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ZEROミッシングリンクⅢ【3】ZERO MISSING LINK 3  作者: タイニ
第二十三章 ユラスの荒野に潜むもの

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72 おかしな女



サダルメリク・ジェネス・ナオス。


一族虐殺の生き残り。


正しくは忘れ形見だ。虐殺を生き延びた末娘の、たった一人の子供。




サダルのユラスにいた親族の多くは、サダルが生まれる前に虐殺に巻き込まれ、みな死んでいた。


「海外に逃亡したり、元々海外に移住していた親族たちだけが助かったんだ。海外でも亡くなっている人はいたみたいだけど。」

「…………。」

みんな言葉がない。あの人たち、ここで自由にしていて大丈夫なのか。ファクトもなんとなく聞いたような話だけれど驚いてしまう。


「でも紛争の混乱と十数年の月日が経っていたユラスに、海外に長くいた正統ナオス一族の入る隙なんてないだろ。つまり大叔父叔母一家も国に入れない。最近解禁されたけど、それまで危なくて入国もできなかったはず。」

「でも、一族虐殺って……ユラス国内の話だし族長なら家系も大きいだろうし……。助けてくれる人がいくらでもいるだろ。」


「主要ナオス家系はみんな狙われて、ひどかったらしい。」

「それに国内の分家した家は殆ど封建的な旧勢力で、ユラス革新派のサダルの祖父と合わなかったから、祖父の死でせっかく築いた関係も水の泡。」


モアがその文献を見せてくれるが、もちろん読めない。


ファクトは想像もできない。一家どころか一族虐殺?

そんなことがこの新時代にアジアの隣のユラスで、ファクトが生まれるまだ少し前に起こったのだ。そして、その体験者たちが自分たちの目の前にいたのだ……。


「その虐殺の際に、唯一国内で助かったのがまだ結婚前のサダル氏の母親だったっていう話。」


つまり、サダルの母親と、後に生まれるサダル以外に国内の直系ナオス一族はいなくなってしまったのだ。

そして、サダルもナオス族長の血は母方で、父は名もなきどこかの庶民である。


「周りは援助しなかったの?」

「そんな貴重な人、国際社会や、良心的な為政者だったら助けてくれそうだけど。」

「政権が揺れていたのと、温厚派だったナオス一族の長がいなくなってしまったからアジアも国連も手が出せなくなって、ユラス内も疑心が広まって荒れてたらしい。」



「それに、これはネット上にもなくて現地で聞いた話なんだけど、その生き残りのサダル氏の母親があまり頭のいい人じゃなくて…………」


「それはどういう意味で?」

「知的障害とは違うのだけれど、勉強もできなくてあまり賢くもなくて有名だったらしい。なんつうか………。みんな世界の有名大に行けるような優秀な家系に、1人だけ大学どころか小学校で躓いて…。隠しごとも下手で知恵もなくて、気分屋で、短絡的で………」


あのサダルの母親が?と驚く。


「虐殺の後、助けを求める知恵もなく一般人の中に隠れて、いつの間にかサダル氏を授かって不法入国者が住む空き家に紛れて暮らしていたらしい。」

「…………。」

ここでファイが気が付く。食文化が違うから正確なところは分からないけれど、それで駄菓子とかお菓子が好きなのかな?と。ユラス全体が点々と内戦をしていた時代。ご飯やお菓子を食べられないこともあっただろう。


「ずっと隠れてたの?」

「ただ、周りは知ってたみたいだけどね。それがナオス族長の娘だって。留学先の学校の子の祖母もその街にいて、ナオス族長の子がいるといって、時々面倒を見ていたらしいから。」

「何で?議長のお母さん、隠しきることもできなかったの?」

亡命もせず、隠れもせず、何もかも中途半端だ。


「まあ、それもあるけれど、隠しきれないくらいきれいな人だったらしい。」

「……キレイ?」


「美人だから目立つだろ。

サダル氏みたいな、東洋人的な肌で黒髪だったらしい。

それに、自分は高貴な出だと豪語していたらしい。お金もないのに髪の手入れは欠かせなくて、まだサダル氏が子供が園児の頃に、うちの一族は頭よくて将来損はしないから無料で勉強させろと、レベルの高い塾に怒鳴り込んで困らせていた話は有名だって、そこのばあさんが言ってた。」


実際、「うちの子」の頭はよかったわけだが。


「それで塾に入れてもらえたの?」

「返す当てもなかったからいい塾には通わせてもらえなくて、街中の塾に同じことを言って回ったって、その街ではみんな知っている逸話だ。初めはキチガイだと思われてたらしいし。」

「すげーな。」

「それは有名にならざる負えない。」

「俺の母親を思い出すな…。胸が抉られる…」

キファが超過干渉母を思い出し苦しそうだ。


「あまりにかわいそうで良心的な人が入れてくれたけれど、1週間でサダル少年が来なくなるから、なんでか聞いたら、教科書の印刷や紙質が汚くて耐えられなかったらしい。微妙に版ずれしたりかすれてたり。」

「…え?」

何、その微妙な理由。

「まあ、天才はどっか変だからな。」


「まだ園児のクセに隣国ヴェネレの一般雑誌を持って来て、なんでこれみたいじゃないんだって怒ったのも、その街で有名な話だ。」

めんどくさい幼児だ。

「でもさ、その時点で救出対象じゃないの?」

既に街で有名だ。

サッサと救出してやってくれ。



しかし、その女は掴みどころがなかった。


子供ができる前は駐屯地や市場の裏で男あさりをしてフラフラし、かといって亡命の手助けをしてやる、金をやると言うと逃げていく。



知らない間にもう一人子供を連れて。



子供ができて不法移民が住む近くの区域に定着した親子。


街の人々は政権が安定していない中、誰に付くべきか迷い、腫れ物にでも触るような状態でその親子を見ていた。

サダルの祖父の功績や位置もないがしろにできないし、聖典正統家系から分離したこの民族が『ユラス』に分けられてから、ナオスとして最初に名を与えられた直系。

彼女はその子孫の娘だ。信仰心や憐みの心を持つ者は、不器用に生きるその親子を放ってはおけなかった。小さな集落で囲み、子供を学校にも行かせ、母親にも仕事はさせてあげた。母親自身も捕まることを恐れて、買い物と子供関係と仕事の以外はほとんど外に出なかったらしい。



薄褐色肌に淡い髪色の中央ユラス人が多い中に、東洋人に近い風貌の親子と、数歩遅れてそこに付いて回る…薄い髪色の象牙色の肌の小さな子供。


隠れて暮らしながらも、目立たないわけがなかった。


そんな風に勝手に迷い込んできて、勝手に住み着いた女をほとんどの人は遠巻きに見ていた。


民族衣装のルバという大きなショールの奥に見える、

美しい長く真っすぐな黒髪。

青みがかった茶色の混ざる、キレ上がった大きな黒い目。

少し焼けた、でもキメの細かい、中央ユラスには珍しい象牙の肌。


短絡的な性格で、目の前の事が上手くできなくて。社交界からも逃げ、自分では何もできないから親族を誇り、いつも慌てていつも泣きそうになりながら怒っている。



サダルの母親は、そんな人だった。




***




「…そこまで聴いて、教官が来て寝ろって言ってきたから、解散。」


街灯がキラキラと灯される並木。外のベンチで、ロディアとサルガスが話をする。


「ナオス族長家系の虐殺があったことは知ってるよ。ヴェネレでも有名な話。

その時、西と空路経由のナオス族亡命を手伝ったのがヴェネレの商人たちだったから…。父さんたちも祖父母と一緒に、まだ連合加盟前のユラスに協力してのビザ取得を手伝って言ってた。アジアやリューシアの連絡役もしたんだって。」

「え?おじさんも?…それが最近の話ってすごいな…。」


アンタレスだけにいると、ニュースでもあまり聞かないこともある。


「………なんか悲しいな。」

「でも、ユラスは信仰を捨てなかったからね。」


やはり信仰深いユラス人やヴェネレ人は、そこに落ち着くのかと不思議な気持ちになる。



「分裂勢力とギュグニーの侵略を受けても近代化しても信仰を、自由圏を捨てなかった。仲が悪くても、ヴェネレもそこはユラスを尊敬してるからね…。普通近代だと、だいたい先進地域自由圏で無神論に無自覚で同化していくから。

信仰を持っていると思っていても、実質形骸化していたり。聖典の歴史の流れも含む、大きな世界観を忘れてしまったり。」


その侵略者は、大国を盾にしたユラスの旧勢力の一部分派と、あの頃、征服地を広げたていた共同体ギュグニーだった。過去、ユラス最強の軍事国家を築いたオミクロン族がユラス北東で防衛していなかったら、ユラスは飲み込まれ連合国側に入ることはできなかっただろう。


それは同時に、西はヴェネレへの、東はアジアへのギュグニーによる侵略の道を意味していた。



当時、西アジアの端も危うさがあったが、山岳地帯や荒野で部族も分かれ、まとまりきれなかった西アジアを統一したのが、南方に位置する先進都市の『テレスコピィ』合同軍と、北を守って来た、一見ただの農地と工場、北の山脈に囲まれた地方都市『蛍惑』だった。


アジアとユラスに挟まれた侵略勢力は、ユラス東に追いやられ、ギュグニーの領土に詰め込まれた。


それが現在である。



「アンタレスもその頃ユラスにすごい援助をしてるって、叔母から聞いたけど…。アーツと関わることになってから、いろいろ聞いたら昔の話も教えてくれたの。」

「…ふーん。そうなの?まあ、そんなことになれば、東アジアも動くだろうね。」

「民間の寄付も、当時すごかったみたいだよ。東ユラスの少数民族や民間人の一部亡命を助けたのが東アジアのマフィアだったみたい。」


「……?」

は?という顔をするサルガス。


「あの頃はまだ、西アジアのマフィアより財力はあったから。マフィアも、自由権を失うのはイヤだものね。」


ちなみに東方アジアのマフィアは『大虎』。小さいながらも最東邦は『天狼』。少し中央寄りの東のマフィアは『双龍』。西南アジアは『金朱雀』らしい。

淡々と話すロディアの横顔を何とも言えない思いで見る。


「…ロディアさん何でそんな事知ってるの?映画とかで?」

「え?違います。多少大きい商売をしていると、そう言う事も知っておかないといけないんです。土木建設、生活インフラ、金融関係、不動産や議員、政治家もそうでしょ?」

一応、アーツもひとしきりそういう説明を聞いている。彼らが地元を仕切っていたり、過去そうだったプライドがあるからだ。ただ、そこまで大陸レベルの具体的な話ではなく、世の成り立ちとアンタレスの事情を聞いただけだ。


「アンタレスは『双龍』の『青龍』の方です。東アジアで、まともなマフィアはクスリなどは絶対に入れません。」

マフィアにまともとか言っても…。


まあ、でもその辺はサルガスたちも知っている。

「あと、新時代になってから女商売をすると気運が一気に下がるようになって、だいぶ昔と体勢が変わったそうですけど…。私の曽祖父母の時代でマフィアもかなり商売替えしたらしくて、実質マフィアとは言えなくなっているらしいです。

マイラさんのいる、サウスリューシアやオルガンみたいなマフィアはもういないですよね。実質。


河漢も『青』の方だと思いますが…『赤』も少し入っていて、それで揉めていたみたいで。

昔の話が好きな大叔父に聞いた話ですけど…。」


「………。」

そういえば後で分かったことだが、ロディアの父、婚活おじさんの家系は少し前まで西アジアの最勢力マフィアの系統だったのだ。ただ、ロディアはあまりよくは知らず、家系が大きな企業なので商売上で知っているだけの話だと思っている。


まさにその通り。河漢のマフィアは『青』。蛍惑より下の傘下が『赤』で『赤龍(セキリュウ)』。蛍惑自体には、蛍惑が強すぎて入れなかった。普通の工業と田園都市のような顔をして、僧兵の国、蛍惑自体が既にマフィアのようなものである。



普通に思えるロディアさんが、こんな物騒な話をしているので、何とも言えないサルガスである。




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