12 どこにも行かないで
次の日、タラゼド家はファイを迎えに来た人物に度肝を抜かす。
酔いつぶれた面々はいつまでも寝ていたのだが、朝10時にガバっと起きるしかなかった。
なぜなら、連絡を受けていた妹たちは、タラゼドが10時にファイを迎えに来るかのと思ったら、響とソア。フードを脱ぐとプラチナブロンドがあふれる、非常に背筋が伸び姿勢のいい長身お姉さん。自分の兄よりもガタイがいいが、顔は反対な爽やかお兄さんが来たからである。
爽やかお兄さんは外で待っているといい、ファイと話したいとお姉さんことチコが部屋に入ってくるので、少し待ってもらい全員叩き起こして、急いで空気を入れ替え大雑把に部屋を片付け、半裸の男どもに服を着させ、どうにか案内した。チコからと、手土産まで貰う。
「うちの子やファイの上司という事で?」
「そうです。チコと呼んでください。」
「チコさん、いつもお世話になっております。」
フェルミオが頭を下げ、お互い挨拶をするのを妹たちが少し離れたところから見ている。
「ファイは昨夜…」
「…私が隣で寝ていました。」
少し話をして、寝室に入れさせてもらう。響とソアは妹たちとリビングで待つことにした。数人はソアの事を知っていて、何事かと話し掛けてくる。
「…。」
ファイは既に起きていたのか、もぞもぞ動いていた。
チコはベッドの下に座って、丸まっている布団に呼びかける。
「ファイ…。」
自分を呼ぶ声に思わず布団から顔を出すと、そこには少し笑ったチコがいた。
「私も考えてみれば、仕事以外で初めてゆっくり大房に来た。タラゼドの家族はいい人たちだな。」
「…どうしてチコさんが?」
個人のために、チコが来るなんて思ってもいなかった。
「初めに約束しただろ。お前たちの事は私が責任を持つって。」
「…。」
「ファイ、どうする?今一緒に帰るか?ここで朝ごはん食べてゆっくりして行くか?」
「…。」
「ん?」
「…。ならチコさん、どこにも行かないで…。」
話が飛んで、少し驚いてしまう。
「ずっとベガスにいて…。」
「…。」
「みんなの変化が早過ぎて、私は誰にも追いつかないよ…。」
「…。ファイも変わったと思うが?」
「でも、ずっとそばにいて!」
「いるだろ。今ここに。」
「チコさんは噓つきでしょ?!」
なぜこんな話になるのだと、さらに分からなくなるチコ。
「どっか行くつもりのクセに!」
「…。他大陸に派遣するってサダルが言ってたことか?」
「違う!アンタレスからもベガスからもユラスからも去る気でしょ!」
「?!」
ファイは離婚届の事を知らないはず。
なぜが部屋の方からケンカしているような大声が飛び交うので、リビングやダイニングにいる全員が気になって、聞き耳を立ててしまう。
去るというのは分かっていたわけでなく、そういう可能性がファイの中で膨らんでいただけだ。
イオニアがいなくなったことも、ムギがよくいなくなってしまうことも、リーブラが研究室から離れてしまうかもしれないことも、とても怖かった。ライだって、いつか結婚したら寮を出てしまう。
男子陣に至っては、既に新しくできた東海や上越などに業務も合わせ引っ越す予定の者もいて、第一弾の半数は南海からいなくなってしまう。
やっと落ち着いた場所が無くなってしまう。ファイは顔には出さないが、他の人以上に新しい環境の中に入ることがすごく怖いことだったのだ。強がって普通を装ったが、はじめはリーブラ、イオニアやサルガス、イータだって怖かった。女性が少なくリーブラやイータと仲良くなったが、そうでなければ中心にいるタウやシグマたちとも知り合いにはなれなかっただろう。上下関係や役割をハッキリして接することのできる、教官たちの方がよっぱど楽だった。
「私は自分勝手だから、今のみんなと一緒にいたいの!」
「だからいきなり何を?!」
「チコさんの嘘つき!!」
布団を被せて枕を投げつける。
「ちょっと待て!ファイが心配で迎えに来たのに!話したいこともあるかと…。」
「じゃあずっと一緒にいてよ!!」
「ずっとベガスにいたら、サダルといないといけないだろ?!」
「ほら!本音を吐いた!!出てくつもりだ!」
「はあ?!」
「…。」
そこでファイが止まって少し考える。
「…もしかして離婚する気?」
「え?」
「サダルさんは議長なんだから、基本ユラスでしょ?ベガスにいれば別居なのに、それもイヤなんだ…。」
「!?」
「弱虫!へなちょびん!口だけ!弟狂!!」
止まらないファイ。
「いい加減に黙れ…。」
チコはファイの口を軽く塞ぐと、そのまま抱きしめた。突然の事であたふた動いても当たり前だがビクともしない。
「ギャー!!やめてー!死んじゃうー!!!」
というところで、思わずシアたちが入って来て、妹たちも部屋を覗く。
「聴こえてた?」
呆れてチコが言うと、ファイの叫び声は全部聴こえてたとのこと。
「はあ…。帰ろう。」
ドット疲れるチコ。
フェルミオが心配気だが、響とソアは大丈夫だと諭した。
しょうがなくファイは起き上がり、トイレに行って顔を洗ってパンを1つだけ食べる。ダイニングの椅子にいつもの如く踏ん反り返っているチコを怪訝な目で見て、
「チコさん嫌い。」
とぼやいた。
「上等。」
と返すチコは、先と打って変わって悪役顔である。
何が上等だと思うが、ソアは口には出さず、昨日のごちそうの残りを貰い頬張った。
「そんな1個のパンいつまで掛けて食べてんだ。30秒で食べろ。」
「いえ、よく噛んで食べてください。」
ソアがチコを正す。
チミチミ食べるファイにチコは苛立つが、ファイもベーをする。やっと食べ終わると今度は図々しくリビングに寝転んでTVを見だした。
「帰るぞ。」
不貞腐れしてこっちを見ない。
響とソアにファイの荷物を持ってくるように頼みフェルミオに聞いた。
「ファイに伝えたいことは?」
少し考えてフェルミオはファイに小さく言った。
「ずっと愛してる。止まっても休んでもいいけれど、もし進めるなら一歩ずつでいいから前に進みなさい。」
そうしてだらしなく横になっているファイの頬を撫でた。
「響さんもまた来てね。私やうちの子にいろいろありがとう。タラゼドや私にまで気を遣ってくれて。今度お礼しなきゃ。」
「こちらこそ。昨日のごちそうで十分です。」
「時間だ。行くぞ。」
ファイに呼びかけても明日帰るとテキトウなことをいうので、
「ハッ」
とチコが悪態をつき、ファイを持ち上げ一瞬で担ぎ上げる。
「うわ!!」
驚く周囲。小柄で肉がついても45キロほどだが、さすがにだらんと床に横になっている姿勢からそれはない。
「わー!ちょっとやめて!変態じゃん!!人さらい!」
腕を外そうとするが外せない。
「うるさい、勘違いされるから黙ってろ。」
足の裏をくすぐるのでファイが暴れる。こんな状態で防犯カメラに映るもの嫌だが、帰らなくてはいけないので窓を見た。
またフードを被って担いだまま窓の方に行くと、暴れるファイの頭を低くして、お礼をし「首に掴まれ」と言って窓からそのまま1階に飛び降りる。
「うわっ!!!」
としかファイは声が出ない。
「おおっ!!」
「ひい!」
みんな窓を見るとファイに叩かれながら、「首を絞めろとは言ってないだろ!」と怒り、そのまま普通に歩いていた。
「マジか。」
「スゲー!」
ヒューと口笛を鳴らすものもいる。
そして、今度はカウスにチコが叱られながら響たちが降りてくるのを待ち、レオニスの運転する車に乗って去っていった。