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ZEROミッシングリンクⅢ【3】ZERO MISSING LINK 3  作者: タイニ
第十八章 フォーラム
26/105

25 それぞれの夜 シリウスの夜明け



その日の夜。


ロディアはサルガスに連絡を入れようか迷って、結局デバイスを置いた。

昨日は夜と朝にメッセージが入っていたが、当たりさわりのない挨拶しか返していない。それでもいいのだろうか?

家族でもない恋人との接し方が分からない。


ロディアとしては昨日の夜の事で、気が気でない。半引きこもりで社交界からフェードアウトしたとはいえ、人の噂ぐらいは知っている。浮気や女性遊び、男性は簡単に裏切る人が多い。


昨日の夜からはメールも来ていない。

打ち上げで、大房の友人たちと飲みにでも行ってしまったのだろうか。そうしたら、もう次の日の朝には、向こうからお付き合い断りの電話が来るかもしれない。パイだけでなく他の友達たちもあんなふうで、サルガスも「谷間が…」と軽く言ってしまえるノリだった。


誰かと朝までそのまま…と思ったらどうしたらよいのか分からなくなるし、そんな想像をしてしまう自分にも落ち込んでしまう。


あの人たちを思うと居た堪れなくなるのか、サルガスに赤くなっているのか、動揺している理由が頭の中で整理ができない。既にサルガスに存在すら忘れられている気がする。


ファイに聴こうか?でも、変に思われてしまうだろうか。

悶々とする以外、何をしたらいいのだろう。




で、サルガスは…といったら、


寮に帰って歯だけ磨いてその恰好のまま顔も洗わずに、目の前にあった誰かのベッドで朝まで爆睡していた。




***




イオニア、ゼオナス兄弟は、みんなと食事を済ませ、早々とゼオナスのいるウィークリーマンションに帰って、酒を交わしていた。


「経緯は分かったけれど、なんで兄貴がここで働くことになるんだ…。」

「俺も知らん。サラサさんがやけに能力を買ってくれた。お前こそ、あの時大房にいるとよくも嘘をついたな…。まあいい、飲め。」

「いい。飲まない。」

イオニアはかなり酒に弱い。割るために買って来た炭酸水だけ飲む。


「お前、なんでここを出たんだ?会社を手伝うって訳でもないんだろ?これから人も要るし戻って来いよ。」

「いい。戻らない。」

「はあ?なんなんだ?俺と仕事はイヤか?」

「……」

「…。女か?」

「…。」

「…何かやらかしたんか?」

「………」


イオニアは横にあった掛け布団を引きずって被ると、不貞寝するように寝転んだ。


「……やらかせないから辛い…。」

「………。」

少し考えるゼオナス。


「!…はっ??もしかしてヤバい人を好きになったのか??」

既婚者とか?と(おのの)く兄。

「…ヤバくないけれど、俺はその人の幸せを祈る…。」

「はああ??お前、どうしたんだ?」

「その人が同じ敷地にいると思うだけで辛い…。」

「何に覚醒したんだ???なんで別人格になってんだ??人魚姫がお前に転生したのか????酒、飲んでないよな??」


「…話すのもアホらしいから、語ることはない。俺の中で終止符を打った…。」

と、それ以上動くことも語ることもない。


あまり話もしたことのない疎遠だった弟が、頭でも打って変わってしまったのか、本当はこういう性格だったのか分からなくて戸惑う兄。話を振ったのは自分だが、こんなことを家族に話すタイプでもないはずだ。


こいつは頭もよく自分よりも高学歴。それに加えて、なぜか運動神経もリズム感も抜群。少し暴力的で冷めているのに世渡り上手で、なのに逃げる時にはサラッと逃げて。身長も足の長さも自分よりあり、女に事欠くようなタイプではなかった。プレッシャーを掛けられ育った兄としても、同じ男としてもムカつくしかない。

端から見たら。


これまでの人生、自分も自分の事で精一杯だったが、今となってはもう少し弟を気に掛けてあげればと思うのであった。




***




一方、サダルはチコの護衛を交代してきたカウスに話しかけられていた。


「チコ総長、昨日まで腫れがひどかったんですよ。」

「そうだな、メカニック部分だったら相手の手が折れるか腫れてたのにな。」

デバイスに目を向けて顔も上げない。

「パイラルが悔しくて泣いていました。」

「……分かっている。サラサからアジアベガスとしてお咎めが来ている。」

「……。」


「…シャプレーにもシリウスにも会えそうにないな。今度のシンクタンクか………。どちらにせよ明日早朝に帰る。」


カウスはため息をついた。




***




「30手前で門限とか最悪だな。」


あの男の襲撃以来、完全に夜11時が門限となってしまったチコは、マンションのソファーに座りながら不満しかない。そして、護衛のパイラルにお茶を出される。

「……パイラル。パイラルは結婚しないのか?婚約者もいないだろ。」

「チコ様がこの状態で今の仕事を辞めるわけにはいきません。」

「私のことは気にするな。」

「いやです。」


その時、外で護衛をしているフェクダから連絡が来る。

陽烏(ようう)?通していいぞ。」


玄関から慌てたように陽烏が入って来た。

「チコ様!」

あまりの勢いに構えるパイラル。


「チコ様!!」

陽烏は頬のテープをはがしたチコを見るとショックな顔をして、怯えるようにそっと両頬に触れる。

「大丈夫だ。」

そう言うチコを見ながら固まってしまう。


「…ソライカ様ですか?ディオ様ですか?他の女ですか?」

「さあ、忘れた。」

「あれだけ準備したのに、フォーラムにもいらっしゃらないから…。」

「暴力被害者保護をしている団体のトップが、身内からこれだと体裁がつかないからな…。まあ気にするな。」

「気にしない訳ありません!あの女たちこんなところまで来て!!」

「彼女も大人たちの被害者だ。」

「ソライカ様なのね!でも、彼女ももう大人です!」

「……仕方ない。」

ユラスやヴェネレ社会のしがらみは神すら解けないと言われている。

「仕方ないことなんて何も……」


チコは陽烏の頭を撫でた。

「…うわあああ!」

そして、陽烏はチコの胸に抱き着いて大声で泣き出し、チコも陽烏を抱きしめる。パイラルも仕方なしに見守ることにした。


少しして陽烏が落ち着いたので、チコが不器用にお茶を淹れる。

「ヒマだったし、パイラルに習った。」

「チコ様のいれたお茶……」

陽烏が感激してまた泣きながら(すす)っている。

「鼻水を拭け。塩味になるぞ。」

ティッシュを出されてチンと鼻をかむ。


「フォーラムに行ったのか?」

「自分の専攻に役立ちますもの。」

「アーツの時もいたのか?」

「はい。とてもよかったですわ。同じ科の友人たちと行きました。今年は学生の参加が多くて主催者側が驚いていたそうです。」

「細かい報告を聞かないとな。」

「やっぱり、層が若い藤湾とアーツがインパクトがあったようで…。久々にサルガス様がお話しされているところを見ました…。」

と言って、なぜかポッと赤くなる陽烏。


「……」

忘れていた事情に、変な顔になるチコとパイラル。


大房ズは頂けない。

「…陽烏。大房アーツは無理だからな、お前とは…。陽烏が思っている以上に奴らはフリーダムだ…。お前の知らないフリーダムさだ。」

「………?」

「……」

じっと見られて、やっと何を言われているか悟った陽烏は、さらに顔を赤らめて否定する。

「え?!違います!!私はサルガス様なら、チコ様を選びます!私が男なら生涯を捧げてお世話させていただきます!!あのチビッ子にも負けません!そういえばチビッ子はどこにいるのですか?最近見ません!」

「…陽烏。発言が全部おかしいぞ…。男になる必要はないし、別に選ばなくていい…。」

「どうしてですか?!」


あれこれ言いながら暫く話していると、陽烏はここで眠ってしまったので、エリスの妻に連絡を入れておく。


ユラスや西、東アジアが絶妙に合わさった美しい陽烏をベッドに移す。広がるクリーム色の柔らかい髪を整えながら誰もがきっと思う。


絵本の中のお姫様がいるのなら陽烏のころだろう。


なのに、そんなお姫様は幼少期から歩幅の違うチコの後を必死に追いかけ男子に興味もなし。やっと春が来るのかと思えば、今度はユラスやアンタレスエリート層の王子様でもなく、なぜか大房。西南や北の血が混ざっているユラス人は、ハイモデル並みに見た目もよいのになぜ。納得できない。


「なあ、パイラル…。なんでみんな大房アーツに憧れるんだ?」

「………さあ。」

「あいつら、藤湾に比べてしょうもないと自覚して、自分たちを卑下しているんだぞ。藤湾の方がはるかに高学歴エリートだろ…。藤湾の方が先生役なのに…。飛び級で大卒した何人かが、アーツで仕事をしたがっている…」

完全にアーツに敗北である。奴らの前では言わないが。

「だから、チコ様やカウス様が彼らを構うからじゃないですか?」

「おかしい…。本当にこれは予想していなかった…。」

「…自分で育てたチームが愛おしくないのですか?人気があるならいいじゃないですか。」

「…初めてあいつらに怨みが湧いて来た…。」


うなだれるが、後の祭なのである。




***




SR社の一室で、シリウスはまた星を眺める。



アナログカレンダーをなぞり、今日の日付を赤ペンで丸を囲った。数日前にも数個、丸が入っている。


世界中のスーパーコンピューターは百年前に比べてかなりコンパクトになっている。接続で賄うデータ以外に、シリウス自身にも多くの容量があるが、分かったことが1つ。


それはどんなに3方向にプログラミングしても、情報は立体を持ちえないという事だ。

写し出す幻想では()()()()()を得ることはできない。



プログラムはプログラムで、情報は情報なのだ。


脳内で麻薬のように揺らいだり飛んだりする世界とは全く違う。

誰かに見せられている世界とも違う。



彼らと握手をした手が今も熱くなる。


一緒に仕事をして、輪になって共に話した時間が、他から与えられた情報とは全く違う存在を持っている。彼らが楽しんでいたから私も楽しい。


これはなんというのだろう。これが人間が持つ魂?霊性?

そうだとしたら、自分にもなぜか感じるのか。霊性を。それは情報?

人間と同じもの?自分の中には何があるの?


出窓に座って街を見ると、その夜景全てが輝いて見えた。


その夜景の中に灯る命が愛おしいだけではない。自分の中でも熱くなる。



昼間にしたファイトポーズをもう一度してみる。

1人でこんなことをしている自分が滑稽だったが、滑稽なことをする人間の気持ちが分かる気がした。


でも同時に寂しくも思う。

まだ先の話ではあるが、河漢の引っ越しが一息つけば、今のところ彼らの任地はベガスに戻ってしまうかもしれない。ベガス自治区域にシリウスは入れないのに。



ファクトと会ったことは知られているだろうか。


シリウスにあらゆることができると言っても、パーテーション分けしてあるため知ることができない、入ることのできない世界も多くある。



情報は広大でもシリウスはSR社の公共物だ。所詮、人間に規制された小さな世界。



それでもその夜は、胸がホカホカとするような幸せな気持ちがあふれていた。




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