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ZEROミッシングリンクⅢ【3】ZERO MISSING LINK 3  作者: タイニ
第二十一章 ロボメカニックエキスポ

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56 命と物質の境界線はどこなのか


ここでは聖書の創世記初めや福音書に関したお話が出てきます。

※筆者は牧師や神学校を出た方から聖書を学んでいますが、解釈はこのお話のファンタジーと捉えて下さい。これが必ずというものではありません。




…拍子抜けだったな…。


博覧会期間に侵入やテロに備えていた監視、警備組は、敵がまさかの新たな高性能ニューロスを携えてやってくるとは、と思わず脱力した。襲撃とかでなく、新商品発表である。


シェダルに続いて情報がなかった。各申告が必要なので東アジアはつかんではいただろうが、思想の転換にこんなにもはっきり焦点を当てるとは思っていなかっただろう。


ロボメカニックはまだ1週間あるので気は抜けないが、夜の11時にチコは家に戻った。

「こんな時にまで門限があるのか?」

「チコ様、我慢してください。こんな時だからあるのです。」

「………。」

チコの監視まで手間を掛けている暇はないので、囲ってしまうのである。




襲撃がないのは安全という意味では悪いことではないが、問題はモーゼスの思想だ。


物語の中だけでなく、現実にニューロスアンドロイドを自分の好みに仕上げて、パートナーにも出来る。


それは世界が自由化しようが、先進化しようが、ジェンダーが進もうが、医学が神の領域を犯していると言われようが、全て守れなくとも、保守派が必死になって守ってきた部分だ。

少なくとも、名目上は。


ヒトとヒューマノイドの境を。



歴史上で、無神論が生まれた経緯の最初は、神主義の人間たちの低落だ。


彼らの淪落、利己主義、情欲、物欲、驕り。

夫婦や家庭の不仲、不条理への怒り。家族や世界への失望。


ここでも同じように、保守への怒りがある。

保守も一枚岩ではないが、神論において、神以外の頂点は人間である。


神論を知らない人はそれを知らないし、神論を学んだ者が堕落の眼鏡で世界を見ているため、奢り高ぶり世界が上手く回らないのだ。



人は尊い。


地球どころか、この全宇宙よりもたった一人の人間の方が尊いのだ。



世界のどんな真理より、世界のどんな権威より、

世界を崩壊させられるほどの力よりも遥かに。



天に舞う美しき天使より、山に眠る神より、誰も知らない宇宙の崇高な神秘より、

人間の方が遥かに愛おしく尊い。


そして本来ならば、その全てを紙と同じ目線で収めることができたのが、人なのだ。



その意味をよく汲み取っていないことから、神論への反発が起こる。



神は何者でもなく、『人間を自身の似姿に、自身の表れとして作った。』



新たな創造のために自身を分離し、自身の感応として、愛する子供として。

そして自身と同じように、創造をしながら巣立っていく一対(いっつい)として。


神が想像もできない新たな展開を見せることができるのは、神のシナリオ以外の創造性を持った会話ができる、人間だけなのである。

それ以外は、神の設計図の中で展開していく。


神が進展や行動を管理しないのは、人に近い一部霊体と人間だけ。

いずれにしても、人間は神の愛と存在において唯一なのある。


でなければ、人は人を保護する必要も救助する必要も、いなくなった人を捜索する必要もないのだ。

居なくなったら自然に還ったと思えばいい。災害に飲まれたとしても、万物の一つなら土に還ったと思えばいい。



なのに、なぜ、


何十年も、何百年も人は、愛しい人を探すのか。

他の万物と同じなら、また物質の循環の中で会えると思えばいいだけだ。


無下にできないのは、それほど人が尊いからだ。



神は物体の宇宙だけを作ったのではない。

その本体は霊性の宇宙世界である。


いつか人は、物質を越えてその世界に行く。重みから解き放たれた霊は、距離と時間を超える。



その言葉を取り違えて、保守には自分をただ誇り、それ以外をないがしろにする傾向がある。

過度の保守も、過度の人間主義も、過度の人間嫌いも、過度の利己主義も、過度の万物権利平等主義も、皆似ている。

無神論が神論から生まれたように、一部の保守の封建的、閉鎖的、鎖国的傾向は、自分の子供たちをゆがめ、この新時代にすらまだ混乱を起こしている。


それは、神の戒めが他者ではなく、自身に向けられている意味を理解していないからだ。



しかし、人間以外は知っている。どこに命が、魂があるのかを。

知らないのは人間だけだ。



それでも私たちは2つの選択を得た。


ニューロス保守と

ニューロス改革派。




選択は人間の自由だ。


誰もとがめはしない。




***




パイラルが去って行くと、チコはまた電気も付けない部屋で少し祈り、それからソファーで横になる。


ポラリスからのお土産のオパールのネックレスを外し、デバイスのライトを当てた。


様々な色彩に輝くプレイオブカラーの光を眺め、タニア研究所を思う。

ファクトに初めて出会ったのは、滝の森、タニアだ。



不思議だね。


そう思う。



このオパールも、自分も、同じ土であり鉱物なのに、人間に関わっただけでそこに命の価値が生まれるのだ。


捨ててしまう髪だって、爪だって、人間を通過するだけで、そこに自身があり、権利があるのだ。

きっと鉱石は人間が生まれる前から存在しただろうから、分子として人間を通過はしていないだろうが。


近くにある観葉植物も見る。鉱物のように長く留まる物質と、あっという間に分子が流れるこの葉のような物質とでは追憶が違う。


「お前たちも少し前は人間だったのかな?」



最後には原子以下の一定の物質しかないのに、一体どの段階で『個』が生じ、分かれるのであろうか。『個』が成立するのであろうか。どの段階で、意思が生じ、どの段階で『人』が生じるのだろうか。


何が違いを分け、同じ物質のはずなのに、なぜ違いを展開できるのであろう。


私はどこまでが人間?

ならシリウスは?




しばらく仰向けに寝転んでいると、玄関の開く音がした。あの人しかいない。


「…………」

一応起き上がるチコ。


「…………。」

「お疲れ様です。」

「今日も楽しそうだったな。」

「……。」


「…そう見えた?」

「みんな、ユラスがいないとチコが生き生きしていると言っている。ユラスというか、私か………。」

「…………」

チコはまたソファーに伏せる。


6年前だったら絶対にしなかったことだ。サダルの前では直立不動だった。

「笑顔で迎えてくれて、食事でも作ってくれる女性でも向かえたらいい。」

「………いい。料理くらい自分で作る。」


そう言うと本当にサダルが勝手にお湯を沸かして、パイラルたちが常備してくれているカップ麺を出している。

「食事をしてないのか?」

「チコは?」

「………私はいい。」


チコは思わずまた半身を起こす。

「………自分で作れるんだ…。」

「当たり前だろ。」

ただのカップ麺だ。ただ、チコもそれくらいはできる。お湯を沸かすのが面倒なので、窮地ではそのまま食べていたが。


「チコ、こっちに座れ。」

ダイニングの椅子を示した。

「ちゃんと話そう。」

「…………。」


ラーメンを前にか?

「食べてからにしよう。伸びるから気になるし。その間に言う事を考えておく。」

チコはソファーにうずくまった。


「配給に並んでいた頃が懐かしいな。」

「………。」

デバイスを確認しながら食べているサダルに振り返る。

「…シェダルとモーゼスは同じ研究所だと思う?」

「似てはいるが、モーゼスが本当にS以上なのかもまだ未知数だ。性能は分からないが、ただ、保守が今まで力で抑えて守ってきた分、プレゼンのインパクトは大だったな。世間がその話一色だ。」


「そんなに、アンドロイドがいいのか?世の中は。」

「人間のような煩らわしさはないからな。好みにオプションすれば。

男はとくにそうだろ。欲を吐き捨てられればいいし。裏切ることもないし、機嫌も取らなくていい。好きなように触れる。」

「………。」



チコは考える。

だったらなぜ、シリウスはファクトに執着するのか。アーツに執着するのだろうか。

シリウスの基本理念は博愛であり、慈悲のはずだ。


なぜSR社の意図しないことをするのだ。


もしそこに、女性型としての本能があるにしても、ファクトでなくてもいいはずである。シャプレーたちがシリウスのプログラムの内面性をそういうふうに組めばいいだけの話だ。

アンタレスにはいくらでも学校もあるし、団体もある。他の組織の方が堂々と活動だって行える。なのになぜ、ファクトに、アーツに構うのだ。


それで満足できないなら、アンドロイドだって………、意思があればだが、自分の思い通りになる相手を作ってプログラミングしてもらえばいい。なぜ人間に手を出してくるのだ。最高機能のニューロスがなぜ。


ファクトよりも理想的な人間もいくらでもいるのに。


「ロボの人権などと言っているが、そういう人間の方が、早く処分するぞ。ロボットなど。いらなくなったら好きに廃棄もできる。動物よりも楽だろ。金さえあればな。」



サダルは食べ終わると、片付けて冷蔵庫の飲料水のボトルを2本そのまま持ってきて、ダイニングテーブルに置いた。

「話そう。いつまでも堂々巡りをしても仕方がない。」


チコは仕方なくダイニングチェアに腰を下ろす。


「前に言った通り、離婚はできない。」

「…。」


「大陸越えもさせるなと言われた。ユラス長老院の一派が方針を変えた。離婚しても、チコをユラス籍から出さないつもりだ。」

「…?」

「ザルニアス家が、チコを離れずアジアとの共同体に付くと言って来た。」


ザルニアス家は、ナオス族でも三本指に入る家門で、これまでカストルとサダルに反対してきた旧派閥だ。

しかし、息子二人娘一人は兵役で北東の地方軍に来たことで、完全に変わってしまった。北東方地方軍はサダル派が多い。


「なんだ?ジョアとジンズ…、長女はメレナだな。あの兄弟にサイコス指導をしたのは私だから。ジョアとジンズにはすごく嫌われていたと思うけど…。とくにジョアには。」


「ジョアがチコをもらい受けたいと言っている。」

「は!?私は物か!しかもまだ離婚も噂の領域のはずなのに!だいたいあいつは結婚しているだろ!」

「死別した。」


「…?!!」

「もう子供もいるから、お前との子供も望まないそうだ。チコを取り込めば、アジアもSR社も付いてくるからな。もれなく。それに…」

「くそっ!あいつからも人間を捨てた屑扱いされていたのに…。」

「………チコが完全にアジアに行ってしまってから、だいぶ大人しくなったと聞いたが…。ユラスの中央の大人の世界も垣間見て思うこともあったんだろうな。最終的にチコは信頼を得ていたんだろう。

いくら利益のためだとはいえ、まだ若いしな。旧一派と同じ脳でもらい受けるなどとは考えないと思うが。」

「…………。」


「…そういう訳だ。離婚したらまた次が来て色々揉める。」

「関係ないだろ?そんなもの蹴っていけばいい。ここが連合国で私が連合国国民である限り、その後は私の自由だ。」



悔しくて、いつの間にかたくさんの涙があふれ止まらない。


ザルニアス家は、ユラスから出て行けと、最も強く出た家門の一つだ。

信頼を得ていたというのなら、それは一つの勝利なのかもしれない。


でも、それを飲み込むにはまだ傷は深く、日も浅かった。

そして、今までされたことよりも、まだこんな風に人の人生を駒のように簡単に左右できると思っていることが信じられなかった。



アジアに来て泣いたのは何度目だろうか。

目に涙が伝うと、サダルが少し驚いていた。


寝たきりになってポラリスが来てくれた時。それから…よく覚えていない。


これまで、サダルの前で泣いたことはなかった。




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