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ZEROミッシングリンクⅢ【3】ZERO MISSING LINK 3  作者: タイニ
第二十五章 夢は朝焼けに覚める
102/105

101 反撃のお兄様



ユラス首都ダーオ、トーチビルの展望台。



「鳩?」


「?!」

思わず振り向くファクトと、無言で構えるワズン。


火薬や血の匂いがする。香そのものではない。それと同じ空気感。

太い毛糸のニット帽子を被り、マフラーというのかストールなのか口元まで隠している。季節がチグハグだ。


「鳩だろ。」

「鳩??」

「クレーを奢るってなんだ?」

「くれー?」


「北メンカルは危ないから帰れって言ってたのお前だろ?」


「?!」

北メンカルの一言に、ワズンが動こうとするがファクトが抑えた。

「待って、ワズンさん!」


「伝書鳩のこと?」

「は?伝書鳩か知らんが、間抜けな鳥が手紙を持ってフワフワ飛んでいたぞ。」

伝書鳩など見たことなかったが、ファクトの想像の産物だ。公園やそこらにいる鳩が、お手紙を咥えて飛んでいる平和でかわいい絵を想像したのだ。映画では見たことがあるかもしれないが、絵本のイメージが勝った。


「バカなのか?伝書鳩は口に手紙なんて咥えていないぞ。そんなもん落とすし飛べないだろ。」

「…。」

「そもそもなんで、お前が俺の心配をするんだ?お前は誰だ?」


訳の分からない顔で見ているワズン。

「……心配?」



「あなたは誰ですか?」


「はあ?何言ってやがる。俺が聞きたい。『待ってて、待ってて、待って…』と、ずっとうるさいからここで待ってたんだろ!?ここの位置が分からなかったらとっくに帰っていた。こんなつまらないところで何時間も待たせやがって。」

「位置が分かるの?」

「なんとなくな。」


「………ファクト…。僕は心星ファクトです。」

「………。

俺は…。まあ名乗らん。名乗る必要もないだろ。」


「…もしかしてバベッジ族ですか?」

「…………。」

今日カーフから聞いたばかりの知識を早速活用してみる。何でも聞いておけば、10回に1回くらいは何かしら(かす)るだろう。全然見当違いでも、心のどこかに触れるかも?なんて思いながら。



「……だったらなんなんだ?」


あれ、いきなり当たっちゃった?違うのか?

やっぱりバベッジ族の光?


「あのな。鳩が何者か知らないが、俺は気に入らなかったらお前なんて指一本で殺せる。

……………何が言いたい?」

「ギュグニー式ですか?」

「………。」

ギュグニーという言葉にまた驚く男。ほんの少しの動揺をファクトは見逃さない。

「違う。」


ギュグニーにワズンも反応するが、ファクトが無言でワズンを制する。


そこでファクトはこの男が…カラーコンタクトを入れているのに気が付いた。

「カラーコンタクト入れてますか?」

この時代のコンタクトは、高性能で裸眼と分からないものも多い。

「………。」


「…?」

ワズンは完全に置いてけぼりになる。




またドキドキする。胸が高鳴るこの感覚。



どこかで知った女性の、

長いブラウンヘアが荒野で煌めく。


寂しいこの土地に、この荒涼とした地と寂しい建物に、たった一つ明るい輝き。




――ずっと待っていた!――




「あなたの名は………」


パチンッ!

そこで空間が軽く弾けて………




ファクトは見る。コンタクトの中の明るく、でも深い宇宙を。


この宇宙を知っている。あの人の抱えていた宇宙だ。

あの心理層なのか夢なのかも、生きているのかも死んでいるのかも分からない宇宙の人。




「おじさん!行きましょう。アジアに!」


「は?」

「はあ?!」


おじさんとワズンが同時に声を出す。




***




時間が早いアジアでは、既に夜。


「………響。蛍惑に帰ろう。」

「………いやです。」


サラサも挟んで話をしているミツファ兄妹。


「心配なんだ。きちんと結婚をして、きちんと生活を立てるんだ。」

「………まだ私はインターン最中です。勝手に帰れません。生活も既に立てています。」

あの総合病院は断るつもりだけれど。


「医者っていうのはいつまでインターンなんだ?もうずっとインターンしてるんじゃないか?」

響は正規教育より少し早く卒業や修士を取っているので、本来ならもう普通に働いていてもいいはずだ。これで30越えてもインターンの場合があると言ったら、とんでもないことになりそうなので言わないようにする。1年で研究室を閉めることになった話をしたら、さらに反論できなくなりそうなのでそれも言わないでおく。

「………。」

響は反論することがなくて黙り込んでしまう。


「響さんは、お金の為だけに仕事をしているわけではありません。それだったら他の仕事もあったはずです。好きで漢方のお仕事をされているのだからよろしいのでは?」

「医者でもない、研究職でも教授職でもない、それが何になるんだ?」

これまでどれほど響が勉強漬けだったか知るサラサはイラッとする。その中でサイコスターの管理もしてくれた。



そこで、感情を露わにするお兄様。


「何度も言っているだろ?心配なんだ!!」

ビックッとする二人に、隠れたギャラリー。


「…どん臭くて、友達もできなくて、変な子と言われ、みんなが列に並んでいるの一人どこかに行ってしまったり…。虫の標本を作ったり…。きちんと響を支えられるような知り合いを紹介しているのに全部断って………。見た目も全然気にしないし………。」

こちらでは人気の響の容姿も不満らしい。


「………。」

ため息をついて、サラサはお兄様を見る。

「響さんはこちらでうまくやっています。お気になさらないでください。25はまだ若いです。25の学生もここにはたくさんいます。」


響は、これまでのお見合いだって全部断ったのではない。

会話をしているうちに、マイペースな響と話が合わなくなっただけだ。経営者や大きな家柄の夫を支える妻を望むような、兄の紹介する人たちは響には重荷だった。中には響に惚れて、そんな性格でも気に入ってくれる人もいたが、兄たちの完璧主義がチラついて響自身心の負担がハンパなかったのだ。



そう、本当に響はマイペースな子だった。


子供の頃はもっと顕著であったのだ。


顔はクールで大人っぽいともいえるのに、庭の花が咲くのを何時間でも待っている。死にそうな昆虫が動かなくなるのを最後まで見ている。


学校ではみんなが授業でチームを決めていても、最後に決まる控えめの子たちの輪にすら入れず、仕方なく幼馴染のシンシーたちが誘ってあげる。50メートル走はだいたいビリ。マラソンは地味に頑張るがコースを外れて5キロも進んでしまい、通信関係も持っていなかったので、先生たちが探しに行ったこともある。


みんなが色気付いてくる中高生になってもオシャレにも関心がない。

姉や母の高級な化粧品に関心があると思えば、自分に付けることもなく、その色や成分ばかり見てうっとりしている。


親や兄弟からしたら、心配で心配でたまらない子だったのである。


「とにかく心配なんだ!」


「………。」

同じく心配で来たキファがそのお兄様の言葉を聞いてしまう。

響を庇ってあげることはできないかと思って来たのに、お兄様は共感することを言っている。



響のどん臭さはキファは身をもって知っている。

この前、事務局で待っている子供たちとテレビを見ながら子供のダンス体操をしていたのだが、それすら響は踊れていなかったのだ。園児の番組である。園児の方が上手いくらいだ。両手をかざしてトントン足踏みすらテレビのお姉さんとズレている。通りでどれだけダンスを教えても踊れないわけだと、やっと納得した。初めから無駄だったのだ。


リズム感と運動神経の塊しかいない環境で育ったキファからすると、そんな人がいたんだと驚きでしかない。見た目が何でもこなせそうな分、そのどん臭さに感じる落差が激しい。


ただ、その代わり頭は断トツいいので、能力の違いだと結論付けはした。




チラッと見ると、響は黙り込んでブスッとした顔で、膝のスカートをギュッと握っている。


あのシンシーの世界を見れば、響が生きてきた環境があまり響に合っていないことが分かる。

見た目も……というか、下町ズから見れば響のスタイルはモッズや古着系だ。いつもブカブカ着ているのはもったいないが、おかしくはない。でも、超ミッションスクールのお嬢様や西アジアの金持ちたちの世界では異質にしか見えないのだろう。


キファのいるところにリーブラも割り込んでくる。

「先生、大丈夫そう?」

「いや?超絶ブスッとしている。」

「うわ~。子供が拗ねてるみたい。」


イオニアの兄、ゼオナスも蛍惑物流の孫が来ているとこっそりのぞきに来た。自分以上に堅物そうな男である。



そこでリーブラは、話が区切れたタイミングで前に出た。

「…あの。」


「リーブラ?」

響とサラサが顔を上げる。

「響先生のお兄様ですよね?サラサさん、少しいいですか?」

「…?」

「初めまして。私、今日先生の研究室の助手を務めていましたリーブラと言います。」


「あの、響先生はこっちでは結婚に困ることはないのでご安心してください。」

「は?」

「………非常にモテますので。」

「モテる?」

怪訝な顔をするお兄様と、え?その話を出すの?と、ビビるサラサにビビる下町ズ。


みんな一斉に思う。リーブラ、何を言うつもりか!絶対に『大房』をの名を出してはいけない!強制帰省確実である!!



しかし、リーブラはバカではなかった。


「こちらの大病院、倉鍵のお医者様にも見初められていますし、大学の若い教授たちも響先生を気にしています。」

倉鍵の病院の事は、ベガスの病院の先生たちから聞いている。倉鍵の病院はアンタレストップ、つまり世界トップクラスの病院の一つである。

「………。」

「これからベガスにはこちらの経済や行政を回すヴェネレ人やユラス人もどんどん入ってきます…。石油王手前レベルもいます。

つまり…、選びたい放題です!!!」

「!!!!」

お兄様ではなく、下町ズが驚く。よく考えたらすごいことだ。

「…………。」

呆気にとられるお兄様。



力強く言うリーブラに、ひそかに裏で拍手が起こった。

でも、石油王って誰だ。ジョア一族か?親族、部下の婚活にまで(いそ)しんでいるベガス征服おじさんか?

ちなみにエネルギー源があれこれ移行しても、石油王という言葉はこの時代も象徴として健在である。



「ヴェネレやユラス人がどういう経路で響を見初めるんだ…。」

お兄様がバカにしている。

「少し前の文化交流のパーティーでもモテまくりでした!!研究室にも響先生を見にいちいち来ます!」

数人のユラス人男子学生に囲まれていたのだ。Tシャツを置きに来る男子の半分は響目的である。


「…何を基準に彼らが響を選ぶのかは分からないが、当の本人が選ばないから仕方ないだろ!!」

反撃のお兄様。それには反論がない。

「3日一緒にいれば、どんくさいと分かる!!ここでは結婚なんてできん!!」


「………。」

響はまたブスーとする。


いや、お兄様。それを言ったらお兄様の紹介の人も無理ではないでしょうか?

みんなツッコみたいが、とりあえず黙っておく。


すると響が立ち上がった。

「いくら私でも…、子供の頃のようにボーとしていません!直りました!!虫遊びだってしません!!!」


え?蜂の巣じっと見てたじゃんと言いたいキファだが、これもお兄様には言わない方がいい項目である。


「サラサさん、ありがとうございます。今日は帰ります!リーブラ、行こ!」

「一緒に行く。」

お兄様も立ち上がるが、さっさと出て行く響。


「女子用のヴィラです。家族でも男性は寝泊り禁止です!泊められないので、帰るかホテルでも取って下さい!」

アジアはもう夜だ。


親でも祖父母でもなく、兄にまで敬語を使うこの世界観に周囲は驚きながら、ズカズカ去って行く響を見送った。



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