37 母さん、ちゃんと愛しているよ
メカニックに関するシンクタンクだったのに、その日から2日間。
重役を務めるシャプレーやシリウスが場を抜ける以外、裏では殆どシェダルとそのバックに関する会議になった。
SR社、東アジア防衛公安関係、ベガス軍、官僚が少しとアンタレス行政などが意見の対立をし、一部ケンカ状態だという事を裏のウワサでコソッと聞いたファクト。
SR社がシェダルを逃がしたことは非常に責められたが、一旦あの日のことは誰も責められないという話になる。重鎮が集まる国際会議で騒動を起こすのは避けるべきだという事と、彼がはぐれ兵である可能性が高かったことが大きかった。そしてシャプレーはシェダルの望みを掴んでいたことから、ひとまず妥協という事にった。
ファクトは、この平和なアンタレスの身内でさえこの険悪さなのに、世界の混乱はどう収拾するのだと本当に思う。前時代の終わりの霊性時代突入先駆けに、世界の巨悪をあぶり出した人たちは本当にすごかったのだと思う。
あの終末に、世界の覇権が大どんでん返しをしたのだ。王室、財閥系はほとんどひっくり返った。
仲の悪い巨大覇権同士は、だいたい過去の兄弟血統か小さな派閥同士であった。
生き残った者たちのポイントは、どこかの時代でその巨悪を押さえられるだけの、贖罪をしていたかという事だった。
SR社もその生き残りだ。
過去いわゆる悪代官のお膝元にいた時代もあったし、マフィアとのつながりもあった。
シャプレーの父親は、非常に優秀な妻を飾りにして数人の愛人に尽くしたとんでもない男だった。
しかし、商売や人を利用する力に長けている家系で、失敗すると言われた事業拡大を成功させ、どうせこんなにも使わないと先祖と自分の資産を法的に洗って、曽祖父の時代から徐々に資産の従業員分配、公的分配をした。
資金を洗うというのは、前時代の資産はSR社に限らず大部分霊性的に黒かったからだ。人の犠牲で稼いだお金も多くを占めていた。霊性がよく見えていた曽祖父はそれを嫌がって、群がってくる人間も整理しながら財政管理や教会の霊が見える牧師に相談した。
株は残したがそれは会社のためだ。時代的にもまだ他人に譲れる段階ではない。
シャプレーの曽祖父や祖父、父は、そういう善悪紙一重のような人たちであった。
それなりの個人資産を持っていないと経営を保てない、買収されるという話ははずれ、最終的にSR社商品は、子供のベビーオイルやシャンプーから大人の化粧品、介護ロボットなど、まさに世界のゆりかごから墓場の先まで状態。
今となっては、戦場から病院。ミクロから宇宙、亜空間までにSR社が関わる。
SR社のニューロスに傷付けられた者が、SR社の頭脳を搭載した乗物で病院に運ばれ、SR社の設備や備品を備えた病院で看護されるのだ。まさによく分からない。
連合国非営利組織だけでなく、精査した小規模組織にもアンタレス財政よりもはるかに大きい規模の援助をし、多くの自治体や教育機関にも支援をしている。
そして、SR社はとにかく人を助けて来た。
政治的亡命者、途上地域、紛争地域の優秀な人間など、ベガスから預かってた優秀な人間に援助を惜しまなかった。
天に繋がることは、人の命を繋ぐことは、一気に天命を変える。
***
「母さんは会議に参加しなくていいの?」
「証人でもないし、当事者も参加していないのに、なぜ私が公安の話し合いに参加するの?」
まあそうですが、母から逃げたい。
倉鍵の研究所に場所を移して、チコ、ムギ、母とこれまた雰囲気の悪い面々が揃ってしまった。
怖いので、お茶を出すメンバーがファクトにしか愛想を振らない。
この部屋の外は大騒ぎだ。
「あれがミザル博士の息子さんだって!」
「かっこいい?見えないんだけど。」
「ダンナの時と同じくらいびっくりするな。これは。」
「かわいいー!緊張してるー!!高校生だって!」
別にSR社に緊張はしていない。母に緊張しているのだ。大人女子から見れば、高校生はみんなかわいい。
「あっちの若い女の子は?」
「中学生だって!」
「えーーー??娘さん??若いーー!!」
そして若いの連呼。新卒や大学生ですら若いので、中学生などもうレジェントの領域だ。
「緊張しているのではなく、女性集団に怯えているんじゃない?」
ウキウキしたい社員が騒いでいる。
「チコ・ミルクって本当にいたんだ…。」
なぜか倉鍵ではチコがレアな存在になっていた。
「写真見た時、顔が人形みたいだと思ってたけど、本当にあれ肉体ですよね?」
ファクトは小5以来、倉鍵の研究所に正面から入ったのは初めてだ。
ミザルが全く笑っていない顔でファクトを見る。
「いつの間にシリウスと手を振る仲になってたの?」
あのチョコットしたのを見ていたのか!映像で見たのかもしれないけれど。
「はは、倉鍵の街中でたまたま会って。」
「…みんな私に黙っているのね。」
ミザルは何か考えている。
「で、なぜあのニューロス体がファクトに最初に話しかけたの?チコを襲撃した男でしょ?」
「あー!それは、たまたま会話した!」
「……」
チコ、ムギも無言だ。答えになっていない
「いつ?どこで?」
「…倉鍵でたまたま!」
何でもかんでも倉鍵にしておけば便利だ。一番遭遇しやすそうだし。
「…どういう理由であれ、完全に狙われてるね。あと、シリウスが自分のめくるカレンダーに赤丸を打っているんだけど、その理由を知ってる?」
は?知るわけがない。シリウスもそんなカレンダーを使うのか?紙のカレンダーのことか?
頭に万年カレンダーがあるだろ?
「ファクトと会った日じゃないの?」
「はああ??」
「最初がシリウス公開日。その後がここ最近の自由時間に3つ。今日も丸をしたら確定かな。」
「…。」
手が止まってしまう。
「…会ってたでしょ?」
みんながじっと見ている。ここでその事情を知っているのはチコだけだ。
「…会いました。」
仕方なく頭を下げて白状する。
ムギが「ハッ!」と鼻で笑う。
両手を膝について頭を下げ、嫁に向かって最近どうなの?と嫌味を言った義母が、逆に嫁に息子の不貞を通告され、2人に追及された息子が遂に白状したというような、高校生らしからぬ絵になっている。
「いや、だってね。気楽なんだってさ。ベガスの人間の雰囲気は。それに俺だけじゃなくて、リゲルやラムダもお友達だし!トゥルスも!」
と言うと、
「はあああ??!!」
と、チコだけでなくムギも反応する。トゥルスはムギの弟だ。確かにお気楽なメンバーではある。
「あ…。」
ここでシリウスと河漢でも会っているという事をバラしてしまった。ああ、トゥルスごめん。
「でも、普通に引っ越し作業したり、座って話しをしたりしただけだから。普通に世間話!」
「先、映像を見せてもらったけれど、あのニューロス体に攻撃されて、反撃した理由は?」
「脅されてた!だから咄嗟に!」
「…以前に骨折をしたことを言わなかったね?」
「……」
思わず固まる。過去を掘り下げないでほしい。
「使った保険や医療内容は全て私のところに通知が来るの。チコ、あなたが襲撃に会った日。」
「……」
「…。」
チコも上を向いてしまう。
あの時みんな、アジアで初めてのあれほどの騒動を経験する。チコが本当に死亡していたらユラスとアジアの国交が揺らいでいたかもしれない。サラサでも憔悴していたくらいだ。ファクトの治療の事は頭から抜けていた。
「一度、倉鍵に戻ることね。チコ、あなたにもいろいろと約束してたけど無理みたいだし。」
ミザルはそれだけ言って席を立つ。チコはそれに関しては何も言えない。
「でも、倉鍵でも本当に、偶然襲撃の男にもシリウスにも会ったんだよ。しかもたまたま行った日に。」
ファクトは思う。どこで会うかなんて分からないし、今となってはベガスにいても倉鍵にいても同じだ。SR社の研究室がある分、会いやすいともいえる。
「ファクト、ひとまず、家に帰って将来の事を話し合いましょ。チコといるよりは安全でしょ。」
ミザルがファクトを連れて去ろうとすると、ムギが一言言い放った。
「そうやって、息子を隠し続けてどうするんだ?もう遅い。ファクトは霊性だけでなく、サイコスも覚醒している。自分で呼んでいるんだ。」
「え?俺、誰も呼んでないけど。」
ミザルは冷たくムギを見た。
「………。」
「ファクト、そんなに頭良さそうには見えないからな。サイコスだってトップダブルスくらいだ。自分が呼び寄せていると気が付きもしない。」
トップダブルスは2種以上のサイコスをスタンダード以上使えるサイコスターだ。その総数は多くはないが、少なくもない。
ムギは淡々と話していく。
「でも、この位置と性格だろ?少しサイコスがあって、ミザル博士の話を怒ることもなく聴いている時点で、ちょっと変なのが寄ってきやすいんだよ。」
そうなのか?と思うファクト。そういえば誰かにゲテモノを呼びやすいとか言われたな。
「だいたい、もう成人なんだ。今年度が終わったら完全に成人になる。子供じゃなのにいつまで囲っておく気だ!」
アジアでは満18歳で成人。高校生はその年度終わりに本成人になる。もう18なので卒業をすればファクトは完全な成人だ。
「…………」
中学生に吐き捨てるように言われて、顔をしかめるミザル。
ミザルは戻って来てムギの前に立った。
「あなたに何が分かるの?」
「…」
「………何が分かるっていうの?」
動かない2人。
「分かるよ………。」
「は?何が?」
「だからチコが立ったんじゃない………。」
少しムギの目が潤んだ時、ミザルがハッとした顔をする。
「博士だって顔を上げられないことをしたのに………」
「っ!」
「それでどれだけチコが大変だったか知らないくせに!」
「ムギ、言いすぎだ!」
チコが止める。
「じゃあ、なんであんなこと言われなきゃいけないの?!!あのクソどもに好き勝手言われて!!!」
ユラスで起こったことは、人聞きやウワサでしか知らない。でも、アジアでのチコの扱いを見て来たのはムギだ。
「体を操作された女性がトップに立つと、裏でどんなことされて、どんなこと言われるかなんて考えたこともないでしょ!!!
それに、それにだいたいチコは………」
と、ムギは急にファクトを睨む。
うわーーーーー!!!!
と、ムギが泣き出す。
完全防音室ではないので、さすがにこの声が漏れていたのか。ドアをノックする音がする。心配で見に来たスタッフたちだろう。
「とにかく母さん!俺はアーツに責任ができたから、今は帰れない!!家に帰ってもトレーニングできないし!」
ファクトも立ち上がってそう言うと、呆気にとられている母ミザルに片手でハグをし耳元で言う。
「ごめん、今は家には戻らない…。母さん、ちゃんと愛してるよ。」
顔を上げて、トントンと肩を叩く。
「貝君にごめんねって言っといて!デバイスの貝君も解除してあるから。ジュニアだけ残してる。」
ファクトは帽子を深く被せてムギの手を握ると、少し駆け足で部屋を出る。
「ファクト?!」
「チコも行こ!帰ろ!」
ファクトとしては、元軍人だか、現役軍人だか分からない人たちに、プロやメカニックに対応できるような戦い方を教えてもらえる場所はベガスしかない。将来途上地域に行くなら少しぐらい自分や周りの身を守れるようになっておきたいのだ。そこで持った責任もあるし、ベガスを離れるわけにはいかない。
「ミザル、ごめん。」
チコもミザルに礼をして駆け出す。
研究室の通路で数人の社員たちに会う度に、小走りのファクトは「どうも!」と軽く敬礼をする。
そしてエントランスで護衛の車に乗り込むと、そのままベガスに帰った。
部屋に残されるミザル。
唖然とした顔で動かないでいるのを、古株研究員の安曇と助手が何とも言えない顔で見守っている。安曇もファクトの事はよく知らなかったので、対応することができなかった。
その後、倉鍵研究所では、両博士の息子はミザル顔のポラリスをさらにテキトーにしたような男子だと有名になったのであった。




