80 140キロ出してもいい
ワズンの車に乗って、ユラス軍の基地に向かうファクト。
ユラス首都は乾燥しているが、思った以上に都会であった。ただ、高層ビルがあるのは本当に一部で、あとは低層ビル。藤湾に少し似ている。
そして、多くのところで工事が行われていた。
宗教伝統を重んじる民族なのでもっとお固い感じかと思ったら、先の教会のように新しい近代建築が多かった。
首都は一部が戦場になっただけであったが、数か所の暴動で荒れたことと、旧価値観において戦争が起こったという理由も大きかったので、一部の伝統建築以外、近代の古い建物は全てサダルが壊してしまったらしい。一昔前の鉄筋コンクリートなどの建物は気運も悪く、監視がしにくいという理由もあった。
なので、敵を押さえたついでに財産の国有化をしてしまう。
そこで自由に都市の再編成をしたのち、捧げた土地や財産の割合に比例したほどの、財産分与をした。
ある意味、ものすごい独裁的な方法であったが、調べもしないうちからサダルが早々に撤去を命じた建物から、密輸関連や違法売春の拠点が見付かったり、クスリや多くの武器を押収。
最も大きな収穫はギュグニー一派や反新清教徒主義のアジトで、直接の首都陥落を狙っていたと分かったことであった。
それが発覚しなかった場合の損と、サダル政権の指示の的確さを考え、多くがサダルに従う。
そして、新旧両派とも信仰心自体は深かったので、独裁、人間主義のギュグニーに首都を奪われるわけにはいかなかった。
新清教徒はサダルたちの、主にオミクロン族や辺境ナオス族で構成された地方軍で、封建的宗教解放、神世界主義である。サダルたちは伝統的家族観を重視しながらも、考え方は現代主義でユラス教やその他宗教にこだわらず天を中心として人が兄弟愛を樹立していくものである。
ただし、サダル自身は兄弟愛があるのかないのか。
全く持って遠慮なく旧首都の建物群を解体していった。一般の先進国や民主主義であったら無理な話であっただろう。
そんなわけでスッキリしてしまった首都は、広々と土地を開放している。
アンタレスも街中で最高14車線の道路があるが、ごみごみしているそれと違い、ユラスは車線は少なくても非常に開放的だ。
そして、みんな車がデカい。
ワズンの通常5人乗りピックアップトラックも、大きい上に普通道路で140キロ平気で出している。なのに、その端で軽トラック、作業車がノロノロと走っているのでギャップもすごい。
しかも交通標識を見ると、本当に直線追い越し車線140キロとあるのでたまげる。まだ首都内だ。東アジアは高速でも首都高内120キロなのに。
ただ、安全装置が稼働していないと首都内は走れないし、アジアも都市内部以外は最高速度170キロである。
少し走らせると、少し開けたところに出てくる。
「不思議な感じがします。都市なのに都市っぽくないというか。」
「ここは少し中心から外れるし、土地に比べて人口は少ないから。昔のダーオには、他の地域のような貧困層がほとんどいなかったから、気持ちに余裕があるのかもな。」
「貧困層が少なかった?」
「首都に関しては内戦がなければ、殆ど中間層以上だった。郊外にもスラムや貧困層はなかったんだ。元々は資源もある国だったし。教育を優先させる国だから、田舎でも高学歴が多いしな。」
戦争中ですら、うろついている子を調査してユラス教会や学校で勉強させていたという。
なんか変な気分になる。
なのになぜ、アジアに国家再建の協力を仰ぐほどボロボロになるまで戦争をするのだ。
街ではあるが、完全に開けた雰囲気のところまで来ると、今度は特別な有刺鉄線のある塀で囲われた広い敷地に付く。
ワズンは車越しにそこの門番と少し会話をし、ファクトはデバイス関連とパスポートを預け、生体確認をされてからまた広い敷地を車で走らせる。
そして、1つの建物の前で止まった。
とにかく驚くのは走行から駐車まで、恐ろしいほどワズンの運転は滑らかであった。カーブも曲がれる最低限までしかスピードを下げない。一度もブレーキを感じず、スーと車が流れていく。自動運転ではないらしい。
「………。」
「どうした?少し仕事をしていくが20分程度だ。来るか?待ってるか?」
「……行きます。」
何とも言えない気分になりながらも、ユラス楽しいと思うのであった。
ワズンから運転を習いたい。
「民間の外国人が入ってもいいんですか?」
「ここは一般面会室もあるし、連合国民で身分もはっきりしているから大丈夫だ。一般の敷地を出ないように。」
ファクトの持っているアンタレス中間層以上の身分は、世界で信用を得ておりフリーパスの場合が多い。ただし、その分情報も伝達も速いので悪いこともできない。
もう一度、目見をされて警備を通ると、大きなカフェのようなところに出て、ワズンが待ってろと言う。
そこでは軍服を着た人と、その家族や恋人っぽい人たちが会話をしていた。
「ドリンクは無料だから好きなの頼んでいていいぞ。」
「………はい。」
イベントの時だけ制限付きで撮影が許されるが、基本訪問者は撮影不可だ。
ラスやリゲルやその家族と東アジア軍の演習を見に行ったことはあるが、普通の訪問者として入るのは初めてである。しばらく置いてあった資料を見ていた。
と、その時ガヤガヤと軍服の男が数人出て来た。
「君、ユラス人ではないよね。」
共通語で1人が話しかけてくる。
「…はい。」
「…少しあっちで話そう。」
そう指を指したところは個室。中は見えるようになっているが………、なぜ?
6人の軍人に囲まれて、なぜか尋問みたいになっている。
「ここには何をしに来た。」
「…観光です。」
「高校生だし、平日だろ。学校は?」
「休んできました。」
え?まさかユラスに来てまで、サボりを責められるのか?
「あの、ワズン・アクベンスさんの付き添いなんですが。」
「ワズン?誰の事だ?君は格闘術、銃器資格保有者だろ。」
「そうですが、武器は持っていません。」
国境を通れないので、ショートショックも置いてきている。
「…あの………」
「こちらで身柄を預からせてもらう。」
「はい?!」
「ついてくるように。」
「え?この後、観光したいんですけど!」
「軍に乗り込んできて観光もないだろう。」
「は?」
なんかとんでもなくヤバいことになっているのではないか。でも、ここで抵抗したら東アジアに帰れてくなりそうだ………と大人しく驚いてみたところに…
「いい加減にしろ。」
と、ワズンが入って来た。
「ワズンさん!」
思わずホッとする。
「お前ら外国人の子供相手に何やってんだ?」
「ベガスの人間が来たって聞いたから。」
「………この人たち知り合いですか?」
「チコの元同僚だ。」
「へ?」
***
「悪い悪い!」
「はあ…」
なぜか大勢の軍人に囲まれて、小さくなっているファクト。新しく加わった何人かは、ベガスで顔だけ見ている。
「いやあ、三分戦参加メンバーが来てるって騒いでて!」
「三分戦?」
「カーフにエルボー食らわせたアジア人がいるって聞いて!顔を覚えていたから!」
はは~。それ自分の事じゃん。
と、冷静になる。
「ベガスで見かけてはいたけど、話し掛ける時間がなかったもんな。」
「カーフにだろ?!すげえな!」
「しかも肘を立てたとか?」
「いえ、失敗して肘が出てしまっただけです…。」
「おおおおーーー!!!!」
「おー!やっぱり君か?!」
「打倒カーフ!あいつ、どんな顔してた?!」
ここのメンバーは、三分戦の映像を見ていたらしい。
「…痛そうでした。」
「マジか!」
大笑いしているが、笑い事ではない。
あの後、非常に叱られたうえに、何が危険でどうすればいいのかみっちり訓練させられたのだ。これ以上その話を盛り立てないでほしい。黒歴史である。
「心星博士たちのご子息なんだろ?チコの義弟と聞いたが?」
「あ、はい……。」
「おーーー!!!」
本当に何に盛り上がっているのか。
「チコにやたら気に入られてるって聞いたが?」
「そうなんすかね……。」
「お前ら、もうやめろって。」
「ファクト君、このままユラスで働けよ。もう卒業する歳だろ?こっちの大学でもいいし。」
肩を叩かれる。
「…はあ。」
「俺らアジアでもユラスでも無視されまくったからな。チコのお気に入りを囲ってしまおう。」
「職場も斡旋するぞ!」
「もう帰るな!!」
「…はあ。」
もう少し早く言ってくれたらよかったのに、もう教育科に行くことに心を決めてしまった。
丁度会議で、何人かが来ていたらしい。
そこで気が付くファクト。
「……サダル議長は来ないですよね?軍人じゃないですから。」
「議長?来るっけ?」
「今日は来ないだろ。今首都にはいないし。」
ホッとする。
「…そうか…!君は議長とも義弟になるのか!」
「あとで飯食おう!」
「………帰るぞ。」
ワズンが遮る。
「ワズンも会議出てけよ。」
「俺は夜勤明けだ。」
「あの。」
今度はファクトから聞いてみる。
「ユラスで見晴らしのいいところはどこですか?チコが好きだった所とかはありますか?」
初めてファクトから話掛けたので、皆が注目する。
「同じ景色を見てみたいなって。一人で観光できる場所でいいです。」
南海広場の競技場の投光器。
ベガスに広がる廃屋の海の屋上。
チコはいつもそんなところにいた。
「チコ、なんか高い場所好きみたいで。」
「………首都に来てた時は、よくトーチビルにいたけどな。」
教えてくれたのはチコが結婚する前後に護衛になっていた人らしい。ワズンは首都の頃はあまり知らない。
「トーチビル?」
自由がなかったチコが、よくそこの屋上に出ていたらしい。
ユラスでは比較的高いビルで、屋上と言っても作業員しか出られないような管理用の場所ではあったが、当時不安定だったチコが唯一許されて足を運んだ危険な場所。そこで風景を見ながら10分ほど息抜きをすることがあった。ファクトにそこまでは言わないが、最上階のガラスから首都の景色が見られると説明した。
「ありがとうございます。行ってみます。」
みんなに「夜、奢ってやらるからまた会うぞ。絶対に来い。」と言われながら、二人は基地を後にした。
***
そのころ、ユラス大陸東南の閉鎖的国家で数人の男が、北メンカルに向かう一団を案内していた。
ユラス大陸内と言っても、国も住民もユラス人ではなく、そのもう少し西南にはサダルが捕虜になっていた国、タイナオスがある。
南メンカルから北上して北メンカルに入って行く予定が、突然相手から交渉決裂連絡が来て、西側のタイナオス周りで左寄りの南下することにしたのだ。
『朱』側の雇われ傭兵で、褪せたプラチナブロンドに少し白髪も混ざった男は、一気にそこにいた敵兵2人を片付ける。
しかし計画を知られて、刺客を送られ戦闘状態になっていた。
身内の裏切りである。




