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ZEROミッシングリンクⅢ【3】ZERO MISSING LINK 3  作者: タイニ
第十八章 フォーラム
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16 突然来ないでほしい



平和、和平活動に関わる非営利団体のフォーラム前日。



搬入するのは配布資料くらいなので、アーツは最終チェックなどに集中していた。基本はデジタルデータだが、紙媒体を好む人も多いのでそちらも準備する。印刷は夜でも間に合う。


一旦、AIに全体の再構成を任せ、誤字などの校正もAIを掛けているが、いくつかのAIで構成に差が出ているので、人間の目も入れていく。


アーツに最初に筋トレをさせた理由が、「取り敢えず無駄にはならないので鍛えておこう。これだけ無理させれば半分は逃げていくだろう。せっかく現役に近い軍人もいるし。」というしょうもない理由だったので、なぜアーツが武術や武器の訓練をしているのか説明が難しい。今となっては河漢開発に護身術という調度いい理由ができたが、この部分はコンピューターやAIに残すわけにもいかないので、人間でどうにか説明を練っている。


「活動が穴だらけなので、この人たち見ていられない!と面倒見の良さそうな人が寄って来るのを期待したい。」

と、イオニア兄のゼオナスが嫌味をほざいている。

アーツは現場主義で、頭で分かっている人間が現場判断で半分動いている。少数精鋭ならそれでもいいが、規模が大きくなればそうはいかない。


VEGAベガスに関しては、動画広告やドキュメンタリー動画などもあり、既に世界中から支援の届く団体。アーツの後援以外に新規事業はないのでフォーラムは報告のみになる。いつもの事務局お兄さんに任せ、サラサは資料よりも、リーダーたちと明日の議論内容について総チェックしていた。


一応多少の頭も回るのでファクト、ラムダも来る。それから小まめそうだからとチコに言われ、校正にウヌクも加わった。チコも似合わないディスクワークに集中し、帰国組のサウスリューシアやオリガン大陸の新規報告書の最終稿を確認していた。



そこに、カウス同僚のレオニスが、作業中の会議室に入って来た。


「皆様、おはようございます。」

「おはよう。」

チコが頭も上げずに答え、周りも礼や挨拶をする。


「サダル議長が参りました。」


と言うと、全体が「??????!!」となる。

「サダル?!」

集中していたチコが、ガバっと立ち上がった。どう見ても青くなって驚愕している。

「もう、すぐに来ます。」

藤湾や帰国組のユラス人は、驚きながらも直立不動で立ち迎える準備をする。ゼオナス、ウヌクは訳が分からない…という顔をしているが、それ以外も挨拶のために立ち上がったので合わせた。


と、そこでチコが窓の方に向かうので、これは逃げる気だと直感した護衛のカウスが制した。

「離せ!トイレだ!」

「ドアから出てください。その方が近いです。」

「カウス、貴様、絶対任地を飛ばす!!」

「どうぞご自由に。」


それを帰国組が呆気にとられて見ている。

「どれだけのケンカをしたんでしょうか…。」

帰国組には意見の食い違いでチコとサダルは少々ケンカ気味という事になっているのだ。



そこに黒髪を上の方で一つに結い、ナオス族の民族衣装を着たサダルが、軍服を着たアセンブルスたちとカツカツと入って来た。見たこともないような、おそらくユラス側の兵士たちもいる。

やはり目立つ。カウス同僚たちの方が長身だが、伸びた背筋。愛想ひとつない顔。明るい色合いのチコと違って、何か色めく目と雰囲気の黒さ。



窓のサッシに手を掛け、カウスに拘束されたたまま迎え入れたチコ。カウスはまだ離さない。


ユラス式の号令をアセンブルスが掛けようとしたところで、片手を上げてサダルが制する。

「いい。皆さんおはよう。そのまま作業を続けてくれ。」

全員が「おはようございます。」と挨拶を返すと、サダルはそれ以上の挨拶はなく自分も目の前の席に座り、事務局のお兄さんと帰国組に、デバイスで既に確認している以外の資料、報告を持ってくるように言った。


そして、心臓が飛び出そうなことも言う。

「取り敢えずアーツのも持ってこい。確認する。」

改正後の資料を受け取ると、ゼオナスより速いスピードで資料を読んでいる。その後、デバイスに送られた資料もほとんど画面をスクロールしているだけのスピードで見ていた。


カウスや帰国組年長のシロイ、マイラなど元々体格のいい男に加え、さらに軍人張りの人間が数人入ってくるので、バイトで入ったばかりのゼオナスが硬直していた。そもそもこの人たちはVEGAベガスの組織図にも載っていなかったと思うが誰なんだとビビっている。


みんななんとなく席に着いて作業を再開したが、サダルがふと顔を上げてチコの方を見た。

「何をしているんだ。」

一時停止してしまったチコは真顔のサダルに真顔で返す。


「窓を拭いています。」

トイレじゃなかったのかと、アーツや南海メンバーは思いつつも、哀れなのでツッコまない。


「カウスが困っているだろ。」

「あ、はい。」

と気の抜けた返事をし、仕方なく窓から離れるとカウスも手を離す。そして確認資料だけ持って、先よりだいぶ後ろの方の席にいくのでカウスも付いて行く。

その後も同じようにサダルがデバイスをスクロールし終わると、サラサを呼んで何か話していた。


あれは読んだのか、ただスクロールしていただけなのか。

ゼオナスのように「読んだ」と言ってくれれば分かりやすいのにと、3日前のメンバーは思う。自分たちの資料が見られていることが気が気でない。


「このアーツの資料。こんなに軽くていいのか?」

「………。」

一同黙るが、タウが3日前までの原稿を渡して、

「分かりにくい部分を、ここまで変えました。」

と言うと、またそれをザーとスクロースさせる。そして少し間を置いて、アーツメンバーの顔を見渡した。


そして、

「まあいいだろう。」

というお言葉をいただく。


今のアーツにはこれが限界と悟ったのか。修正前の資料よりはだいぶ良かったのだろう。

ほんと、心臓に悪い。


チコとサダルの距離と位置が不自然で全体に変な空気が流れても、サダルは全く気にせずリーダーを集めて、再度討議内容を確認している。サウスリューシアから帰国したメンバーは、最初にサダルに慰労の言葉をかけ、中には泣いている者もいた。捕虜解放から初めて会ったのだ。奥様より旦那思いだ。



チコはカウスを小声で責める。

「何で急に来たんだ!当日入りじゃなかったのか?!」

「私も知りませんでした。」

「事前連絡は必須だろ!議長なのに忙しくないのか?入管は通ってるんだろ?」

「あなたが逃げるから連絡なしで来たんでしょ。察知しませんでした?霊性サイコス持っているでしょ。」

「…くそ……」


チコは少しだけ背を低くして動き出す。


「総長、どこに行くんだ?」

と、サダルが講堂の後ろまで届く落ち着いた声で話しかける。

「私?」という顔でチコが振り向いた。

「…トイレです。ドアから出ろと言われましたので…。」

愛想笑いで逃げようとするが、すぐに返答される。


「VEGAユラスの人間も来ている。廊下に出たら多分会うぞ。挨拶をしろ。こっちの代表はチコなので、そこは責任を持つ様に。

そして今回役職を変えていく。人事だ。チコもフォーラムの後に立場が変わるから心の準備をしておいてくれ。」

「………」

目を見開くチコと、騒めく会議室。

固まった顔のまま部屋を出ようとするが、ファクトがやって来てチコを止めて、もう一度後方席に座らせた。


そして、チコに小さく語り掛ける。

「チコ、帰国組ですら動揺してるんだよ。ユラスから来るメンバーはチコとサダル議長との事何も知らないだろうから、逃げたらだめだよ。俺も、まあよくは知らないけど。」

ファクトが怯えているようなチコの手に上から自分の手を重ねた。

「…知っているのか?ポラリスから聞いたのか?」

「俺もあの時、キロンやジェイたちといたから。」

A3用紙を拾ったとき、ファクトもいたのだ。


「サダル議長とは話はしているの?」

「一応…。保留だが。」

「なら一先ずフォーラムが終わるまでは責任を果たそうよ。」

「……」


机に伏せた手をひっくり返し、今度はチコがファクトの手を握り返す。

「最初にあった時より固くなったな。」

「義手でも感覚はあるの?」

「温度や硬度は分かる。」

「そうなんだ。すごいね。」

「そうでないと潰してしまうだろ。」

「感知するってこと?普通の皮膚みたいに感じるの?」

「…それはポラリスやミザルから少しは勉強しとけ。何かの役に立つだろ。」

「みんなに言われる。」

二人は笑った。元いた部隊やポラリスやファクト、アンタレスのここ、ベガスでだけ見せる、チコのあの笑顔。



温度を感じたい。

安心させてあげたいとファクトは思う。

響も来ないし、ムギもまた最近いないから。


ファクトは感覚のあるチコの頬を触ってあげたかったがそれはやめた。ファクトにも一線があるし、カストルの星見を覚えている。



『どの星も大切にしなさい。でもどの星もそれぞれの位置に送り返してあげなさい』



チコはチコで立っていかないといけない。少なくとも、今、チコには議長夫人という位置がある。

それは妻であり、チコ一人が生きる位置ではない。血統社会で、防衛も含め紛争続きだった重いユラスの歴史を抱えている。


そして高性能ニューロスという特殊な位置も抱えている。

普通の義体としてのメカニックとは違うのだ。






朝からいきなりのサダルパンチに、ファクトの懐柔。


会話は聴こえないが、これはヤバいのではないかとサラサ、サルガスにタウ、カウス同僚たちも少し構える。場所によっては楽しそうに話すチコの顔が見える。


多分、ベガス(ここ)にいなかった若い面々はこんなチコを知らない。チコは厳格な文化のユラス民族の族長の妻、つまり一民族の母であり、仕事上は上司である。


長机に向かい合って座り、ファクトは背中しか見えないが手を握っている感じだ。ただ今は普段のベガス以外の人間もいるし、サダルは構わず周囲と話を続けるのであれこれ言いに行けない。高校生でも見た目は既に大人のファクトとこの距離はヤバいのではないかとみんな思う。あの小2の間抜けな性格を知らなければ普通の青年だ。


こんな風なら部屋から出てもらった方がよかったのか、二人きりにするより良かったのかと、周りはハラハラしていた。


後ろのカウスも二人の手を離させたいと思うが、少しだけ待つことにした。帰国組にはシロイから、心星ファクトはチコの義弟だと伝えているが知らない者もいる。



サダルはチコの方を見ても何も言わなかった。



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