103 軍用車両に囲まれる
戻ったマンションでチコは仰向けにベッドに倒れ、そっと天に祈る。
響もだが、ファクトにも何もないように。
チコにとってファクトはミザルであり、ポラリスであった。
自分を正式な家族にしてくれた、書類上だけでも子供にし、姉にしてくれた唯一の人たち。
ファクトに何かあればミザルが崩れ、ポラリスも心を痛めるだろう。親になってくれた人たちを悲しませたくなかった。
それに、ミザルとポラリスに何かあれば、世界の動向に直結する可能性もある。
そしてファクトは、チコが子供の時から代わりになって守って来た大切な子だった。
アジア、アンタレス時間23時半。
いま彼女の周りには誰もいない。いても事情の通じやすい、SR社の核になる人間だけだろう。チコは起き上がり、悩んだ末にデバイスで連絡を取る。
『もしもし。シリウスです。』
チコの着信を受け取ったのはシリウスだった。
「ファクトの居場所を知りたい。」
『…挨拶もなくせっかちですね。』
「私の連絡に反応しないんだ。」
シリウスの雑談に応じずに話を進める。
『初めてあなたから連絡が来て、とっても嬉しいのに…。』
「ファクトの近くにシェダルはいないか?」
『大丈夫。いないと思います。ただ、「私以前」のニューロス体ですので、少し把握しにくいのです。「北斗」は入っているので、どうにか追えますが。
……多分調整中です。彼はたくさん調整がいるので。』
「…………」
『ホッとしました?まさかチコからの連絡がこんな普通の電話で来るなんて。』
クスクスと笑っている。
「………何が面白い?」
『うれしいのです。あなたのことがとっても大切だから。ずっとお話ししたかった。』
「ついでに言っておく。ファクトには絶対に手を出すな。」
『手を出してなんていません。』
「だったら距離を置け。」
『チコと同じです。チコほどではありませんが、いつも逃げられてしまいますので…。』
「…………はぁ…。」
変なため息が出る。
「ファクトが安全ならいい。もう切る。…感謝している。」
『もっとお話ししていたかったけれど…おやすみなさい。
きっとすぐ来ますよ。あなたの大切な人たちは。
私も…
会いたい…』
「…?」
そう言ってシリウスはデバイスを切る。
シリウスはメールを残していた。
[アンタレス国際空港23:50到着 G125便]
仰向けになったままそれを見たチコが、ガバ!と起き上がる。
いろいろなことが心配すぎてまだ装備を外していなかったので、そのまま玄関を出て護衛のフェクダに指示を出す。
「フェクダ!国際空港に向かう。アセンブルスに連絡して、カウスも呼べ!」
***
「…まさかユラスに来て、アジアまで飛ぶとはな…。東アジアにはあまり縁がないのだが。」
まだ直ぐに仕事に入るわけではないらしいので、ファクトたちはおじさんに1日でいいからアジアに来てほしいと頼んだのだ。
アジアは多少入国が厳しかったが、既にユラス入国が通っていることと、カストルの証印を貰っていたためどうにかおじさんも入国できた。おそらくファクト感覚で、ゲーム的には殺し屋か傭兵っぽそうなおじさんは、入国も出国も他の人より面倒な検査をされていた。おじさんが直接言ったわけではないが、ヤバい職業には間違いないだろう。ユラスと違って、アジアに職業傭兵なんてほとんどいないのだ。とくに東アジアは。
「信じられん…。付き添いとはいえ、デバイスしか持たずに来てしまった…。」
ワズンが自分に呆れている。
「俺だって、今回ユラス入国でデバイスしか持ってなかったよ。学校から直接来たし。」
3人ともデバイスとパスポートだけで国越えしてしまった。
「おい、鳩。」
「鳩ってやめてほしいんだけど。鳩にあんまいい印象がない…。公園の害鳥というか…。ファクトと呼んでください。」
「おう、ファクト。あの話は本当なんだろうな。」
「多分。」
「ここまで連れて来て、多分とか言うな!」
「ワズンさん。どうかしました?」
「…ん。なんか変な感じがする。」
「薬莢の匂いがするな。」
「そこら中、軍人が歩いてますから、変な行動しないでくださいね。」
空港内は銃を構えた軍人たちを時々見かける。
無事、入国ゲートを出てロビーに出ると、おじさんは帽子を被り、マフラーを巻き直していた。
おじさんの素顔はけっこう甘くて渋い顔だ。目は大き目で少し垂れているとことが、父ポラリスに似ている。体格は背丈はサルガスやタウくらいだろう。もうすぐ50半ばだと言っていたが、目の周りしか皺もなくそんなに歳には見えない。
しかし、エントランスを出て、タクシーを拾おうとした途端、3人はビビってしまう。
「は?」
おじさん困り顔。
自分には区別がつかなかったが、東アジア軍1台、ユラス軍2台の軍用車両が自分たちを囲んだのだ。
「おい、鳩!お前何のつもりだ?!いきなりなんだ?!」
「え?え?傭兵ってヤバかったのかな?」
「ふざけんな!しかも傭兵って言うな!」
「…ユラスだろ?」
ワズンがため息を吐く。
そこで、優雅なプラチナブロンドを街灯に光らせて車から降りて来たのは、完全に目の据わったチコであった。
そして、ワズンを一瞬睨んでファクトの方に真っすぐ来て、
バン!と頬を叩いた。
「………。」
何も言わないファクト。
後ろにいたカウスや他の兵たちも息を飲む。
「行くなと言ったはずだ。しかも報告もなく。」
「………」
「チコ、待て。」
「ワズンは黙ってろ。ファクト一人の問題じゃない。」
「………誰かに何か言ったら止められると思って…。」
「何のために………シェダルが動くかもしれないこの時期に、何のためにユラスに行くんだ。」
「……。」
「言っただろ。ベガスにいる間は………学生のうちは私がファクトに責任を持つ。勝手なことはするな。」
「………。」
それを呆気に取られて見ているおじさん。
「この方は?」
「ユラスからのお客さんです。カストル総師長に言われて一緒に来ました。」
ふくれっ面でファクトが言う。軍人独特の匂いがするが、ユラスと聞いてチコは納得する。
「ワズン、説明を聞く。一緒に乗れ。ファクトは客人とカウスの方に乗れ。」
カウスはチコと同じ方に乗っていたが、ワズンで十分護衛になるからか別になる。
東アジア軍と話を付けて、ユラス軍2台はベガスに向かう。
「あ、お客さま、どこか送って行くところありますか?途中からはタクシーになってしまうんですが。」
カウスがテニアに尋ねる。
「いや。この鳩と同じ場所に行く。…ファクトと。」
「ベガスに?」
「ユラスの知り合いだよ。おじさんを案内しようと思って。」
もうベガスに知り合いがいるのかと呆れる。
「ならベガスに行きますね。ファクトは……大丈夫ですか?先の…。」
「ああこれ?」
頬に手を当てるが、痛みよりもチコの怒った顔が痛かった。
「チコ。すっごい心配していて、ユラスに乗り込む勢いだったので許してあげて下さい…。」
「……うん。説教されるよりはいいや。」
一方、片方の車両。ワズンとチコだ。
「どういうつもりだ。」
「…髪切ったんだな。」
「…関係ないだろ。」
「………。」
「言わないってファクトと約束したから。
男同士の約束だ。」
「何がだ?これだけ人を動かしてか?こっちは人の安全も守らないといけないんだ。前回は響が外出先でDPを使っただろ!ファクトは博士たちの息子なんだ。何かあったらミザルと亀裂ができる!」
それは身内の安全を越えて、ニューロス研究にも関わって来る。
「…悪かったとは思う。」
「そう思うなら説明しろ。」
「…後でファクトから聞け。」
「………。」
チコは頭を抱えた。
そして、高速に出ようとする手前だった。
ダン!と、チコたちの乗っている、後方の車のエンジンフードに何かが乗った。