39 なぜ人はそこで会議をするのか
親子二人で話していたところに、恐ろしい追加情報が入る。
散らかっているVEGA事務局で頭を抱えていたポラリスが、緊急の仕事を受け取った。
「…は?はあ??」
信じられない話を聞いたポラリス。
「何?母さん怒ってる?」
「…違う。来る…。」
「は?来る?」
「来るみたいだ…。」
怒っているどころの話ではない。
しかもミザルだけではない。
なんとこれから、SR社社長シャプレー・カノープスとミザル、そして数人のSR社の人間がベガスミラのニューロス研究施設に来るという。駐在所は既に知っていたが、サラサにも今連絡が入る。しかも、VEGAの鼓以外には知らせるなとファクトも口止めされた。
そして、なぜか南海広場のまさにここ、事務局近くの会議場を確保してくれと連絡が来たのだ。
え?ガサ入れ?
会議室など優秀な人材がいるミラにもいっぱいあるし、藤湾学校内にもあるし、ベガスの研究所にだってあるだろう。他にないの?会議室くらい。なぜこのアーツ溢れる下町感満載の南海に?
とりあえずポラリスは、事務局のみんなに笑顔で挨拶をし手を振って出て行く。
「皆さん、また来るね!」
「え?また?」
みんな意味が分からない。また来る?ここで会議をするのに、なぜ去っていく。ポラリスはエントランスまで駆けて、タクシーに乗ってどこかに行ってしまった。
***
ミラの研究所は警備の関係で南海側ユラス駐屯所の近くにある。
規模は大きくないが、簡単なメカニックや義体を作る技術は持っていて、ニューロス体のメンテナンスもできる。
大きな部屋の広い場所で、数双の多関節型ロボットがスー、カチカチとほとんど音も無く動きながら何かを作っているのを、研究者たちが眺めていた。
その顔触れもシャプレー、ミザル、サダル、おじさんたちと全くもって愛想がない。
ロボが一仕事を終えると、2本の肩下から手までが誕生した。
研究員たちが近付いてそれぞれ手に持って義体を見ている。まだ皮膚はついていないが、その手は滑らかに動いていた。
「この規模の施設でこれなら、まあまあいいな。」
誰かが感心している。
一人の兵士が腕を外し、その新しく作ったばかりの腕を装着した。神経連動のインプラント型である。彼らの登録情報は、ユラスの研究所と共有している。
「アバットメントもいくつかのタイプに対応していて、今回は3年前までの物なら神経連動、脳波連動に対応しています。」
「前後の振りだけでなく、撓屈尺屈はできるか?なだれ閉じは?」
そう聞かれて手を振ったり、指を親指から順に滑らかに閉じたり開いたりする。
「腕はあげられるか?」
いくつかの質問に答えて、兵士は隣の防弾ガラスの部屋に行き、火薬の銃を構えて1発放った。
短い距離ではあるが、的の真ん中に当たった。
「痛くはないか?ズレたり違和感は?」
細々と兵士は答えていく。さらに銃で数発撃たれても、腕は普通に動いている。シャプレーとミザルはもう一方の新しい義手を見ながら、兵士の言葉を聴いていた。
サダルは椅子に座って様子を眺めている。
そこにポラリスが入って来た。
「もう来ていたんだな。」
「ああ。ポラリス。」
同僚たちが感心して腕を見ているので、ポラリスも触ってみた。構造も美しい。
ベガスの研究員が、先の組み立てロボットの周りの部品をトレーごと全部変え、さらにランダムにトレーの位置や方向を変えていく。それでも機械は迷わずに、今度は小さなキャタピラ式の作業ロボを組み立てていた。
「サダルが戻る前にここまでできたのか?」
「私は最後の調整を見ただけで、ベガスの研究所や藤湾のインターンたちで仕上げた。実戦に出るには即席型では無理だが、日常生活や軽いスポーツならできる。」
サダルが兵士にお礼を言うと、ベガスのラボメンバーが研究者たちを他の部屋に案内する。
ベガスのラボはもっと停滞状態だと思っていたので、SR社はいささか驚いていた。これなら内臓機能技術もユラス本土にはあるかもしれない。
1時間半ほどラボを見てから、全員南海に場所を変えた。
***
「ファクト、何神妙な顔してんだ?」
仕事のシフトが終わったジェイは、アーツに参加できない代わりに毎日事務局に来て河漢活動のチェックをしている。
「いやね。頭のいい人たちは何を考えているのか分からないと思って…。藤湾大学に行けばいいのに…。ここ、南海だよ?」
「だからどうした。南海だろ。」
ハッキリものを言わないファクトに苛立つジェイ。
「…シンクタンクが今年一番の地味なイベントかと思ったら、特典が濃すぎた…。」
「特典?」
「世界の頂点の人たちが、底辺大房がジャックした南海に何でわざわざ来るんだろ?嫌味かな?」
向こうでは、
「サラサさーん、会議室セッティングしましたけど、上席を作らずロ型16席でいいんですよね!」
「ありがとう。周りにも椅子を置いておいて。」
机を拭きながらイータも言う。何やら慌ただしい。
「飲み物はペットボトルでいいですか?お水?お茶?間食とかは…。」
「食べるような人たちじゃないと思うけれど…。夕食も近いけどお弁当は要らないって言うし…。」
「じゃあ…。ロー、先に飲み物だけ配っておこ!」
2人で水を席分配っていく。
「サダル議長ですか?この前、駄菓子のトンカツバーとか食べてましたよ。準備しておきます?」
ファイが暴走しそうなので、ソアが止める。世界の重鎮たちの席に何を置く気だ。
「ファイはもう奉仕期間は終わったので、何もしなくていいから。」
「えー!働きたいんです!奉仕活動に目覚めたんです!」
「じゃあ、外のフロア、掃除してて。」
追い出されるが、ファクトがファイの買い出した箱を覗いている。
「パチパチパッチーとか置いておこう。」
「何それ?」
シャムが覗いてくる。
「知らないの?口の中で弾けるのに。」
「あー、そういう系は刺激が強過ぎて食べられなかった。弾くのが刺激が強すぎる。」
「子供の菓子だろ?ガキよりガキンチョだったのか。」
「舌が肥えてんだよ。それに子供の頃だっつーの。」
アホのファクトの煽りに張り合うシャム。
「ユラス以外、誰が来るの?そんなお菓子置いていいの?」
偉いさんたちが来るという情報なのに、やりたい放題である。
「これも置こうぜ。占い付き。ラムネ取り出すと丸やバツが出る。」
「勉強、仕事、恋愛、結婚、動物、部活、デート、人気、昇進…」
「ぷぷ。子供に昇進ってくだらない…。」
「この辺も置いておこう。ジッドマンおもちゃのおまけ付きお菓子。おもちゃの方がデカいという…。」
「中、ラムネだろ?」
「残念、ガムでした!」
「俺も一つちょうだい。」
ちなみにこれは公費では買っていない。ファイの物なので勝手に食べていい箱だ。多分。
「到着しましたー!」
エントランスでVEGAリーダーの鼓が案内をしているらしい。
「全員会議室を出て!」
サラサがまず全員を会議室から出し、みんなその辺の廊下やVEGA事務局に移る。
いつもの如く、最初に一人ベガス軍人が全体を確認して入口に立つ。
しかし、何かがいつもと違う。
レオナスの後に、薄っすら茶系のアッシュグレイヘアに薄エメラルドのメッシュが入った、非常に美しくスタイリッシュな女性が続く。
「ふぁ?」
「誰?」
個室に入っていたメンバーも思わず入口に来て見てしまう。
サダルに挨拶をしようと立っていた南海のユラス人たちも混乱している。ベガス駐在の後にユラス軍、サダルが続き、ミザルと話しているおじさん2人。
「ファクト!オカンじゃん!」
思わず隠れそうになるファクト。
その後にカウスやクラズも倒せそうな風貌のスーツの男、シャプレー・カノープス。言われなければ人間にしか見えないスピカ。もちろんみんなアンドロイドとは思っていない。
他、ぞろぞろと数人の男女がついて来て、後方にもまたベガス軍がいる。
「SR社?」
経営者情報誌を読んでいるゼオナスはすぐに分かった。
「なんだ?」
今、河漢から戻ったばかりのサルガスやタチアナ、タウの河漢チームもハテナになっていた。
「何でSR社が来てんだ?」
「あれ、そうなのか?」
ここでSR社の一部顔ぶれを知っているのは、ファクトとサルガス、ファイ。そし今一緒に戻ったキファのみ。
「ここで会議するんだって。私たちもSR社だとは今知った。あれ社長なんだ…。」
ソアが驚いているし、サルガス気が気でない。
「なんでこんなアーツや南海のしょーもないたまり場で…。VEGAの話か?ニューロスとか機密なことならここでは話せないだろ?」
そこに、さすがに目上のお客様にこの夕時に何も出さないのも申し訳ないと、サンドイッチを買い出しに行っていたシャウラやベイドが戻って来て入室する。
そして1分ほどで出てくるが、その1分で二人はげっそりしていた。
「大丈夫?!生気抜かれた?」
ファイがシャウラにツッコむ。比較的動じない冷静メンバー、シャウラがやられるとは。一緒に入室したベイドも疲れ切っている。一瞬なのに。
「なんか、あんな雰囲気中で会議始める人たち初めて見た…。」
「絶対にあの会議には出たくない…。」
何の笑顔も愛想もないどころか、みな気が強そうだ。二人いた美女の片方だけが、少し笑顔でありがとうと言ってくれ、それだけが救いである。
サダル、シャプレー、ミザル。それからファイはあのDPサイコス案件で最後まで機嫌が悪かった研究員も思い出す。これは、恐ろしそう…。個人的に、シャプレーに関しては怒ったところを見たことがないのでそこまで怖くはないが。
25分ほど会議をして、それからなぜか、アーツリーダーたちとラムダが呼ばれる。
「え?マジ??」
ええ??という顔のリーダー勢と、
「何で僕?????」
と言う顔のラムダ。ハテナが百個あっても足りないし、周りも理解不能だ。ファクトでもなくラムダとは!ランダムに選んでいるのか。
サルガスに捕まえられて会議室に消えていくラムダは、ドナドナされることが分かっている牛のように、半泣き顔で一緒に来てよ~!とファクトに訴えていた。




