15 君の残像
そこに質問が入る。
「なら余計に資料はもっと詳しくした方がよくはないですか?プロを釣り上げるなら。」
「ひとまずいきなり連合国支援団体になったこと自体のインパクトが凄いから、うまく説明できることはフォーラムで語れ。口の利く奴はいるのか?」
数人が手を上げた。プロや専門家を納得させられるのかは分からないが、司会など経験して口は回る。
「難しいことはイオニアの資料をまとめて、ほしい人に要点だけ出せばいい。時間がないしな。そっちは俺とリーダーで練ろう。」
「あと、そういう真面目な世界では、学生関係イベントとかでないと派手なのは嫌がられるからな。大学生が多いとノリでイケるが、見た目がハデな分内容は誠実に攻めた方がいい…。」
薄紫頭のイータやスポーティーなソアなどのメンバーを見て、少し控えめに言う。
イオニアやアストロアーツにいた客を想像すれば、おそらくスーツやワイシャツを着ているような集団ではないだろう。
「まず、この組織も活動も何も知らない私が、校閲以前に全体を見ていく。もし可能なら少し再構成しよう。『東海』『上越』『那賀陸』も時間がないなら3例も詳細を載せなくていい。
それでリーフレットかパンフレットとして組織概要を完成させ、それから必要最小限で人目を惹く活動報告をこの分厚い所から抜粋。後で質問が来そうな資料は、表などそのまま参考資料として付属として付けるんだ。ただの表なら文章の構成までしなくてもいいから間に合う…。」
「は、はあ…。」
「可能ですかね?後4日。せめて1日前までに仕上げないと。」
「すみません…。VEGAの方も忙しくて手が回らなくてこんなことに…。」
「ゼオナスさん!せめて、1週間早く来てください!」
お互い無理なことを言い合う。
「DTPオペレーターはこちらに回せますか?内部員いますか?」
兄ゼオナス、社内資料を作る時に、広報の会社に関わったのでちょいちょい普通の人が知らないことを知っている。DTPオペレーターとはデジタル資料、印刷物などを人に観るための形にし、データにしていく仕事である。
「VEGAと似た形の資料なら、ある程度うちのAIが再構成してくれると思いますが、まだAIが自己処理できるほどの元がなくて…。」
初期、自然解散予定でこんなふうに全員が残る計画はなかったし、こまめな人間は兼業のVEGAスタッフしかいない。その状態で記録など完全に残していない。みんなの健康診断や体力、スポーツ測定の変化と、雑務やバイトの記録ぐらいである。
データさえ入れれば、資料の雰囲気など指定しDTPはほとんどAIが自動でしてくれるものもある。今の時代はほぼAIが担うが、センスのいい人間が入ると、最終的な仕上りが違うのだ。
「任せるところはAIに任せて、この資料に使ってある構成や資料の大部分は、そのまま使えばいいので。削るところは削りましょう。」
「それから回答者になる者は、私の質問に答えられるか確認していきましょう。」
ゼオナスはアーツを知らない立場から、当日の聴衆者たちの代身としても全体を見ていくことになった。
この後、リーダー勢含むアーツの一部人間は3日間缶詰めになったという…。
***
「タラゼドー!!」
「あ、ファクト。」
最近、週1、2回はタラゼドと夕食をするファクト。頻度が多いので今は交互で支払っている。
「ファイ、大丈夫そうか?」
タラゼドは電話で経過を確認しただけで、詳しいことは知らない。
「さあ、俺も今は知らないけど土曜は元気に働いてたよ。」
「ファイが土曜に働く?」
「みんなのジャマしてうっとうしいことばかりするから、奉仕やり直しで週末のフォーラムも手伝わさせられるらしい。」
「…奉仕?何やってんだ…。まあ、元気ならいいけど…。…ファイなんかフォーラムに参加したところで、何をするんだ?それこそジャマだろ。」
「雑務と資料配布の受付お姉さん。」
「…向かなさそうな仕事だな…。」
「そう?響さんと同じで演技はうまいから、サラッとやってのけそう。」
「響さんも演技がうまいのか?二人とも不器用そうなのに。」
あの二人は運動音痴だが、違うところで器用なのだ。
「この前の金曜日さ、響さんと話さなかったの?久しぶりだったんだろ?」
この前のことは夜だったし、あんなこともあってそのまま解散したので、ファクトは誕生会自体でどんな会話があったのかまでは知らない。
「…少しは話したぞ。でも、ウチの家族たちと話してたし、その後は女だけでエステとかしてたらしいから。お俺は次の日も仕事で、飯食ったら帰ろうかと。」
「…」
「何だその顔。」
リーブラが「タラゼドおもしろくない」という気持ちがよく分かる。
「タラゼドのこと待ってたと思うのに…。」
「?」
「いつも外で待ってたのに。」
「……」
いつも何を考えているのか、広がらないタラゼドの世界。
「響さん、アーツの集会、出入り禁止食らったんだよ。最近見なかっただろ?」
「なんで?なんかまた失敗でもしたのか?」
「ウヌクまでナンパしてるから、風紀がよくないと思ったんじゃない…?」
「…相変わらずなんだな…響さん。」
ちょっと引いている。
「そんな風で、アーツを避けていた響さんがタラゼドの家に行ったんだよ!事件だよ!」
「ああ、ファイね。大房に行きたいのもあってオカンの誕生日に来たんだよ。」
鈍感というのか、ただ関心がないのか。イライラしてくるファクト。そんなことは知っている。
「だから。タラゼドだってば!」
「…?」
はあ?という顔をする本人。
「タラゼドと会いたかったんじゃない?」
「ファイが?」
「響さんだよ!!」
「…?なんで?また蜂?。」
タラゼドには心当たりがない。
「響さんかわいくない?」
「…まあ、かわいい方だとは思う。だからモテるんだろ。ファクトも好きなのか?」
「あ、まあかわいいとは思うけど…」
ちょっと照れる。かわいいはかわいい。
「そうじゃなくて!タラゼドは響さんみたいなタイプ好みじゃないの?」
「合わないだろ。あっちは敬虔なミッション系お嬢様だし。」
「…」
あまりの普通な即答に、本当に響に関心がないのかとファクトは沈没する。
「とにかく、タラゼドの家だから行ったんだよ。キファやイオニアの家だったら命に係わることでもない限り行かないよ!」
「キファのオカンは強烈らしいからな。」
「ちがーーーーう!!!」
と、ファクトは少しだけキレて店を出た。
タラゼドは煙草を吸わなくなったので、食後の度に手が空いて変な感じがする。
空の星を見ながら、ベガスに来てからよく空を見上げるようになったなと不思議に感じた。
とにかく仕事をして普通に生きてきたので、ここに来る前はどんな生活をしていたのかあまり思い出せない。良くも悪くも代り映えのない日々を過ごしてきたのだろう。特別恵まれているとも思わなかったし、かといって不遇とも思わなかった。
そういえばなんで自分は、ここに来たんだ?と思う。ファイに、サルガスたちがおもしろいことをしているから、一緒に行こうと呼ばれたのがきっかけだ。その場にいたサルガスにも、役に立ちそうだと言われて。ファイは一部知り合いがいたようだが、サルガスたちとも客と店員以上の関係ではなかった。
贅沢さえしなければ、別に大房で困っていたわけでもない。最低限の暮らしは大房でもできる。
「……」
でも、ここに来て、そしてまだ自分はベガスにいる。
しばらく前には全く考えもしなかった人生。ひどく隔離されているイメージがあったので、ベガスという存在すらニュースと改装業者伝いでしか知らなかった。
「タラゼドー!」
そこにファクトがコンビニでコーヒーを買って戻って来た。
「これ、響さんの好きなコーヒー。ここのコンビニ、無人全自動のくせに豆の煎り具合まで選べる。しかも4段階。一番深いの。」
カフェほどではないけれど、少し炒ったよい香りがする。
何も考えず、何も話さず、飲みながら二人でボーとしていたら、ファクトの言っていたことが頭で反復した。
『タラゼドの家だから』
そして、あの日。
意識層の中から、お香の香りと煙に現れた、振り返る響の、揺れるような残像を思い出した。