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ZEROミッシングリンクⅢ【3】ZERO MISSING LINK 3  作者: タイニ
第二十章 エキスポ前夜

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41 それぞれ夜2



ポラリスは南海の広場をミザルの手を引いて歩いていく。



そこには大してロマンチックでもない、壁を伝う壁泉といくつかの噴水があった。少しだけライトアップされているが、魅せるための噴水と言うより、広い空間を少しだけ彩るための噴水だ。


小さめの球場の方から、カキーンと誰かがヒットを打った音がし、競技場の方からも声が聴こえる。

「この傘みたいになる噴水おもしろいね。」

ミザルはベンチに座り、呑気なことを言っているお気楽な夫を眺め、途中で買ったコーヒーをすすった。


「…どうしてこんなことになったんだろう…。」

「…何が?」

「…これじゃあ、何のためにずっとSR社を避けて来たのか分からない。」


そしてあのDPサイコスター響との話を思い出す。

「ファクト、伝心と電気伝導以外に、サイコロジーサイコスの能力もあるって…。」

「そこまでなら、少なくはないものだよ。別に予想外の事でもない。」

「完全なDPサイコスではないけど、そこへの同調性が高いから、補佐役にはなれるって…。」


「………。」

眉間に皺を寄せているミザルを見てから、膜のように広がる噴水を優しい顔でもう一度見た。

「…もう大丈夫だよ。ファクトはファクトで選ぶさ。自分の道を。」


「私のしてきたことは無駄で愚かだった?」

「…いや。そんな事は絶対にないし、誰もそんな風に思わないさ。」

「…でもチコたちは怨んでいるでしょうね。」

「さあ、でも嫌われてはないよ。きっと…。

でもまあ、響さんが言うように、もう避けるより、向かって行った方が得策なのかもな。」


ポラリスはミザルの隣に座り、しばらく頭から抱えてあげた。



街のネオンと違い、南海広場のナイター照明は、存在する粒子を優しく照らしだしていた。




***




「シリウス……」

「シャプレー!」


ベガスから帰って来たシャプレーをシリウスは楽しそうに迎えた。

スピカが後ろで控える。


「ベガスはどうでした?」

「…今日は行かなくてよかったのか?」

「ええ、いいんです。感想聴ければ。」

SR社公認ならシリウスもベガスに入れるし、シリウスも今日の情報は既にデータを受け取っている。


「にぎやかだったな。」

「そんな気がします!」

「データを見て情報を聞いるだけのと、実際は全然違うな。立体感も違うし、実物は一枚板ではない……。アーツだけで100人以上の人間がいるんだ。当たり前か。」

「………。」

本人たちですら気が付いていない様々な思念がそこには波のように騒めいている。


「分かります…。」


シャプレーはソファーのひじ掛けに腰掛けた。

「それにあのベガスの土地。東アジア軍が監視してはいるが無人地帯が多すぎる。早く信用のある人間で埋めるか、不要な建物は早急に壊して更地にした方がいい。野良犬が入りやすくなる。あの規模で、よく今までネズミの侵入を防いできたな…。」

「………」

「多分SR社(うち)のニューロスも多分大量導入することになる。」

ベガスに今までスラムができなかったことの方が凄い。

一匹ネズミが入ったが。


「ほら。………ベガスも河漢もおもしろいでしょ。」

シリウスはコロコロ笑う。


「まっさらで、守ってあげたくて、することが多くて手を出したくなるの。あなたも?」

「……………。」


「あそこの指導権を移民に譲ってしまったのはアジアの落ち度ね。自分たちでいくらでも理想の街を作れたのに。

でも…。どちらにせよ人間の崇高性がしぼんでしまったアジアに、今純粋な力はない。」


アンタレスやエンタメ都市デイズターズは欲望の都市ともいえる。

近代西洋思想が多く入ったアジアは高度な自由主義を生んだが、人間の縦関係も横関係も不確かなものにし、自身の一世代だけが平穏に過ごせるような文化に変わってしまった。文化が未来に繋がっていない、という事は気力も分散され新しい文化を作っていく力を失っていく。

文化も、生命力も。



「だからユラスの新世代が入ったのか……。」


アジアがつかめなかった運気に、ユラスが入ったのだ。


「ユラスも、もがいていますけど…。」

「………産みの苦しみだと思えばいい。」

立ち上がって去ろうとするシャプレーを止める。

「…待って。」


「…シャプレー。いつまで孤独(ひとり)でいるのですか?」

「……さあ。」


「私はあなたが、ただアジアの歯車になってほしくはないのです。」

「…それを望んだのではなかったのか?」

「願いは叶ったら次の段階に行くものでしょ。あなたのあの人には会いに行かないの?」

「…。」

シリウスは見上げなければ視線が合わないシャプレーの顔を見て、そっと頬を撫でる。


「母親みたいなことを言うんだな。」

「母親ですもの…。」


「…それは錯覚だ。」

「………」

落ち着いた雰囲気でシリウスはシャプレーの言葉を流した。



「それと…、やはり北メンカルですね。」

「ポラリスは北メンカルは崩壊状態だと言っていたが?」

「ギュグニーの一派と思ったより親密に通じていたようです。東アジアが掴んだ情報で、北メンカルもさらに分裂しています。」


シャプレーは頷くと、今度こそスピカを連れてこの部屋を出る。

スピカは美しく礼をし、シリウスはにこりと笑って見送った。





去って行く後姿をじっと見つめるシリウスの目は、少し金色を秘めた黒。


どこまでも人間のようで、でも拡大すればするほどその核が特殊な溶液や高機能シリコンやメカニックという事が分かる。



でもそれをもっと拡大すると鉱物や土と同じになり、

いつしか分子になり原子になり核の核になって、



生体なのかも機械なのかも区別がつかなくなっていった。




***




「ラムダ!お前、実物か?!スパイじゃないだろうな。」

「何言ってんだ!触るな!!」

「腹筋千回できるように改造してもらえなかったのか?!」


盛り上がっているのは、アーツの男子寮。


なぜか英雄になってしまったラムダは、あまりにいろいろ言われてかなりご立腹だ。

「ファクトとリゲルはなんで呼ばれなかったんだ!」

「近親者だからじゃね。いつでも話せるし。」

ファクトは今ここにはいない。


その時、うるさいシグマの顔にバフっと何かが飛んだ。

「うるせーな!おまえら寝ろ!ガキか!!」

試用期間中のウヌクが疲れ切って隣の部屋から来て、第1弾、第2弾組に枕を投げつっけたのだ。


「つーかさ、替えようぜ部屋。なんで10時消灯組と隣り合ってんだよ!」

第2弾以降は通い組もいるが、結局毎回疲れすぎて自宅に帰れず、臨時に寮を準備してそのまま住み込んでいる者が多い。ウヌクも最終的に寮入りしてしまった。かなりタコ部屋だ。


ウヌクは基本夜型人間だった上に、惰性のままに生きてきたため、このスケジュールがかなりきついらしいい。惰性のままに生きてきた割にAA型の気質が働くのか、部屋を散らかす奴が許せず他人と近過ぎるのも落ち着かず、一時期いつ脱落するか賭けの対象になっていた。


だが、取り敢えず生きている。



しかも、目の前の狭苦しい場所にあるソファーに落ちていた誰かのジャケットを拾うと、同じくそこらに落ちていたハンガーに掛け、きちんと片付けると去って行った。


「すげー。こまめだ…。」

神経質な人間が少ないこの部屋にたむろう男どもは、感動していた。




***




「はーーー。ラス、昨日から安否の連絡も取ってくれないんだけど…。」

「いいよ。とりあえずメールだけ残しておけよ。」

「もう、13通も入れた。」

「…もうやめとけ。それくらいでいいだろ。」

ストーカー手前だ。

リゲルとファクトは南海の小さいの道場で軽くトレーニングをしていて、少し休んでいるところだった。数人がまだ残っている。


結局あの騒動以来、ラスとは連絡がまた取れなくなってしまった。



レサトのキックミットにキファがグローブを打ち付けるのを、2人は見ている。

「お前さ、重さがないんだよな。」

レサトは一度止めると、キファは息を切らしてグローブを外す。


キファは一般人の中では体格はいいが、ABチームや一部のベガス民の中ではどうしても少し小さい。180、190センチやそれを越える人間があふれているのだから仕方ないだろう。とくにユラス人は女性でも170センチ台がそれなりにいる。


「サイコスは撃てるだろ?もし何かあったら、多少衝撃を与えられるような訓練をしておいた方がいい。」

「……。」

無言で座り込み、水を頼むとファクトがキファにボトルを投げた。



そこに現れるバンダナ女子。

重そうにドアを押して入ってくる。


「よし!」

と、気合ポーズをしたところで、「うわ!」と驚く。

水を垂れ流してしまうキファ。


「え?っキファ君!なんでいるの??」

「響先生!!」

「え??なんでみんなこんな時間までいるの??」

サルガスの入出禁止令が出てから、アーツの集会に顔を出していなかった響である。

「10時消灯じゃないの??」

「もうその時代は過ぎ去った…。」

「うそ!」

「リーブラたちも遅くまで起きてんじゃん。」

そんな事は頭になかった響である。


響は、いつものブカブカT、レギンスの上に目立つマリンブルーの短パン。そこにペイズリーのバンダナを巻いている。いろんな生徒が、自分たちのユニフォームなどを響の研究室に持って来るのだ。

「先生、今日のTシャツは何Tですか?」

「レサト、先生様に気安く話し掛けるんじゃねーよ!」

「今日はね、農業科の豚さんT。生ハムになるの。大学団体主催の産業祭があったんだって。また貰っちゃったから、レサト君にあげる。男女兼用フリーサイズだからシャム君も着れるでしょ?」

「前も貰ったけど。」

友達にあげればいいやと、シャムが受け取る。


響は端っこのカバンまで行ってしゃがみこみ、大きなカバンからさらに数枚出してレサトに押し付ける。

「あ、ジャムと生ハムも貰ったの。1つずつあげるね。藤湾の学生さんたちで食べて。あ、この袋も使って。」

「どうも。」

「研究室に『ユニフォームお断り』シール張っておいたんだけどそれでもみんな持ってくるし、今、張り込みされて渡されたの。こんな夜にひどいよね!ストーカーだよ!で、このバンダナも貰って今、巻いてくれたの。」

誰がだ。響の頭に触れるとはセクハラもいいところである。女性とは考えない短絡的男子たち。


そして1本瓶を持ち上げて説明する。

「このドレッシングはちょっとうれしい。パスタにも使えるって。これだけ持って帰る。」

「先生への賄賂じゃん。」


路上売りのオバちゃんみたいにあれこれ広げている。

「先生、それ持ち帰れないでしょ。帰る時手伝おうか。」

そう言うレサトの頭をキファが小突くが、響は即断った。

「いい。スクーターだから。」


そう言ってまた荷物をまとめて出ようとする。

「え?先生行っちゃうの?」

「南海の人たちだと思ったの。これもおじちゃんたちに分けようと…。いい、別のトレーニング場に行きます。」

「え?ここでいいのに。見てあげるよ。」

キファが真面目に言う。


「いいです!今、週3でジムに通ってちゃんとインストラクターも付けてるんです!後ろあや飛びもできるようになりました!」

「えっ。すごいじゃん。」

みんな感動だ。先生が、あや飛びどころか後ろあや飛びとな!


「先生、インストラクター男?」

「女性です!」

「かわいい?」

「なんなの?!」

「妬いてる?」

「ちょっとキファ君ムカつくんだけど!誰か黙らせて!!」

レサトに片腕で羽交い絞めにされる。


「もういい!ここに果物Tシャツ置いておくから持っていってね!」

響が怒って出て行こうとして…



…なぜか入り口であせくせUターンする。


「え?何忘れ物?」

と、ファクトが言ったところで、響が青い顔をしてリゲルやファクトの後ろに隠れるように座る。


「は?何?」

そして入口を見てみんなが騒めく。一瞬にして道場の空気が凍った。


そこに入って来たのは、なんとサダルを始めとする、ユラスの護衛たち数名だった。しかも半分はほとんど顔も見たことのないメンバーで顔を隠している者もいる。話したことがあるのはアセンブルスだけであった。



「え?今日、俺ら冥土送り?」



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