51 女神VS僕の街の、街角のお姉さん
これまで、ZEROミッシングリングⅠ、Ⅱは、閑話的な部分を付け足してから完結にするとご報告していましたが、章がまだ増えそうなので、一旦Ⅰ、Ⅱ共に完結することにしました。
また、常時全体を修正しています。
いつもご愛読ありがとうございます!
歩行客やブースがあるため登場の間だけだが、アナウンスの後に辺りは少し暗くなり、ステージだけにきらめくスポットが照らされる。
そこに現れる、まるで物語から出て来たような、プラチナに輝くニューロス。
観衆から大きな拍手が起こると、人間かヒューマノイドか、それともそれこそ女神なのか、区別のつかない美しいアンドロイドが登場した。
そのアンドロイドはステージの真ん中まで出てくると、膝をついて人類に挨拶をし、ゆっくり顔を上げた。たくさんのシャッター音やフラッシュが飛び交う。
「皆様、初にお目にかかります。
『ベージン』の新技術によって生まれた、ニューロスアンドロイドの『モーゼス』と申します。」
ヒューマノイド?
強いまなざしで、ただじっと眺めるチコと、いきなりの新作発表に呆気にとられているファクト。
上から見ているシャプレー、ミザルやサダルたちもじっと様子を見る。
「………そう来たか。」
シリウスは無表情のまま、機械なのかも肉眼なのかも分からないような不思議な目でそれを見ていた。
どこまでも、どこまでも底の無い、光の届かないの奥の奥まで続く瞳。
SR社やユラス研究所の2室とは別のVIPルームでは、西アジアのニューロス開発に功労を立てた東アジア外務省のアルゲニブが、同じく貴賓たちとゲストとしてそれを眺めていた。ムギが「あいつ、セクハラ野郎だ」扱いしていた男だ。
大きな歓声が起こる中、ファクトはそのスモークとライトの中のその新作無印ニューロスをじっと見る。
「………」
このアンドロイドからは、シリウスに感じるような、違和感のある、なんとなく嫌な…気持ち悪い…そんな感じはしない。
ただ、地の底から込み出してくるような『渦』を感じた。
街角のきれいなお姉さんタイプのシリウスと違って、モーゼスは完璧な美しさを持っていた。
白い肌、整った顔型に神秘的とされる銀の長い髪。長いまつげ、アーモンド形の目の中に金の光。
親しみやすさよりも、ハッと目を引く美しさに神秘さ。
まるで人間とはかけ離れているのに、それは間違いなく人間に見える。
シリウスは、顔の並びは整っているので、メイク次第で美女になれるコパーと同じような感じだ。
けれどモーゼスは完全な美。そして、清楚の中に光る女性の体型美。
シリウスからのアップグレード感と、新たなカリスマ性が感じられ、今回のSR社が霞んで見える。モーゼスは、手や周りからたくさんのビジョンや光を出し、周辺の機器を操作し美しい演出を見せた。
上から眺めながら、シリウスはそっと息を飲む。
一方、チカチカしたステージライトの中で、チコは後ろから響の肩に片腕を回したまま、一緒にそれを見ていた。
傍から見ると、彼氏に抱かれていちゃいちゃしているカップルにしか見えないので、イオニアたちが引いている。
「…………」
「どう思う?あれ?」
「チコさんって絶対に無駄なスキルを持ってるよね。」
呟く下町ズと、上から見ているユラス陣。
「チコはどこでああいうのを身につけるんだ?大房民か?」
サダルがぼやくが、アセンブルスも答えようがない。
「さあ、生まれ持ったものが、アジアで開花したんじゃないですか?」
次にモーゼスは、滑らかな動きでアナログなマジックをなだらかに披露していく。助手の女性たちも華やかで、大歓声が起こっていた。
ベージンの発表を見ながら、チコが響の耳にそっとささやいた。
「響、あのニューロスに飛べるか?」
響もじっとステージを眺めた。
「意識層があれば…。」
「あるかないか確認するだけでいい。行こう。」
響は、自分を後ろから包んでいるチコの腕に両手で捕まり、モーゼスをじっと見つめる。
バチン!
と、一瞬空間が弾ける。
覚えのある感覚と、無音なのに弾ける音。
響がフラッとしたので思わずタラゼドが動くと、片方の腕を腰に回し響を支えているチコが「しっ」と、人差し指を口に当て、タラゼドを止めた。
こんなところで、あのDPサイコスを使うのか?!と、心配になるタラゼド。
響の世界が一気に回り、マーブルの世界が波を打つ。次元の分からないような地平線からどんどんマーブルがあふれては流れていく。
でも、あのモーゼスの世界はジーーーと、電波を拾えないような無言の世界だ。
その中に揺らめく無声の、女性の、声にならないような声。時間も空間も定まらない、なぜだろう。戦闘服を着たような騒めいた男たちの声も聞こえる。モーゼスそのものではない。
おそらくこれは、モーゼスの周りに付いている雑霊か。
そしてまた無言………。
長時間は危ないので、バジン!とすぐにそこを出た。
ファクトとイオニアも、二度目の弾ける感覚にサイコスを使ったと気が付く。
「響さん?」
響は、すぐに現実に戻り強い目つきになってモーゼスを見る。
「多分、何もない。だけど………何かが入ってる。」
「皆様、楽しんでいただけたでしょうか!
私はこのために練習もしました。マジックをこなす肉体に繋がるプログラムそのものは与えられていないので、連動するために、何度か感覚を合わせる練習をします。」
つまりマジックをするためのプログラムはなく、通常自分の持っている心身的感覚でマジックを試しているというとである。
そして、その場でリクエストのあった、トランプのちょっとしたマジックを見せる。しかし、3度目の見せ場で失敗。
「…なのでこういうこともあります。」
とごまかして少しいたずらな妖精のように笑うと、会場も盛り上がった。
「たくさんの事を一度に認識し、その上に動かそうとすると体が混乱するんです。皆さんと同じです。」
SR社のシリウスはコミカルに、時に理性的に話す。一方モーゼスは、圧倒的なカリスマ感を前面に出し、時々何とも言えない可愛らしさも見せる。届かない存在のようでもあり、でも目の前にいる不思議さ。
そしてその目的を明確に話しだした。
「私の目標は、あなた方の人類の理想的な実のパートナーになることです。」
モーゼスの一言に、この意味が分かった面々が緊張を走らす。
つまり、親友となり、家族となり
伴侶となることだ。
「あなた方は、悩みや煩わしさから離れ、理想の人生のパートナーを得る事でしょう。」
全員が緊張する。それは連合国では-違法だ。
「あなた方は、性格も、気持ちも、話すことも、そして見た目まで理想のパートナーを作り出せるのです。私たちは裏切ることもなく、あなたたちを否定することもなく、気を遣わせることもありません。ただ、愛することができます。
そう、ただ一人、あなたを愛したい思いであふれています。」
ステージの一番近くにいた男性に手を差し出すしぐさをする。
会場の反応は半々だが、拍手も起こっている。
「目の色も、髪の色も、人種も筋肉の付き方すら自由。
物語のように、あなただけのビーナスを得ることもできるし、愛しい誰かを再現することもできます。」
これぞ自由で、理想の世界である。
「………」
チコがじっと聞いている。
「高性能ニューロス技術も、倫理も独占させず、市場に解放させるのです!
ただ…、あくまでもまだ夢ですが…。
そんな夢を観ても問題はないでしょう。
夢ならば。」
明確にしないことで、論点をはぐらかす。
「これから私たちが生活の隅々で活躍していくことによって、既成概念を越え、さらに新しい時代に入り、それが明らかになっていくのです。
私たちも、そして人類も既存概念に捉われない新たな時代を見ることができるのです!」
夢という言葉で全てをまとめる。独占というのはSR社、そしてニューロス倫理を管理している連合国家や宗教総師会の事であろう。
怪訝な目と同時に、大きな拍手が起こる。
連合国中枢、正道教、ユラスは保守だ。
一方『ベージン』は西アジアの会社で、経営陣が変わってからニューロス改革派になった。
そんな時、ステージ裏が騒めいた。
意外な、もう1人の客が訪れ驚く客たち。
シリウスだ。
光り輝くプラチナの女性の前に、初めてお披露目をした時の白く、足先まで隠すエンパイアドレスでステージに現れた。
「げ!シリウス!。」
マスコミが増えた段階で顔を隠していたファクトはさらにフードを深く被った。
「なんだ。あの役に立たないただのシンボルロボットが。…モーゼスに嫉妬か?」
2階VIPルームで外務省アルゲニブは、渋い顔をする。ベージン社幹部も顔をしかめた。
シリウスは、丁寧にモーゼスに礼をした。
モーゼスは少しキョトンとするも、同じ礼をしてシリウスに返す。
演出にないことで、普通なら禁止事項だが、ここで場をシラケさせるわけにはいかない。お咎めを貰うにしても後からだ。
シリウスは観衆に軽く礼をして、モーゼスにも礼をする。
「こんにちは!皆様。私と同じ新たなニューロスが完成したことをうれしく思い、まず何よりもお祝いいたします!おめでとうございます!」
「…ええ。」
少し腰を低くして、改めて聴衆とモーゼスに挨拶をしているシリウスは、女神に仕えるいち市民のようだ。
「私の友ができたように思い、わが社の人間には止められましたが、思わずご挨拶したくここに来ました。」
自社製品から皮肉った冗談を言われ、会場が笑いに湧く。それが焦ったSR社の意図なのか、シリウスの意志なのか、理由がぼやけるが、どちらにしても世間を騒がす話題としてはおもしろい。
「突然のご挨拶をお許し下さい。モーゼス。」
「ええ。シリウス。あなたの事はよく存じております。」
「私たちは、根底にある理念は違いますが、きっと良き関係を築き上げることができるでしょう。人類が敵対し合っていても、私たちには揺ぐことのない平和への糸口がプログラミングされています。」
「シリウス……。」
ファクトは2人の中に少しだけ、『混乱』があるのを見て取った。どちらが混乱しているのか。それとも両者か。
2人が向かい合って両手を取り合うと、またフラッシュが飛び交う。
ファクトとしては、なんだこの茶番。と思う。
根底の理念が違ったら、分かりあえるわけがない。




