81 紫と、鮮やかなピンクの光
※残酷描写があります。
時間もあるし、ワズンと近くの銃砲店に行く。
「ショートショックならこれがいいと思うけれれど。まだ銃を持って1年ちょいなんだろ。」
「実戦で銃とか出したことはないんですけど。」
「これ、スタンガンみたいなのと本気なの切り替えできるから。」
店主が楽しそうに言う。
「え?殺傷能力の無いのでお願いします。」
外国の高校生に何を買わせるのだ。
「そうだな…。海外でそんな事させたらチコに殺される。」
ワズンが苦笑いだ。
あれこれ触ってから、構えてみると握りやすい物があった。
「でも軽すぎるかな…。」
「腕見せて見ろ。」
店主に腕を出すと、ツンツンやムニムニされる。
「肩も触らせろ。」
背中上の筋肉まで触られる。
「けっこう鍛えてんな。長丁場だと軽い方がいいんだけどな。こっちで行くか?」
安全地域でなぜ長丁場になるんだ。
念のために護衛代わりにショートショックを持つことになったのだ。
自分や自分の認めた人間しか稼動しないように登録をする。まだ正成人でないので、親の登録がいるためポラリスに連絡をした。
『え?ユラス?なんで?』
「なんでって、飛行機取ったじゃん。母さんには言わないでね。こっちでカストル総師長やワズンさんと会って、今ワズンさんといる。」
『…あのな、危ないことするなよ。ワズン君に替わってくれ。』
お前、親に言ってないのか…という顔のワズンに電話を渡すと何か話し込んでいた。
ショートショックを受け取ると、首都の一番交通のいいところまで連れて行ってもらう。
「トーチビルまで送らなくていいのか?」
「うん。自分で行く。鉄道やバスも覚えたいから。」
「なら、午後4時以降なら迎えに行くし、何かあったらいつでも連絡してくれ。」
「うっす。」
そう言って二人は別れた。
***
一方、『リン』ことムギのいる一団は血の海になっていた。
北西アジアの風貌のニッカ、2番目の兄アリオトは、撃たれた腕を押さえている。
ムギは雇った護衛にかくまわれていた。
「私も行きます!」
「絶対に出るな。ただの刺客だ。ここにいる人数しかいないから、ここで制すれば大丈夫だ。」
少し歳取った灰色掛かったプラチナブロンドの男、テニア。今、プロテクターで髪は見えないが、その男は銃弾が飛び交う中でも目を閉じる。
ムギは頭を押さえられてよく見られなかったが、すぐに分かった。
テニアはサイコス使いだ。
雇った時は聴いていなかった。
その男は状況を把握すると、ムギの頭をもう一度押さえ外に出る。そして5か所にいた敵勢に一気にけしかけていく。しかも、殺さずに致命傷を与えたり気絶させた。
近場にいたムギの仲間たちが驚いて見ていた。音も無く敵が倒れていく。
全部片付けたのか、また目をつむって一息したので、終わりかと思って出てこようとすると、
「出るな!」
と叫ばれる。
と、同時に、ドーンと3か所で爆発が起こった。1か所は致命傷を与えられた兵士の自爆で、自分の仲間を巻き添えていった。
「……………」
「もう大丈夫だ。生きているのを拘束しろ。」
テニアが素早く目の前の人間を拘束し、出て来たメンバーもそれを手伝う。
ムギや数人の医者、霊性師は治療に当たった。
「兄さん!」
ニッカの兄の腕を見る。テニアは自分の仕事が終わると処置を手伝う。
味方に死亡者はいなかったが、ムギは何とも言えない気分になる。
敵の死亡は4人。拘束されたのは8人。
そっと亡くなった傭兵に手を合わせた。持ち物を見る限りみんなバラバラ。個々で来た雇われ兵だろう。
「追手はすぐに来ない。」
テニアは静かに言った。こちらはテニア合わせて8人。向こうは12人もプロを雇ったのだ。
「おそらくここでこっちを全滅させる予定だったと思う。兵も捨て駒だな。」
こちらの純粋な兵力は4人。ムギとアリオト、他2人は戦えはするがプロではない。そんな一行にまさか負けるとは思っていなかったのだろう。こっちもまさかだ。
プロの傭兵が12人もいたのに、雇った中年の男一人ががここまで強いとは、敵どころか自分たちですら思っていなかった。
「なんのサイコスですか?」
ムギは静かに聞く。
「サイコスか…霊性なのかな?状況把握だ。生命の霊体を感じられる。あと、脈拍が上がるのとかも感じる。」
「………。」
この事は商売上の隠し玉なのかと思ったけれど、あっけらかんと言うテニアは大してすごいことだとは考えていないようだった。
男は大事なことを黙っていたが、不思議と不信や不安にはならなかった。
「この状況はどうします?」
「ティティナータは今は中立を保っている。経路にすると連絡しておいてよかったな。仏や兵たちはティティナータで対応してくれる。」
ティティナータは今いる国だ。
「任せて大丈夫かね?」
「今の政権ならおそらく…。」
アリオトはムギに付いて行くと言ったが、負傷した部分が思った以上に抉れていたため、仲間1人傭兵2人とここに残り、ティティナータ軍を待つことにした。
「本当に大丈夫か?ティティナータは反政府勢力もいるだろ。」
ティティナータでは一応政府に寄り添って行動しているが、政府も反政府も民主主義国から見たら左傾向で独善的で不安定ではあった。
「おそらく政府軍の方が早いし、どちらが来ても大丈夫。」
ムギは確信を持っていた。反政府勢力の副総監の子供がこれから行く場所にもいる。ムギは彼と内通していた。
そして今回の裏切り。
裏切ったのは西アジア出身の昔からの知り合いだった。
裏切った者は、これからギュグニーと北メンカルがニューロス世界の技術や経済の覇権を握るため、その幹部になれると絆されたのだ。そうすれば、ギュグニーも近隣国家も解放されると。
もちろん、そんなわけがない。裏切った仲間から、アリオトのデバイスに「兄さんたちもこれから楽になれます」とだけメッセージが入ったいたのだ。若者だったので、これがアリオトや国家のためになると思ったのだろう。
真面目な男だったので先進国の低落を見て幻滅し寝返ったのか。
いずれにしても、ギュグニーで外から来た人間を「楽にしてあげる」とは、遅かれ早かれあの世行きという事だ。彼らは、新しい世界を見られると勘違いしていたが。
国内でも権力を握りたい人間が多いのに、誰が外からの人間に地位など与えるのか。先進国の左傾向の政権が、それを憧憬しても絶対にその宗主国に自分たちが行かないことが、それを物語っている。国内外敵しかいないのだ。
「ムギ、テニア氏を呼んできてくれるか?」
これからアリオトは治療に、テニアとムギは目的地に向かう。
木の影にもたれ掛かっているアリオトは、ムギだけ下がらせて静かに言った。
「お願いです。絶対に目的地までリンを死なせないでください。そして…、殺しもさせないでください。あの子は戦えます。でも、絶対に…。」
「………。」
ムギは子供が見なくてもいいような死体を見過ぎている。頭が飛んでしまっていたり、腸から便が出てしまっていたり。裂けた腹から出た腸を抱えた敵兵を、陣営まで保護してきたこともある。
まるで動揺していなくて、達観し過ぎているのが逆に周りを不安にさせた。
自分の元で初めて死なせてしまった、顔見知りのカーフの弟。
ムギに直接の責任はなかったが、あれ以降、ムギは前線での死に動揺しなくなっていた。
アリオトは、感染病の恐れもあり病院に行くがムギに無理をさせたくなかった。でも、政権の崩壊前にセイガ大陸に受け入れ皿を作らないと、また世界が混乱する。南に北メンカルをまとめる力はない。アジアやユラスが必要だった。
「…………テニアさん、また雇われてくれませんか?」
テニアは目的地までの約束だ。
「近場では、あっちこっちで仕事もできないしな。状況が大丈夫なら。」
「北メンカルで、三男の陣地まで無事リンを届けたら帰るまで見て、その後ユラスに来てもらえますか?そこならゆっくり話せます。」
「…まずはあんたが生きて帰れるように。ギュグニーの一派に追われてたからユラスは久々だな…。」
「そうなんですか?」
「自分、ギュグニーで『WANTED』だから。25、6年近く前の話だけど、だからアジアにもユラスにも行ってなかった。」
「………もしかしてテニアさんって、すごく危険な人ですか?」
「ははは。どうなんだろ?あんま喋るな。怪我してんだから。」
「…。」
そこにもういいかと、心配そうにムギが駆けてくる。
「リン、この人にちゃんと付いて行くんだぞ。」
「兄さんこそ早く手当てを受けて大人しくしていてください。何かあったらキッカが悲しみます。」
日華の北西アジア呼びはキッカだ。
青白い顔のアリオトは、妹を思い出しムギの頬をそっと触った。
***
無事トーチビルに付いたファクトは、最上階の展望台でユラスをの全貌を見ていた。
ビル・ビル・ビルのアンタレスと違ってなんというか、非常に気分が爽快になる。
向こうの方は砂漠のような色の荒野に、時々山もあり、奥には山脈も広がる。
空も青い。
しかし、『ここじゃない感』が満載だ。
チコが好きなのは、こんなガラス張りの所じゃない。
もっと風を感じ外気を感じる場所が好きなはずだ。
この上に行きたい。
しかしさすがのファクトも、「これ以上に行きたいけどいけますか?」とスタッフに聞いて、上は無いですと言われたのに外国で我が儘を言う訳にもいかず、大人しく引き下がった。気持ち的には行きたい。
しょうがないので、少し瞑想をする。最初に北側。
そしてゆっくり移動する。
時計回りに東に…、と思ったけれどなんとなく西に回ってみる。
あっちに見えているのはロディアさんや婚活おじさんの国、ヴェネレかな?とか、軍の敷地、丸見えやん。とか思いながら歩く。
そして、東南。
あれ?こっちがアジアだっけ?まだその手前か?と思いながら連なる山脈を見る。
ムギは西アジアのどの辺なんだろ?と思いながら景色と、表示される案内板を追った。
高いとことに来たらやってみる。
隠れているチコを見付ける時の遠見。
サダルと宇宙を越えた時の鼓動。
そういえば、あの宇宙旅行の後。ヴァーゴが見たという鮭のムニエルを調べたところ、本当にその時飛んでいた便の機内食が鮭のムニエルだった。そして、クルバトの見た地球の反対側のピンクの建物もあった。そこはレストランで、直接確認するとその日は確かにおっさんたちがバオスという4本の弦楽器を弾いていたらしい。
自分が動いているのか、対象が迫って来るのか。
遠いのか近いのか。
ファクト1人では、可視のできる所しか分からない。
でも、人は今いる場所を越えることができるはずだ。
思えば不思議だ。
なぜ人は確実に精神世界があると知り、医学世界で精神科まで作っているのに、見えない世界を信じなくなったのか。
確実に存在するものなのに、なぜ分からなくなってしまったのか。
宇宙の亜空間や多次元、不思議は信じるのに、一番目の前にある人間を信じないでいる。
精神に、心に、心霊に、魂にも質量の法則は成り立つのか。
もしそれがないならば、ある意味、これまで知られていた科学の原理は根本的に違うという事になる。
どこまでも青い空。
ここまで展望がいいと、ムギの居場所が分かったりして、と精神を集中させ、解放させる。
南海で、チコを見付けた時のあの瞑想。
じっと目を閉じると一方に光が見える。
あれ?
ファクトは不思議に思う。
パネルで確認してもそこはアジアではない。
でも分かる。
白い光のからあふれる紫と鮮やかなピンクの光。
ん?これはムギじゃない。そもそもムギの色を知らないが、
これは見覚えのある光。
そう、これはチコが発する色だった。




