36 カオスはブーメラン
最近、執筆のプレビュー画面が別タグで出て、こんなに便利だという事を初めて知りました。これから、もう少し誤字がなくなるかもしれません…。
じっとシャプレーを見据えるシェダル。
輪郭がキレイで鼻は低く、薄めの顔立ちだが目は大きい。強く人を蔑んでいる目つきがチコと違う以外、どことなく似てはいる。
美容整形技術にも優れているシャプレーは一瞬で分かった。目以外はおそらく母方の血だと。過去にチコの血筋を調査した中に入っている顔と似ている。
「おもしろい存在だからな。私もある意味チコ・ミルクと兄妹だ。弟と呼びたい。」
「…先に名を言え。」
「SR社の社長シャプレー・カノープスだ。」
シェダルが驚く。
「…名前は知っている。」
「知らなかったことの方が意外だ。君は?」
「シェダル。それだけだ。」
ニューロスに関わる人間が、SR社社長を知らないとは。敵だったとしても基本の情報だろう。ファクトやムギも不思議がる。
「チコによくあれだけのことができたな。おかげで復帰が大変だった。」
「復帰したのか?後遺症は?」
「少し肉体部分は減ったが、今は完全体だ。敢えて後遺症というならニューロス体が増えたという部分だな。ただ、肉体は機械と違って、一度傷を負ったりメスを入れたら完全には復帰できない。骨も折れ方が悪いと全身に影響する。それを考えるんだ。」
「………。」
「死んでしまうのではないかと、みんな身の縮む思いだった。」
「人一人死ぬのにいちいちあれこれ考えるのか?ニューロスなんてまた作ればいい。」
そう言うと、いきなりシェダルがシャプレーに攻撃を加える。
足を顔に向けて蹴り上げた。
しかし、シャプレーはそれを軽くよけ、もう一発回してきた足を弾く。ダン!とまた大きな音がし、間髪なくシェダルは顔を掴もうとするが、簡単にシャプレーに拳を握られた。
「でも、チコは一人だ。死んだらもういなくなる。例えそっくりに作ろとも生物に同じ個性固体は2つと現れることはない。」
「……で?」
「…姉と認識している唯一の人間が、いなくなってもいいのか?」
「………………。」
シェダルのいた世界で人は簡単に死んでいた。でも、その言葉は何か引っ掛かる。
「クローンでも残しとけば?」
「!!」
その言い方に、またムギが動こうとしそうなので、ファクトが押さえ込んだ。
「放せ!このバカ!!」
「何体クローンを作ろうとも、全部別固体だ。クローンなどは霊性も無理やり入るから、まっすぐに霊線を整理できなくなる。関与した人間の霊線も歪んでいく。それにオリジナル以上のものはできない。オリジナルを越えられる個体は夫婦関係の間で出来るものだけだ。」
シャプレーは動揺することなくシェダルを見ている。まるでそれこそロボットのように。
は?何だ?
ファクトやリゲルは驚く。お互い本気ではないだろうが、なんでただの社長がシェダル並みかそれ以上に強いんだ?
自分を見ているスピカの目も認識し、シェダルはあきらめたように手を下げ、何かシャプレーと話していた。耳を澄ますがファクトにまで伝心が聴こえない。シャットアウトしているのか。
ファクトはどう動いたらいいのか分からず大人しくしていたら、まだ腕の中にいたムギに押され、また叩かれた。
「触るな!変態!」
「ひどい………。おれ、微命の恩人じゃん?」
控えめにと『微』を付けて謙遜してみたのに怒られる。
「あいつが、チコをあんな風にしたんだろ?半殺しにしてムショにぶち込んでやる!!」
「やめろ。敵わないし、そんなのチコが望まない。」
「何で?!ファクトは悔しくないのか!!」
「叩きのめすなら、とっくにチコがしていた………。それをしなかったのはチコだ。」
「…………」
ムギが悔しそうに顔を伏せた。
「………我慢できそうか?」
「……………」
ぐっと我慢している顔を覗き込む。
ファクトに映るその顔が、ひどく揺れるも感情を押さえ込み耐えていた。
節制なく怒っていた頃のムギとは違う。まだ幼い心のままではあるが、その睨む顔がとてもきれいで一瞬ひるむ。
ファクトの顔が動揺したのに気が付いて、ムギが赤くなる。
ムギは帽子を被り込み顔を隠して、ファクトの頬を叩いた。
「いた!」
ムギは後3発くらいファクトの腹を殴っておいた。
「やめろ!いたい!」
「うるさいっ。」
そこで気が付いたが、よく辺りに気を回すとラスたちの周り以外にも、周囲に何人かライフルを持って重装備した人間が隠れていた。
「お前とチコ・ミルクに用があっただけなのにな。」
シャプレーと話していたシェダルが自分の少し近くに寄って来た。ムギが動かないように腕を押さえておく。
ファクトとしては、ラスと話したかっただけだ。
先ほどラスのいた方に、ラスとリゲルはもういなかった。警備員に連れていかれたのだろう。
そして、シェダルはバイクを呼ぶと、そのままどこかに去って行ってしまった。
シャプレーは、シェダルが去って行ったのを見て会場に戻ろうとすると、恐ろしいことに間髪入れずに今度はユラスの人間たちまでが駆けつけていた。
げ!サダル!
サダルは前に出てくると、シャプレーの襟首を掴み睨んだ。
「なぜ逃がした。」
「………。」
「バカなのか?」
シャプレーの方が背は高いが、サダルは構わず脅すように言う。
「大丈夫だ。あの男はまた来る。」
「そんなことは問題じゃない。機密指名手配犯だ。」
「まだチコ襲撃と不法入国以外罪がない。」
「はっ?十分な罪だ。公安や東アジアに詰められるぞ?」
ベガス、アーツの人間の警報はベガス駐在ユラス軍に最初に届き、そこで警察案件か判断される。ニューロス案件の場合、他に通報口があり東アジア軍か特警が動く。
この会場は普段はベガス管轄外だが、今は国内外多くの貴賓が来ていたため、ニューロスに強いベガスの軍や公安にも動員許可が出ていた。
今ここに集まってしまったのは、会場警備に入っていたSR社、ベガス駐屯ユラス軍。ユラス軍により、東アジア公安には報告されているし、始めはただのケンカだと思った施設自体の管理者にも一部知られている。一般警備や、他の貴賓の警護や警備は現在1から3出口、及びエクステリアは閉鎖されている。
無我の境地に至りながらファクトは思う。
これ、違うカオスになってない?
しかも、なんでSR社とユラス、ケンカしてんの?仲良くしてよ。そこ。なんでみんなケンカばっかりするの?
もう完全に、自分の収集できる領域ではなくなった。
…つまり、チコもいた。
動員された組織が多すぎて、ユラス軍は動かずに後ろで待っていたのだ。
シャプレーとサダルはまだ何か言い合っている。一旦この場はSR社警備が受け持つが、雰囲気は険悪だ。
状況が安全だと分かると、チコを一目見てムギはファクトの手を振りほどき、無言でこの場から去ろうとするが、
「一旦ここに留まって下さい。」
と、どこの所属か分からない武装した人間にそう止められ、仕方なく帽子で顔を隠すように隅のベンチに座った。
チコが心配そうに近寄る。
「ムギ………。」
「………」
答えない。
「………ムギ?」
「チコ…。悔しいよ…。」
チコはその横に座ってムギの頭を撫で、背中と内臓に霊性を当てた。
ファクトも二人の前に来た。
「チコ?あいつの顔見た?」
トラウマが心配だ。
「………遠目で。」
「………大丈夫?」
「…むしろ直接いろいろ聞きたかったんだけど。」
ファクトもため息をついてベンチの横の地面に座り込んだ。
そこに2B出口からスタスタと駆けてきたのは………
シリウスである。
「げ!シリウス!」
マジか。SR社、止めてくれ。これ以上何も投入しないでくれ。
「皆様。大丈夫ですか?」
ファクトやムギに話しかけるシリウスと、いきなり顔をしかめるチコ。
「………何の心配に来たんだ。」
「有事があれば、イベントより有事優先ですので。」
「……何が有事だ。動員され過ぎて人が余ってんのに。会場内でも守ってろ。大衆の方が優先だろ。」
「私のスピーチはいったん終わっています。」
「…。」
「……ファクト、怪我はないの?」
シリウスは既に監視カメラの映像も含め、有事状況を情報で受け取っている。
「……あなたも…。」
ムギにも声を掛ける。先、背中を打ち付けていたからだ。
「…大丈夫。」
軽量ボディープロテクターが石の地面から身を守っていた。
その後、誰も話さず空気が重い。
シリウスが「あはは…」と言う感じで、どうしようもない空気に少しだけ気持ちを崩して、ファクトに手を振る。
けれど、場は和まない。シェダルをみすみす逃したシャプレーに、サダルがキレていた。
「……。」
やっとカオスお任せ組に引き継いだのに、なにこの超超険悪な空気。
はあ、と思ったところで、今度はファクトにとってもっと最悪な事態になる。
「あ………。」
ファクトにとって、本当のラスボスである。
なんと、母ミザルがこちらに駆けてきたのだ。
思わずベンチの後ろに身を隠す。
「先のニューロス体は?!」
「もういない。」
息を切らして走って来たミザルはチコ、シリウスの組み合わせに唖然とする。
そして、ベンチの後ろで座っている息子。
思わず大きなため息をつく。
「ファクト。出ていらっしゃい。」
「……。」
「ファクト……」
明らかな嫌悪感を隠さないで立っているミザル。
シリウスはとりあえず姿勢よく大人しく立っている。ムギはじっと見ていた。
「なぜファクトがここにいるの?」
シェダルが最初に接触したのがファクトだと知れるとまずい。今の状況は軍の機密事項であり、関係者でないのに、ここにいること自体がおかしいのだ。今から、周りと話のすり合わせもできない。
「…。」
安全なベガスで生活しているはずが、シェダルと知り合いの上、攻撃まで受ける。
シリウスともいつの間にか知り合い。
なぜか自分、このど真ん中にいる。
ミザル激怒の構図である。
また自分が収集すべきカオスが訪れて頭を抱えた。
ファクトはこの後、ごまかしにごまかしながら、ここにいた言い訳をしてこの日を乗り越えたのであった。




