11 結界
「俺帰るわ。」
タラゼドがそう言って立ち上がる。
「ファイどうする?」
「ウチらはもう少しいる。」
まだ寝室で他の子にマッサージをしているからだ。2人寝転んで、ローアが響に習って施術をしている。
「なら、絶対タクシーで来いよ。俺ので払っていいから。チケット送っとく。」
「はあ?明日土曜だから泊ってきなよ。」
「まだ8時だよ!」
妹分たちが止めるが電話のアーツのあの反応から見るに、あまり響のいるところに長居しない方が面倒事もないだろうと帰る準備をする。どのみち、明日も出勤だ。
「別の日にゆっくり来なさい。」
フェルミオは玄関まで行って息子に手を振った。
夜9時。
ファイと響は、末っ子ルオイと従姉の1人と一緒にコンビニまで氷やお酒を買い足しに行く。ルオイの好みで、少し離れた市場のコンビニまで歩いていくことにした。
響は歩きながらいろいろな所に目を凝らしていく。
響は霊性分野が弱いと言っても、平均以上はある。友人の占星術師、ソリアスが不思議がっていた大房にある霊気を確認していく。目には視えないがいくつかの場所に黒い気溜まりがあるのを感じた。ただ、あの程度ならどこの街にもあるものだ。
目を閉じて集中して祈ればもう少し分かることもあるが、今はやめることにした。
12時まで開いている小さな商店街。コンビニの隣には総菜屋があったので、響はそこのオバちゃんに捕まってそちらで話し込んでいる。
女子ズはコンビニ内で盛り上がっていた。
「ふふ、ここのコンビニにある、すりおろし林檎チューハイがうまいんだよね。」
「グレープフルーツの方がうまい!」
「ファイは?」
「お酒はいいって言ってたよ。ベガスに行くと禁酒するのかな?」
強制禁酒はアーツの試用期間のみである。
「あとでカップ麺も見よ~。」
ファイも久々に来たいつもと違う広いコンビニで、昔のお気に入りを見ていた。これ、1年ちょい前はよく食べてたな…と、ナッツ数種類を買って先に外にあるテーブルと椅子の方に行った。
「ねえ?お姉さんこっち向いて。」
そこに、男の声と少々大きな人影を感じ、思わずビクッと固まる。
「あやっぱり!どこかで見た顔かと思ったら…。」
「おー、マジ?」
「ファイじゃね?フェイだっけ?フィー?ファイだよな?名前。」
「…。」
ファイの顔が青くなる。4人の男が交互に喋っていた。
「あっちに連れがいんだろ、お前ら気を付けろよ。あいつらの親、ヤバいから。」
「ファイちゃん、騒がないでね。」
「何、この地味な女?」
「これでも昔は髪も染めてかわいくしてたよな~。最初は分かんなかったわ。」
「マジかよ。笑う。」
ファイに構わず男たちはがあれこれ盛り立てる。
「こいつがファイなのか?」
1人が隣に座った。
「そーだよ。俺クラス同じだったし。」
確認すると、隣に座った男が言う。
「こいつのせいで、俺の従兄一家が、前住んでた街、追い出されたの。」
「え?マジ?!」
「あの時俺んちも肩身が狭かったわ。まあ、あいつもバカだけどな。」
「ここ、店のカメラ回ってるから少し離れようぜ。」
「あの連れの女の子たちに、先帰るって言って来いよ。」
ファイは気が動転しているが、どうにか言葉を吐く。
「夜で危ないからみんなで来たのに、そんなこと言ったらおかしいと思われるよ。」
声が震えていた。
「へー?反抗すんだ?」
「今、社会人?職場も教えてよ。ご挨拶しに行かないとな。ヤバい女だからって。俺のじーちゃんちまでいろいろ言われて、やられっぱなしでムカつくわ。」
ファイのデバイスを取り上げる。
「解除してよ。これ。」
「やめて!」
と、言ったところでさらに横から声が掛かった。
「私の連れに何してるの?」
響だ。
男たちが響を見て驚く。
「おお!めっちゃいいじゃん。」
「なに?ファイちゃんのお知り合い?」
「行こ!」
男たちの反応に危ないと思ったファイはやっと立ち上がり、響を庇って引っ張って行こうとした。
「ねえお姉さんも、これからの飲みに行こうよ。」
「…。」
黙って睨みつけて、掴まれそうになったファイの腕を今度は響が抱き寄せた。
完全に響から女っ気が抜ける。
明らかにファイが震えていて、何かが弾け、なのに静かで音も無く、空間が歪んで身が仰け反る感覚がする。響は心理に入りそうになるが、ファイの動揺だけ感じながら自分の中のサイコスを押さえた。
「うちの知り合いに、手出さないでもらえますか?」
「先生、危ないよ…。」
と、ファイが小さくささやく。
「大丈夫。私の方が強いから。千%勝てるから。」
「おおーーー!!言うねー!!!」
「俺もファイちゃんの知り合いだし。ねー?」
全員ケタケタ笑っている。体つきからして、おそらくある程度の運動なり武道なりしているだろう。
「響さん、知り合いじゃないよ。知らない人。行こうよ。」
でも、響は全く動揺せず一言言った。
「ならご一緒しますか?」
男たちは一瞬、目を点にする。
そして盛大に盛り上がった。
「おおおーーー!!マジ?」
「お姉さまお名前は?!」
「話が分かるじゃん!」
それに気が付いた買い物を終えた妹たちが、友達なのかナンパなのかと入口の外で様子見をしていた。
しかし、響は少し笑って爆弾発言。
「公安にもお友達がたくさんいますが、呼びます?」
その一言に全員が固まる。
「へ?」
「なんの冗談?」
「大房警察ではありませんし、男も来るかもしれませんが大丈夫ですか?」
「は?」
そこで響が頭番号をいくつか入れた後に、デバイスを見せたまま警察番号を掛ける。
「なっ?」
しかも繋がった。
『はい、統一アジア総刑事局です。』
なんでただの警察でもなく、東アジアでもなく、統一アジア総刑事局??そんな訳の分からないところに掛けるのだ!と驚く全員。しかも一般電話から直通とかあるのか?
「合コンしましょう!!」
電話相手に向かって元気に言う響。
「なんだ?!この女、頭おかしいだろ!!」
「冗談だろ?知り合いと話し合わせて仕掛けてるんだろ?どっきりアプリとか??」
「お前がいたずらや業務妨害で逮捕されるぞ!!」
『あの?冗談やめてくれます?』
電話の向こうの男性も怪訝な声で言う。
『その前に普通の112に掛けてください。』
「ほら!向こうも言ってるだろ!!普通のにしとけって!」
「でも、友達や私と飲みたいって人たちが目の前にいるんです。なるべく女性希望です。」
『…。』
向こうが呆れている。
『なら、そこ。大房ですよね。大房警察に回しますので、そこから飲み相手を選んでください。』
と、通話先の男性が呆れたように言うと、
「マジおかしいだろ!!」
「頭イカレてんのか?!!」
と、男たちが去って行き、ホッと溜息をついた。みんな唖然とする。
暫くして、響はスピーカーを解除し、通話の相手に言った。
「行っちゃいました。」
『…響さん…。行っちゃいましたじゃないですよ!』
「普通に逃げても今度何かしそうだし、大房警察を間に入れたくなかったから…。」
『ベガス以外の警察にはなるべく引っ掛からないでくださいね。』
こんなところで通報やケンカしたら警察案件だ。ベガスはベガス自体が特警で特別区域なので、まあ仕方がないし、既に身元は知られている。
妹たちがファイに駆けて寄って来たのを確認して、響は少し席を外す。
そして、電話の向こうの知り合いに話しかけた。実は公安のサイコスター管理局である。
「さっき男たち!あんなの明らかに脅迫じゃない!下手したら暴行未遂だよ!!」
『落ち着いてください。はじめからの流れを知りませんので。こっちで調べます?』
「できる範囲なの?」
ただの街のチンピラのようなものだ。
『あなたが動けば…。』
「…。」
『いろいろされたいなら、大学辞めて公安に来て下さい。』
「ダメです。個々の案件でなく、全体を変える仕事をしたいんです。新しいサイコスター、まだいないんですか?」
『DP(深層心理)サイコスね…。2人見付かってるんですけど、手に負えなくて…。響さんも手に負えないんですけど、性格自体が悪くて逆にウチらの世話になりそうなのと、コントロールできなくて施設に入るかもっ…て感じです。もう1人いたんですけど、再調査でDPの域までは行かないと分かって…。はあ…うまくいきませんね…。だいたい病んでいて…。』
響はチコの中にいたあの男を思い浮かべる。
あの男は無意識下でも他人の中でも「自身の姿」を保っていた。アジア側はどこまで把握しているのか。
しかしタイムアウトだ。
「響さん大丈夫?」
ルオイが近付いてきたので電話を切った。
「うん。大丈夫だよ。」
「警察が知り合いなの?」
「友達に話を合わせてもらっただけ。」
「もー!びっくりしたよ。」
「ファイは?」
「…少しおかしい感じ…。」
急いで戻ると、机に顔を伏せて気持ちの悪そうな顔をしている。
「ファイ?大丈夫?」
「よかった…。私、響さんに何かあったら…どうしようかと。チコさんにも顔向けできない…。」
「…。私は大丈夫。ファイに何かあった方がチコが心配するよ。」
響が少し気を送ると眠たいと言って寝てしまった。
「お兄!」
そこに一度家に帰ったバイクのタラゼドとファクトが来る。
「ファイ!大丈夫か?!」
タラゼドとファクトは伏せているファイに近寄った。ファクトは女子二人に「こんばんは。ファイの友達です。」と挨拶だけした。
そこでタラセドに連絡したルオイが謝る。
「ごめん。お兄が帰ったって知らなくて。絡まれてるかもって…。でも、全部片付いちゃったみたい。」
「…そんなことはいい。ルオイありがと。」
「先の奴らさ、多分、あいつの従弟だよ。顔知ってる…。」
「…そうか…。」
タラゼドはそう言うと、響の方を見た。
「ウチに連れて行った方がいいかな。それともベガスに帰る?」
「ファイはどっちが落ち着くかな…。」
今、ここで起こったことしか分からなくて、響にも判断ができない。知っている顔という事は、これ以前に問題になることがあったのか。
「響さんは大丈夫?」
タラゼドが自分を心配してくれるとは思ってもおらず、少し照れてしまう。
「先手さえ取られなければ、あのくらい大丈夫です!」
と言うが、タラゼドやファクトからしたら、先手を取られたらどうするんだ!と言いたい。
響は寝ているファイの横顔と髪をじっと眺め、ルオイの方に顔を上げた。
「何があったの?」
「…。昔の悪友というか。」
タラゼドが言い方に困っているとルオイが入る。
「いじめがひどくて…。いじめというか…。先の男自体は当人ではないし、この区域で起こったことじゃないんだけど。」
「…。」
響は何とも言えない顔でつぶやく。
「ベガスに帰ろうか…。私の家か、私が寮に行くから…。」
「待って!このままファイが帰ったら、ママの誕生日だったのにファイもママも悲しむよ。ママもあいつら知ってるから。」
「…。」
でも、何の守りもないまま大房にいさせるのも心配だ。霊性が変わった人間が大房に入って来たので、この付近の霊気の流れが変わり、善いものか悪いものか分からないが、過剰反応をして何か呼び寄せているのかもしれない。
「…ルオイの家で見るなら、私も泊らせてもらっていい?何かあったら直ぐファイを連れて帰るから。タラゼドさんはタクシーでファイを連れて行ってあげて。エリス牧師かチコには私が伝える。」
「…無理だろ。多分家は酒飲んで帰れない従兄弟たちも泊ってくから男もいる。」
流石に他所のお嬢様を、酔っている男3人が雑魚寝している空間に泊らせられない。
「なら、ご挨拶だけしてファイも帰る?」
「ウチは人が大勢いるから大丈夫だよ。ファイ姉を預けてくれても。」
「…。」
ルオイが言うが、響の心配事は精神や霊性の話だ。
響は少し考えて、横で見ていたファクトにも声を掛ける。
「ファクト、少しだけ付き合って。結界を張るから。」
「OK!」
「結界?!!」
タラゼドがおののいているが、ファクトは意味を知っているので普通に返事を返した。
「簡単なのだけど。3か所、聖物を捧げましょう。」
響がデバイスで地図を出すと、目を瞑って数か所定めた。
「家の周りだけでいいかな…。私は朝、ファイを迎えに行くから。」
結界と言えば、ファクトが知っているのはSR社だ。
世界最高峰施設の1つであるニューロス研究所は、雑霊が入ってこないようにいくつかのガードを張っている。おそらく有名な施設や研究所は皆そうである。雑多なことを整理する以外に、何かあった場合に振動や共鳴、鋭い感覚などによって感知する力を持っているのだ。
妹たちも少し動揺しているようだった。タクシーが来ると、タラゼドはファイを抱き上げて妹たちも乗せ、自分はバイクで先に家に戻る。
響は1センチもない小さな盛塩のようなことをして、1つ目をこのコンビニに付近に添える。
「蛍惑では清められた水、お酒、塩とか使うの。火を使う方法や地域もあるよ。」
「どっかに吹いていかない?」
「大丈夫。霊気の流れは残るから崩れても。自分の所有地じゃないからこれで限界かな。」
警察の許可を受けて大掛かりなものを張る場合もあるが、それは聖職者たちの仕事だ。
「ふ~ん。」
「ヤーさんとか、怪しい事務所とかこういうの好きそうだよね。よく盛塩やお神酒してるし。映画とかでも。」
「そうだね。でも、暴行や女性に手を付けたり売春させたり、クスリをするような場所は、何をしてもそのうち内側からダメになっていくから。その期間が長ければ長いほど、捻じれる反動も二乗式並みに大きいよ。国や組織だと、大きくなればなるほどね。少しでも挽回する機会を生かさずにいたことへの責任に対する反動もあるし。」
「…。」
なぜか自分の事のようにビビってしまう高校生。サラッと言う響はサラサやエリス並みに恐ろしいと思うのであった。
そしてバイクをゆっくり動かしファクトと移動しながら結界の準備をした。