5 それぞれの談話
このところ、あまりに世界がふっ飛び過ぎて、またサルガスに会ってしまったらとヴィラ周りの並木道もまともに通れないロディアは、響やファイと遊びに来たリーブラに思い切って聴いてみた。
「ねえ、リーブラ。サルガスさんってどういう人?いい人?」
一応アーツの中でも有名人なので、普通に聞く分には不自然ではあるまい。
「サルガス?サルガスは普通だよね。」
普通?困る答えである。
「何で?何かあった?」
「別に…。
パイさんとか陽烏さんとかいろんな人にモテるから、遊んでるのかな…と。」
「…」
ロディアらしからぬ質問に、リーブラは思いっきり顔を見た。
「…ロディアさんも気になるの?」
「っ?!違がいます!!」
「…ふーん。まあいいけれど、遊ぶタイプじゃないと思うよ。細かいところで真面目だし。」
ただ、オカンのように面倒見がよく、めったなことで怒らないので女性に嫌われないのは確かだ。
そして、いつもユンシーリがいたので、ユンシーリゆえにパイのような濃い人物しか近付けなかったのかは分からない。そして、以前のロン毛にあご髭だと一般女子は近付かないから、今となってはどうなのか。と思うが、そこまでは言わない。
台所から、お茶やお菓子を準備した響やファイもやってくる。
「サルガスは、タラゼドと似てるよね。」
「タラゼドさん?」
反応する響。
「ほら、2人とも女の方から寄って来て、面倒見てあげた挙句、旅立ちの時に捨てられるという…。」
悩まし気な演技をすると、ファイはリーブラに小突かれる。
「いたーい!」
「余計なこと言うな。」
「タラゼドさんもそうなの?」
「タラゼドの元カノは、ユンシーリみたいにはなれなくて、ダンスではいまひとつだったみたいだけど。…あいつも向こうで彼氏を作ったクセに、なんかこっちでイベントモデルとかしてて…。」
そう言ってからクッションを叩くファイ。
「…あー!ムカつく!!…ブッ、でも似てる。」
でも、あまりにも似た境遇が面白くて吹き出してしまう。
「…。」
響は、黙ってしまった。
「だから、余計なこと言うなって!」
遂にリーブラに締められる。
「痛い、たい!!」
「あ!そうだ。響さん。今度タラゼドママの誕生日なんだけど、40代半ばの女性って何をあげたらいいかな?食べ物じゃなくて、多少手元に残るものがいいんだけど。」
「あのねえファイ。響先生と大房じゃ生活が違い過ぎるよ。」
「だって、でも何がいいのか分かんないもん。毎回同じものばっかで…時には変えたいな。」
「…タラゼドさんのお母さん?タラゼドさんから頼まれたの?」
「ああ、まあ、一緒にってことでもいいけど、一応私から。」
「ご家族とも仲がいいの?」
「タラゼドの家に住んでたから。」
「??」
ハテナだらけの響である。
「奴とは幼馴染だし、殆ど家族のようなものだから。去年はアーツで行けなかったから、今年は誕生日会に絶対来いってタラゼドの妹に言われてる。残業入れるなって言っておいたけれど、ちゃんとしたかな?」
「……」
ポカーンと間抜けな顔でファイを見ている響。変な顔をしていてかわいい。
「…響さん、大房に行ったことないんだっけ?」
「ない…。」
「行きたい?」
「…」
なんだかほんのり嬉しそうである。
「行ってみたい…。」
タラゼドよりイオニアとくっつけたかったのに、大人系の顔なのに、かわいい表情で期待を滲ませている響に、思わずファイは誘ってしまう。「かわいい」に弱いのだ。
「ファイはタラゼドさんが好きなの?」
他人の事には積極的な響である。
「まさか。でも、タラゼドはなんつーか楽だからね。お互い相手が見付からなかったら、結婚すれば、とかはよく言われてたし、めんどかったらそれもありだねって会話ができるくらいの関係?楽というか。」
「…」
今度は固まったままファイを見る一同。
「お前は~!!」
またリーブラに絞られる。
「あてて!ごめん!どういう関係って聞くから~!!奴の前では屁をこいても恥ずかしくない関係ってこと!」
今度はロディアが赤くなる。
響も響で赤くなって断りを入れる。
「ならいい!2人で行って来て!邪魔しないから!!」
「えー!響さん勘違いしないで!!奴の妹と同系列ってことだから!」
「でも、妹は妹。ファイはファイでしょ?」
両手で「いい!」と断る響がいちいちかわいくて、ファイの連れて行ってあげたい魂が炸裂する。はあ、こんなお姉さんと、ショッピングしたい。
「響さん。今週の金曜夕方だから!誕生会一緒に行こ!」
「…でも…。」
響の手を両手で包み、興奮する変人。包み込む手は自分の手の平より大きいのに、かわいすぎる。顔に似合わず、少しだけ荒れた響の手をサワサワする。
「タラゼドと響さんなら私、結婚相手は、響先生を選ぶよ!安心して!」
「…あ、うん。ならプレゼントだけでも一緒に選びに行こ。」
「だから違うってば!そんな風だから、男が鼻血を出すんだよ。大房に一緒に行こう!」
所々変なセリフが混じって、大暴走している。
「ファイ、それ以上言うとロディアさんがあんたに距離を置くよ。」
既に少し置かれている。
響はリーブラの方に向いた。
「リーブラは行くの?」
「行かない。私は知らないし。」
ロディアも大房に行くなら別の機会でいいとのこと。アーツはもともとみんなが仲がいいわけでなく、サルガスとヴァーゴ以外は、顔は知っていたとか、客と店員程度の知り合いも多い。
「大房の人の雰囲気を知らないんだけれど、何がいいんだろ。お母様どんな人?」
「前はダンスしてた人で、雰囲気は大人っぽいイータやシア系…んー、見た目はユンシーリの方が近いかな?」
ちょっと気になる名前が出て来たロディア。
「メイクとかはする?」
「子供がたくさんいてずっと子供ばかり見てたから、メイクとかははあんまりだけど、前は髪染めたりしてたよね。最近はどうだろ?」
「なら、品質のいいヘアケアのオイルやクリームのセットは?ブラシとかと一緒にして。」
「ああ、それでもいいかも。今までよりランクアップした…」
「ファイ、好きな香りとかあったら聞いておいて。」
「うん。」
ちょっと楽しそうな響に、ずっと仕事と家の缶詰だったので息抜きにもなりそうだと、みんな安心する。
「それでロディアさん。話は戻るんだけど、サルガスの事で他に聴きたいことは?」
きちんと元のところまで話しを戻す律儀なリーブラである。
「え?もういいです!」
「アストロアーツでかなり長いことバイトしてたから、何でも聞いてね。」
「あ、はい。もうないですけれど…。」
「ほんと?」
無慈悲に攻めてくるので一言だけ言っておく。
「ただ、あんなキレイな人がいるのになんでお付き合いしないのかと…。」
「…強烈で気が強すぎてめんどくさくて気の変わりの速い女はもう嫌なんでしょ。」
めんどくさいと言われて、自分の足ゆえの面倒もいやなのかなあとロディアは思う。リーブラが言う意味はそこではないのだが。
「…。」
「…ロディアさん大丈夫?」
「あ、はい!」
「それにね、多分たいていの男性は、最終的に顔で女性は選ばないと思うよ。自分のために横にいてくれて、お互い居心地がよければそれでいいと思う。」
「…そうですか?」
「そんなもんでしょ。こんな私でも高校やバイトの頃それなりにモテたんだよ。女の方がよっぽど面食いだよ。」
「そうでしょうか?」
「一緒に帰ろうとか、付き合ってとか、明らかな好意とか、数回あったもん。」
ロディアとしては、リーブラは愛嬌があってかわいいと思うが。
「美人とか最終的に関係ないよ。その人にとってのかわいいがかわいいだよ。ユンシーリもパイも悪い人じゃないけれど、いかんせん我が強くて強烈すぎる…。」
なにせ、この大房の上位に君臨する目立つ女子である。
***
「よう、カウス。2人目よかったな。」
ベガスの駐在所で、片手でウエイトを持ち上げていたカウスに声を掛ける男。
帰国組でチコを抱き上げていた年長者である。
「あ、どうも。シロイ。」
「お前、ベガスに戻れよ。あっちの方が危ないだろ。それともサウスリューシアでも行くか?」
「無茶言わないでください。エルライが出産してお落ち着くまで無理です。」
「エルライに聴いたら、ベガスは出産や子育て手伝ってくれる人が多いから、別にいいと言っていたぞ。」
「マジか!ひどいな!でも、子供には父親がいるだろ!」
「遊んでくれる兄ちゃんがいっぱいいるから、お前は話にも出てこなかった。」
「…テーミン君、お父さん切なすぎる。」
初めは怯えていたのに、すっかりアジアに馴染んできた長男なのだ。
「…こっちにこんなにいらんだろ。チコに、カウスに、フェクダ、クラズ、アセンブルスとか。これでワズンや元第42部隊の奴もいたんだろ?ここに集中させ過ぎだ。」
42部隊はカウスやチコがいたところとは別の特殊部隊である。表に出てこないが、今も何人かいる。
「河漢まで入ったし…あの人、危なっかしいですからね…。」
チコの事である。
「…。」
「シロイはチコが襲撃を受けた件、聞いてるか?」
「いや…?」
「レオニスかアセンブルスにでも聴いてくれ。とにかく、チコはあまり生きることに執着していない。」
「サダルが戻って来たのに?」
「だから余計に。」
「…?なんでなんだ?」
「サダルがいなくなってから、ユラスですごかったんだけど…。マイラは知っていると思うが…。」
「……」
シロイはVEGAユラスでの経験が豊富なので、ベガスでは短期で共有のための研修をし、先発してサウスリューシア開拓に行っていたので、アンタレスでの全てを知るわけでない。
殆ど国家権力のように、チコ下ろしの各勢力が夫人の座を譲れと言って来たのだ。
力で抑えることはできただろうが、ユラスでもアジアでも外部の人間だと思い知ったチコは全て低姿勢で受け止めた。
サダル不在でユラスの既存勢力に座が戻ったら、サダルのしてきたことがフイになると分かっていたチコは、せめて議長が戻るまではと頭を下げ続けた。ベガス構築がユラス首都復興に繋がることも分かっていたし、戦争を前提にしない、でも自分を律することのできる世代を育てたかった。
それには、ユラスだけでは無理で、外からの理解も必要だった。
それがアジア、その中でも土地もあり、当人たちもあまり知らないが代々移民が多く比較的柔軟で、かといって東洋精神も捨てきれないアンタレスが表に上がった。他の都市は地域性が強すぎたり、民族ごとに固まってまとまりがなさすぎたり。一方他の自由都市は、他大陸ほどではないが、倫理観が崩壊して奔放過ぎたりした。
「それでもどうにかやって来たけれど、サダルが戻ったから気も抜けたんだろうな。」
カウスが疲れ切ったように言う。
「…。」
「ララズが一番ショックを受けていた。」
ララズはチコの妹分だ。チコの変わりようにショックを受けている子供世代をシロイが憐れんでいた。シロイはカフラーやワズンの近くにいたチコを知っているのでチコ自身が子供に見えるし、理想主義にはなり切れないほど経験も歳も取っているのでショックは薄い。
「…。困りましたね。でも、多分それを今チコに言ったら、きっかけを得たと喜んでユラスを出て行くと思うから…。」
これが今一番困っていることである。カウスとアセンブルスしか知らないが、離婚届の話はサラサから聞いている。
「…それで、あの高校生はなんなんだ。」
「高校生…。」
「頭にバンドをしている黒髪の…。」
「あれがファクトです。」
「…?」
「顔見て分かりませんか?博士に似てません?」
「博士?…」
「弟です。養父母の息子です。」
「…。」
思い出そうとするシロイ。
「ああ!ずっと話をしていたあの!!」
カウスは頷いて答える。
「弟と知らなければ、ヤバい距離だろ。仮にも一国の議長夫人だぞ。」
「仮にもというか、議長夫人です。」
2人してため息を吐く。おそらく、ムギや響が来て砕けてきたチコに予想外の最愛の弟が現れて、やっとアーツを組んだところに、さらに予定外の一番やりにくいサダルまで戻ってきてしまったので、ちょっと自分の方向性が分からなくなり壊れ気味なのだろう。
「ファクトもなんというか…、人を引き寄せやすい性格をしているので…。」
人というか、シェダルやらシリウスやら…。
「マイラもなあ…。」
ため息が終わったとたんに言うシロイに、まだ何かあるのかとカウスはおののいてしまう。マイラ…ああマイラか。とカウスは余計な事情も思い出した。
「いや。とにかく帰国組の方は俺が何とか言っとくわ。」
「…頼みます。」




