17 シリウスとファクト
チコは午前中の作業が終わる前に、さっさと会議室から出て行く。
ユラス陣から昼食会とか言われたら耐えられないので、声を掛けられる前に逃げたのだ。
それを見ていたアセンブルスとサダル。
そしてに横にいた護衛らしきユラス人たちが、
「いやー、本当に嫌がられているんですね。あんな委縮したチコ初めて見た。」
「久々に会ったのに、挨拶もしてくれないなんて。」
「挨拶どころか無視だろ。ここまで来ると清々しいな。」
「あの若い男は誰だ?」
「あんなチコの護衛をしているって、ベガス駐在楽しそうだな。俺もこっちに来たい。」
と、ユラス語で好き勝手話している。
サダルに近い部下のため、事前に話は聞いていたのでこんな感じだが、知らずにこの場面に遭遇していたら腰を抜かしていたことであろう。実は仲間内で、ここ1年のチコの言動はそれなりに噂になっている。それに、みんな昔のこともよく知っていた。
一度ベガスに帰った時は、それでもチコも仕事に対する姿勢を崩さなかったが、サダル帰国で完全に壊れた感が否めない。
様々なトップと交渉をしてきた総長代理が、子供以下の行動をしている。
女性兵パイラルと護衛を変わったカウスはため息をついた。
「カウス役得だな。」
「やめて下さい。総長が襲撃に会った時は寿命が減りました…。思い出すと手がまだ震えます。」
みんなに肩を叩かれる。
今回のユラスの面々は、カウスより年上や目上の者が多いし、一部はあらゆる詳細を知っている。
それにしても「よく分からない」と総評を貰っていたアーツのメンバーを眺めて、ユラス人は驚く。
染めたり立てたりやたら派手な頭も数人。ユラスには基本いないタイプなので、あまり見ない風貌。
サラサから今日はしっかりした服装で来いと言われたのに、しょうもないキャラTを着ている者もいる。そのキャラTからして、ユラス人にはよく分からない。ヒッグス粒子君とかコンパイラ君とか、単語だけを見たらおそらくユラス人の方が理解できるだろうが、キャラになっているだけで現地ユラス人の理解を超越している。もちろん作ったのは主にアジア圏の学生たち。最近はベガス在住ユラス人も加わっているが。
みんなが着ている理由はl、響の研究室に行けばもらえるからだ。
南海メンバー以外にカーフやレサトにもあげていたので、なぜか彼らも朝練時に着ている。
しかも社会人までしょうもない。
「研究室行きたい…。響先生に会いたい。」
キファがうなだれている。
「会議ヤダ。現場に行きたい。」
シグマやローは疲れ切っていた。こんなところで缶詰になるくらいなら実践河漢の方がいい。
「現場って何言ってるの?あなたたちは明日フォーラム参加組なんだから、そこが現場でしょ。午後の顔合わせが終わったら休みなさい!」
3日間缶詰だった面子までそんなことを言っているので、サラサは河漢出勤禁止を命令しながらも20代に感心していた。
「…これが若さなのか。この状態で現場で働けるんだ…。20代前半組、恐ろしい…。」
ローとしては、気を使い緊張するユラス人との会議よりは河漢の現場がいいだけである。
ユラスだけに拠点を置いていたユラス人から見ると、本当にこいつらはなんなんだという感じであった。
「連絡して行くとチコが逃げるからという話でしたが、突然来ても逃げられましたね。」
「むしろ、かえっておかしなことになっていないか。午後の顔合わせ来るのか。」
午後はVEGAベガスとVEGAユラスの顔合わせがあり、ユラス人ナオス国家ダーオの首都再建に関わった者の中にはこれから河漢事業を手伝うメンバーもいるため、アーツも職員、正規スタッフは全員参加である。
「いないならいないでいい。」
サダルは横から一言だけ言った。
***
週明けまで河漢の方は本格的に動かないが、それでも住民がいる限り一部の人間は仕事をしていた。
ファクトはリゲルやラムダとムギの弟、トゥルスの家に行く。
実は遂にムギ一家、親族もベガスに移動をすることになった。子供が多いので中心人口の減った河漢にいるのは危ない。どうしても繁華街地域の方が教育がよく入っていることと、自治管理、商売ができるという事で、先に中央安全地域の住民が移動対象になる。トゥルスたちが住んでいたのがその周りだったので人がだいぶ減ってしまった。変化した地域の保安、治安維持に関しては行政が責任を持つことになっている。
「ファクト!」
「トゥルス!」
拳を合わせる二人。
はじめてくるリゲルを紹介し、何ができるかを聞く。今日はトゥルスの家以外はみんな引っ越し、中学生以下の女の子たちは一旦親戚の家に分散して共同生活をする。既にヴァーゴや南海メンバーを中心に受け入れ側はある程度整理が完了、小さい子供たちとその面倒を見る親代わりになる子から受け入れていた。現在河漢に残っているのはムギ弟だけ。
「トゥルス、手伝うこと教えて。」
「こっちの荷物まとめてるのを外に出す。マーク付けといたからそれごとに固めて。」
「分かった。」
3箱ぐらいまとめて持ち上げるリゲルに驚くトゥルス。
「うわ!それ全部本入ってるんだよ!」
ファクトは2箱。
「トゥルスの義兄さんたちも体格いいからできるだろ。」
「そうだね。でも、僕はファクトたちみたいに背が伸びないかもしれない…。もう中学生でまだこの身長だよ…。クラスの女子の方が9割方僕より背が高い…。辛い…。」
共感するラムダ。自分ももう少し大きくなりたかった…。が、トゥルスはまだ成長期真っ盛りである。
「ムギでもだいぶ大きくなったから大丈夫だよ…。」
トゥルスは性格もいいし背が低くてもあっさり系でモテそうだからいいだろ、と思うがそれは言わない。ムギよりは背が伸びると願いたい。
「ムギと違って素直で人懐っこいな。」
リゲルが意外がっている。
「でも、ムギも慣れるとそこまででもないよ。」
「二人とも……ムギちゃんはかわいいよ。」
ラムダがすまなさそうに言うが、
「…姉さんまた何か失礼なことやらかしてる…?」
とトゥルスの方が申し訳ない顔をしている。
そして外に出た時である。
「ファクト?」
と、上から声がした。聞き覚えのある、少し低いのによく通る澄んだ声。
建物の上にキリッと立っているその人物。
「シリウス?」
そう、シリウスだった。
「!??」
ラムダだけでなく、リゲルとトゥルスも硬直している。
「シリウス??!!」
シリウスは屋根から軽く飛び降りると、ファクトたちの前に降り立ち、そして丁寧な礼をする。
ファクトの服を掴んでしまうラムダ。
「シ、シリウス???」
シリウスはラムダの方を見ると、にっこり笑って握手のために手を出した。
「あ……」
ラムダは赤くなったまま軍手を外し右手を出して、それから、あっと汚れた手に気が付き自分の服でワタワタと拭いてからから両手で握り返した。
「あの、ファンです!!!!」
「ほんと?うれしいわ!」
笑った顔がとんでもなくきれいだ。
そして、そこにいるメンバーは思った。
誰かに似ている。誰?
…
ファクト?
そう、ファクトに似てるんだ。