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ZEROミッシングリンクⅢ【3】ZERO MISSING LINK 3  作者: タイニ
第二十三章 ユラスの荒野に潜むもの

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74 暴走ファイ



「カウス様も退出して頂けませんか?」


「じゃあ、代わりにグリフォが入れ。」

小さなミーティングルームに、ナオス族ビジター家のディオを入れたチコは、頬杖を突いたままディオに言う。


「ニ人きりで話したいのです。」

「ダメだ。禁止されている。嫌なら録画だ。どっちがいい?」

「…なら、女性の方と代わって下さい。」


グリフォが入室した。


「で、何?」

「早く離婚を済ませてください。」

チコは少し目を見開いて、仕方なく答えた。

「はー。離婚はしない。」

「正直、あなたにユラス議長夫人は務まりません。その気もないなら早急にお願いします。」

「サダルは母方だからな。直系の叔父たちが戻ってくると今後どうなるかは分からないぞ。」


「それでもサダル議長をお慕いしております。」

「………。」

「チコ様は別にサダル議長でなくてもよかったのでしょう。」

「しょうがないだろ。もう結婚してしまったし。」

「っ…」

めんどくさそうに言うチコに、完全に青筋を立てるディオ。グリフォは顔には出さないがハラハラ見ている。


「それに、私に失礼だと思わないのか?」

「あなたの行動は、ユラス人に失礼です。」

「………言うなあ…。嫌いじゃないけど。そういうの。」

「………」


「だいたい、サダルとじゃないとだめだから、カストルが選んだんだろ?」

「もう、政治的な話は終わってもいい時代です。」

「…政治だけじゃない。霊性や天敬の話だ。」

「…。」

「10年も経てば情もあるし。」

「でも、後ろ盾が無さすぎます。」


「ディオ。」

「……はい。」

「ディオは千年先の未来に責任を持ちたいか?」

「………理想論で国は動かせません。」


するとチコは、両手を違う高さで水平にして2つの世界を示す。

「理想じゃない。霊性や神性という、見える波長の違う…チャンネルの違う現実を、実体の世界と一緒に二重に張るんだ。正確にはもっとたくさんの層があるというのは分かるか?。」

「………。」

ディオも霊感はそれなりにあるので、分かるは分かる。


「私たちも百年、千年、数千年前の人たちが作った歴史のその恩恵の上に立っている。


悪いものも引き継ぐけどな。失敗したことや悪いものはできるまでやり直しながら、惰性や怨みを解いていくんだ。子供だって、歩けるようになるまで歩く練習をするし、大学だって単位を取ったり試験に受からないと卒業できないだろ。したくないことをすっ飛ばして卒業はできない。出来てもそれは不正やコネでしかないし。


絡まった事情や感情を、人類規模で解いていくのも………規模が違うだけで同じことだ。


国と大陸も越えないといけなかったし。

それに、この時代は国境を作ってそこだけに身を置くようになると、運勢に淘汰されていくようになる。

そういう人間に次世代はもう作れないからな。地球自体が臨界点に近いから、自身を守るだけでは地球では暮らせない。」


「……ユラス保守では無理だと言いたいのですか?」

「無理だろ。」

「…っ」

「私がユラス保守の懐にいたとしても、それくらい分かる。」

ディオは膝の上の拳を震えるように握った。ひどい侮辱だ。


「結局、他者を愛さない民族意識は惰性と戦争の要因になるしな。アジアとユラスの国境をなくしたかったんだ。政治的にだけでなく、人の心の根底から。

ユラス人は発展が遅れたけれど、内実はもう成熟している者も多い。だからサダルに付いて来たんだ。」


「………。」

「多分カストルは、そういうので選んだんだと思う。ユラスだけでなく、その勢いでアジアも引っ張りたかったんだ。アジアももう国政を引っ張る義人が出にくくなっていたからな。ユラスの勢いを種火にしたかったんだろう。本当は、アジア人と婚姻を結ばせたかったのかもしれないし。


…自分では遠回りをしてしまったから…。」


ディオは少し目をあげて、思わずチコを見た。


どこまでも澄んだ目の、どこまでも見渡せそうな深い瞳。



チコはニコッと笑う。

「私ももうダメかなと思ったけれど……、でもここまで来たから。もう1つ意味を加えて、あと少し頑張ってみようかなと。研究の方とか。」


「…おっしゃる意味が分かりません。」

「サダルはニューロス研究の第一人者でもあるんだ。そっちも解かないといけないから。」

「…?」

「すごい話だと思うけど?カストルは直球を選んだんだ。ゆっくり紐解いていく道もあったかもしれないし、そっちの方がよかったもしれないのにな…。」



そう、カストルは歴史と国の重荷に加えて、ニューロス研究の当人同士をぶつけてしまった。研究に最も絶望していた時期のサダルに。頂点の研究者と頂点の被験者。


ディオは手の加えられたチコの手脚、そして腹部を見て、少し目を閉じた。




***




ディオはチコと静かに施設を出た。まだ、事務局横の会議室に明かりがついている。



「チコ様。私はサダル様をお慕いしておりました。……カストル様とあなたが嫌いです。ソライカもカウス様も嫌いですわ。」

ソライカついでにカウスまで嫌われる。後を付いて行きながら、悲しいカウス。


「チコ様とサダル様では、(えら)い粗治療ですし。」

「………そうだな。私よりも向こうが嫌だろうな。」


ディオは、サダル自身の罪の産物の様なチコを、正面から見られなかったサダルを知っていた。自分が支えてあげたくても、もうそれはできなかったことがずっと忘れられない。元々近くに行ける距離感の人間ではなかったが。


挨拶をしようと、チコの方を向くとディオの目から涙が出てくる。

「ディオ?!」




その時だ。


「お姉様!なぜ泣いていますの?!」

もう1人の女が停車中の車から駆けて来た。ディオの従妹である。


「チコ様!あなたですね!!」

サダルと議長夫人の座を巡って、ディオとは仲の悪い従妹だ。打倒チコで結託したのだろうか。

「いつまでもいつまでも、我慢なりませんわ!!」

ディオの心配などせず、直行でチコの元に来た従妹は、チコに掴みかかろうとする。


「おやめください。」

グリフォがその手を止めた。

「放しなさい!!」

「手を出せば処分があります。」

「何が処分よ!そうやってソライカを謹慎にして、邪魔を蹴落としていくのね!!」

「蹴落としていくも何も、ご議長婦人です。チコ様、どうします?」

「どうするも……」



ディオは大粒の涙を流していた。

止めたくても、止めたくても、涙が止まらなくて、話すこともできない。

「ディオ……」


そんな顔を見ても意に返さない従妹。

「チコ様!なんてことを!!」

「カウスが面倒見るか?」

「やめて下さい…。」

こういう女性に触ると、セクハラ扱いされる。

「仕事だろ?」

「ユラスを荒らしてアジアに取り込む気のくせに!早くユラス籍を抜きなさい!何人垂らし込んだの!!」




「ちょっと!うるさいんだけど!」

「?!」


そこに割り込んできたのは、何とファイ。


これだけ叫んでいれば、会議室にも聞こえる。

ソラや、心配でついて来たサルガスとキファもいた。

「ファイ…。」


「何?この女に取り込まれた子供?」

従妹がファイにもキレている。

「はあ?チコさん。いい加減、こういうヤツらにトドメ刺してほしいんだけど。どいつもこいつも同じことしか言えないの?そんなんだから相手にされないんだよ!!」

「…私に向かって何を言っているの?!!」


「ユラス人?あのね、アジアには序列はあっても身分はないの!平等!ユラスでもなくなったはずなのに知らないの?頭おかしいの?あんたと私は同じ!私にって、あんたこそチコさんになんなの!!」

連合国加盟国家では、全ての人は平等である。加盟してなくてもここにいれば平等だ。

「…ファイ、大丈夫?」

ソラが大事にならないか怯える。


「ここはアジアなの!アンタレスなの!!暴行未遂、脅迫だから!!!

もう、いい加減…、あんたたちの好きにはさせない…。」

「なにが言いたいの?!」

「うちの師匠で、上司でお姉さんにいつまでもいつまでもそんな事言って、こっちが我慢ならないんだよ!!!」

弟子なのでチコは師匠である。


「そう言う事だ…。確かにムカついていた。お嬢さん、去るがよい。」

キファも言ってのけるので、ソラも便乗しておく。

「そうです!ウチの師匠にひどいことを言わないでください!」

「ファイ……」

チコがファイの片手を取る。




「大声で、何をしている。」

そこにさらに現れたのは、サダルにアセンブルス、それから数人の部下たちだった。


ビジター家のニ人が慌てて礼をする。

「何だこれは?」

答えないディオと従妹。そこで、グリフォが簡単に説明しようとすると、ファイが先に答えた。


「だいたい、一番悪いのは議長です!!!!」


ギョッとする周囲と、サダル。


「あのビンタ女の時だって、速攻助けに来てくれてもいいじゃないですか?!

ここに監視カメラいくつあるんですか!知ってたでしょ?!いつも最後に事が済んでからノコノコと…っ。」


「おい。ファイ…。」

サルガスが止めるか迷う……が、止めない。ここはアンタレスでベガス区域だ。民族の垣根を持って来る者はふさわしくない。


「お互い逃げるチコさんもチコさんだけど、放置する旦那も旦那です!!

普通メンタルの女子だったら、家出の前に気が狂ってるかどうにかなってるレベルですよ!!!呪い掛けてます!」

まあ、普通の夫婦ではないし、帰る実家もない。

チコに至っては、そういう女性に反応しない方針で決まっているのだが、ユラス以外の周りまで巻き込んでいる事実もあるのでファイの言う事も的を得ている。


「…そうか。すまない。」

サダルは一応謝っておく。


「実家に帰っていいんですよ!チコさん!」

「は?」

「私とファクトで面倒見てあげますから!心星家の方がいいでしょ?帰ってきたいんでしょ?」

うお!と思う軍人たち。


「サダル議長が駆けつけるくらいの愛情を見せたら、ここまで言われません!!」

みんな呆然と聞いている。


「いや、別に駆け付けなくても……」

という、チコ本人の言葉など関係ない。




そして、ファイは少しチコを離れた場所に引っ張って、こっそり耳打ちする。


『チコさん、離婚はするんですか?』

『しない。』

『絶対ですね!』

『今はな。』

『で、チコさんは、できるんですか?』

『は?何が?』

『男女の事はできるんですか?』


はあっ?という顔をするチコと、離れた所からギョッとするアセンブルス。

同僚たちはアセンブルスの顔を見る。

『答えないといけないのか?』

『この際答えてください!気を遣って気を遣って、こっちが疲れます!』

『…どう………どうでもいいだろ。』


「絶対にろくでもない会話をしている………。」

キファがぼやく。


「どうでもよくないです!最重要です!!そこで差を付けなくてどうするの!!夫婦の差ってそこでしょ?!」

「でかい声出すな!」

「ゴボっ!」

ファイは口を押えられる。


『夫婦の特権でしょ!』

『静かにしろ。』

『いい歳して何言ってるんですか!!最悪出来なくても、〇×△□…っ、痛っ!チコさんやめて!』

遂にチコがファイを締め上げる。

「うぐぐげ…………」


「わあ!やめて!ファイが死ぬ!!」

ソラが駆けつけ割入って止めた。

「ひどーい!チコさんが私を締め上げた!!」

半泣きのファイだが、周囲は反応に困っている。


「とにかく!ここは東アジアです!平等万歳!さあ、チコさんは旦那様と帰って下さい!カウスさん、さっさと送って!」

チコをサダルの方に押す。

「早く、カウスさん!」


「そこのお嬢さんお二人、お付きの人が待ってるよ!皆様も早く帰って下さい!」

下町女子が全くもって、サダルに出る場を与えない。



そう言って、その場はお開きになったのであった。



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