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ZEROミッシングリンクⅢ【3】ZERO MISSING LINK 3  作者: タイニ
第二十三章 ユラスの荒野に潜むもの

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73 もう誰も



モアは、寮の空いていたベッドを確保する。


「おい、モア。年下いじめるなよ。」

第2弾の24歳以下に彼女の有無を確認している短期留学帰りモア。何がしたいのかというと、大して歳も変わらないくせに「若い内は勉強しとけと」余計なアドバイスをしている。思いもよらず結婚してしまったジェイも吊し上げの標的になっていたが、第2弾リーダー、シャウラに止められた。

「モアは俺らの部屋に来い。黙ってサッサと寝ろ。」

「ぜってーヤダ!」


現在、リーダーたちの一部はマンションタイプの別部屋に移動している。込み入った話もするので帰宅後も周りの邪魔をせず、のめり込み過ぎず、程よい話し合いができるようにだ。寮や会議室だと周りを巻き込んでしまうし、直ぐに休めない。

ただ、いつも話し合うわけではないし、疲れて帰って来たらみんな熟睡してしまう。ファクトたちのいる部屋が消灯後も程よく騒がしくて良いのだ。


「あんな静まった部屋にいられるかっつうの!だいたいお前ら、後輩を差し置いていい部屋取りやがって。弟分にいい部屋譲ってやれよ。先輩たち、最悪だよな~。」

こんな奴をマンションに連れていきたくはないが、新しい面子の邪魔をしそうだ。第3弾後輩の肩を無理やり組んで、頬をペチペチしているので遂にシャウラに後ろ首を掴まれた。

「寝ろ。第3弾は消灯だ。」

「いでで…。シャウラ様、分かりました。やめて下さい。寝ます。さあ、君たち、寝たまえ。グッナイ!」

ビビりながら去る、新人たち。



その後、マンションに行かずにデバイスを見ているファクトの横のベットに座り込む。

「よう、ファクト。」

「そこ、ラムダの席だよ。」

「ラムダはあっちに送り込んだ。」


モアの指さす方を見ると、大学バイトの傍ら、1キロ走って腹筋背筋腕立て100回を続けているラムダは、横の狭い通路に置いてあるソファーで寝ている。でも幸せそうだ。


「安心しろ。モコモコ毛布は奴にやった。」

「…モアはこの後どうするの?」

「もちろんベガス構築に入る。自分たちである程度自由に街を作れるんだぜ。こんな楽しいことはないだろ。」


一から作る新都市だったら、行政や大企業、専門科しか入れなかったかもしれない。でも、ここは旧都市。既にベースがある上に、お願いしても誰も手を付けなったので口出しができる部分がある。


「チコさんには、イオニアと河漢の方を手伝うように言われた。」

河漢は、ベースの仕事にはアーツ女性は加われない。総じて人間が荒いため、基本男女別だ。

「あと、ベガスの整理頼まれてる。いなかった分、ちょっと勉強してからじゃないとだめだけどな。まだ大学もあるし。今、都市デザイン、都市機能デザインとかも勉強始めてる。」

「何それ。楽しそうだね。」

現在のベガスの機能をもう一度地図に落としていく仕事だ。チームで廃墟に入るため、必ずユラスか東アジアの軍人が2人は同行する。チコが襲撃を受けた件は、まだ生々しい。


「ファクトは?」

「いろいろ考えたんだけど、先生になりたくて。まずは河漢とかの小学校とか教えたい。」

「お、いいんちゃう。最初に衛生や生活教育からしていったらいいよ。河漢、アンタレスなのに行政直管区域以外はかなりテキトウに生きてたからな。とりあえず、区内で立ちションはやめさせろ。」

「確かに南と裏通りはションベン臭い場所はある…。でも、地域によっては、トイレも管理が大変なんだよ。」

「そうだな…。大房も飲み屋街の裏路地とかひどいもんな。」

インフラのせいではなく、人間性の問題である。

「お前もただの先生とかじゃなくて、教育デザインとかしとけよ。これ、見とけ。」

デバイスを見ると、様々な環境の教育現場や教材の資料を出してくれた。興味深く見るファクト。



そこにシグマやローが別室からやって来た。

「おい、モア。さっきの話。」


「途中だったから聞いときたい。」

「あ?」

「サダル議長って、父親は出身も所在も不明なのか?」

ローの後にシグマも付け加える。

「もしそうだったら、チコさんと議長って、本当にユラスに足場ないじゃん。」


「いや、それ普通に載ってるけど。ナオス軍駐屯地に来たユラス混血のウェストリューシア軍医の衛生兵とちゃんと結婚してるはず。」

「でも、この資料は、婚姻関係なしってあるぞ。こっちのサイトは行きずりの男と産んだ子ってあるし。」

情報が錯乱している。

「ああ、それ、正確なのはこっち。

牧師に頼んで教会の籍は入れてあるから。このデータ見ろ。父ちゃん、教会で結婚の祝福を受けて、2か月もしないうちに戦死してる。情報が正しくないのは、母ちゃんが隠れて生きてたってのもあるだろうけれど。」

「戦死……?」


「…ここ、『サダルメリクがナオス籍に戻り、当時政権と共にユラス統一を果たした。父の死後20年以上経ちサダルメリクが責務を果たしてから、その父の位置が再度国家的に明確にされた。』って書いてある。明確な位置って、族長父ってことかな?死後栄誉みたいな感じ?」

「……かな?外国育ちの一般人だったらしいからな。」

「父自身に族長の立場はないけれど、族長の実父はとして認められたって感じだろ。」

「サダルの母が一旦家督を預かって、息子に継がせるけれどあくまで一旦だから。」

「その後、他の男系に戻るんじゃないかな。」

「小難しい文章だな。」


「そもそもユラス人なのに、ナオス籍に戻るってなんだよ。」

「まあ、世界史読んでも、自分とこの三国志読んでも、訳が分からんからな。」

「なんなら、その三国すら覚えられん。国名も近隣国三国志や他の時代の国名とこんがらがる。」

「西洋史なんて結婚離婚結婚離婚…で、最後にどこの国の誰と結婚したのか、生きているのかも全く分からん。」

「…お前ら読むだけスゲーよ…」

本当は読んでいない。漫画やドラマや映画で観て、一部覚えているだけだ。すごいことではないが、ここですごい顔をするのが大房民である。


「先の話だと、議長には弟もいたんだろ?妹?」

「さあ、弟らしいけどそこはよく分からん。友達のばあちゃんは、少し大きい子と4、5歳くらいの男の子2人だったって言ってたからな。父ちゃんは早く亡くなってるから、別の人の子か、拾い子かもな。親のいない子も紛争中でいっぱいいて、友達んちも伯父さん1人が、道で拾った子だって言ってたし。よくあることだったのかもよ。」


「でも、ずっと片親だったんだろ?そんなところで、自分の面倒で精いっぱいな母親だけでどうやって……」

シグマがしんみりしている。別の人との子としたら、前の夫には戦死され、次の男には捨てられたのか、また死んだのか。

「え?シグマも心が痛むのか?そんな心を持っていたのか?」

「うるせえな。当たり前だろ!」


「で、母親は?」

「母?」


「今はゆっくり暮らせてんのかね。息子のせいで気苦労が多かっただろうな。6年もタイナオスに捕虜とかなってさ。

弟も。ユラスにいるの?」



モアは、あっという感じで、静かに言う。


「母ちゃん弟はユラスで早々に死んでる。弟は資料はないから多分だけど。」


「えっ。」

「……」

「早々に?」

「…サダル氏が中学に上がる前に亡くなってる。」

中学前後と言えば、児童扱いから一気に環境が変わる時期。子供から大人に、親離れするかしないか、ある意味一番過敏な時期だ。親がいるのといないのでは全く違う。


「……………」

全員、静まってしまう。


「おい?お前ら。大丈夫か?」

モアがこのしんみりした反応に驚いてしまう。


「もう20年ぐらい前の話だぞ!弟は生きてるかもしれんだろ!落ち込むな!」


「生きてたら、とっくに正道教やサダル氏たちが探して見つけ出してるよ…。」

「霊性でビビっとさ……」

「本当に孤独じゃん…。しかも生き残りって…………」

辛すぎる。


「戦死なの?」

「戦死って書いてあるけど…どうだろな。事故って資料もあるけど、ばあちゃんは言いたくないって言わなかったな。内戦が一番の山場を越えそうだった時期なのに。」

「え…………」

終戦直前や、終戦を知らずに戦っていた人たち、もしくは残党に巻き込まれた感じだろうか。あと一息ついたら安全だったかもしれないのに。


「違うぞモア。ここに書いてあるけど、疎開が進んで一気に民間の死者が減っただけでユラスの一部は戦争が激化している。」

1人がデバイスで共通語の年表を見付けた。激化沈下激化とまだ戦うのか。



もう、このベッドの周りの心の重みが回復不可状態である。

途中から聞きに来た介護士のジリが泣きそうだ。


「何言ってんだ。議長は結婚したから大丈夫だ…!今はもう海外在住のナオス家もユラス入国できるようになったし!」

モアが明るく慰める。

「モア、お前何も知らないんだな…。この期間どれだけ俺らが神経をビビらせていたか……」

「あそこの夫婦は破滅秒読みだ…。」


「は?そうなのか?」

そんな激戦で、やっと平和なのにそれはどういうことだ。



「まあ、辛辣なネット書き込みはあったが。」

離婚話は、もう知れたところとはいえ、ユラスでは軍人身内や権力層でしか回っていない話だ。


「でも、どうにかなるだろ?チコさんも頭回る人だし。」

「…二人とも不愛想過ぎて、お互いに関心がなさ過ぎて、似た者過ぎて…。チコさん結婚に向いてなさすぎる。」

「……。」

ちなみに、アーツもサダル夫妻がやり直しを決めたことをまだ知らない。


「ファクト、義兄だろ?そこんとこどうなんだ?」

「ファクトに聞くな。こいつは何も知らん。」


とは言いつつ、みんな言葉を待つ。

「何も知らない…。」

本当に何も知らないファクト。

「だろ?」


「でも、今なら父さんからも話してくれるかも。」

父さんと一緒にいた頃は、まだ子供で、チコの存在もユラスという国すら知らなかった。


「……。」

モアが、考える人になって考える。

「ファクト。今度さ、ユラスに行ってみね?旅行とかでさ。」


「ユラスに?」




***




その頃、まだ夜10時くらいなので、河漢の資料を見ていたチコ。



サダルは一日延長して明日帰ることになった。


「ねえ、チコ総長。」

「黙れ、カウス。」

「え?まだ呼びかけしかしていませんけど。」

「……。」


「俺、エルライと一緒で今超幸せなんです。」

「ふーん。よかったな。」

振り向きもせず、チコは答える。


「議長、明日帰るんだから、最終日くらい一緒に過ごしたらどうですか?」

「仕事があるから延長したのに何言ってんだ。どうせモーゼスの事もあるし、また戻ってくる。」

「夫婦一緒だと楽しいですよ。」

「よかったな。」

「遠征には行きたいですけど、これはこれで毎日幸せです。」

「………。」

「チコ総長も、河漢ばかり見てないで、旦那様を見てあげたらどうですか?」

「……」

「総長?」


「…もう総長じゃないんだけど。」

「ならチコ様。」


「………お前さ、私のお守りしてんの、退屈でいやになったんだろ?サダルに忠誠を誓ったんだから、サダル見に行け!」

「えー!いつもひどいです!仕事ですし。向こうは向こうでいますから。」


「チコ様!」

そこで、開いた戸口の前で待っていたグリフォが来客を知らせる。


「ビジター家のディオ様です。」

ソライカがビンタをした時に、近くにいたサダル狙いのユラス女性だ。

「ディオ?なんでいるんだ?」

「ロボメカニックに来ていたそうです。」


「はーーー。」

チコは伸びをしながら、またかと思いながら、行きどころのない息を吐いた。


さて、どうするか。




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