだろうか。
「結婚とかウソつき!私知ってるから!」
「は?」
パイはネイルの派手な細長い指で、サルガスの鼻を指し触れる。
ドキドキ横目で見てしまうギャラリー。なんだ!それは。一度くらいされてみたい!
「彼女ってエアさんでしょ?」
「だからそうだって。」
「分かってるんだから。」
「…。」
「エアギターでしょ?」
「…………」
パイでも気が付くのかと驚いて返答を失う。
「ほら、存在しないんじゃん!!!!」
遂にパイが核心を突いてしまった。
「やっぱ、いないんじゃん!!」
「いるから。」
「何なら出してみなさいよ!その女!!」
「いてもいなくても、パイには関係ない。」
「じゃあ少しでいいからさ!付き合ってみようよ!何でもしてあげる!ねえ?ねえってば!」
「お前いい加減、外行くぞ。出ろ。警備がいいか?この前の人たち呼んでほしいか?」
サルガスが立ち上がる。
この状況をどうしたらいいのか分からないロディア。
なぜ、公衆の面前でこんなことに………
ヴェネレを思い出す。
暗い、地味で、不細工な女。
でも…
「私です!!」
その時ロディアは大きな声で言い切った。
「?」
「??」
会議室中がしーんとなる。
パイや見物人だけでなく、サルガスも固まっている。
「…私です…。お付き合いしているのは…。」
「っえ?」
みんなの素直な反応である。
正直ロディアは、濃い眉毛も大きめの鼻も口も隠してしまいたかった。目も大きいがバランスが良くない。
それに、全く事情を知らないほとんどの人は、「大房民よりおかしいんじゃない?」「狂ったの?」「何?彼女になりたがってるの?」「なんか勘違いしてる?」的な判断を今、脳内でされていることだろうと、ロディアは思う。
みっともないのは分かっている。絵にもならない自分だとも知っている。
自分だって、客観的に今の自分を見たら目も向けられない。恥ずかしい。共感性羞恥心で目を伏せるか逃げる自信がある。
でも、
自分のペースだけでいたら、この環境でいつまでもお付き合いはできない。
「私がお付き合いしています!!」
「はあ?何この女?」
パイだけでなく、皆が「え?」「え?」な反応だ。パイの暴走を止めるゆえに??話を合わせるべき?という感じである。
「何?突如気が狂ったの?今まで脳内彼氏のつもりでいたわけ?私の登場で、妄想が弾けちゃった?」
「………。」
ちょっと、悔しくて、正直いろいろ泣きそうだが、言葉が出なくてパイをただ見据えるロディア。
どうしよう…この先の事が分からないし、膝の上の手が震える。
いつもの空気ブロークン・ファクトもいない。
「あんたね…」
とパイが言ったところで、サルガスがロディアの横に来て、しゃがみこみ膝の上の手を取って、パイの方を向いた。
「そうです。付き合っています。」
「は?!」
パイが吐き出すように言い、周りも突然の事に反応できない。
「何?この寸劇?」
「付き合っています。」
サルガスが言い切る。
「俺からお願いしたんです。話が合うし、未来の事も一緒に考えて行けそうだったから。」
アーツは「おお!そうなのか!」という感じだ。
「うそっ!みんなそういう反応じゃなかったのに!!その場しのぎでしょ!!!」
「…私が言わないようにお願いしたんです………」
男子で知っていたのは既婚者のタウにベイド、元店長のシャウラ、河漢で同じ担当だったタチアナ。そして仲のいいファクトとリーブラと近いジェイだけだ。でも、アーツメンバはなんだか納得できる。
「はあ?あんたマジ何言ってんの?私の方が千年早く出会ってるっつーの!もう運命?輪廻?何度何度も何度も夜押しかけているの!」
ロディアは大房リーダーたちに聞いて、パイが処女だと知っている。なので、そこは動揺しない。そうでなくても、もういい。今のサルガスと付き合うのは自分だ。
「おい。周りが勘違いするからそういう言い方をするな。」
サルガスはこれまで、パイが来た時は泊まる前に追い出している。勝手に寝てしまう時は自分が知り合いの家に行った。その頃は妹友達枠でいさせてもらい、かわいく飯を食っていただけなので、押しかけて押しかけてもストーカー枠にはならなかっただけだ。
「パイ、俺ら知ってる。ほんとだってば。」
ベイドが説明すると、タウが頷くので、皆も本当に付き合っていたのかと納得した。
「じゃあ、何でみんなに黙ってるの?」
「……私がこういうことが初めてなので…ゆっくりお願いしますと言ったんです………」
「はあ?」
ブチ切れるパイ。もうミーティングどころではない。
「あんたのどこがいいの?なに初々しさ醸し出してんの?!年上でしょ?!私が遠慮するとでも思った?!許さない!!!」
これはどこかで見たシチュエーション。
手を上にあげたパイ。叩かれる?!と思ったところ、サルガスがパイのその手首を捻る。
「いたいっ!!やめて!!イタイ!!!」
「いい加減にしろ。警備よりチコか?」
「ひどい!!!あの人呼ばないで!ツィーのバカ!バカ!バカ!!!」
「サルガスさん、私が預かります。」
第2弾女子リーダーのミューティアが、パイの手首を受け取る。
「ロディアさんと一先ずここを出てください。」
「分かった。ごめん」
「行こ。ロディアさん。」
「でも……」
「大丈夫。ソアが来るって。こいつの事よく知ってるから。」
先に帰っていたソアが、事情を聴きつけてここに向かっている。
「あ、おじさん…。ロディアのお父さんにはまだ言わないでください。」
タウ父にお願いすると、OKマークで答える。
「皆さん、すみませんでした。どこかで穴埋めします。」
サルガスが礼をするので、ロディアも頭を下げ、車椅子を動かしこの場を後にした。
「勤務時間でなかったのか救いだな。勤務中だったら、本当に警備に突き出すからな。」
シャラウがパイに冷たく言うと、タウともう1人女性メンバーが付き添い、ミューティアが引っ張って隣の部屋に連れていく。
部屋に入ると手を離されたパイは、唇をかみしめ床にうずくまる。
ミューティアが起こしてあげようとするが、その手を弾いた。
「う、う、うわあああああああん…っ!!!!!」
そして大声でから泣きながら、その後しばらくひどい嗚咽をしていた。




