27 懲りない人たち
演習は6部隊が1回戦ずつして終わる。
恐ろしいことに、最も強いのはベガス駐屯組であった。
カウスをはじめとする、カウス同僚たちである。ただしカウスは蚊帳の外。
最後だけ仕事を抜けて現れた、自称非戦闘員のアセンブルスも、いつも柔らかい感じのフェクダも、打撃を与えることもなくほとんど瞬殺で数人を戦闘不能に。ベガス組との対戦はどこもあっという間に終わってしまった。
「え?ベガス、こんな人たち要らなくない?」
常々思ってはいるが、思わず口にしてしまうクルバト書記官。
チコが答える。
「ユラスにはまだ人がいるし、サダルと帰った奴らは、ワズンやカウスクラスもいるから。」
うわっ。ベガス駐屯よりヤバいのか?怖!と下町ズ。
そういう人は、マイラたちのためにサウスリューシアに送ってあげてほしい。アジア、比較的平和じゃん?
サウスリューシアは新時代初期まで、法より力の地域で暴力、殺人、失踪が日常的にあった場所なのだ。だいぶ良くなったとはいえ、名残はある。オリガンも前時代、民族間虐殺があった地域だ。でも、おそらくアジアとユラスの間にある、北メンカルとギュグニーへの牽制のために戦力を残しているのだろう。そして解放前後にいつでも入れるように。
全演習が終わると、ユラス兵たちが装備を触らせてくれるというので南海やアーツメンバーは盛り上がる。
プロテクターなどは見た目と違って全然重さがない。
「飲み水の方が重いかな。」
こんなに軽くても、一般で流通しているような銃弾は貫通しないらしい。
チコが横から入る。
「ただ、衝撃は来るから、重機関銃とかバズーカー砲とかはプロテクター越しでも死ぬからな。気を付けろ。」
「………。」
サラッと言うこの人が怖い。気を付けようがないし、装備したところで簡単にスキマを狙われて、普通の銃でもお陀仏する自信があるし、ここで勉強しなくても名前だけで、問答無用、死ねると分かる。そもそもどこで何に気を付けろというのだ。そんなシチュエーション、漫画ですらあまりない。
サルガスやヴァーゴ、クルバトなどは銃を触らせてもらい、特警などもこちらに来て見入っている。
「アジアの同じ会社だな。俺らが使っているのと似てる。」
一方ファクトはシリウスのストーカー行為のため、ずっとログインしていないオンラインゲーム『ゴールデンファンタジックス』ゆえに、リアルアーミーに大満足である。フォーラム期間中、メインのユラス組ユラス人は民族衣装を着ていたので、ここまでガチ装備は普通の場では初めてだ。
チコが襲撃された時を思い出すが、今は演習で全員仲間という安心感がここにはあるので、無心で楽しめる。
「マジかっこいい!これファーコックのために買ったのと同じだし!」
「ガキのクセに課金するなよ…。」
盛り上がっているファクトにジェイが呆れた。
「ギリギリまで無課金で頑張ったんだけれど、このアーマーとかの魅力には勝てなかった…。」
「え?ファクトそういうのが好きなの??」
妄想CDチームの会話にチコが乱入する。初、珍事である。
「好きだけど?」
「買ってあげようか?」
目をキラキラさせるチコ。はあ?と反応する妄想チームと周囲。
「え?本物を?ゲームの範囲でいいよ。」
ファクトとしては、妄想でいいのである。
「プロテクターも普段着になるのがあるぞ。自転車やバイク用とか。そういえばファクトは何が好き?服のお礼してない…。」
弟大好きモードになって、ちょっと危険だ。まだ演習終了の挨拶もしていないのに、この低落。
サダルが帰ってしまったので、ファクトとチコが接近禁止という事を忘れていた一同はこれはいかんと思う。まだ、ユラス組がいるのだ。
そこで、サルガスがサルガスと気が付く特警のおっさんたち。
「…あ??お前、1億7千万の兄か?!!髪切ったらそうなるのか!」
そう、なぜか警察たちはファクトとサルガスが似ていると兄弟扱いしているのである。髪を切って、さらに似てしまった。
「うおーーー!!」
特警たちがサルガスの頭をガシガシ振る。
「やめてください!」
「兄弟?」
チコはそこに反応している。
「よう、チコ!相変わらず物騒なことしてんな。河漢の話聞いたぞ。よろしくな。」
おっさんたち特警は、河漢でベガス民が働いているので管轄が河漢まで広がった。彼らは地方や都市警察でなく東アジア公安の直下である。
「誰と誰が兄弟って?」
「1億7千万とこのにーちゃん。そっくりだろ!」
ファクトとサルガスは黒目黒髪で、目も細くもなく、大きすぎもしない奥二重。似ていると言えば似ているし、そう思っていた人もそれなりにいた。
「……。」
何か考え込むチコ。
「1週間後にまたサダルが来るから、どうしようと思ってたんだけど…」
他人や子供もいるのに、それをここで言うなと思う下町ズ。どうしようではない。旦那である。
しかし、この前のことを思い出す。
「…サダルも系統は同じ顔だから、ファクトだと思えばいいんだって忘れてた!頑張れそう!」
嬉しそうに自体内結論を出し、サダルが来る来週を乗り越えようと決意する。忘れていたとは、他にどこでそんな話をしたのだ。
「サダルがファクトに似てると思えばいいんだな。兄弟なら大事にしないと!」
うわ!最低!と、下町ズ以外もドン引きである。
せめて、年長者のサダルにファクトの方が似ていると言ってほしい。近くにいたベガス以外のユラス人たちも、目が「???」になっていた。
見かねたカウスに連行されそうになるチコだが、やはりここで空気の読めない奴が余計なことを言う。
「演習、チコ総長は何もしないんですか?」
振り向く、多種多様な皆さん。
第1弾修了式に試合をするようにけしかけた、黒人のKY学生シャムである。シグマですら最近遠慮しているのに、図太過ぎるこの神経。
チコはシャムに睨んで返した。
「当たり前だろ。どこの官僚、行政官、司令塔が前線に出るんだ?そもそも私は軍人ではない。」
毎回前線に出たがる上に、出てませんか?ここにいる半分も軍人ではありませんが?と言いたいが、あえてそこには触れないカウス同僚たち。
「そうです。チコ様は体に負担がかかることは無理です。ね?」
演習に参加させてもらえなかったカウスがそう言いながら、チコの顔をわざとらしく覗いた。
「あ?なんだ?」
「体調、ご完全でないですよね?」
「は?健康に決まってんだろ。」
「ニューロスの調整は?」
「ポラリスがしたんだから、前よりいいくらいだ。」
そこで、チコ消息不明の件以来遠慮していたアーツも盛り上がる。
おおおーーーーーー!!!!!!
「…って、お前ら。もう終わりだからな。一部メンバーは今日までにアジアから出ないといけない。フォーラムのフォローアップを簡単にして、出国準備をしろ。」
「夕方でいいでしょ。」
「ケガさせたら、ユラスに怒られるだろ!」
「既に怪我人が出ているのに何を言ってるんですか。」
軽い打撲と、サイコスのショックが数名。だが、チコやカウスたちが接近戦をしたという噂を本土で聞いていた面々が、期待を滲ませた顔をする。しかも柔軟を始めるカウス。
「チーコ!!チーコ!!チーコ!!!!…」
いつものチココールが始まってしまった。
あいつらこの前は散々カウスコールをしていたのに何なんだと、チコはイラつく。
しかし、カウスのガス抜きを中途半端にしたチコが悪いのだ。
最後にも入れないし。
結局、ほぼ3分戦に近い試合になり、希望者全員受付。
遅れて息子たちを連れて来たマリアスが進行になる。
ショートショックなら使っていいが、基本接近戦に切り替え、何人かはごつ過ぎる装備を外した。
チコは薄型軽量のプロテクターを装着し、髪もまとめ、首回りも何か巻いている。ファイが「萌える」とチコのポニーテール姿に涎を垂らしていると、それに気が付いたチコにデコピンをされるのでかなり痛がっていた。本当に変態が多くて困る。
いつもの如く参加したい特警もいたが、さすがに上の許可なく公安がここで加わるのはまずい。
「今度ベガスで接近戦があったら参加していいって、事前に許可貰っておきましょうよ!!」
と若手が喚いている。アーツとしては、絶対入りたくないという思いしかない。死ぬだろ。
試合は、始めは4人対戦で自分以外全員敵。胸のプロテクターが反応した時点で退場、次を投入ルール。当たり前だが、急所や殺人技は使わない。
しかし、試合にカウスが入ると、ほぼカウス勝利になってしまったので、マリアスの号令でそのままチコも対戦エリアに入る。やはりカウス、おかしい人間だったのだ。
チコが入った時点で、目で合図しチコ以外の3人が組んで集中攻撃する作戦に出るが、結局チコ1人で20人近く倒し、会場は大盛り上がりであった。
***
その日の昼食時間、サルガスからの着信にビクッと怯えてしまうロディア。
今、ロディアのいた河漢の養護学校は新自治体『東海』に移っている。前時代の建物の中に、身障者ユニバーサルデザインの施設が多くあったため、それらは優先的に擁護関係の保護、教育機関になった。
その他、病院横に併設された学校もあり、今はそこに通う長期入院患者の数学も見ている。
少しだけ着信表示を眺めて、思い切って電話を受ける。
「はい!!」
『…こんちは。元気だね。』
勢い余っただけである。
「あ、はい。サルガスさんは?疲れてないですか?」
『あ、俺は寝てた。』
「寝てた?」
『昨日も一昨日も寮で爆睡してた。一昨日は夜仕事もしてたし、今日はなんだかんだ早く起きたけど。』
「……。」
『知らない間に爆睡でジリのベッドで寝てたから、ジリが俺のベッドで寝てたらしい。あんま覚えてなくて。あ、ジリって同じ部屋の人なんだけど。』
「………」
何となくだが、ジリは知っている。
『シグマとかだったら蹴落されそうだけど、ジリは優しいから起こさずにいてくれたらしい。』
「…シグマさんだって優しいですよ。フォーラムお疲れ様です。」
『ロディアさんこそありがとうございます。』
女性たちと飲みに行ったのではと、過剰な心配をしてしまった自分が恥ずかしい。
きっと、ファイやリーブラなら「パイと飲みに行ったかと心配した!本当は行って来たんじゃないの?どうだったの?!」と普通に聞いてしまうだろう。そんな勘違いで昨夜悶々としていた自分がみっともなくて、思いを言うなんてできなかった。「信頼していないのか?」と、嫌がられても怖い。
そして…そのことに気が付いてしまった。
サルガスは距離のある人間には表情が優しい。近い人間には不愛想だ。多分だけれど、とロディアは思う。下町ズにはいちいち愛想を振らないのだ。
『今日は午後3時からフォーラムの反省会。ロディアさんも参加出来たらよかったんだけど。』
「私は客です!」
『でも、正会員になってくれているし、おじさんからの収穫が凄かったから…。』
「それは父や伯母の成果ですので…。」
仕事的な話であるが、そういう会話材料があるのが助かる。ロディアは電話などでプライベートの何を話すかなんて分からないのである。
『…今度食事して、本当にゆっくり話そうよ。』
「…はい。」
電話を切っても、暫く宙に浮いてしまうような気分が抜けない。ドキドキしているのと、自分にはなかった世界に放り込まれた不安感と足場のなさ。
でも、向こうが気を遣ってくれているのは恵まれている立場だとは思う。
それに大房の人間が、一言二言の失言や言葉尻だけ捉えて人を決めつけてない人たちだという事も、今は知っている。ヴェネレでは何気なく言った愚痴や言葉の捉え違いで、全人生、全人格を否定されるような攻撃を受けることもある。
攻撃をするあなただって誰かを否定しているのに、私を傷付けているのに、他人には人格者であることを望む。
反面、言葉も行動も軽いと言えば軽いのだが、大房の人間はそんなことは気にしてはいなかった。
ある意味、自分にも他人にも厳しく、そして甘かった。
サルガスとのお付き合い。
それでも、もしかして駄目かもしれない。
でも、今は少しだけ、自分の世界から出て勇気を出してみようと決意した。
自分の見ようとしていた世界が世界の全てではなく、自分にも色眼鏡があったことがやっと分かったからだ。