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ZEROミッシングリンクⅢ【3】ZERO MISSING LINK 3  作者: タイニ
第十九章 シンクタンク

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33 奥底に刻まれた悔しさ

拙い文をご愛読ありがとうございます!



「マジか…」

リビングで下町ズな言葉を吐いて、自宅玄関の方を見るチコ。あれこれ動くとユラス組に会うかもしれないので、今日は早めに帰宅していた。


なのにサダルは夜そのまま駐屯所か宿泊先に行くと思ったら、なんとマンションに来たのだ。


「なんだ、その顔は。自分の家に来て何が悪い。」

「あ、いえ。何も悪くありません。」

突然下手に出る。



慌ててグリフォが敬礼をする。

「何か飲むものをお淹れしますか?」

「ああ、お茶か何か。」

「ダイニングに?それともリビングにでしょうか?」

「リビングで。」


グリフォはお茶を淹れると礼をして下がる。

「グリフォ、お疲れ。」

サダルはグリフォを一言敬った。

ユラスでは子は宝なので、体を考えて看護、介護、施設など一部の職種や有事以外は、未婚や新婚の女性に深夜12時以降の夜勤は基本させない。軍も同じだ。


「サダルの家でもあることを忘れていました。今回は私が外泊しますか?…。」

「……。冗談で言っているのか?」

「………あ、いえ。」

「座れ。」


しぶしぶソファーに座る。

「長旅お疲れ様です。」

「……いつ次が来るか分からないから、率直に言う。」

「……」


「取り敢えず離婚は無理だ。」


思わず顔を上げると、サダルが続ける。

「今は駄目だ。カストルや味方の長老院も同じ意見だ。先、ポラリスからも言われた。」

「……。」

「お互い再婚しないつもりなら、その方がいい。」


「でも、私が離れた方がこれまで敬遠されていた勢力もサダルに着くだろうし…。」

「今は既存勢力よりも、アジアと組める力を優先する。分離や閉鎖思想は新しいことをする力にならない。もう二世三世世代とは話を付けてある。回顧主義はほとんどいない。」

「…。」

自分とは話もしてくれなった首都の権威層二世たち。サダルがいるだけでこうもうまく話が進むのかと悔しくなる。サダル帰国前、自分は相手にされないので味方のユラス人が裏で彼らを宥めることでどうにかバランスを保って来たのだ。



「………回顧主義はいない?」


片腹痛い。

彼らは自分たち新参をひどく嫌悪していた。アジアとの共同宣言を実行するに際しても、アンタレスからの侵略者、若者を洗脳する異国人の教主、国を崩壊させる悪鬼と罵しられ言い返すこともできず、こちらの見解も言えなかった。サダルが復帰するまで待ってほしいと言っているだけなのに。


土下座して地に着いた額を小突いた、誰かの汚いブーツ。ゴミが浮き野良犬が水を飲む街中の泥の水溜りに、足で顔を沈められたこともあった。帰れと。戦場で殴られた時より嫌な感覚だった。


自分が積み重ねて来た6年よりも、サダルが戻って来た数週間ですっかり人も世界が変わってしまったのだ。やっとという安堵もあるが、やるせなさもあふれてくる。


悔しくて涙が出そうになるが、ぐっとこらえた。絶対に泣きたくなかった。

「…………」

「……。」


自分の膝を引き寄せ顔をうずめる。


「チコ………」

「もういい。私の役目も終わった。カーフやマイラ世代に国境はないよ。ユラスのいないところで仕事がしたい。」

折角ニューロス化したのだ。力の必要な場所に行きたい。


「ユラスを離れるのも無理だ。私たちの間に溝があると分かれば、まだ間に入ってくる勢力もある。」

「…それでいいのに…。」

「………」

「サダルはちゃんと新しい人を見付けるんだ。子供がいればユラスはもう少し安定する。したいこともしやすくなる。」


「チコ、今二世世代が動いているのは、私が不在の間も首都再建とベガス構築が進んでいたからだ。それに6年間、地方軍がチコを離れなかったのを彼らはちゃんと見ている。その土台がなかったら、こんなに早く話しは進まなかった。」


「…でも、自分の中で消化するにはもう少し時間がいる…。」

「………」


「あと、マキュレイ家 次男の長男だけは締めておいてほしい。」

「…何かされたのか?」

基本、記録に残っていることは全部報告を見ているが、その名前はとくに目立っては見ていない。


「髪を引っ張られ耳を舐められ、その義体(からだ)でどこまでやれるか見てやるとか言われた。どうせサダルは帰ってこないからと。」

「……。いつの話だ…。」

ため息が出る。


「まだサダルがいなくなった初期で、ナオスの大きな家系にどう対処したらいいか分からなくて、逃げることしかできなかった。今なら証拠も残して指でも折ってやったのに。」

完全なわいせつで強姦未遂である。しかも議長夫人に対してとは、その場で殺されても仕方ないほどの罪だ。おそらくチコが元特殊部隊の兵士であり、高性能ニューロスという事の意味を知らなかったのであろう。


チコも厳格なユラス社会の議長夫人に手を出す者はいないと、耳打ちしたいことがあると言われて顔を寄せられても油断していた。相当舐められていたという事だ。

チコにはアジア籍もあるので国際問題にもなる。相手も、当時のチコが問題を起こしたくないことを見越して、誘惑に失敗しても口外しまいと思ったのだろう。


「親世代のしたことを見ているからな。そのくらいの事はしていい女だと思ったんだろ。霊歴に残るのに。」

チコがイライラしながら言う。マキュレイの家長にも髪を掴まれて壁に叩きつけられたことがあるが、その時家門の多くの男たちが見ていた。長男と違い、彼らの長男の三男と一部の従兄弟たちはその後こっそり地方軍に入って来たが。


「……分かった。報告書になかった話だな…。」


おそらく、書かれていない細かなこともたくさんあったのだろう。

「申し訳なかった。私も無知だった。もう少し女性の基盤を作っておくべきだった…。ソライカの事も。」

「ソライカなんて問題にもならない……。」


チコは社交界や女性の世界に何の知識も基盤もなく、一人でユラス社会に放り込まれたのだ。お互い距離感が分からず曖昧にしか助け合うことができなかった。味方はほとんど地方勢力や都市部でも海外在住経験のある、中心からはズレる層だ。


「…それはお互い仕方がない。お互い何も知らなかったから。」

チコはそう言って顔を上げない。


それに、女性たちに多少叩かれグチグチ言われることは、権威欲のある男たちに好き勝手言われ小馬鹿にされ、頭から人間性を否定され、屈辱的な暴行を受けたことに比べれば何でもなかった。おそらく議長夫人の座がなければ、もっとひどいことをされていただろう。



サダルはチコの肩か背中に手を差し出したが、チコは何も見ずにそれを手で弾いた。

「………。」

慰めはいらない。いずれ離れるのだから。




***




夜10時半。


サダルは護衛を連れて、VEGA事務局の編集前の紙資料を確認にしに来た。

すると、隣の会議室がにまだ人がいる。


おそらくアーツメンバー。


サダルはノックをしてそのまま入って行く。

「どうぞー!」

こんな時間なので、アーツは身内か管理人だと思っていたのだが、現れた人物に一同唖然とする。



長い黒髪で、背筋の伸びた長身の男。


サルガスは思わず目を見張る。

「え?サダル…議長?」

「あ、こんばんは…。」

いっせいに注目が集まり、みんな間抜けな返事をする。


いるのは、家庭を持っていないメンバーのサルガス、シャウルやシグマ、ローなどいつものメンバーに、クルバトやラムダなど妄想チームの一部。ミューティアを始めとする2期の女子。兄ゼオナス。全部で20人ぐらいいる。なぜか妄想チームに入り浸っている、藤湾のKY男シャムも混ざっていた。

普段はこの時間まで仕事はしないが、早くフォーラムの成果をまとめたかった。


「あまり遅くなり過ぎないようにな。気にせず作業を続けていい。」

そう言って椅子に座り、ゼオナスに資料の一部を見せてもらっている。気にしない訳がない。


後ろに立っている護衛が、いつもいるベガスの兵ではないので気が気でない。何よりガードされているサダルの方が、ガタイのいい護衛よりよっぽど自分たちを殺せそうだ。目で。


サダルは端正な顔でクスリともせず、ボードに書いてデジタル化したものに目を通している。どこか似ているのに何もかもチコと正反対で、何度見ても妻と気が合いそうにない男だ。少なくとも夫婦には見えない。



遊びに来ていたファイが思わず見入っている。

「やっぱり、きれいな顔だわ。何を使ったら髪があんなにサラサラになるんだろ。あの女も気が狂うのが分か…ググっ」

「黙っとけ。そんな問題じゃねーんだよ。シャム、お前も喋るなよ。」

シグマがファイの口を塞ぎ、シャムを睨むとシャムは素直に無言でOKサインをした。


アーツ的には作業を続けるどころじゃないんですけど…、と言いたい。

手を動かしただけでもダメ出しが来そうだ。


「…どうした。ミーティングや作業を続けろ。」

サダルが全体に言い、リーダーたちが何か質問を受けている。

『あ』と言った瞬間に打ち落とされそうで、金縛り状態です、とは言えない。言いたいが言えないことが多すぎる。


「…ダナイ。みんなが怖がっている。外で待ってろ。」

サダルが言うと、クラズ並みにガタイのいい護衛はなぜか廊下側ではなく外側の窓に行き、サッシに手を掛けて外に飛び出てそっちで待っている。その方がガードが広いからだろうか。


護衛も怖いけれど、怖いのはあなたの方なんですが。



そこに我が救世主。


空気の読めない男、読む気すらない男、空気すらブロークンなファクトがやって来た。



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