77 私たち結婚します
その夕方の河漢。
「失礼します。」
と入って来たのはイオニアだった。
「よう。家は大丈夫か?」
チコがチラッと見た。
「母がもう少し落ち着いたら、こっちに引っ越せるかな。」
「これ、今回の資料。」
今日のメンバーを確認する。
現在、南海青年の一部やサルガスやタウ、シグマ、クルバトたちが事務所に残っている。サラサやミューティアもアセンブルスを護衛に、データを確認しに直接来ていた。
先まで講習を受けていたメンバーの中には、外の施設でまだ教官に指導を受けている者もいた。そして、河漢マフィアのお付きだった男も事務所にいる。
ザッと資料に目を通していくイオニア。
「ふーん。さすがにあのバカ息子、一応きちんとした人を付けてもらっていますね。腐ってもマフィアの息子か。付いた方の無駄感が凄そうだが…。」
結局あの息子は説得ができず、一旦親父の元に引き渡され、その後警察にお世話になっている。彼には高学歴の部下が何人か付いていたのだ。
それを聴いて、親指で後ろを指すタウ。そっちを見ると、かなりガタイのいい男が会釈した。その横の男も仲間のようだ。
「そのきちんとした人。」
とタウが言うので驚くイオニア。
「あ!マジ?すみませんっ。」
仕えていた主人をバカ扱いしてしまった。トップにしては本当にしょうもない男だったが。
「この中の人間はみんな大丈夫なんですか?」
サラサが答える。
「公安できちんと洗ってある人間だけです。河漢のかなりの人数がそのまま警察。まだ服役している者もいるけれど。」
彼らは幹部で指揮側にいたが、ベガス側から示談を持ち掛け、数日警察にお世話になってそのまま釈放された。
「お前たちと同じ試験もクリアしている。」
マフィアと言っても、あの息子を管理していた面子。いいこともできないが悪いことも大してできなかった息子なので、河漢のただごろつきのようなものだった。これまで息子がしてきた悪意あるどうしようもない命令は、彼らが裏で命令そのものを潰していたのだ。VEGAとアーツへ襲撃はもっと下の人間がしているが、それも示談になった。
マイラが東アジアの法が細かすぎてめんどくさそうだ。
「サウスリューシアだと違法なことをした者も、重犯罪以外は全員更生施設や訓練に入れられるんですけどね。」
例えギャングに入っていた者でも、よほどの犯罪者でなければ刑務所に入れず、VEGAで面倒を見る。
育った地、貧しさからどうしようもなくそういう所に入っていた者も多く、環境が良くなると改善する場合も多いのだ。東アジアと比べ物にならないくらい刑務所がひどすぎて、服役中に余計に大きな心身の傷を負ったり、よくない人物と絡んでしまうこともある。なので、プラス的対処をしていく。
東アジアはしたことに相応する法の裁きが必要であるし、違う意味で世間の目も厳しい。
マイラの任地のように、何でも大雑把な感じで対処できるのではなく、行動の一挙手一投足を舐め回すように見られる。
だが、アンタレスの若者も、情報多過、環境や都市的貧しさから歪んでいる者も多い。なので、その中間を取り、受けるべき処罰を越えたら、希望者には本来あるべきだった教育をしていく。
人の内性を変えなければ、どんなに街を変えようが、また歪んでいくだけだからだ。
「……にしても、サラサさんがVEGAの総長か副になるかと思ったんですけど、実質位置としては浮いた人事になりましたね。アーツと両方みられるようにですか?」
イオニアが聞くと、サラサが黙るのでイオニアも黙ってしまう。
「………。」
「……」
「…もしかして
………妊娠とか?」
最後だけ小さく聴いてみる。
「違います!!でも…」
チラッとチコを見ると、チコが頷く。
「結婚します………。」
「へ?!」
「マジっすか?!」
結婚という言葉が聴こえたVEGAの本部スタッフ以外が驚く。VEGA側は知っていたからだ。
「正確には、結婚させられます…。」
「は?させられる?」
「30半ば近くなってしまったので、家庭を作って落ち着いてから仕事に戻れと命令されました!」
小さい声だが怒っている。
「え?誰が命令?サラサさんって、アジア人でしょ?」
「そんなんパワハラじゃん。」
アジア人の誰が結婚しろと命令するのだ。親でも懇願するくらいしかしない。
「………。」
チラッとまたチコを見る。
あーあ。やっぱりという顔をする皆さん。
「すごい。自分の結婚はあんな風で、人に命令できるとは。」
「何言ってんだ?私だけが言ったんじゃない。牧師がうるさかったんだろ?」
正道教は基本みんな結婚する。
「それに受けたってことは、それでよかったんだろ?」
そう言われて、怒っているが何も言わないサラサ。
「サラサさん誰と?」
「チコ様が落ち着く決意をしたので、やっっっっと結婚を決めた人。」
カウスが口を挟む。
「え?誰?そもそもチコさんはどこに落ち着くの?」
そこで分析書記官クルバトが、悩んだ末にぼそっと言う。
「アセンブルスさん?」
「!?」
「え?!」
「?!!!!」
アーツ、サラサだけでなく、ユラス陣もビビる。
「あれ?もしかして当たり?」
ただの妄想CDチームの妄想書記官と思っていたのに、なぜ分かる。普段あまり表情を見せないアセンブルスが驚いている。
「おいっ、お前なんで分かったんだ?」
シグマが追及するが、自分の情報分析力が思ったよりすご過ぎて、目を付けられたら怖いので言わないでおく。
「なんとなく。…似合うので。」
「……そうです。今度に結婚します。まだ周りには言わないでくださいね…。中心のリーダーたちだけです。」
こんなサラサを見れるなんて新鮮だ。2人は目を合わさないが、周りに礼をした。
「おめでとうございます!!!」
「おめでとさん!!!!」
「どんどん結婚していってくれ!祝儀はいくらでも渡すからな!」
超楽しそうなチコ。バカ息子の元お付きたちは、どういう顔をしたらいいか分からない感じだ。
「これで私の周りは『晩婚未婚』とユラスの古株どもに責められなくてすむ!」
「私は平凡な一市民なので、あまり意味はないですよ。もっと高いところを攻めてください。」
ユラスの平凡な家庭の出であるアセンブルスの言葉に機嫌を悪くする。
「パイラル、レオ二ス、ジーズ、セダイルお前らもだ!」
他にも帰省組が何人か名前を呼ばれるが、みんな無反応である。
でも、言った本人は超絶嬉しそうだ。
「なんか、チコさんムカつきますね。」
シグマがみんなを代弁する。
「なら…カーフ辺りか?マイラ、お前もさっさと結婚しろ!」
「私?イヤです。」
「何が嫌だ!お前が結婚を決めたら、本当にユラスに顔を出しやすくなる。」
マイラ、かわいそうだな…と思うユラス陣。カウスたちはマイラの気持ちを知っている。だが、マイラも大きな家の長兄なので、結婚を決めたら実家は大喜びというのはまさにそうだだろう。ユラスでは26歳だと子供が1人2人いてもおかしくない。
「じゃあ、カーフだろ!あの辺の藤湾学生!」
「やめてあげてください。まだ進路を決めている17、18歳で学生たちですよ。」
「いいよ。相手だけでもサッサと決めろ。」
「チコ様、それ以上言うとカーフに嫌われますよ。」
「え?…いやだ。カーフに嫌われたら生きていけない……。」
考えながら大人しくなるチコである。カーフには嫌われたくないらしい。
さて、ではなぜクルバトは結婚相手があの二人だと分かったのか。
まず、サラサのあの情報力は、元スパイとか諜報員か何かだろうと思っていた。国政、経済などだけでなく、どうでもいいことまでレアな内輪を知り過ぎている。
そして側近っぽくもあり、小規模の新鋭組織を動かす参謀チックなアセンブルス。サラサは普通の結婚はできないだろうし、相手の経歴霊歴もとことん調べられ、少しでも微妙な者は結婚させてもらえないだろう。サラサの元の職も隠さないといけない。
なら、お互い相手を探り合うのが得意な者同士、二人なら丁度いいではないかと。現在は、おおよその情報が洩れ合ってもいい関係である。むしろ今、ユラスと東アジアは報連相しなければならない位置にいるのだ。
チコが信用している人間であり、アセンブルスはおそらくカウス並みに強い。なんとなく丁度いい…そう思っていたのであった。
そんな話の渦中に立ったことのないサラサが、それから始終照れていた。
「あ、あと、婚活おじさんの近くにいると自動で結婚できますよ。」
カウスの一言に、はあ?とするメンバー。婚活おじさんとは、ロディア父だ。
「事務局に来るたびに、サラサやリズたちの隣に行っては、君たちのような女性には立派なヴェネレ人を紹介するから結婚したらいいとうるさくて………」
リズは本部の事務員である。
「自分の側近や身内たちと結婚させたがっていました。」
「…ヴェネレ人に譲るわけないだろ!」
チコが椅子の手掛けをドンと叩く。
婚活おじさんに狙われたら、ヴェネレ人に囲われるか、怒ったチコにこちらで結婚させられる図式である。
「一応、私も長兄夫人だからな。弟たちの結婚にくらい持つ。」
古い習慣ではあるが、結婚しない親族を結婚させるのは年長者の仕事だ。
あのおっさん、自分の娘だけでなく方々に声を掛けていたとは…と、呆れるみんな。
サルガスは苦笑いだが、少しだけ婚活おじさん、おばさんの気持ちも分かってしまう。
ずっとバイトで面倒を見て来たリーブラをジェイに取られるぐらいなら、優秀で安心できるヴェネレ人でも紹介してもらってもよかったのにと思ってしまう。ジェイとなら平凡無音な家庭は築けそうだが、発展は想像できない。
あとは、ジェイに向上してもらうしかない。まあ、リーブラも下町ズではあるが。
そして、一方この二人。
サラサとアセンブルス。
実はサラサは、アセンブルスのチコへの思いを知っていた。12年以上前からの忠誠と愛情の半々。
話を振られた後、二人ははじっくり話し合った。時の経過の中でアセンブルスも折り合いはついている。
二人目が合うと、アセンブルスはサラサにそっと笑った。
その時、バイクを走らせたカーフが河漢に飛んできた。
「チコ様!」
「カーフ?」
「今すぐユラスに行きたいのですが…。」
「は?帰って来たばかりだろ。」
「ファクトがユラスに行きました。」
「…は?」
チコだけでなく、サラサやサルガスたちも「?」である。




