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ZEROミッシングリンクⅢ【3】ZERO MISSING LINK 3  作者: タイニ
第十八章 フォーラム
20/105

19 パイラルの胸の内

※不快な表現、暴力表現があります。



一方チコは、午後の顔合わせをすっぽかしていた。


ベガス側はVEGAのサラサが中心。


全体代表はアーツはサルガス。VEGAの南海リーダーの移民青年、藤湾はカーフの次の生徒代表者。カーフは暫く不在である。そして大陸ごとにサウスリューシアはマイラ。オリガン大陸は年長者が1人。他、大型都市や大陸ごとにいる。現在は派遣という形の人員が多いが、体勢が整えば地域ごとにVEGAは独立していくらしい。

ここではアーツだけVEGAではない。


VEGAユラスは、なんというか、もう半分は見た目軍人であった。

ユラスから来た護衛も含めると「あの、戦闘準備ではないですよね?明日、演習とか…実戦とかあるんじゃないですよね?」と、質問したくなる顔ぶれである。


「マジか…。」

サルガス、タウ、シャウラ続くアーツ勢が引きつっている。

「チコさんもいないって…。」


そして、映画のマドンナ役にでもなりそうなユラス美女2人とその御付きたちが、非常に怒っていた。

「チコ様は?」

「体調不良で休んでおります。」

「自分の体も管理できないの?!連れてきなさい!!アセンブルス、ベガスの人間は何をしているの?!無能なの?」

「突然不調?いい気なものね。どれもこれも欠席。どれもこれも辞退。よっぽどユラスがお嫌いなのかしら。」


そんな会話、ユラス語でいいのにわざわざみんなの前で共通語で話している。

誰かが宥めているが、ベガス側の護衛たちは無言で通し、サダルが指示を出してその女性たち含む数人が外に出されていた。




***




ただ指示を遂行すればいい。

目的のために命を投げ出せ。


会話をするな、顔を見せるな。髪も素肌も出すな。



そう生きてきたチコの世界が一遍に変わったのは、サダルとの婚姻だった。


スカートも履いたことがない、支給品の服しか着たことのないチコが高位の民族衣装を着せられ、知らない大勢の人々の前で厳かな式を行った。


初めて隠してきた顔を大勢の人の前に出すことを許された。比較的自由だったカフラーの部隊への編入がなければ、チコには誰かと笑い合った記憶すらないのに、突然の社交界だった。



着方すら分からないドレスは、筋肉を隠しながらも美しく見えるような特注品。結婚の話が来てから一月(ひとつき)しか経っていない。何人の手で作られたのだろうか。

結婚相手は知っている人間だったが、ユラス人だとは知らなかった。仕事関係以外、まともな会話もほとんどしたことがない。


セイガ大陸の宗教総師長カストルは、

「すまない。早過ぎるかもしれない。でも今しか時がない。」

と、無言のチコの前で無事を祈った。


そして上官であったカフラーは、

「大丈夫だ。これからも支える。首都での必要な式が終われば、どのみちまた前線だから。貴族社会の事は私も協力する。なるべく身内には助けになってもらうように頼む。」

と笑った。表情の無いチコの手を取って安心させようとしたが、ハッと引っ込める。

「…あ、もう妻になるんだな。それに位が上になる。」


そう言って優しく笑ったカウスと同じ色あいの目をした男に、チコも少しだけ微笑み返した。



でも、そんなことを言っていたカフラーは殉職。


サダル不在でチコがユラス軍を総括していた時期にカフラーの2番目の弟も死んでしまった。これは非常に決定打だった。


ユラス社会に何の足枷もないチコは、味方に付いていたはずだったオミクロン族3本指に入るカフラーの一族、シュルタン家の怒りを買ってしまった。それは、オミクロン族自体を半分敵にしたようなものだった。


国内にいるサダルの親族は皆遠縁の上に、もともと分派になりそうだったので、サダルがいなくなってから出身不明の女の存在をあからさまに嫌悪した。助けたいと言っていたサダルの伯父の氏族は、まだ危険でユラス国内には入れない。国内の近い親族は、ユラス北やギュグニーの勢力に虐殺されていたからだ。



それでもカストルはチコに言った。


「今絶対に引いてはいけない。

それでも穏健派の方が新世代には多いし、そういう一族はサダルについている。絶対にアジアに足場を作るんだ。サダルの終戦宣言を既存概念の層に渡してはいけない。」


カストル自身もこの婚姻によって、国内外で評価を非常に下げた。


ただしカストルの言うように、主に地方のユラス軍、そしてカフラーがまとめていた軍人層はチコに付いたのだった。彼らの半分は混血児や海外在住経験者、外国育ちであった。

それがなければチコはもうユラスにはいられなかっただろう。



そして首都に戻った時の風景が頭に反復する。


あれは街だったのか、外か、建物の中だったのか。

何度かあったからもう正確に思い出せない。



たくさんの目や手が自分を引っ張ろうとする。

「族長跡取りを残せないなら、座を譲ってください。」と。


護衛たちも、自分の家族や氏族の上位貴族たちに手が出せず、隙を見て逃げ出させることしかできなかった。親族の反感を買ったらチコの立場ももっと弱くなる。


いつしかそれは罵倒に替わり、食べ物やゴミが投げつけられた。気が立った女性たちに囲まれ髪を引っ張られる。男たちには権力欲に狂った頑固なアジアの傀儡、無知な外国人、利用されているだけの人形だと言われた。


半分はメカニックの体だから暴力もいいという人もいて、武器で襲われたりもした。でも、今まで戦闘員やメカニック相手だったチコには、一般の人間にどこまで手を掛けたらいいのか判断ができず、避けることしかできない。自分を掴んでくるほど近くにいる女性たちもいて、危険だったので初めは相手を押さえ込めず、そのまま攻撃を受けたりしていた。


あまりの様子に見ていられず、一部の婦人たちが大衆の中からどうにか引っ張り出しかくまってくれたが、彼女たちも最後に言う言葉は、

「ナオスの血を残したいのです。どうかサダル議長から離れてください。」

「私たちはあなたを憎んではいません。でもナオスの血を残させてください。」

と、チコには答えを求めない要求をした。


貴族だけでなく、民衆からもそういった事があり、ユラスの一般行事には顔を出せなくなる。



サダルもこの地に力があったわけではない。既存勢力の中でも味方になってくれる人間を見付けて取り込んできただけだ。軍が隣にいなければ、サダルにもナオス族族長の椅子はなかっただろう。


ただ、サダルには血があった。

母方ではあったがそれは彼らにとって非常に重要なものであった。


これまでの歴史は、種は男性から継がれ、男性の血統だけが重視されてきたが、今は母方からも濃い霊性を受け取ることが分かって来たからだ。サダルには、全ユラスに貢献した人格者であった祖父の血が入っており、本人もユラスどころか世界で認められた研究者だ。


その国内のたった一人の生き残り。




たくさんの憎愛がここではひしめき合っている。



「お願いです。」

「子孫を残したいのです。」

「そこを離れてください。」

「あなたからその位置を去って下さい。」

「見返りは差し上げます。」


たくさんの言葉が反復する。



「待って、分かりました。待ってください。」


「ただ、議長の帰還を待ってください。」



それだけがチコに返せる言葉だった。




***




ユラス軍の駐屯所の一室でうなされるチコ。


パイラルが心配そうに上司の手を握る。



「…ファ…ファ、クト?…」

少し大きな手だったので、午前中一緒に居たファクトかと思う。


「ごめん…頑張れなかった…明日もどうしよう…。」


おぼろげに目をゆっくり開けて自分を握っていたのが、パイラルだとやっと気が付く。全身汗だらけだ。

「パイラル?」

「チコ様…。」

パイラルが泣きそうな顔でチコの手を自分の額に寄せた。そして温かい涙がチコの手に流れる。


暫くしてからパイラルはその席を移動して、後ろに座っていた人物に場を譲った。


「…」

「サダル?」


チコがハッとすると、目の前には腰を絞った民族衣装のままのサダルがいて席を立ち、チコの寝ていたベッドの前に来た。

「大丈夫か?」


「今は?夜?朝?」

「今は金曜日の昼。まだ会議中だ。」

「…。」

「チコが発作を起こしているからと呼ばれた。覚えているか?」

「…いや。」

サダルは医師でもある。ニューロス関係の研究者は人に手を加える場合医師資格がいるため、研究と並行で取れる医師免許をだいたいが所有している。


「よくあるのか?前はこんなことなかっただろ。」

「…さあ…。」

SR社の履歴を見れば分かることだ。


「サダル、会議に戻った方がいい。もう大丈夫だ。」

「私なしでも進む。報告だけ聞けばいい。」

本当は離婚など込み入った話をしに来たのだが、今は言わない。


「………」

「弟と仲がいいんだな。」

「…ファクト?ポラリスみたいで安心するんだ。」

「………」

チコがサダルの前で、少しだけ表情を崩した。

目は布団に向けていて合わせなかったが、捕虜生活前も含めてチコが隙を見せるのは初めての事かもしれない。サダルはなんとも言えない思いになる。


「ファクトのおかげで、ミザルとも少し距離が縮んだ気がする。」

「そうか。」

「やっと本当の家族の仲間入りができたようでうれしい…。」

そんな言葉も初めて聞く。これまで籍は入っていたが、心星家の中に入ったことはなかった。


少し考えていたが、サダルも口を開く。

「私とは本当の家族になれないのか?」


言葉なく驚くチコ。


「…どうだろう。お互い好きで結婚した訳でもないし…。」


子供がいなければ何が繋がりなのかも分からない、不安定なこの夫婦だ。

ただ、使命だけで繋がって来た。

議長、族長という重荷だけでなく、薄い氷の上を歩くような関係。近代までユラスは、子供がいなければ、愛人の子は暗黙の了承であった。法の上では貴族がなくなった今も、族長親族クラスではまかり通っている。でも、正道教に改宗したサダルにその気はない。



「サダルはユラスの女性と結婚した方がいい。後ろ盾もできるし、子供を授かる可能性も増える。」

「チコ、私たちにもまだ可能性はある。」

「……。」

少しだけ目が揺れる。聞きたくない話だから。


「それに、授からなくてもそのままでいい。夫婦は夫婦だ。健康だからと必ず授かるものでもないし。」

「だから、そういう訳には行かないから、揉めに揉めたんだろ。それはもう立場的に仕方ない…。」

サダルの位置では、仕事上のただの同志でいることもできない。


「でも、これからはお互い余計な苦労はしない方がいい。サダルは目の前の女性の手を掴めば、少なくとも私といてする苦労はしなくてもよくなる。アジアとの関係も1つは果たした。私がしなくても、もう人も育っている。」

「…………分かった。とりあずここまでにして、またどこかでゆっくり食事でもしながら話そう。」

「……。」


パイラルは直立不動でその会話を聴きながら、心に湧き上がってくる…たくさんの言いたいことを胸におさめた。



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