102 あなたの名前は?
「ファクトを特定できないのか??」
チコがイライラして言う。
「総師長は会っていないと言っています。ワズンさんは連絡しても出ないし…。」
「メイジスたちは?」
「何も知らないそうです。」
アセンブルスが抑揚もなく返事をした。メイジスはユラス側のサダルの側近である。
「……行こう。」
机にあったデバイスを取って動こうとする。
「どこに?」
「ユラスに行く。」
「…気は確かですか?」
「……なんでだ?ユラスに行くだけだろ?」
「サミットにも行かなかった人が今ユラスに行ったら、それこそいいように叩かれますよ!!」
温厚なレオニスもさすがに怒る。
「そうですよ。議長の誕生日にも行かなかったのに。」
「お誕生日をお祝いしてほしい人間じゃないだろ……」
嫌な顔をするチコ。
「……そういう問題じゃないんですってば。そんなんだから、いろんな女性が贈り物を持って議長に会いに行くんですよ…。」
「しかも弟のためとか、ほっとけばいいんです。ファクトですよ。それこそユラス中が呆れます。」
「サイコスや響の件もあるだろ?」
「それは何かあったら私たちが動きます。今はガジェやマイビーたちもいますし。チコ様はファクト関連で動かないでください。」
「………。」
チコは仕方なく椅子に座り、考えるように沈み込んだ。
***
そしてユラス。
仕事を切り上げて駆け込んできたカストルは、ユラスのダーオ本部礼拝堂で目を見開いた。
ワズンがファクトを連れ、そしてもう一人男を連れている。
「総師長!お久しぶりです!」
「…この前ぶりだけどな。ファクトには本当に驚くな。」
「ありがとうございます!」
「そのなんでも前向きに取ることろもポラリス似だな。」
「もしかして嫌味ですか?」
「いや、どっちでもない。」
「そうですか!父よりは卑屈な性格なんですけど。」
前向き過ぎる父には、ファクトも時々イライラするのだ。
おじさんもカストルに礼をする。
カストルも深く礼をした。
「…………。」
礼拝堂に静寂が響く。
「…多分ですけど。そうですよね?」
ファクトが言うと、カストルはおじさんに座ってもらいその額に手を置いた。
カストルからは青と金の光が見える。
しばらくそのままでいて、力を収めると、カストルは礼拝堂の同じ長椅子に座り込む。そして、そのまましばらく祈ってから答えた。
「………そうだな。」
「………。」
飄々としたおじさんは、力の抜けたカストルを見ている。
「ワズン。ファクトとアンタレスに行けるか?護衛は変わってもらうようにする。向こうには言わなくていい。対応に困るだろう。」
「おいおい、そっちで話を進めるなよ。まだここで仕事があるんだ。可愛らしいお子さんの護衛をしていてね。」
おじさんが嫌そうだ。慣れてみると軽い感じの口調で話してくる。
「まだ行くとは言っていないだろ?」
「………君にはいくつか質問したい。」
カストルは立ち上がって改まる。
「まず君の名だ。」
「『ボーティス』?」
「っ?!」
みんながファクトを見る。答えたのはおじさんではなくファクトだった。
普段なら消えていくはずの夢の記憶が蘇る。
「おじさんの名前、『ボーティス』?」
「………っ?」
一番びっくりしていたのはおじさんだった。
***
「響、ちゃんと話そう。」
「いやです。大嫌いと言ったはずです!」
ヴィラの近くまで言い合いをしている。
「そこには入れないなら、どこかで泊まろう。」
「いやです!話し合いなんかしなくても実家には戻りません!」
「言っときますけど。私っ、ベガスにマンションの2つや3つ買えるくらいのお金は持っていますから!」
「…………。」
言い切る響におののくお兄様。
「サイコスか?その仕事は危ないだろ?」
「講師でも、インターンでもそれなりのお金を稼いでるんです!私の勝手です!」
「聞いたんだ。サイコスは響にこなせるような仕事じゃない!」
「お構いなく!こなせていますから。」
遂に我慢できなくなったお兄様が、響の肩を掴む。
「待つんだ。」
「やめて…」
と言ったところで、不愛想な顔の男がお兄様の手首を掴む。そして軽くねじり込まれた。
「い、痛!」
タラゼドだった。
「響さん?大丈夫?」
「あっ、あっ、あっ…その人は…。」
「兄です!」
バッと手を離すタラゼド。投げなくてよかった…。
「つうっ。」
「すみません。響さんの友人です。」
「…まさか…………」
このセリフの続きを察したタラゼドがどうにか言い訳を言う。
「響さんの女友達の、友達です!」
あれ?合ってるか?分からなくなるので気を取り直し、本題に入る。
「あの、先に用事を言わせてください…。ここで待っていたんですけど、全然来ないし電話にも出ないから…。そしたら事務局にいるっていうので今行こうと…。」
「…だから何なんだ?」
お兄様が急に現れた軍人張りの男を睨んだ。
「ファイの代わりに母から…。あ、ファイは響さんの友達なんですけど、今まだちょっと整理できないらしくて、代わりに母が響さんにこれをと………」
何か食べ物などお土産の入った袋を渡される。
「母からの手紙も入っているので。」
それを聴いたとたんに、響は唇をかみしめ、差し出された袋を受け取り、泣きたいのをぐっと我慢する。
髪を掻き分けるふりをして、少しだけ涙をぬぐった。
あれもこれも一気に来て、全部投げ出したい。
自分の中だけで生きてきた時は、とっても楽で自由で、いつも好きなことができたのに…。控えめにしてきたつもりなのに、どうしてみんなを怒らせてしまうのだろう。
「ありがとうございます……。お礼はメールしておきます…………
「響さん、ファイも気が高ぶっていただけだから。…反省していたからさ。チコさんもいろいろ説明に来たみたいで。」
「…何かあったのか?」
完全に下を向いてしまった響を、お兄様がのぞき込むがグイっと顔を押される。お兄様に顔を見られたくない。
「響さん、友達と少しいろいろあって………。
あの、落ちついたらファイに会ってあげてほしい。」
これがタラゼドにフォローできる精いっぱいだった。多分チコは放っておいても平気だが、ファイと響にとっては繊細な話だろう。
「大丈夫です…。」
「………。」
何が大丈夫なのか読み取れないが、礼をして家の方に一人駆けていく響を見送った。
「…。」
初めて妹に嫌そうに顔を押されたお兄様は、押されたところを触り呆けている。
「響…………なんで…。」
しゃがみこんでしまう。
「………あの、『お兄様』?大丈夫ですか?」
「ちょっと待て?なんでお兄様なんだ?」
それに他意はなく、響が『お兄様、お兄様』と言うのがアーツでウケて、響兄の代名詞になってしまっただけである。
「尊敬する大学講師のお兄様なので……。」
無難な回答をしておく。
「…はああああぁぁぁ…。」
「お兄様もしかして、泊まるところ決めてないんですか?自分は寮なんで泊められないんすけど、この辺ホテルや宿泊所もありますし。」
「飲もう!」
「は?」
「こんなことがあったら飲みたくなるだろ?」
「………自分、今は酒は飲みません。」
「…なら付き合ってくれ!奢る!!」
「ちょっと待ったー!!」
そこに駆けて来たイオニア兄ことゼオナス。ついでにキファとタチアナも来ていた。なぜかジェイも連れてこられる。
「私も混ぜてください!!」
「は?」
「ここで働いているゼオナスと言います。私は家借りてるので、飲みつぶせます!」
「…君の知り合いたち?」
タラゼドに尋ねる。お兄様は近くに来たキファの水色頭にビビっている。
「まあ、この辺にいるのは…だいたい顔見知りです。俺は、最近来たのはあまり知らないんだけど。」
タラゼドは仕事尽くしで最近のメンバーを知らない。
「……じゃあ行こう!」
そうして、始めに焼き鳥を食べに行き、その後にゼオナスの家で二次会。
俺は何をしているんだと思いながらも、タラゼドは響に対して空回りしているミツファ家の事情を知る。
つまり、一般的、社会的に常識人で名家なミツファ家族には、ちょっと変わったどんくさい響が理解できないのだ。それに加えて、だからこそ自分たちも色濃い人間だと気が付いていない。響以外はバリバリの伝統一家、なおかつキャリアな人たちなのである。ついでに響の父方は西アジア香道の家元だ。
こっちから見たら話しを聞く限り、響が一番取っつきやすくまともである。
そして、ゼオナスは仕事の話をし、なぜかお兄様とも人脈を作ってしまう。
お兄様は母方の祖母が蛍惑物流の妻。つまり響の祖母である。自分は東アジアに近い都市サイファー郊外で建築関係、メカニックなどのメンテ用品工場経営家系の女性と結婚をし、専務として働いているらしい。
多少酔ってはいるが、今ベガスがどう動き、河漢やアーツとの関連などゼオナスの話をじっくり聞いている。
リノベーション会社の現場責任者として動いているタラゼドや他のメンバーは、時々質問に答えながら、結局その日ゼオナスの家に泊まってしまった。