10 大房をどうするか
「あー、先生!お酒いけます?ちょっと食事始まっちゃいましたが、食前酒をどうぞ!」
そう言って、長女ローアが小さなグラスにお酒を持ってくる。
「ありがとうございます。」
と、響が受け取って飲もうとした瞬間…。
「!」
タラゼドがそのグラスを奪った。
「ローア、これなんなんだ?」
「梅酒でーす!」
「…。」
妹を睨む。
「響さん、お酒強い?」
「いえ、あまり…。」
本当はけっこう強いが、それを言ってブランデーやらロックやらあらゆるものを飲ませられた記憶があるので、言わないことにしている。
「…強そうだけど。」
と、言い返され、ドキッとするがそのまま通す。
タラゼドはグラスの匂いを嗅ぐとイヤそうな顔をしてから、響に一言断って一口飲んだ。
そして妹ローアに怒る。
「ふざけんな。ジンだろ!」
「違うってば~!梅酒にアクセントのジンがちょびっと!」
「反対だろ。ジンにちょっとだろ。」
響はキョトンと見ている。
「響さん、気を付けて。こいつらこういう奴らだから。うちに食前酒なんてかわいい文化があるわけない…。」
「…はい。」
そう言って、タラゼドは妹に突き返した。
「あ、ヤバい。1年以上ぶりに飲んでしまったせいか、一口でもけっこう回る。」
仕事で疲れているのと、久しぶりなので、舐めた程度だが少し効いている気分になる。何せジンだ。
「何?タラゼド1年も飲んでなかったのか。」
「そういえば煙草も吸ってないよね?匂いもしないし…。」
「両方やめてる。」
「えーーーー!!!!すごい!!!」
「ほんとに?!」
「なに?ベガスって中毒治療施設なの?!」
周囲から感嘆が起こり、中毒ではないと反論したいが、面倒なので放置する。
「響さんも煙草臭いとか言うから、あらゆる匂いが消えるまでどうにかした…。」
響が感知したのは、霊性の煙草を吸いたいと思う精神部分が匂いに現れたものである。その霊性の匂いが消えるにはどうしたらいいのかエリスに相談してどうにか消したのだ。午前中の飲食は水だけにして、2週間朝に素振り千回か太極拳を1時間しろと言いうので、何の漫画の修行だと思いながらファクトと朝練していただけだ。
「響先生ー!!こいつも禁煙させてください!!」
向こうのソファーに座っている男子を女性が羽谷締めにしている。タラゼドの従姉弟たちらしい。
「私は、匂いを指摘しただけで何もしていません。その前には禁煙自体はできていたようで…。」
チコに叱られまくったので、響にとって出会いの日の事は苦い思い出である。
「えー。響さんみたいな人がタラゼドの面倒を見てくれたらうれしいわ!それで今日来たの?」
母フェルミオが思ってもいないことを言うので、固まってしまう。
「タラゼドが面倒見る側でしょ。響さんなんかと一緒になったら。」
「ちょ!ファイ!」
赤面するが周りは盛り上がる。
「あのさ、響さん大房の人じゃないし、大きい家の娘さんだからこんなとこ来るわけない。」
タラゼドが何でもない顔で言い、それだけの事なのに、響は何か腑に落ちない気持ちになった。
「もしかして、親辰大出身とか?」
親辰大は、倉鍵に本校のある比較的お嬢様が集まる大学だ。
「やばい!ウチら大卒何人いるの?!マジ釣り合わない!もしかして実家はお屋敷とか、すごいマンション?」
何となくその話は流して、響はフェルミオや大人メンバーと話し込んでいたところ、ファイの電話にファクトから着信が入る。
「はーい。なに?」
『ファイ!お前ふざけんな!』
「…。」
ファクトでなくキファである。スピーカーにしなくてもうるさいが、ただならぬ様子に周りの女子がファイに顔を寄せて聞き入る。
『響先生がタラゼドの家に行ったてどういうことだ…。』
ファイはデバイスを持って身を縮めるのに、女子たちはさらに耳を寄せるどころか、他の数名もジェスチャーで呼ぶ。
「はあ?こっちの勝手でしょ。」
『今どこか教えろ!』
「何妄想してんの?家族の誕生会だって。大人数だよ。」
『だからなんでタラゼドの家に先生が行くんだ?何してんだ?勝手に連れていくな!』
妹分は小声で、「ファイの友達?」「違う、響さんの事みたい。」「え?取り合い?」「取り合いってお兄と?しょーもなさ過ぎてありえない。」「マジ楽しい。」など勝手なことを言い合っている。
「誕生会だって言ってんじゃん。あれだけリーブラにバカバカ言われてまだ悟らないの?そんな話にもならなかったのに、自分でこっちの人間まで焚きつけてどうするの?バカなの?なんでキファの許可がいるの。」
「キファ?!」
一人の女子が反応すると、
「え?え?キファ??!」
「ファイ姉、キファとお友達なの?!!」
わーと、歓声が上がって、電話越しも大人しくなる。うざ!とファイは電話を切った。
一方南海側。
「なあ、なんなん?奴らはどこにいるわけ?女だらけだし。クラブ?女子会?」
ファクトも「さあ?」と、顔をかしげる。
自分の着信は取らないと判断したキファが、ファクトの電話を奪ったのだ。下町ズの1人が女子寮の子から、響が大房に行っているという話をたまたま聞き、タラゼド家を当てたのである。タラゼドはライブハウスやクラブには行かないし、リーブラもこの場にいないので追及する相手がいない。
「つーか、タラゼド。そんな楽しそうな会に誘ってくれないなんて!」
自分が姉さん兄さんを取り持とうと頑張ったのに。響といると面白い人が寄ってくるのに。ファイにちょいオコのファクトである。
戻ってタラゼド家。
女子の騒ぎに注目してしまうフェルミオなど大人組一同。響もキファの名に反応する一同に、呆気にとられる。
「キファ君?キファ君も皆さんのお友達?それとも有名なの?」
「響さんも知り合いなの?俺も話したことはないけど、大手のプロモーションとか出てから大房で名前は有名だよな?スカウト来ても本職にはしないって、デイスターズ行き断った話は知られてるし。タラゼド友達?」
従兄弟の一人が聞くが、タラゼドは知り合い程度と答える。
「えー!タラゼドさん!一緒に住んでた仲なんだから、友達って言ってあげなよ!」
響が怒るが、Aチームに熱い友情などないのだ。
「一緒に住んでたの?!!」
女子が反応する。
「部屋違うし。」
「一緒のチームでしょ?!」
初めての場所でちょっと猫を被っていた響が怒りだす。
「トレーニング上のチームだろ。」
「だからサラサさんが困ってるんだよ!」
「業務連絡はしてるし。」
タウやハウメア、Bチームがいなければ、Aチームは完全個人プレーヤーチームである。
「そういう問題じゃありません!だいたいイオニアさんもタラゼドさんも、下の子にはよくできるのに、横々で繋がりが薄いどころか、顔も合わせないって。」
こんな似た者同士なのでAチームはかえって気が合わないのだろう。が、そこでまたもや妹分が反応する。
「イオニアもいるの?ベガス!」
イオニアの方が有名人だ。タラゼド妹たちは、兄と生活圏が重なるなんていやだと、学校以外なるべく兄の行く場所には行っていないのでアストロアーツにも行っていないのだ。兄に頼りまくっているのにひどい妹たちなのである。
イオニアに関することは、ファイが切なく答える。
「…いない。奴は消えた。響先生と会いたくないって。」
「…?違うよファイ。家の事情だよ。」
「…。イオニアが素であの家に帰りたいと思う?事情はあれど決定打は響先生しかいないでしょ…。」
ぼそっとファイが言うと、また聞き耳を立てていた妹分が響より先に大騒ぎする。
「えーーー!!!何々?響さんどういう人なんですか?!」
「うちに来ちゃって大丈夫なの??!!」
「そうそう、こんなお兄のいる家に?!!」
しまった、自分が焚きつけてしまったと気が付くファイ。もう状況がよく分からないが、ここの妹は切り替えが早いので、話を引っ張らないに限る。
「あ!ケーキ食べよ!ろうそく吹き消さなきゃ!」
話を強引に変えて、フェルミオのケーキを準備すると、もうすでにみんなの注目はケーキに向かった。
「あのさ、家族多くて毎回こんな誕生日するのももうしんどいから、私の誕生日は普通に家で食事だけでいいんだけど。」
フェルミオが言うが、女子はしたいのだ。ママは誰よりも特別なのだ。
1人の合図で何人かがハミングをすると、アカペラで荘厳なバースデーソングが始まる。そして、1回目を区切ったところでポップ調になり、思いっきり盛り上がってろうそくを消そうとした。
が、全てのタイミングをぶち壊すようにルオイが止める。
「ママ~。待って待って!写真撮るから!!」
呆れる母が娘の言う事を聞いて写真を撮ってもらいながら、ふーっとろうそくを吹き消し、その後拍手が起こってまたフェルミオは娘や姪たちに抱き着かれていた。
「賑やかだね…。」
暑苦しいぐらい濃い反面、タラゼドや次女はノリが違って、全ての反応が薄い。だが、騒がしい人たちの中にいてもあまり苦にもならないようだ。
タラゼドがいつも、勝手に話し行動するファクトたちをよく見てあげているし、うるさいアーツの中で全然動じない理由を響は理解した。
その後、響がタオルを何枚か借り、寝室でフェルミオに上半身と顔、足裏のオイルエステとツボ押しを施す。半分くらいの女子が興味津々で集まって来た。
フェルミオは46とは思えないほど肌に張りがある。
「響さん、こういう事の先生なんですか?」
「漢方の薬剤師ですが、漢方の生態を知ったり、生活や仕事に生かしていく方が専門です。」
「大房でも何か教えて下さい!」
「ほんと!先ベガスに行きたいってお兄に言ったら、今受け入れ先が少ないって言われたし。」
今まで兄のいるベガスに関心のなかった妹分たちが湧き上がっている。
人はいくらでもほしいが、現在受け入れ側が間に合っていない。
派遣会社が最終責任を持つ派遣労働だけならともかく、出入管理されているベガスへの通学や勤務はやはり霊性や生活に関する試験がいるのだ。今は河漢の出入者管理でいっぱいになっている。世間では差別とも言われているが、一定の基準をクリアした家族、当人しか移住させない。犯罪や暴力、怠慢の少なくない河漢と同じ街になっては困るので、これは譲れないのだ。
「ちょっと、先生困らせたらだめだよ。大房なんて仕事にならないよ。」
先、倉鍵などでも響が講座を開いていると話を聞いた子が申し訳なさそうに言った。倉鍵の夫人相手になら、受講料もそれなりに違いない。が、儲け仕事にはならなくても、そこは使う素材や内容を変えればできないこともないことでもある。
大房基準では大家族だろうが、タラゼドの親戚だけでこの面々。そして、青年を流出させたくない大房議会や商工会。入出に厳しいベガス。
響は様々な構想を頭に巡らせた。